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2014年8月29日 (金)

三界に一人の罪人でもあれば悉く自分の責である…

出家とその弟子  倉田百三  新潮社

 事実は小説より奇なりとはよく言うが、うーむ、フィクションにはフィクションの生きる道があるってか(笑)で、タイトル通りというべきか?登場人物は親鸞を中心にしたご一同様だろか?でもって、主人公はその弟子、若き僧の唯円とその身内とでもいおーか(笑)

 とはいえ、こちら普通の小説というより劇の台本といった構成…うーむ、これを舞台で見るとなると成程体力いりそーというより、皆さん長台詞なんで、役者さんは大変そーだよなぁと(笑)とまぁ、それもともかく、何とゆーかドラマでございます、かなぁ?唯円親子と親鸞一行とのシーンなんかの日常の人としてのあり方というか、その当時の民度的な葛藤でしょか?善良な人程傷つき易くその反動がみたいな、まぁある意味中二病な話じゃまいか?ですが、それは後の親鸞と善鸞親子の関係にも出てくる訳で、善鸞、どー見ても中二病だろ?じゃね?

 で、本書のメインなんだろなぁな唯円とかえでとの恋はロミジュリかの世界だし(笑)そしてラスト、親鸞往生のシーンでの善鸞とは?の辺りもこの人最後まで中二病か?な世界だし…かくて、本書を拝読して思うのは男の甘えかなぁ(笑)まぁ迷っているのは若いからという言い訳も成り立つだろーけど(笑)さて、幾つまで若いと言えるのか(笑)とまぁそれもともかく、この手のテーマは永遠に?なのだろか?と…というのも本書大正に出たお話なんですよ、なのに全然古さがないとこがまた…よーするに煩悩は色褪せないという事か(笑)

 アリス的に親鸞、浄土真宗はダリ繭のお葬式のとこか?あのしゃっちょさん確か真宗だった記憶が薄らと?ついでにいうとこの唯円とかえでの恋に恋しての禁断(?)の恋愛というか、葛藤は、障害のある恋をしている人全てに当てはまりそーだしなぁ?この手のテーマは永遠にの世界か(笑)

 とまぁ後は本書の名台詞を堪能するが宜しかなぁと…親鸞の仏の道もまぁさすが浄土真宗かな、と…「それを業というのです。人間が罪を犯すのは、皆その力に強いられているのです。誰も抵抗する事はできません。(間)私はあなたを卑しい人とは思いませんでした。寧ろ純な人だと思いました」(親鸞)となる訳で、この辺りは准教授的にどーだろぉ?だよなぁ?犯社的にもどーだろぉ?

 他にも「私は自分を悪人と信じています。そうです。私は救い難き悪人です。私の心は同じ仏子を呪いますもの。私の肉は同じ仏子を喰いますもの。悪人でなくて何でしょうか」(親鸞)とか、「あなたの苦しみはすべての人間の持たねばならぬ苦しみです。只偽善者だけがその苦しみを持たないだけです。善くなろうとする願いを抱いて、自分の心を正直に見るに耐える人間はあなたのように苦しむのが本当です。私はあなたの苦しみを尊いと思います」(親鸞)とか、「人間は善くなりきる事は出来ません。絶対に他の生命を損じない事は出来ません。そのようなものとしてつくられているのです」(親鸞)とな…

 何か救いは何もないよーな気がするけど、それでも「仏様は私たちを悪いままで助けて下さいます。罪を赦して下さいます。それが仏様の愛です。私はそれを信じています。それを信じなくては生きられません」(親鸞)となる訳で、浄土真宗は愛だろっ愛の世界だったのか?更に「私たちは愛します。そして赦します。他人の罪を赦します。その時私たちの心は最も平和です。私たちは悪い事ばかりします。憎みかつ呪います。しかし様々の汚れた心の働きの中でも私たちは愛を知っています。そして赦します」(親鸞)これはもー、人を殺したいと思った事があるからの准教授的にどよ?だろか?いや、でも愛こそ全てなんて准教授に言っても鼻で笑われそうなんですが(笑)

 でまぁ、そんな人皆悪人、でも善行に生きよーよ、愛こそ全てな人生は現実厳しいと…「出来ない方が本当なのです。善良な人は貧乏になるのが当然です」(親鸞)はある意味至言か(笑)まぁハッシーが善人に見えるかと言えば(笑)も一つ善悪的なとこで「百の悪業に催されて自分の罪を感じている悪人よりも、小善根を積んで己れの悪を認めぬ偽善者の方が仏の愛にはもれているのだ」(親鸞)とは(笑)えーと、正義とは何か?とか(笑)

 その他にも「お前の淋しさは対象によって癒される淋しさだが、私の淋しさはもう何物でも癒されない淋しさだ。それはお前が人生を経験して行かなくては解らない事だ」(親鸞)となるともー人生訓のノリになってきたよな(笑)「人生の淋しさは酒や女で癒されるような浅いものではないからな。多くの弱い人は淋しい時に酒と女に行く。そして益々淋しくされる」(親鸞)とな…酒は涙か溜息か?結局それって逃げじゃね?ですかねぇ?逃げられればよござんすが、世の中そんなに甘くないってか?

 また、「「若さ」のつくり出す間違いが沢山あるね。それが段々と眼が明るくなって人生の真の姿が見えるようになるのだよ」(親鸞)とな…若い時には若い時の、年寄りには年寄りの生き方があるじゃまいか?でしょか?

 恋とはどんなものでしょーなとこで「罪に絡まったものだ。この世では罪をつくらずに恋をすることは出来ないのだ」(親鸞)とな…おししょーさま厳しー…そして「多くの男女の恋のうちで、ただゆるされた恋のみが成就するのじゃ。その他の人々はみな失恋の苦いさかずきをのむのじゃ」(親鸞)って、うーんスイス時計の青年アリスならどー聞くだろぉと思ってみたり…でもって「恋の中には呪いが含まれているのだ。それは恋人の運命を幸福にすることを目的としない」「愛は相手の運命を興味とする。恋は相手の運命をしあわせにするとは限らない」(親鸞)って…まさに恋は盲目というヤツですか?そーですか?

 でもって「聖者とは罪の感じの人並すぐれて深い人のことを云うのだよ」(親鸞)とな…となると准教授って本当は(笑)

 そして親鸞の息子に対する評価がこれ厳しー…「人にも自らにも反抗的になっている。罰を受けたいというのは甘えている。地獄の火の恐ろしさを侮っている。指一本焼ける肉体的苦痛でもとても耐え切れるものではないのだ。(間)彼はまだ失うべきものを失うていないと見える」(親鸞)って…いや確かに善鸞、酒と女に逃げている中二病だけど…それにしても善鸞の凄いとこはそれでも僧を続けているとこで、これまた回りも(?)僧と認めているとこだよなぁ?

 それにしても名言の数々でして、親鸞だけじゃないんですけど、まぁそちらの登場人物達のソレは本書をドゾ。最後に、親鸞が弟子(僧一)に問う「五つの綱領」の内その一と二が会話に出てくるのですが、それが「私たちは悪しき人間である」と「他人を裁かぬ」なんですよ…とかく他人を批判しがちな、ついでに上から目線乙な人多しの日常を思うと…親鸞パネェ、超パネェなんだなぁ…裁かずに赦せとな…果たしてそれが出来る人がどれだけいるのか?

 目次参照  目次 フィクション

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