« 正直しんどい… | トップページ | 天才的な、あまりにも天才的な? »

2014年5月28日 (水)

にっぽんのお蕎麦屋さん(笑)

江戸蕎麦めぐり。  江戸ソバリエ協会・編  幹書房

 「俳諧と蕎麦は江戸の水に合う」(@松尾芭蕉)だそで、麺類というと西はうどん、東は蕎麦なイメージが勝手にあるけど?どだろ?でも出雲そばだし、稲庭うどんだしなぁ(笑)まぁ、名物はいずこの国も皆それぞれにあるという事で(笑)かくて、江戸・東京は、うどん文化というより、蕎麦文化というのは確かにそかも?と思うし(笑)東京でうどんの老舗(他地域の東京支店以外)って殆どきかないよな?その反面、蕎麦の老舗はあるあるだよなと?

 バッと浮かぶのは神田藪の藪蕎麦ですが、これはもー全国区な気がするんだけど?これまたどだろ?ちなみに本書はそんな東京老舗、江戸老舗の皆様も掲載されていて、虎ノ門大坂屋砂場(虎ノ門)、総本家更科堀井(麻布十番)、かんだやぶそば(淡路町、小川町)とこの辺りは御三家になるんだろか?ですよねぇ?

 で、本書拝読していてヘェーと思ったのが、更科堀井のそれ…何がと言えば蕎麦つゆの話…東京のソレは醤油辛いのが普通みたいな、特におじさん世代の人はそれが通ってもんだとゆー人多しな気がしていたら、更科堀井のソレは「白い蕎麦に甘い汁」がジャスティスとな…成程、蕎麦つゆもその店、その店で味が違う、あると思いますなのか?

 アリス的に蕎麦、朱色その他で結構出てきているよーな気がする?自分で作って食べていたりもするし…意外とうどんの描写は出てこないとこみると、アリスは隠れ蕎麦党だったのだろか?もしかして鉄オタだから駅そばファンとか(笑)

 本書的には蕎麦のルーツ的なとこで木曾の定勝寺の僧金永によってお寺で蕎麦切が造られたと古文書に残っているそな、織田信長の頃室町末期の話とな…で、アリス的にはその少し前に相国寺に蕎麦らしい麺を食べていたという日記が残っているとか…翻れば足利時代からあるかもで、お寺でお蕎麦あると思いますの世界だったのか?それがだんだん町方にのびていったとゆー事だろか?

 ちなみに大坂屋砂場のご主人曰く「蕎麦屋と菓子屋の道具は似た物が多いですから、菓子屋が蕎麦を商っていたというのは本当だと思いますね。江戸初期までは、蒸した蕎麦だったというのもそのためでしょう」とな…そーだったのか?蕎麦屋ぁー?食事というより、おやつ感覚だったのだろぉか?当時の日本人?

 さて、アリス的に蕎麦屋となると、片桐さんの職場神保町の近くとなれば、神田まつや(淡路町、小川町)とか、眠庵(神田)とかになるのかなぁ?神楽坂にまで足をのばしているみたいだから、蕎麦の膳たかさご(牛込神楽坂)とか、巽蕎麦志ま平(牛込神楽坂)とかも入るのかなぁ?後は、自宅の吉祥寺近くという事で本むら庵(荻窪)とか、あるのかも?お店についての詳細は本書をドゾですが、巻末の蕎麦屋リスト的には、松翁(神田猿楽町)とか、九段一茶庵本店(神田神保町)とかありますし、蕎麦㊁味酒よしむら(吉祥寺南町)もどでしょ?

 その他、いぱーいお店掲載されていますので詳細は本書をドゾですが、その他豆知識もいぱーいで、粋な蕎麦の食べ方指南なんかもあるんですけど、細かい事はともかく蕎麦あれこれって結構日本独自の物が多くね?な世界じゃね?ですかねぇ?例えば、麺と汁が別々にとかもそーだとか…

 でまぁ、本書で一番ハーヘーホーと思わされたとこは年越しそばのコラム…神田界隈の老舗の蕎麦屋では普段の十倍以上の人が並ぶとな…そーだったのか?で「お客さんに寒さを凌いでもらうため一斗缶の炭火まで用意します。この光景は、もう神田の街の大晦日の風物詩です」とな…消防法のうるさい昨今にまだそんなとこが残っていたのか…

 でもって年越し蕎麦の格言(?)がこれまた凄い(笑)「年越を共にしない者はあてにならない」とか「年越蕎麦は他所で食べるな」とか言われていますだとか…成程、年越蕎麦って家庭の味でもあったのか?年末からお正月にかけては家族揃ってというのが、ジャスティスって事でしょかねぇ?蕎麦食べて、除夜の鐘聞いて、神社にお参りにいってお神酒を戴く、うん、日本人ならそーだよね(笑)

 目次参照  目次 食物

|

« 正直しんどい… | トップページ | 天才的な、あまりにも天才的な? »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

食物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: にっぽんのお蕎麦屋さん(笑):

« 正直しんどい… | トップページ | 天才的な、あまりにも天才的な? »