« 猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ… | トップページ | ゆく川の水はたえずして… »

2014年8月 4日 (月)

なんまいだぁ(笑)

すぐわかる お経の心  大角修  東京美術

 サブタイトルは、なぜ「お経」をよむのか-その意味と教えなんですが、そーいえば世間では般若心経が流行っているよーな?どちらかというとお経というと南無阿弥陀仏とか、南無妙法蓮華経とか位しかパッと思いつかないお経音痴なので…お経に対して漠然としたイメージしかないんですが…日常で聞くとしたらお葬式とか法事位かなぁ?な…ちなみに「仏教は深い思案によって生み出された思想であるだけでなく、現世安穏、後世善処などの祈念とともに生きつづけてきました。葬儀や法事で耳にする「お経」には、何よりも、その祈念がこめられています」となるそーな、そーだったのかぁーっ…

 まぁ何とゆーか、聞くだけで有難みがあるよーな気がするお経かな、なんていうと何で罰当たりなと言われてしまうんだろか?ですが…「経文は、各宗の教義の根幹となる文」であり、「遠い祖先から受けつがれた祈りの心を伝えるもの」でもあるそーな…

 お釈迦様の登場が2500年位前で、その言葉をまとめたのがお経という事になるとすると、まぁその間に若干のタイムラグがあるにしても、それだけの時間経過があってなお残っているソレって凄くね?位じゃ済まないんじゃなかろーか?

 てな訳でとっても難しい漢字がズラリと並んでいるお経の旅へ行ってみようと思いませんかぁ~ってか?

 アリス的にお経…四天王寺のソレ位かなぁ?四天王寺つながりでいくと彼岸会のとこで「夕陽に心を定めるのは、その方向に極楽浄土があると説かれているからです。その教えによって、太陽が真西に沈む春分、秋分の日に彼岸を念じる彼岸会の行事が生まれました」でもって、「その大きな霊場が、日本仏教全体の祖師とされる聖徳太子ゆかりの四天王寺」とな…ちなみに「平安時代には西の海に沈む夕日を見る」ことが出来て、「今も四天王寺西門は「極楽門」と呼ばれています」とな…そーだったのか?アリス(笑)これまたちなみに仏説観無量寿経の第一が「西に沈む夕陽の瞑想で、それを日想観といいます」とな…

 も一つ聖徳太子絡みで、講が出てきまして、ちなみに講とは何ぞや?というと「いろいろな信仰集団で、そのメンバーを講中といいます」とな…更にちなみに「月の出を待って念仏をとなえる月待講」なんてのもあったのか?で、月となればこれもアリス的なんだろか?それはともかく「講のもともとの意味は、経典を講釈する「講経」でした。日本では聖徳太子が法華経や華厳経について講じたのが最初になります」で、成程聖徳太子、日本初がいぱーいってか(笑)これまたちなみに、「華厳経は日本に仏教が伝来した当初から尊重された経典で、聖徳太子は「華厳義疏」を著して細かく注釈しています」とな…日本仏教、聖徳太子抜きでは語れない部分が多すぎるってか?

 他にアリス的なとこというと、アリスと言えば月という事で涅槃絵の説明のとこで「上部の空に月が描かれています。満ちては欠け、欠けては満ちる月は世界の諸宗教で不滅のシンボルであり、不死の霊力があるとされます。その霊力もまた、地上のすべてに注がれています」となるのか?お月さまって有り難いものだったんですねぇ…

 後は海奈良の東大寺のお水取り、こちらで唱えられているのは十一面悔過だとか…そーだったのか?更に一面神咒心経と、お経は続くよの世界か?東大寺つながりで、お堂の話があって「金堂の内部は、ほとんどが仏像を安置するスペースで占められています。東大寺金堂(大仏殿)も大仏を安置する仏殿として建築されたのであり、仏の不滅と栄光を表す巨大なシンボルでした」となる模様(笑)

 お経については「経典というものは、言葉の意味がわかればいいというものではありません」とな…「文字の姿と音の響きが、いっそう重要であり、それを読誦し、あるいは読経の声を聞くことを通して、人の理解を超えた大きな存在とされる仏や菩薩が感得されてくるものです」って、そーだったのかぁ?お経ぉぉぉーっ…

 で、最近ブームの般若心経ですが、浄土真宗以外は宗派問わずなマルチなとこも、ついでにトーシロには有り難いとても短いお経なとこもあると思いますだけど、その対極にあるのが大悲心陀羅尼なのか?詳細は本書をドゾですが「般若心経が一般の人に多く読誦されているのに対し、大悲心陀羅尼はいわばプロの「お経」であるといえる」でしょか?ちなみに写経する時は般若心経は「一行十七字で書くのが習わしです」って、そんな事まで決まっていたのか?お経ぉぉぉーっ…

 その他、仏教関連でのエピも色々ありますので詳細は本書をドゾ。まぁ何にせよ、日本の仏教はある意味広いのか?でしょか?お坊さんが結婚するのも日本だけだしーだし(笑)後、仏壇のとこで「仏壇を粗末にあつかうと、たたりがあるという人がいます。そんなことがあるはすがありません。慈悲の仏にたたりがあるなら、仏教の根幹がゆらぎます」とな…仏教的には祟り的な概念そのものがあるわけないやんけ?の世界なのか?

 さて、最後に本書的に何か物凄く納得したところがアーナンダの人物評…「アーナンダは釈尊のいとこで、もっとも身近にいた愛弟子である。ところが、修行の面では他の高弟たちにおよばず、どうも、いま一歩の人だった」とな…だがしかし「そこが、重要な点である。いまだ道なかばのアーナンダが「このように聞いた」と語ることで、仏の真実と普通の人をつなぐのだから」とな…これってキリスト教的に言うとパウロよりペテロと似たよーな感覚なんだろか?頭のキレすぎる人より普通の人の方の方が信用される、これもまた日常にあると思いますなのか?

 各お経の解説を含めて、他にも色々色々本当にいぱーいありますので詳細は本書をドゾ。いやお経は深い、とても深い…2500年の歴史は伊達じゃないってか…

 掲載されているお経等は、三帰依文、懺悔文、開経偈、普回向、仏説無量寿経歎仏頌、仏説無量寿経重誓偈、仏説観無量寿経第九真身観文、仏説阿弥陀経、妙法蓮華経方便品第二、妙法蓮華経如来寿量品第十六、妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五、摩訶般若波羅蜜多心経、大悲心陀羅尼、十句観音経
 一枚起請文(法然)、親鸞上人和讃、御文章 白骨の章(蓮如)、修証義(道元)、十善戒
 光明真言、不動明王真言、薬師如来真言、阿弥陀仏如来根本陀羅尼、毘沙門天真言、地蔵菩薩真言
 地蔵和讃、四国四十八か所御詠歌

 目次参照  目次 文化・芸術

|

« 猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ… | トップページ | ゆく川の水はたえずして… »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: なんまいだぁ(笑):

« 猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ… | トップページ | ゆく川の水はたえずして… »