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2014年5月16日 (金)

ヴィルトゥ、フォルトゥーナ、ネチェシタ(笑)

わが友マキアヴェッリ  塩野七生  新潮社

 サブタイトルは、フィレンツェ存亡なんですが、主役はタイトル通りマキアヴェッリという事になるのかなぁ?まぁフィレンツェがメイン舞台ですので、どちらかというとメディチ家のメンバーの方がキャラ的にあるんじゃね?と思うやんかぁー(笑)でも、ここは青年期はフィレンツェの一市民、壮年期はフィレンツェの一官僚、そして初老期は随筆家という事になるのかなぁ?なマキアヴェッリ先生登場でございますよ(笑)

 マキアヴェッリと言えば君主論とか、政略論とかいった知の巨人なイメージでいたけれど、本書を拝読した率直な感想は、偉大なる俗人といったとこでしょーか?よく考えなくても政治好きのオヤジが聖人君子な訳がない訳で(笑)ましてノンキャリとはいえ官僚…それだけでおして知るべしの世界か(笑)

 そんな訳でルネサンス後期、花のフィレンツェで何が起きたのか?をマキアヴェッリの一生と共に振り返ってみよーってか?かくて1469年から1527年までの58年の生涯の物語の始まり始まりぃ(笑)ある政治オタクの一生のよーな気もするが、天才とはこゆもんなんでしょかねぇ?もしくはフィレンツェ的な個人の天才というか?個としての凄さはあっても国として、どよ?となると、うーん…

 アリス的にマキアヴェッリ…男の子なら一度ははまる君主論ってか(笑)生涯のラスト何年かは作家として生きた訳ですから、ある意味アリスと同業者とも言うの世界か?ベクトルがかなり違うけど(笑)

 ちなみにダンテもフィレンツェ人という事でフィレンツェ…そゆ国というか、都市なのね(笑)所謂「寸鉄人を刺す言句の創造能力にかけては定評のある、生粋のフィレンツェっ子である」そで、成程君主論ってか(笑)いやダンテの神曲もアレだけど(笑)ちなみに両者共通しているとこは神曲も君主論も作者が存命中は評価されなかったとゆーとこか(笑)この点はまるでゴッホの絵画のよーに天才って生きているうちは不遇なのね…

 まぁある意味天才の革新性は同時代人には理解されないところが、天才の共通項なんじゃまいか?ってか(笑)その天才という事でいくとフィレンツェ、芸術家の天才の輩出だけでも並じゃなかったから、フィレンツェって天才の街なのかもしれない…まぁミケランジェロもレオナルドもフィレンツェの工房出身だし…その他綺羅星のごとくいた訳で…その辺りの詳細は本書のエビと美術史をドゾ(笑)

 で、まぁマキアヴェッリの幼少期は、ロレンツォ・デ・メディチ、あのイル・マニーフィコと言われた男の治世で過ごしたとゆー事になるとな…これはフィレンツェの最後の輝きという時でしょか?さて、ダンテの時代が(その前後か?)偉大なる内ゲバ時代だとすると、15世紀に入った伊はミラノ、ヴェネツィア、ローマ法王庁、ナポリとフィレンツェの五つの国に収束していった模様…これをメディチのジョヴァンニ、コシモ、ピエロ、ロレンツォと何とか動かしてきたのだから、メディチもここまでだったらそれなりにアレだったのかも?

 何せフィレンツェ人というのは、「自らを傷つけかねないほどの強烈な批判精神の持ち主であること」更に「多くの才能で他国人を圧倒していながら、団結と協調の精神だけは欠けること」ちなみに表向きは民主制だったけど実質は寡頭制、でも市民は民主制と信じていたこと、民衆は自由という言葉は大好きだったけど「自由を守るには実に賢明で地味な努力が必要であることを理解し実行するのは、好きでなかったのである」って…どこぞの自由の国もコホンゴホン…

 話のメインはマキアヴェッリなので、さくさく進んでメディチ追放、サヴォナローラの失脚の詳細も本書をドゾ。そんな嵐の直後1498年マキアヴェッリ29才にしてフィレンツェ共和国第二書記局の書記官の職につく事になるのでありました…マキアヴェッリのノンキャリ人生の始まりでござるってか(笑)何でノンキャリかというと、まずマキアヴェッリが上流階級の出身者ではない事が一つ…当時的には中流の出になる模様…も一つが大卒ではなかった、学歴的なそれもある訳で…マキアヴェッリの父親は大卒だったみたいなので、何で長男を大学にやらなかったのか?貧乏だったとしてもアレなよな…ちなみにこれが後に失職した時に、職探しが厳しくなり、結局就職活動の一環として始めた執筆活動がその後の肩書となってしまうと…アリスの反対で作家になりたくてなった訳じゃないんですね、マキアヴェッリ先生は(笑)

 まー元々、政治おたくの仕事好きですから、水を得た魚のよーに働く働く働くで行政官職まっしぐらの世界に突入…交渉の為に他国にだって行きまっせとあちこちに出張していらっさいます。詳細は本書をドゾですが、その時にカテリーナ・スフォルツァとか、チェーザレ・ボルジアとか、仏王とかetc.いたりするんですよ…この時の経験が後の作品に反映される訳ですけど、それはともかく、ノンキャリですから権限はない訳で、でも交渉の現場には赴くと、これマキアヴェッリの有能さもあるんでしょーが、も一つ条約を締結できる権利はないという事は交渉を長引かせたい…曖昧なまま状況をみたいという時には、特に有効だったよーで…当時のフィレンツェの政策はこー言ったら何だが、何もかも先延ばし政策のよー…

 よーは回り中が強国ばかりなりなので、簡単にくっつくとリスクが大きい…できればどちらにもいい顔しときたいとゆー風見鶏外交に終始したみたいで…現場にはまずマキアヴェッリありの世界になっていった模様…何せ何を任せても全部できますの世界ですから(笑)この辺りの詳細も本書をドゾ。ノンキャリだから大した給料でもないのに朝から晩まで、時には各国飛び回って仕事の鬼というか、仕事大好き人間だったよーです(笑)

 そんな有能なマキアヴェッリがいきなり失職してしまうのは、ある意味みせしめ、なんだろなぁなメディチ家の復活ですね…帰ってきたメディチともいう…詳細はこれまた本書をドゾですが、これによって書記官職の人員の中で、マキアヴェッリとその親友の二人だけがクビになるという…43才秋の事でございましたとな…これの詳細も本書をドゾですが、理由の一つはマキアヴェッリが有能だった事、も一つが書記官にメディチのスパイを紛れ込ませる為の欠員が必要だった事ですかねぇ…

 世の中ありがちな話ですけど、仕事の出来る部下なんて必要ないんですよ…そこそこできれば、それでよし…己に歯向かうとか、とって代わるとかになりかねない火種はいらねーってか(笑)結局、器の大きな上司がいるか?いないか?が国でも会社でもその後の存亡にかかわってくるとゆー事ですか?そーですか(笑)

 で、中流出の、大卒でないマキアヴェッリの就職活動が始まるで、君主論いっとくになる模様…更に上流じゃないので失業者になったら都市住まいでは食べていけないと、山荘に引っこむ事になると…これまた執筆には静かな環境こんにちはでしょか(笑)

 ただ、時代は中央集権国家となった大国の仏、西、独、それにスイスの傭兵部隊、更にローマ法王庁とそれぞれに皆、伊半島の取り分は俺のものな世界にいらっさって、まさに半島は戦場か?な一触即発というか、最終的にはサッコ・ディ・ローマ(ローマ掠奪/1527)まで突き進む事になると…ちなみにマキアヴェッリの没年がこの年ですから…まさに生きるイタリア史なお人としかいいよーがないよーな?しかもこれでメディチが再び失墜して、フィレンツェの書記官に復職できると思ったら…却下されちゃう訳ですね…メディチ時代にメディチと接触があった事が今度問題になる訳で…中途半端にクビ突っ込むとロクな事がないという事でFA?

 そんな失意に耐えかねてか?その後すぐにお亡くなりになったマキアヴェッリ先生でございました…享年58才の初夏の事でございます…これが大まかなマキアヴェッリとフィレンツェと伊の流れだろか?詳細は本書をドゾですけど、ある仕事好きのおじさんの一生ですかねぇ?まさに伊のおじさんそのものの気がしないでもないが?

 マキアヴェッリ程、政治の世界を、男の世界を愛した男はいないの世界だろか?彼程、真面目にフィレンツェの事、国家の事、伊の事を考えた人はいないよな?そーゆー本書的に言うなら大事な、マクロな事が本当に好きだったんだなぁと…その点の偉大さというか、執着心と好奇心は凄いとしかいいよーがないよな?だから不屈の名作を残す事になるし…

 ただ、マキアヴェッリも普通のおじさん、ある意味正統派伊のおじさん…さすがベルルスコーニの国だものか(笑)小事に目を向けると家庭をおざなりに、仕事にしか興味のないよーな男でも結婚できるとこがアレですが、更に凄いと思ったのはハンサムでもなく(笑)上流階級でもなく、本人曰く貧乏な中流のおじさんはその時その時に愛人いらっさるよーなんですよ、おぞーさん(誰?)そーゆー下世話というか、下半身生活もラテンのノリだったよーで、マキアヴェッリってまさに伊人の王道いってたんだなぁと…

 そんなマキアヴェッリは今では政治学の太祖ではありますが、当時は劇作家的な作品の方が有名だったよーで…それが喜劇というか、艶笑譚みたいなノリ…結局書記官に復職できなかったけど、人生楽しんで生きているよねなお人だった模様…さすがマキアヴェッリ、ただでは転びません(笑)

 君主論のモデルとなったチェーザレ・ボルジアとの邂逅とか、作家時代の往復書簡によるお友達との対話とか、後、傭兵部隊ではなく自前の戦力の為に邁進した書記官時代から最後までとか、見どころ満載ですので詳細は本当、本書をドゾ。伊的な対応としてはジュリオ二世の対仏戦での旗印が「野蛮人は外へ!」とはおろろいた…ちなみにこの野蛮人の原語はバルバリだそで、「これは古代ギリシャでも古代ローマでも、外国人を意味した」そで、当時的には「野蛮人といえば、イタリア人以外の人間ということになる」とな…で「この旗印をかかげられては、イタリア人であるフィレンツェ人が、バルバリ側につくわけにはいかない」し、「言い出した人物が法王庁の主では、キリスト教徒としても反対しにくくなる」とな…どこの国民感情も歴史ありって事ですか?そーですか?

 本書のラスト近くに、マキアヴェッリの魂の叫びが全てを物語っているかなぁ…「わが魂よりも、わが祖国を愛する。わたしの六十年の人生経験からも断言できるが、今ほどむずかしい時期はない。平和は必要なのだ。それでいて、戦いを避けるわけにもいかない。しかも、われわれの運命を決める君主(クレメンテ七世)ときたら、平和か戦争かのどちらを選ぶことさえ荷が重いときている」とな…ちなみにクレメンテ七世はジュリオ・デ・メディチ、ロレンツォの弟の遺児だった人ですが…

 何とゆーか、フィレンツェはメディチに掻き回される宿命のあるのでしょか?この後、1529年にクレメンテとカルロスの講和が調印されたそで、「法王は、カルロスの、イタリア半島支配権を認めたのである。イタリアをスペインに売り渡したクレメンテが得たものは、メディチ家のフィレンツェ復帰実現に、武力を用いてもカルロスは協力するという一項だった」

 かくてその秋、フィレンツェ包囲戦が始まり、翌年カルロスは神聖ローマ皇帝を戴冠し、その夏、フィレンツェ共和国は滅亡し、七年後コシモ・デ・メディチ(黒隊のジョヴァンニの一人息子)がフィレンツェの支配権を有し、初代トスカーナ大公となったとな、と…

 こーゆー時代背景をして、君主論、政略論、戦略論が書かれたと知るだけでも、おべんきょになります…伊史パネェ、超パネェ…

 目次参照  目次 文系

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