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2014年6月17日 (火)

太陽がいっぱい(笑)

古代エジプト入門  内田杉彦  岩波書店

 これまた世界四大文明の一つ、エジプトきたこれ(笑)もーエジプトと言ったらピラミッドにスフィンクスなイメージでいたら、エジプト(王朝)の歴史って半端ネェに尽きるとは?で、まぁその王朝が始まるのが紀元前3000年頃の話と思いねぇなんですが、その前に歴史というより考古学なホモ・サピエンスな話から…で、10万-9万年前に民族大移動があったんじゃねもあるんですが、「エジプトで発見されている新人の痕跡(石器や墓など)は今のところ、七万~五万年前までさかのぼるにすぎません」とな…ちなみに「北アフリカでは約七万年前に気候の乾燥化が始まり、狩猟・採集の段階にあった新人たちは主にナイル流域で生活するようになりました」とな…これが元祖エジプト人という事になるんだろぉか?

 そして月日はざっくりと流れ(笑)1万1000年前(紀元前9000年頃)「北アフリカの気候がやや湿潤したため、彼らはナイル流域の東西に生活圏を広げ」るとな…で紀元前8800年前頃に「野生のウシを家畜として飼育する人々が現れます」となり、これが「アフリカ最古の牧畜文化で「サハラ新石器文化」と呼ばれます」となるそーな…成程、アフリカって結構あちこちで牛飼っているイメージがこれまたあったげと、それってエジプト(ナイル川)からだったのか?ちなみに紀元前5900-5400年頃に「西アジアの家畜であるヤギとヒツジが「サハラ新石器文化」に伝来したとみられます」で、牛はアフリカ原産、山羊・羊はアジア原産となるのだろぉか?うーむ?

 中々、王朝に辿りつかない(笑)けど、時代は下って紀元前5500-5000年頃になると「北アフリカの気候乾燥化が再び始まり」まして、人々はナイル流域に定住、ナイルの氾濫を利用した農耕と牧畜生活を営むとな…これが先王朝時代の始まりとなると…

 で、農業が始まると格差社会に繋がるは、どの文明もアレなので詳細は本書をドゾ。かくて長い前振りでしたが、エジプト王朝時代(紀元前3000年頃)に突入する訳だったりして(笑)

 アリス的にエジプト…アフリカ大陸的にはモロッコだからなぁ…その内、国名シリーズでエジプトも出てくるのだろぉか?それにしても、エジプト王朝時代って31王朝と二つあるとは知らなんだ…時代区分的には、初期王朝時代の第一王朝が紀元前3000年、古王国時代の第3王朝が紀元前2652年、第一中間期の第七王朝が紀元前2191年、中王国時代の第11王朝が紀元前2025年、第二中間期の第十三王朝が紀元前1794年、新王国時代の第十八王朝が紀元前1550年、第三中間期の第二十一王朝が紀元前1070年、末期王朝時代の第二十五王朝が紀元前712年、で、その後に続くマケドニア朝が紀元前332年、プトレマイオス朝が紀元前304年となる模様…でクレオパトラで終わるのが紀元前30年となる訳か…こー言っちゃー何だけど僅か3000年の間に33も王朝が政権交代の世界ですから、今と違って選挙によって人が変わるというのではなくて、全土巻き込んでのヒャッハー状態から繰り返す何とかですから、これ見るだけでもエジプトの騒乱って、もしかして伝統芸能じゃまいか?と思うのは気のせいか?

 まぁ各王朝時代の詳細は本書をドゾ。いずこの王朝もまたそれなりに大義ありですかねぇ…それはともかく、エジプト…現在の国土的な大きさは約100万㎢で、日本の約2.7倍の大きさがあるそーだけど、これまた国土の95%が砂漠とな…しかし、エジプトにはナイル川があると…これが国土の東端に南北に縦断していらっさる訳と、ちなみにナイル川の全長は約6700㎞とな…

 で、「エジプトのアスワン以南のナイル流域はヌビアと呼ばれ、エジプト領の下ヌビアとスーダン領の上ヌビアに分けられます」となるそな…アスワンというとどーもアスワンハイダムのイメージが(笑)「ナイルの谷が狭く、川岸まで砂漠が迫る地形が一般的なヌビアに対し、アスワンより下流では、谷の幅は広がり、ナイルの両岸にはほぼ途切れることなく緑の平野が続きます。ナイルにはもはや急湍はなく、高低差が少ない地形のため河水はゆったりと流れます」というのが、普通に思い浮かべるナイル川のイメージかなぁ?大河は流れる、両岸には田畑みたいな?でこの辺りが上エジプトと呼ばれる地域となると…

 さて、そのナイル川もカイロを過ぎると支流が分かれてデルタ地帯に突入するとな…水路や運河がいぱーいのこちらは下エジプトと呼ばれる地域となるそーな…で現代もこの上下エジプト地域、ナイル流域に人口(約7000万人)が住んでいらっさると…まさにエジプトはナイルに始まり、ナイルに終わる国なんだなぁ…まぁ降水量が少なく、回りは砂漠ばかりとなれば水資源のあるとこに人は集まる、これ時代に関係なく必然なんだなぁ…

 でで、これまた一昔前までは(ダム出来る前)ナイル川というと氾濫がこれまた有名でしたけど、これ時期的には9-10月頃の話だったのね…11月には水が引くのが自然のサイクルだった模様…ところが、古代エジプト人達はこの二か月の氾濫期を人為的に四か月(7-10月)としていたんだぜとな…「これによって地中の塩分がより効果的に排出され、国土にいっそう多くの水分と肥沃な泥が堆積するようになり、収穫量の安定・増加がもたらされました」とな、これが紀元前3500年頃…ええ、食糧の自給ができれば国が出来るまで後一歩ってか(笑)

 かくて人は衣食足りて礼節を知るもあると思いますが、衣食足りて権力に走るもあるんだな、これがの世界に突入していくと…ピラミッド造ったり、宗教に走ったりで文化じゃけんの側面もまたあるとしても、ここからは王国作った(統一した)、権力絶頂、腐敗、カオス、下剋上で新たな王国作ったの振出に戻るのバターンをほぼ33回程繰り返しましたが、何か?の世界に突入しているとも言うんじゃね?で、またこの間に、エジプト国内だけの話ではなくて、対外的な、主に西アジアの問題が出てくるんですね…文化や貿易の交流的なプラスの要素もあれば、これまた領土問題やら戦争やらのマイナスの要素も出てくると…

 これまた詳細は本書をドゾ。豆知識的にはエジプトの遺産、「石造の神殿や墓、彫刻、さまざまな準宝石を用いた装身具や工芸品」の素材はどこから来たか?建物や彫刻材料として使用した石灰岩と砂岩は「ナイル流域の砂漠の岩は上エジプトのエスナを境として、北がおおむね石灰岩、南は砂岩からなっています」とな…特に「カイロの南にあるトゥーラの石灰岩採石場と、上エジプト南部のジェベル・シルシラ砂岩採石場からは、良質の石材が切り出されました」とな…また「東部砂漠からは、さらに玄武岩や硬砂岩などの硬い石材、工芸品の素材として珍重された方解石(いわゆるアラバスター)に加え、メノウやアメジスト、紅玉髄などの準宝石も得られました」そーな…

 ちなみに金は「上エジプト南部からヌビアに至る東部砂漠」に埋蔵されいたそーで、「下エジプト西部の砂漠にあるワディ・ナルトンからは、塩の一種であるナトロンが産出しました」とな…このナトロン、薬物や洗剤としても使用されたけど「ミイラ製作の際に遺体の脱水・乾燥をするための必需品でした」という事で、エジプトでミイラ作りが出来たのもこのナトロンのおかげという事なのか?

 ミイラが出てきた事で、エジプト人の死生観とは何ぞや?ですけど、「平野は限られており、人間の生活のために無駄なく活用しなければなりませんから、死者は砂漠に埋葬されるのが一般的でした」とな…でここから「古代エジプト人は、自分たちの世界に隣接する砂漠を死の世界、死者の領域とみなすようになり、「死」を身近なものとして生々しく意識するようになったと考えられます」とな…かくて「死者が来世に復活し永遠の生命を得るという来世観念は、古代エジプトの宗教のなかで特に重要な位置を占めています」そーで、これが当時のエジプト人の願望のあらわれだった模様…

 復活がキーワードみたいですが、この根底にあったのも日の出日の入りの繰り返しによるそれ、ナイルの氾濫による季節の繰り返し、「生命の力は必ず死を克服するという信仰を生みました」とな…かくて「自分たちの世界が神々によって作られ、特別な秩序に支配されていて、砂漠や異国といった周囲を取り巻く混沌の領域から守られているという意識を持つようになり、それが古代エジプト人の世界観の基礎となるのです」とな…いやまぁどこの国の創生神話はアレだけど、環境は人を作るって本当なんだなぁ(笑)

 各王朝史についての詳細は本書をドゾ。有名どころだけチョイスすると第四王朝の二代目がクフ王、ギザのピラミッドはこの時でけた訳ですね(笑)て゜、四代目の王カフラーによる第二ピラミッドと、六代目の王メンカフラーによる第三ビラビッド建設となる模様…名前だけは何故か有名なハトシェプスト女王の場合は第18王朝、後は大王として有名なラメセス二世は第19王朝、プトレマイオス朝でクレオパトラとな…ただ、アリス的にはネコ一世、二世でしょか(第26王朝?)

 さて国の興亡ですが、こちらも何とゆーか今も昔もパターン変わらずなのか?「官僚は王の代理ですから、王は、官僚を任命したり免職したりする権限を持っており、それによって官僚組織をコントロールして政治の実権を握ることができたはずです」だがしかし「給与として貴族に与えられた領地も、官僚しとての勤務が終われば、王家の所有に戻されるのが当然です。ところが現実には、官僚が自分の職を身内の男子、普通は長男に継がせ、王がそれを認めるというケースが多くなります」とな…結果「高級官僚は有力な貴族に何代にもわたって独占されるようになり、王の官僚罷免権はだんだん形だけのものとなってきました」となれば、ねぇ…いつの時代も国って公務員によって食いつぶされていくものなんだなぁ(笑)しかも官僚、減る事はなくとも増員する事はあるあるで、その「官僚を養うためには、その給与のもととなる租税を増やすほかになかった」となれば、増税キタコレで、何かもー他人事でないんですけど(笑)

 も一つが対外的なとこで、アメンヘテプ三世のとこ辺りが顕著だと思われなんですが「平和外交は、大国間で力のバランスが保たれている間は有効だった」けど、そじゃなくなったら意味ないじゃんと(笑)更に、贈物の交換「とりわけ黄金の贈与は、エジプトの威信を高めはしましたが、結局は諸外国の王の欲望をかきたてたにすぎず、「アマルナ文書」に含まれる彼らの書簡には、より多くの黄金の要求や、贈られた黄金の量が少ないという苦情がしばしばみられます」となる模様…バラマキ政治の行き着く先ってか(笑)で、これまたアレですが「何より問題だったのは、エジプト王による軍事遠征が行われなくなり、エジプトの武力を誇示する機会がなくなったことでした」とな…実際に他国からの侵入を受けても「アメンヘテプ三世は「治安維持のため少数の軍隊を派遣しただけで自らは出馬しようとせず、エジプトの威信は徐々に低下していくのです」とな…いざと言う時に頼りにならない国なんかについていく国もない訳で、外交的にどーよという事らすぃ(笑)

 ちなみにアクエンアテンの時もヒッタイトの侵攻に対して「事態を静観する方針」が取られたそだが、「アクエンアテンが積極的な行動に出なかったことは、結果としては失敗でした。西アジアにおけるエジプトの威信は地に落ち、ヒッタイトの進出によって「帝国」のシリア領土が失われることになるのです」もあると…

 更に移民的なそれで「海の民」がやってくるで、「最も恐るべき侵略者は、リビアではなく東方から襲来しました。かつてメルエンプタハで撃退した「海の民」が、新たな民族を中心として再び大移動を開始したのです」で、これでヒッタイトが滅び、キプロス、カルケミシュ、ウガリトが破壊され、エジプト侵攻も開始されると…陸づたいに、また海からの二面攻撃にさらされたラメセス三世は何とか撃退しますが、「彼らを殲滅するようなことはせずに一部を傭兵としただけでなく、南部パレスチナ沿岸地域への植民を認めました」とな…結果どーなったかというと「南部パレスチナの沿岸地域に、エジプト王権の支配下に入らない「海の民」の居住地が数多く作られたことは、エジプトと西アジアの交信の妨げになったとみられます」パレスチナ内陸部のエジプト人居留地は「ラメセス三世の治世末からラメセス四世の治世初期にかけて、次々と破壊され放棄されたことが明らかになっています」とな…まさに軒を貸して母屋を取られた状態勃発ってか(笑)かくて「「帝国」の西アジア領土はこれによってほぼ失われてしまったのです」とな…

 豆的なとこではこのラメセス三世の治世に世界最古の「ストライキ」も起きていたりして、外だけでなく、内もガタガタだった模様…官僚汚職・腐敗系はいつもの事なので詳細は本書をドゾ(笑)

 かくて、第27王朝にもなるとペルシア支配なんですね…そんなに苛酷な支配ではなかったし、エジプト文化をリスペクトしよーと「しょせんはるかなイラン高原で統治する「不在領王」であり、異国の征服者、抑圧者にすぎなかった」ので、水面下では皆打倒ペルシャだった模様…反乱の幕開けだぁの詳細は本書をドゾ。力でねじ伏せたペルシャ支配(第31王朝)には「各地の神殿が略奪され、主要都市の防備も破壊されるなど、過酷なもの」に…だが、しかし、この後あのアレキサンダー大王キタコレでペルシャおわこんと…

 さて、最後の王朝プトレマイオス朝になるんですが、経緯の詳細は本書をドゾですけど、結局これも「セレウコス朝シリアとの戦争のための重税や、支配階級であるギリシア系住民に対するエジプト人の反感、上エジプトの自立傾向」と増税と移民問題が絡めばこれまたキタコレになるのはパターンってか?でローマの下に下り、王朝はクレオパトラでジ・エンドとな…

 尤も、それでも古代エジプト文化はローマ支配の下でも生き延びてはいたんですよ、奥さん(誰?)ただし、キリスト教が紀元後四世紀末にローマ国教になるまでは…「これによって、古代エジプトの宗教とそれに結びついた伝統文化は迫害の対象となり、神殿は破壊され、あるいはキリスト教会へと変えられました」とな…結局「数千年に及ぶ古代エジプト文明の歴史はここに終わりを告げるのです」となったとな…さすが愛と慈悲のキリスト教、やる事が違う(笑)

 いやまぁ駆け足でエジプト文明見てきましたが、一口で言える世界じゃないよってそれは当たり前なんで、何せ優に3000年以上ある訳ですから…その前後も入れれば、ドンダケェーにもなるし…まぁ何にせよ、トーシロが見る分には短命政権が多くね?な世界かなぁ?いや政権末期はほぼカオスか下剋上とすれば、半分はもめてた時代となる訳だろーから…ある意味エジプト人って纏まって瓦解という短期周期な繰り返しが好みだったのだろぉか?と思ってみたりたり…まぁ何にせよエジプト文明も半端ない…

 とゆー訳ですので、詳細は本書をドゾ。

 目次参照  目次 文系

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