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2014年4月 1日 (火)

恋が真か、真が恋か(笑)

とりかへばや、男と女  河合隼雄  新潮社

 平安は遠くになりにけり、と思いきや、人はそんなに変わってないやんけ?なオチなんですかねぇ(笑)特に男と女の関係性については、いずこの時代も皆それなりに(笑)さて、本書はその平安期を舞台にしたお話「とりかへばや物語」を中心に据えての、ある心理療法家の分析でしょか?著者の見立ては如何に如何にという事になると思われで、それを本一冊にまとめてみましたのノリかなぁ?

 で、まずそのとりかへばや物語って何?というと、京都を舞台にした貴族の子女の物語ですかねぇ?左大臣さん家には二人の子供がおりました…どちらも美しく聡明で、ありていにいえばできる子だったんですけど、ただ一つ違っていたのは、男の子が女の子で、女の子が男の子だったのです(笑)天狗の呪いだかで生まれた男児を女の子として育て、女児を男の子として育てた結果がコレ…で結局、娘は男として宮廷に出仕する事になり、息子は女として東宮(女性)に出仕する事になり、のある種恋愛劇というか、恋愛倒錯劇的様相を呈しながらも、最後にはお互いに元の性に帰着してそれぞれのパートナーと結婚してめでたしめでたしの世界か?詳細は本書をドゾですが、まさに物語でござるの世界だよなぁ(笑)

 いや、男装の麗人なんて、なんて宝塚な世界ですけど、この物語で面白いと思ったのは、女性も男性の仕事をこなしているとこで、その逆もしかり…職業選択の自由について考えるとか?ある意味、腕力以外で差異なんてないじゃーんな話としても見れると(笑)

 とはいえ、本書は内面の葛藤というか、男と女、の世界ですから、そちらの考察は本書をドゾドゾドゾ。恋とか、愛とか、結婚とか、子供とか…フラグはいぱーいある感じ?

 アリス的にとりかへばや…うーん、アリスの場合はその名前だろーなぁ?美少女アリスじゃないけど、たいていの人は名前聞いた時点で女性を想定するだろーし(笑)この男女のラベリング問題もアリス自身、葛藤ありそーだし、青年の主張じゃないけど意見ありの世界か?ただ、このとりかへばや物語、姉君を朝井さんに、弟君をアリスに振り分けたら面白そーと思ったのは内緒だ(笑)更に中将役を赤星がやったら、はまりすぎでアレか?

 それにしても男女交代なんていうあまりにトリッキーな話のせーか、日本の国文学の間ではかなり評価が低い作品なんだそな…とかく学閥って面白い話には冷淡なのはいつもの事か?それにしても「私が三十代でこれを研究しようとしたときには、研究する人間までが変態的な人間であると思われました」(@桑原博史)とかある位で…変態、学者と並ぶと准教授をすぐ思い浮かべてしまうんですが(笑)

 とりかへばやの妙は、男女の交代で、社会的には奇麗に分離しているのが普通のはずの「男女の役割が多くの文化において、非常に固定的に考えられることの背景として、人間の意識の二分法思考の優位性ということが存在している」とな…天と地、光と闇、男と女と分かりやすい区分の方が簡単という事か?ついでに役割だけでなく、「優劣とか上下とかの関係を当てはめてしまうことも、多くの文化が行ってきたことである。男尊女卑ということはそのひとつの例である」とな…それは秩序をもたらしたという事らしー…いいハナシだなぁ(棒)

 で、男性の中の女性性、女性の中の男性性についての考察は本書をドゾ。たましいだの、アニマ・アニムスだの、とにかく理屈はついてくるものなのだ(笑)ですかねぇ?何か後付臭いと思うのは気のせいか(笑)

 でで、本書的に凄いなぁと思わされるとこは、古今東西のこの手のお話がこれでもかこれでもかと登場するところ…まずは「変身物語」(オウィディウス)、「菊千代抄」(山本周五郎)、「秋の夜がたり」(岡本かの子)、「有明けの別れ」(作者不詳)、「十二夜」(シェイクスピア)、「ルツィドール」(ホフマンスタール)、「饗宴」(プラトン)、「セラフィタ」(バルザック)、「ヴィーナス伝」(ラシルド)、「トリスタン・イズー物語」、「親和力」(ゲーテ)、「曽根崎心中」(近松門左衛門)、歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」(モーツァルト)、「炭焼長者」とそれに物語的なそれではなくて、伝聞的なそれ?で「女法王ジョヴァンナ」とか、ですか?

 ばっと見、シェイクスピアの話位しか思い出せない頭なので、世の中こんなに色々あったかとおろろいているんですが、男女が代わっているというだけでそれなりにドラマあるよなぁと(笑)後は恋愛の葛藤ですか?恋仲の二人が結婚できないとか…炭焼長者は日本昔話なんだそーですけど、ここまで行くと再婚というより、離婚について考えるの世界かなぁ?そーゆー道筋が必要だったと、人生修行か?な世界観はともかく、それなら最初からそーしたらと思うのはあまりに情緒がないのか?苦労、もしくは障害の果てに本物の出会いとか、幸福というのが人生教訓的にあると思いますなのかなぁ?

 後、個人的に面白いと思ったのが女法王ジョヴァンナ…バチカンの法王になった女性の話なんですが、いやまぁ、絶対にありえない世界程、こーゆー話が出てくるとゆー事なんでしょかねぇ?

 さて、振出に戻ってとりかへばやの方なのですが、女性の自立というより、自由、もしくは意志の選択がパネェ…葛藤しているとはいえ、実の子を捨てて自立の道を選択する娘(姉君)とか…最初は死ぬの、出家するので、それは確かに連れてけないわぁの世界だけど、結局、自分が生きる為に宇治(中将の別邸)を出ていくんだから、子連れで自立もあると思いますだと思うんだけど?そーゆー思考はハナからないのね?

 男として見限った中将の元に、その子供を残していって、ちゃんと育てられると思っているんだろか?いや、確かに中将の子ではあるけれど…姉君は能力として中将より上だと自覚して、こんな中将待っているだけの(女の、妻の)暮らしなんてやってらんねぇーって出て行く訳だが、この割り切り感がパネェなぁ…男と子供と自分なら自分を取るという選択、離婚、これまたあると思いますの世界なのか?

 何にしてもここに登場する人物達は、この姉弟(兄妹)に翻弄される人生のよーな気がしないでもないけど(笑)真実は一つではないけど、ラストに天皇が妻(姉君)の過去を、中将が事の内容を妻(吉野の妹君)に問うとこも、結局上手くかわされて詰問できないとこが、抑制がきいていて宜しとなると、最終的に女の手のひらで踊っていたんですの世界か?

 かくて「すべてを知る者は、すべてがうまくいったとき、この世にとどまってはならないのだ」という事で熟知している吉野の隠者は山へ引っ越すというか、フェードアウトする訳で…知ることも一つのキーワードかなぁ?「愛し合う二人はともかく「一体」となることを願う。しかし別々の人間が完全に一体になることはない」とな…「性急な一体化の実現はしばしば死につながることになる」そで…「この世で、異なる人間としてしかも愛し合うとき、どこかで一体化への抑制を必要とする」そな…他者の全てを知るなんて人としてありえへーんなんですかねぇ…

 これは親子関係も似たよーなもんで「現代においても、母親が子どものことをすべて知ろうとし、親に対して子どもが秘密を持つのは悪であると思っている人がいる」とな…境界線か、束縛か、母と子の葛藤もまたソレなんでしょか?まぁともかく、「人間は「すべて」を望むと破滅する。ただ何を抑制し、何を抑制しないかという点は個々人にまかされているのだ」というのが、今回の教訓かなぁ(笑)

 その他細かい考察については本書をドゾ。喜劇で、甘くて、ハッピーエンドな物語でも、そこにはどこかビターテイストって、それが男と女って…ダバダバダァー♪

 目次参照  目次 文系

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