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2014年4月 2日 (水)

叡智と毒(笑)

「悪知恵」のすすめ  鹿島茂  清流出版

 コピーが、ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世術なんですが、仏人というとやたらプライドが高いというステレオタイプのイメージ先行してるよな?だけど、実際の仏人とは何ぞや?に、著者によるとラ・フォンテーヌの言葉こそ「フランス人の本質を衝いている」という事らしー…元祖負け惜しみ気性ですかねぇ?「手が届かない富や地位を羨むのは愚の骨頂で、そんなものは「下郎の食うものだ」と馬鹿にしておけばそれでいいのである」とな…いや、まさに酸っぱい葡萄と狼の世界か?

 で、さもありなんでこちら、そのイソップ物語を底本にして、「17世紀フランスのラ・フォンテーヌという文人が書いた「寓話」」集という事になる模様…いやーのっけからフルスロットル、仏人て素晴らしスの世界が展開している模様…日本人にはおよびもつかない思考じゃね?かなぁ?まぁたいていの日本人は性善説的な思考だけど、仏人は徹頭徹尾、性悪説だそーで…そこからして人生観がてんで違うという事なのね(笑)

 で、その初っ端がクマと園芸の好きな人という話からで、詳細は本書をドゾですが、ここから仏ではクマの敷石という慣用句があるそーな…でもってこの寓話から導かれる教訓がこれまた「無知な友ほと危険なものはない。賢明な敵のほうがずっとまし」とな…これってよく世間で言う敵よりも悪いのは馬鹿な身内って奴でしょか?何か、最初から身も蓋もない話になっているよな…そしてこーゆー有り難い(?)寓話と教訓が続くんですよ、奥さん(誰?)

 アリス的にというと、大学教師の悲哀から始まっている「たとえ飢え死にしようとも、孤高に生きる」の章かなぁ?寓話に入る前に、大学に対する嘆き節から始まっていたりして「大学もまた競争すべしという政府の方針が出て以来、かつての象牙の塔はもはや研究・教育の場ではなくなり、完全な第三次産業と化している。つまり、大学は、学生という顧客の満足度を高めてもらうために切磋琢磨し、激烈な競争を生き抜かなければならない商業の一形態となり果てているのである」ですかねぇ…うーん、病院の患者様と同様に、大学も学生様の世界に突入していらっさるんだろか?

 ちなみにこの嘆き節は更に続いて「大学教師の時間の大半は顧客満足度をアップするためのサービス業的な雑務に費やされることになる。お得意様(高校・予備校・日本語学校)を確保するために外回りの営業を行い、宣伝・広告の知恵を授かり、受験しやすいような選抜試験の方法を考えだし、問題を作成・実施し、親切丁寧な授業計画を作る。そして、こうしたサービス業務全般の能率化のために無数の無能率な会議を開くのである」とな…そーだったのかぁ?准教授ってか(笑)まぁどちらかと言うと英都は勝ち組の大学というイメージがあるので(笑)何せ准教授を変人枠(?)とは言え雇っていらっさる訳で(笑)

 しかし、大学の営業の一助の為に准教授の髪型とか、服装が最新流行スタイルに変貌したら、こりゃスゲェの世界だが、それだけはないよーな気がする(笑)まぁ少子高齢化ですからねぇ…これまた最近やたらと結婚しろ、子供産め的な発言する人って親よりも、教師に多いよーな気がするのは気のせいか(笑)後、先の震災じゃないけど御用学者の多さですよねぇ…先生自らが金の方に顔向いているのがバレちゃった訳で(笑)授業料払ってくれる生徒(の親)と補助金くれる文科省の言う通りってか(笑)

 で、寓話の方ですけど「オオカミとイヌ」からでして、狼は生きろ豚は死ねの逆ver.でしょか?狼は餓死寸前、犬は満腹な生活だけど、何が違うというと自由ですか?首輪のあるなしなんだとか…かくて狼はそんな事なら飢えて死ぬ方がマシと言いきって去る訳ですが、いやはや世の中、宮仕えが多いというか、殆どの世界で、狼の啖呵きれる人って果たしてどれだけいるのだろぉか?

 他に大学関係というと、大学の授業では固有名詞を出す時は要注意だそで、というのも今時の大学生は「なじみのある固有名詞は父母と友達とテレビ・タレント以外にはいないからだ」そな…そーだったのか?准教授?いえ、准教授の授業って固有名詞どころか、専門用語も凄い事になっていそーだけど?気のせいか?教えて、階段教室ってか(笑)

 後アリス的というと編集者の起業なとこですかねぇ?詳細は本書をドゾですけど、「出版社を起業して成功を収めた人はあまりいない。とりわけ大手出版社出身の編集者はほとんどが失敗する。成功者は、むしろ弱小出版社の出身者が多い」とな…そーだったのか?片桐さん(笑)金の看板って印籠並にアレだったのか?そーいえば珀友社って、中堅の位置付けだったよーな記憶があるんだけど、片桐さんの明日はどっちだ(笑)

 さて、イソップ的に有名なアリとキリギリス、ラ・フォンテーヌ的にはセミとアリだそで…これ日本的にはアリ的に生きるのがジャスティスなオチですけど、仏的にはセミ(キリギリス)的に生きるのが正しい生き方なんだそー…「働いて自分だけ豊かになりたがる我利我利亡者の日本人は許さない」という思考に繋がるそーな…実に仏的なのか、実にキリスト教的なのか、労働は「必要悪」なんですよ、おぞーさん(誰?)

 日本的に見方でいくと「病気のライオンとキツネ」辺りは身につまされるものがあるよーな?スターリンや毛沢東を見るまでもない話で、これまたオチが死ぬの待つしかないやんけぇというのがせつない…「オオカミと子ヒツジ」の所謂「最も強い者の理屈はつねに最も正しい」というのも、回り中大国だらけの日本としてはわろえないの世界か…現代では「最も強く、最も金のある者は」だそーだけど(笑)

 デフレの話のとこでデフレの原因とは何か?で「心の問題」に行き着くとな…将来に不安があると思えばデフレは続き、スパライルは続くとな…「その点、あまり遠い将来のことを考えないラテン気質の国民、たとえばイタリア人やスペイン人、アジアでいえば韓国人はデフレには強いそうだ」って…これにギリシアも入れたら何かアレな気がするのはこれまた気のせいか?

 尤も、気質、地金ってもんはそー簡単に変えられるものじゃなしの世界で「人間の女に変身したネコ」の件で人の本性は変わらずという事らしー…これは人だけでなく国もそんなもんで「唯我独尊のイデオロギーを奉ずる国で民主化が進み、開明的な政権が誕生して、国交が回復する。あるいは、逆に、過剰なほどに民主主義的、自由主義的だった国が、その独善的な民主主義、自由主義を改めて押しつけがましくなくなり、フレンドリーな関係ができあがる」とな、結果「昔のような国際的な軋轢はなくなったのかと安心する」と、一皮むけば、もしくは蓋を開ければ、振り返れば、気がつけば、今も「彼は昔の彼だった」とな…よーは全然変わってないやんけの世界じゃけんですか…「ある年齢が過ぎると、本性はすべてをあざ笑う」ラ・フォンテーヌ先生容赦ねぇー…

 まぁ何にせよ、ラ・フォンテーヌの教訓の第一が、騙されるなだそーですから…騙すなじゃなんですよ…仏人の根底には「人は騙すのが当たり前」という「性悪説」が「思考の基盤」になっているそーで…仏人パネェ…かくて「善意のみに基づく行為などというものは基本的に存在しないと信じ、援助の申し入みがあった場合、相手国より自国の得るものが多いと判断したときは受けるが、そうでないときは拒否する」のが国家のあり方なんですね、かくて「「全員が悪党」という前提に立った欧米型のギブ・アンド・テイク外交」となる訳とな…信用第一なんて、そんなの関係ねぇ(死語?)まさに騙される方が悪いんやの世界が展開していらっさるのか(笑)

 また現代的問題としては「ウサギの耳」のとこは深刻かなぁ…自分の意志や努力で変える事ができないものに、社会的抑圧が働く場合…「当事者は理不尽な差別や迫害で苦しむことになる」とな…例えばそれはドレ?と言うと「人種と民族」「(やや)国籍」「母国語」「宗教」「同一人種同一民族内でも出身の地方や階層」「親の職業、貧富の別、学歴」「身長、顔、声」「体毛や目の色」「身体的特徴」etc.そしてこれまた「いったん人種や民族を理由にした迫害が始まったら、どれほど正しい抗議を行ったとしても無駄だ」という事は歴史が示していらっさると…耳が角に見えるかどーか?視力検査ではどーにもならないとゆー事か…

 さて、話は戻って関係性のとこで、「牝犬とその友達」かなぁ…よーは軒を貸したら母屋をとられた話なんですが、これからの教訓「性格のよくない人に何かを与えると、人は必ず後悔する」とな…まぁ思い当たる事が多すぎるのはともかく「今後、人口の少子化で不可避となった労働力不足を補うために移民に頼ろうという議論が出てくるだろうが、その際には、この寓話が多少は役にたつのではないか?」とな…とな…

 ましてや世の中、「ワシとイノシシとネコ」じゃないけど「世の中には、人を陥れるのが目的で、わざと偽りの噂を流す悪意のある人間も確実に存在しているということである。残念ながら、これは真実なのだ」も思い当たる事が多すぎるってか(笑)

 更には「オオカミたちとヒツジたち」となるとリスクという言葉一つには収まらないよーな気がするのは気のせい?「平和それ自体は、たしかに結構なことである。その点は私も認める。しかし、相手にしているのが、誠意というものを欠いた敵であるならば、平和がいったい何になるというのであるか?」ですよねぇ…ラ・フォンテーヌ先生は心底リアリストだよなぁ…でもって著者も「中国は誠意のある国だと勝手に思い込んでいる、これは絶対に改めたほうがいい認識である」だし…何故ならば「中国は、本質的に誠意を欠いた国だからこそ、「論語」を生んだのであって、決してその逆ではないのである」とな…

 で「羊飼いとライオン」と「ライオンと狩人」となると、危機察知能力と危機管理能力、危機対応能力ですかねぇ…まぁどちらにせよ「「毅然たる態度を取れ」と叫んでいる人の中で、危険に直面して、本当に「毅然たる態度」を取れた人がいったいどれだけいるのだろうか?」ですよねぇ…歴史的にも枚挙に尽きないし、腹の座り具合というのは、もーね…どちらかというと「自分の腹痛にめげて政権を投げ出したような政治家」の方が現実だしなぁ(笑)

 とまぁ上げ出したらきりがない位至言の嵐なので詳細は本書をドゾ。他にもいぱーい寓話、教訓が掲載されておりまする。でもって、本書は後書きまでがこれまたパネェで何かと言えばチャイナリスク…「中国共産党というライオン閣下は、投資を考える外国企業に対して、文面では正式な保障を与える」とな…で、「日本人は、口約束ではなく、紙に書いてあることならと、絶対的な信頼を置く」って…WWⅡの条約からしてアレなんですけど懲りるって事を知らない民族なのか…武士に二言はないってか?その武士はもー絶滅しとるがな(笑)そして「中国共産党=ライオン閣下にとっては、紙に書いた証文などただの紙切れにすぎない。破いて捨てたら、あるいは燃やしてしまったら、それでおしまいなのである」とな…それが中共の常識ってか(笑)

 訴えてやるとなっても「裁判所というのは三権分立が確立した法治国家でなければ正しく機能しないものなのである」とな…という事は「中国共産党という「最高裁」が後ろに控えた裁判所など意味はないのだ」これまたそれが中共のジャスティスってか(笑)で、現実はどよ?というと「聞くところによると、撤退を決めた企業に対しては、ありとあらゆる嫌がらせが行われているという。「去るも地獄、止まるも地獄」というのが中国進出企業の偽らざる心境のようだ」とな…そーいえばスイス時計でアリスのご学友の一人がそんなさわり出てなかったっけか?

 いやもー本書は国内の話というよりも国際社会での生き方についての指針となるのではなかろーか?それにしても日本の常識が世界の非常識、日本の非常識が世界の常識って本当だったんだなぁと納得しますた(笑)特に今はご近所がアレだしねぇ…かくて著者の後書きの〆が「たとえ中国市場への誘惑が強くとも、リスクを考えれば慎重になったほうが賢明なのだ。ブドウが高いところにあって手が届かないので、「あれはまだ青すぎる。下郎の食うものだ」と言ったキツネの「精神の健康法」をわれわれ日本人は学ばなければならないのである」とな…内心で反省しても対外的には負け惜しみで押す事も必要って事ですかねぇ(笑)

 目次参照  目次 文系

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