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2014年5月 1日 (木)

本当に役にたつということは、いまは役にたたないことかもしれませんね(笑)

日高敏隆の口説き文句  小長谷有紀 山極寿一  岩波書店

 どゆ本かというと日高敏隆追悼集ですかねぇ?故人と多かれ少なかれ関係のあった皆様がそれぞれにふつくしい(?)思い出を語るでしょか(笑)いやまぁそれこそ千差万別の日高像が掲載されておりますので詳細は本書をドゾですね(笑)で、まぁ日高先生いつお亡くなりになったのか…も知らなかった位の情けなさで、名前聞いてパッと思い出せるものがない情けなさなんですけど、本書を拝読していたら出て来る本があれ?あれ?って感じでうちの本棚にあるやんけぇ?とか誰が書いたか、訳したかなんて気にせず読んでいたりしたんだなと…いや本当に申し訳ない…

 そんな訳で色々あるんですが、一番等身大なのは岸田先生のでしょか?所謂一つの留学友達?実際はストラスプールで半年間みたいなノリらしーんですけど、でも若き日の日高像がフラットに出ていて成程、旧友とか、悪友とか、親友とか、同期ってノリはこーゆーのを言うんだなと変に納得しました(笑)そしてそんな若き研究者の日常から世界がチラりと見えるんですね…「彼はそのときはバッタの研究をしていました。彼の研究所に遊びに行くとバッタがいっぱいいて「なんでストラスブールでバッタ?」と聞くと、フランスは植民地の農業がバッタの害でやられることが多くて、それでフランスではバッタの研究が盛んなんだ、と言っていました」(@岸田)とな…アフリカはともかくベトナムもバッタ被害とかあるのだろーか?とふと思ってみたり?

 そして何故に仏に留学というと、「フランス語は一般に理学部の人が不得意な言語で、日高氏は学位論文をそのフランス語で書こうと勉強した、と漏らされた。「教授がだれも読めないからね」といたずらっぽく言われていたのを思い出す。この論文がパリ大学のボードワン教授の目にとまり、フランスに留学することになる」(@羽田節子)とな…そーだったのかぁ…それにしても戦後直後とは言わないけれど高度経済成長前夜位だろーし、まさに向かい風に胸を張れの世界だったんだろーなぁ…

 も一つこれも忌憚なきご意見なんですけど「彼の家に行くと、ネコが十匹くらいいて、部屋がおしっこ臭くて。「臭いな」と言ったら、「え?何が臭い?」って、本人はわからない。慣れていて臭くないのです」(@岸田)のとこは…更に「彼がある時、京土産を持って行くと言って遊びに来て、何だと思ったら、「ネコが生まれたんだ」と二匹持って来ました」(@岸田)相談なしにキタコレの世界だった模様…更に更に「京大の研究室にもネコがかなりいましたね」(@岸田)って…日高先生は職場も自宅も友人宅まで猫化を進めていらっさったんでしょーか(笑)

 アリス的には、日高先生京大ですから京都つながりでどーか?教授だし、うん大学教師つながりでもどーか(笑)まぁ専門が動物行動学ですから、どーか?というと生き物の生き方ですかねぇ?種の保存的なとこでは変態性欲の権威の准教授と被るかもしれないが?いえ、変態はともかく生き物ですから(笑)

 後は蝶々の研究のとこかなぁ?子供の頃から蝶々が好きで、後に岩波映画で「もんしろちょう」を作成するにつながる訳ですから…アカデミックなとこがこーメディア的なものを積極的に受けれるというのの尖兵をつけたのも日高先生という事になるんでしょかねぇ?平凡社のアニマといい、八面六臂の活躍のよな気がするんだが?これまた気のせいか?

 他にというと「大変忙しい先生で、授業はほとんど休講。研究室にもほとんどいない。でも、そういうことを超えて、とても刺激的な先生でした」(@澤近)のとこはまるで准教授というか、丸被りじゃね?まぁ今だと休講は代講しないといけないから、休んだままばっくれる訳にはいかないだろーけど?

 京都的なエビとしては今西錦司談ですかねぇ…「日高君は東京から来てくれたのに、めげることなく、よう、がんばってくれとるな」ですか…京大教授が東大出って、やはり色々水面下ではあるのだろーか?と邪推したくなるエビのよな(笑)それともさすが京都なのか(笑)

 編集から見た日高像というのが「若手研究者を育てて欲しい、金に困っている研究者の面倒を見てやってくれというだけでした。先生はその見返りを期待しないことを聞いたことがあります。彼は東大時代に八杉龍一先生に非常に世話になって、しかも八杉先生から「世話になったと思ったら、後進のためにつなげてほしい」と言われたそうです。見返りは考えない。そして最後まて本当に利己的遺伝子を大事にされて(笑)、派閥も作らなかった。派閥を本当に嫌がったんです」(@澤近)とな…このリストラ上等のご時世に後進の行く末を大切にする上司、先生なんて、どこにいるんだぁーっ(笑)派閥関係は准教授もそんなとこぉ?のノリか?まっ英都名物変人枠らしーし(笑)

 更に日高先生とはどんな人ではたいてい「一般の人にわかりやすく説明できない。難しいことを難しく言い、易いことを易く言う、これは普通の学者。一番アホな学者は易いことを難しく言う。これも大勢います。特に理論派と言われる学者はそうです。一番賢い学者は、本当に難しいことを、聞いている人のレベルに下がって理解させる。これは非常に少ない。日高先生はそういう人です」(@堀場)とな…いやー本当にこんな先生がいたんですねぇ…それだけで何か奇跡みたいな気がしてきますが(笑)

 本書で一番正直者乙は原氏のとこかなぁ?いやもー何とゆーか他はいかにも追悼集っぽいんですが、こちらはもー怒りの波動が透けて見えるよーで、何で死んじまったんだバカロー的な(笑)女性問題というとハニトラ系を思い浮かべますがこちらは真に社会参加としての女性問題ですね…「その頃の社会学では、女が抽象概念を扱えるはずがないと、希望しても誰も大学院に入れてもらえなかったそうです」(@原)という時代だったんですよ、奥さん(誰?)「文化人類学でも、英語ができて国際会議でも活躍していた中根千枝さんに憧れてどっと入ってきた女子学生が、1960年代後半にかなり、潰された」(@原)という時代だったんですよ、おぞーさん(誰?)「非常勤講師を回してもらえないのです。男子学生には回してもらえるのに」(@原)という時代だったんですよ、姐さん(誰?)男女雇用均等法の切実さがパネェよなぁ…まぁザルだけど…ついでに男女賃金均等法もよろしくだよねぇ(笑)

 何か原氏は戦いに生きたというか巻き込まれざるえなかった的で「80年頃は女性学的な論文を投稿しても採用されない学会誌が多かった」(@原)というアカデミックな世界ですけん(笑)で、この方の日高像が手厳しい…「結局日高さんも、大沢真理さんが近著でいう「男性稼ぎ主」型モデルに即して人間を見ているんじゃないかと思います。「男性稼ぎ主」型モデルというのは、産業革命以降の近代社会モデルで、日本も明治政府になってから「男性稼ぎ主」型モデルでずっと来ているわけです。男は戦争、女は産めよ増やせよ。あるいは男は仕事、女は家庭。要するに今の日本の法律体系では女は子産み道具なんです。母子保護法に示されるように、ちゃんとした子どもを産み育てる女の体が大事。だから母子健康手帳では、お子様については生まれた後もずっとデータを記載するけれど、母体のほうは分娩が終了して一か月あるいは数か月したらたんぱくも測らない」(@原)とな…

 蛇足ですけど人口問題・統計のとこにリブロダクティブ・ヘルス/ライツも含まれる事になった時「それを日本の厚生省の人口問題研究所の人は、どうして俺たち女性学でもないのにこんなにたくさん女のことが入ってくるんだ、全く汚らわしい、みたいな様子でした」(@原)というよーに日本の現状・歴史が暴露されておりまする(笑)

 かくて「「男性稼ぎ主」型社会を当然視し、男は女の体を奪うもの、男が稼ぐ、だから女はお仕え申し上げる、というモデルについて、どの程度日高さんが柔軟なのか知りたかったですね」(@原)というのは、故人を偲ぶというより、戦友的というか、相談役だったんですかねぇ?ある意味女性学も動物行動学の一部なのか(笑)まぁどちらにせよ「今の日本の社会制度は「男性稼ぎ主」型モデルの限界に来ていて、これを切り替えて越えなければ、出口はない」(@原)そで、過去50年の歩みは次の50年の歩みに続いていくんですかねぇ…前へ前へと進むのじゃってか(笑)

 後やはり大学の先生だった事もあって教育論的なとこもアレですかねぇ?「「二十世紀の人たちは大きな間違いをしてしまった。それは「人間が育っていくためには学習が大切だ」というのを「人間を育てるには教育が大切だ」と思い込んでしまったことだ」これは日高先生が遺された、私が大好きな口説き文句の一つである」(@梶田)とな…学習と教育と大学の狭間で結構まともな先生は悩んでいらしたんだなぁとゆーのが養老先生のとこだろか?解剖学教室も潰されそうになっていたんですね…古いとか、必要ないとか、コンピュータ化でオケとかetc.色々あった模様…解剖学については「「学生の時に嫌いだったんでしょ」以上終わり。その恨みつらみが結構残っているんです。お医者さんでも解剖が嫌なんです」(@養老)とな…「あの実習は結構重い。学生に相当ストレスがかかることはわかっています。年に一人は発病していました」(@養老)とな…「あれは戦争ですから。それを通らないと医者になれない。患者さんがどんな状態でも、嫌と言うわけにいかない。死にそうな人も、死んだ人に近い人も、いくらでも診なければいけないんです」(@養老)成程、解剖学、医者になる為の通過儀礼だったのか…

 「虫を始めると切りがない。日高さんもチョウが好きでしたが、一番面白いのはこの本にもある、チョウのサナギの保護色。緑色のところにおけば緑色、茶色なら茶色になる」とな、そーだったのか?同じチョウでも置かれた環境で色が違くなるという事なんですか?で「なぜそうなるかという話をするとやたらとややこしい」ことになると…「世間の人は単純だと思っているけれども冗談じゃない。単純なのはお前の頭で、単純なことしか理解できないんです」って、それはもしかしてバカの壁ですか(笑)「だから何か事件が起きるとすぐナイフを売るなとか、一段階でしか考えられない。自然を扱っていると一段階では済まないことがよくわかります」そして「そういう複雑さに耐えられなくなって来ている。インターネットがそうでしょう。世界がああいうものだと思われたら一番困る」(@養老)物事は自分の頭以上に広いって事ですかねぇ…ネットで世界が広がったというけどその実世界は狭まったとしたらワロエナイの世界か(笑)まぁそれも気付いていればこその話ですが(笑)

 更に「意識とは、どんな自然科学でも使っている顕微鏡のようなもので、解像力とかいったその道具の性質を知らなければ使えない。だから科学にとって一番大事なのは意識の研究です」(@養老)とな…ものさしは何ですか?の世界か?これまた普段意識していないけど…意識とは何ぞや?21世紀の命題ですかねぇ?「理屈があろうがなかろうが、現に意識としい現象があるのは誰でも知っている。その意識が学問を作っていて、性質を具体的に調べることができる。それが科学でしょう」(@養老)とな…いや先生、いつになく熱弁です、熱血解剖教室でしょーか?むしろ脳科学なのか?

 その他、日高先生の生態系という言葉嫌いとか「生態系は決して閉じていないのでシステムとはいすないのではないか」(@湯本)とゆー疑念とか、「日高さんの自由さの具体的内容といえば、権威を身にまとわなかったこと」(@黒田)とか、総じて基礎研究を大切になさってきた人ではないかと…人にも学問にも誠実な人だったんだと思いすまる…今時の応用というか、「すぐに産業界に役に立つような研究」とは一線をかくしていたと…とまあ、これだけ色々な方が寄稿しているので他にも色々色々色々ホントにエビがありますので詳細は本書をドゾ。いや、何か日本の戦後の学問の黄金期を見た感じかなぁ?本人は戦場での孤軍奮闘の世界だったろーけど(笑)何とゆーか先の震災であれ程御用学者を見せられると、日本の科学の行く末も、言わぬが花か(笑)

 最後にアリス的なとこで「ネコは好き勝手している。あれがうらやましい。自分が出来ない分、ネコに投影する。イヌだと調教しなければならない。訓練はされるのも嫌だし、するのも嫌」(@養老)のとこで一理あるなぁと(笑)准教授も北白川の猫たちに自由を投影しているんですかねぇ?

 執筆者は、岸田秀、内田春菊、山下洋輔、羽田節子、安野光雅、赤瀬川源平、羽田澄子、保賀昭雄、桃木暁子、栗林慧、澤近十九一、嘉田由紀子、今江祥智、堀場雅夫、中西進、梶田真章、松井孝典、原ひろ子、坂田明、今森光彦、亀崎直樹、山岡亮平、尾池和夫、養老孟司、湯本貴和、黒田末寿、松林公蔵

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