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2014年8月30日 (土)

色は匂へど散りぬるを我が世たれぞ常ならむ有為の奥山今日越えて浅き夢見し酔ひもせず(笑)

仏典のことば  中村元  岩波書店

 サブタイトルが現代に呼びかける智慧なんですが、有り難きお言葉と共に現代、現状を鑑みてみよーの世界かな?ちなみに「「仏を見る」というのは、仏の肉体を見ることではなくて、ものごとの理法を見ることにほかなりません」とな…ある意味、人間よ理法に還れの世界なんだろか?ちなみに「ゴーダマ・ブッダの説くところは、少なくとも表面的には観念的な保守主義でした。つまり、理法が永遠のものであるならば、永い間奉ぜられてきたことがらは、良いものであるに違いないというのです」となな…まぁその理を守れる人がどれだけいるか?は皆まで言うなの世界か(笑)

 何にせよ、何故仏教が出来たか?と言えば、その時代のアンチテーゼ的なとこもあると思われで、当時のインド社会も相当に欲望渦巻くいっちゃった世界だった模様…「黄金あり財産ある家は楽しい。ここに飲み、且つ食い、苦労なしに臥せよ」って、それどこのセレブ…欲望まみれた日常だったよーで、これを仏陀は「お金の雨でも欲はみたされない」とした訳ですね、分かります…

 欲望のコントロール、もしくはそれを無くす事が悟りへの道という事なんですかねぇ?かくて戎の話も出てくる訳で、「殺さず」「盗まず」「虚言を言わず」「飲酒せず」と「不邪淫」という五戒が出てくると…

 アリス的に、仏教、英都はプロテスタント系大学だからなぁ…でも京都というお国柄からしたら仏教とは縁がないとは言えない訳で(笑)それと仏典の言葉は人に対しての戒めの言葉だから、これミステリ的には対極にある話ばかりなりだよなぁ(笑)それが出来れば、まず犯罪が起きないと思われで…

 他にアリス的というと、聖徳太子の件のとこかなぁ?かの十七条の憲法の第七条「官のために人を求め、人のために官を求めず」とな…現代訳すると「官職のために適任の人を求めよ、人のために官職を設けるということをしてはいけない」って、あまりに正論過ぎて何も言えねぇーっ(笑)でも、でもやたら大臣職増えているじゃまいかぁー、本当に必要なんですかぁーっ?どこぞの役職もね(笑)聖徳太子はなおも続けるで「人には、おのおのその任務がある。職務に関して乱脈にならないようにせよ」って(笑)更に「指導的立場に立つ人は、人格的にも立派な人でなければいけない」って(笑)「社会制度がどのように変わろうと、指導者が人格者でないと、その社会は必ず腐敗堕落し、やがて禍が起こるということは、過去の人類の歴史が示すところです」とな…

 でも、そんな人材いないのよね?な話となれば「世の中には、生まれながらにして聡明な者は少ない。よく道理に心がけるならば、聖者のようになる」とな…そーだったのか?聖徳太子?「およそ、ことがらの大小にかかわらず、適任者を得たならば、世の中は必ず治まるのである」って…成程適材適所、これ大事だよねぇ、本当に全く、ご尤も(笑)

 も一つ聖徳太子絡みで人の話は聞けなとこで出てくるかなぁと(笑)今度は第十条「人の違うを怒らざれ」とな…対立意見も意見は意見なんだよと…「われもひとも、共に凡夫なるのみ」って、そこまで自分を達観できれば、そりゃ争い事は起きないよなぁ(笑)

 さて、戒めの一つに飲酒があるのは何故やねん?というと、「インドばかりでなく、南アジアでは、飲酒が厳禁されていますが、これは多分に風土的事情に由来すると思われます」とな…貧しいパンピーは「椰子の木に登りまして、実を取ってきて、ナイフで傷をつけて発酵させる」とあーら不思議お酒(どぶろく?)が出来るとな…ただし「精製されていないから、健康によくない」となる訳で…しかも「暑い国でやたらに飲んだら、すっかり体をこわしてしまう」というのが理由らすぃ…そんな訳で「北アジア、東アジアの仏教では、いくらかゆるやかになっていますが、しょせんはつとめを怠ることを戒めているのです」となるそな…よーは酒飲んで仕事しない、昔からある事だったのか?

 後、布施の意味でしょか?富を得たら人に施せの世界観となる訳で、富を集めるだけでは地獄に落ちるという話だったりして、格差社会極まれりだったのか?所得の再分配が不公平なのはいつの時代も同じという事か?それが大きく傾けば、争いの場になる事必定ってか?まぁ何にしても「乏しい中からわかち合って互いに助けていこうではないか、という精神です」で、元祖相互扶助なんでしょかねぇ、仏教は?

 出家の概念もこれまた日本とは違うよなぁと「南アジア諸国では出家して仏教僧となることは極めて容易であり、また還俗することも容易です。人は一生に一度は仏門に帰して、出家者になるべきであるとされているほどです」とな…て、事は元僧侶がいぱーいいるという事なんだろか?で、何でそんなにお寺に行く事になるのか?の裏事情的なとこで「経済的観点から見ると、失業対策にもなっています。世俗にいる必要のない人が仏門にはいっておれば、戒律を厳守するので非行に陥ることなく、したがって出家ということが社会的な安全弁となっているのです」とは知らなんだ…成程、ハローワークより出家か(笑)

 で、経営者の心得も出てくるんですが、これがまた凄い(笑)雇い人に対する態度なんですが「⑴その能力に応じて仕事をあてがう」「⑵食物と給料とを給与する」「⑶病時に看病する」「⑷すばらしい珍味の食物をわかち与える」「⑸適当なときに休息させる」って、いや、こんな上司や経営者なんて、どこにいるんだぁーっ(笑)いたら、是非拝んてみたいものよぉ、越後屋ってか(笑)サービス残業を強いり、リストラやりまくっている人達にコレって…成程、あの人達は仏教徒ではなかったんだなぁ…

 ついでに「企業の工場が外国へ移動するということは、現地人を採用するということでしょう。そうすると、それだけ日本内地の失業者が増えるということになります」とゆーのも今となってはまさに正論だよなぁと…

 更に、政治も弱者救済というよりは「法律の実際の機能を見ると、どうかすると、この頃は悪人の人権は擁護されるけれども、善人一般の人権がどうも無視されているのではないかと思われることが、しばしばあります。この点で、戦後の法律制定者たちには大きな責任があると思います」じゃね?でも、そんな責任感のある永田町、あると思いますなのか(笑)善人の自衛権も忘れずにって…

 他に裁判についても裁判に時間がかかるという事について「こんな例は外国には見られない、と言って、外国人たちがあきれて、あざ笑っています」とな…まぁ日本の裁判は本当に長きに渡りの世界だからなぁ…これは「人びとの貴重な時間を浪費させている」になるのか…そんな意識が関係者の中にあるのかは…

 仏典的にスゲェと思ったのは、「国王の難」と「盗賊の難」が同等なんですよね…よーするにどっちもパンピーから物(金?財?)を奪っていく者として認識されている訳ですよ、奥さん(誰?)当時は税金も国王による盗みと大差ないという事らすぃ(笑)結局コレって集めたお金(税)を国民にちゃんと還元していかなかった結果という事じゃまいか?庶民は見ていたの世界か(笑)今も昔も国のトップのやる事なんてこれまた大差ないという事なんだろか(笑)優遇税制はセレブの為にだもんなぁ…

 ちなみに「理想の帝王は、「利と正義と正理を」求めよ」となるそーな…最初の一つに精を出している人は多いけど、後の二つについては皆まで言うなの世界か(笑)「理想としては、「国王」とは「法によって他人を喜ばせる人」である」そな…これまた、そんなトップ、どこにいるんだぁーっ(笑)まぁ一部の他人を喜ばせている人はいるだろぉーけど(笑)ちなみに「当時の諸国王は、人民の利益よりも国王一個人の利益のみを追求する傾向が強かったから、とくにこのように教え誡めたのです」って、その当時は今も続いていますよってってか(笑)

 後、原始仏教は「国王に対して、戦争の放棄をすすめております。国王というものは、どうも本能的に戦争を欲するものです」って、それどこぞの大統領とか、主席とか、将軍サ…ゴホンゴホン…

 これまたちなみに「王は医学、工芸(技術)、暦、算数を理解して、人びとのために田畑をきちんと整えよ」(「宝行王正論)だそーですよ、おぞーさん(誰?)更に「国内の治安を保ち、交易を盛んならしめて、物価を安定させなければならない」とな…危機管理もしっかりせーで、「民衆の経済的負担を軽くすることは、結局、国家を富裕ならしめる所以であると考えられていた」とな…いや、本当にこんなトップどこにいるんだぁーっ(エコー付)

 とゆー訳で「人民の心をまとめ、人民と一体になるだめには、国王は」「⑴施与」「⑵親愛のことば」「⑶利他的行為」「⑷適切な協力」そして道徳の実行とな…いやもー何だが、段々現実というか、現状を思うと…例えば「政府の農業政策が失敗して、農民から苦情が出たというような話を聞くことがあります。その際に、責任をとるというこはなされたのでしょうか」って、それはきっと想定外だから責任ないんじゃないんですか?じゃね?古今東西、政財界、官僚が責任とった話ってあるんだろぉか?限りなく0に近いと思うのは気のせい?

 また「国王は苦しみ悩んでいる民衆にまず食糧を与えて、その後に自分が用いるのです」って、いやぁ災害民への寄付金すら自分とこの官舎建設にあてて平気な人達なんですけど…更に国王は自らも修養しなければならないにしても「国家の力によって教育を盛んにし、学術を振興すべきである」そな…正論って何か泣けてくるよーな気がするのは何故なんだぜ(笑)

 死についてというか日本における死刑制がなかった平安時代とか350年間なかったというのは「よその国にはまず例がないでしょう」となる模様…そーだったのか?またカンボジアのジャヤヴァルマン七世の治世には領土内に101の病院を建てたとか、仏教精神がその政治、治世を貫いていた時もある例が出てきますが、その中でもアレなのが鎌倉の時の元寇ですかねぇ?「元寇のあとの法要では、わが軍の将士のの霊を弔ったのみならず、元軍の将士の霊の冥福をも祈っています。また島原の乱のあとでは、殺された切支丹側の人びとの冥福さえも念じて、怨親平等の法要が行われています」とな、そーだったのか?日本…で著者は続けるんですね「これが西洋であったらどうでしょう。十字軍が戦死したイスラムの兵士たちの冥福を祈るなんてことがあったでしょうか」って…

 も一つ、賢者についてのとこでも「賢者の対論においては、解明がなされ、批判がなされ、修正がなされ、区別がなされ、こまかな区別がなされるけれども、賢者はそれによって怒ることがありません」(「ミリンダ王の問い」)は、成程賢者かなぁ(笑)やたらとキレる人多しの昨今だけど、ゴネ得とか(笑)現代の権力者って「金権によって圧力を加えるとか、多数者がごく小数者の人びとを取り巻いて脅迫し、威圧を加えるということが多くなってきました」って…

 著者の言は続くで「今の日本の政治的経済的指導者は、国の経済のバランス・シートだけを考えて、倫理的道徳的な精神を見失っているのではないでしょうか」は、心ある国民は皆思っている事じゃまいか(笑)また「「まじめに働けば必ず生活がよくなる」というふうに、夢を実現させることこそ政府のなすべきことではないでしょうか」って…

 更に民衆への言葉は平易であれですかねぇ?仏陀は民衆言語で人々に説いていったとな…でも「明治以後の支配階級はことさらに難しい漢語を用いるようになりました」「官庁用語」とか「哲学者の表現」は「悪しき範例の最たるものです」って(笑)しかも「文部省用語と法務省用語とが異なるという点に至っては、あいた口が塞がりません」って(笑)さすが霞ヶ関、そこにしびれるあこがれるぅーっ(笑)

 いやもー何とゆーか、最初から最後までノンストップ劇場のよーな気が(笑)仏教奥が深いというか、古代インド、お釈迦様が生きていた時代もパネェでございますだったんだなぁと、そこから仏教が生まれ、2500年過ぎてもコレなんでございますと…人類って本当に進歩しているんでしょか?教えてお釈迦様だなぁ(笑)でも仏教的には、自分で日々悟りへの一歩を踏むしかなんだよの世界か?その一歩は、2500年かけてもなかなか到達しえないとこに人間の業の深さがあるのか…

 仏教的に現代の予言じゃまいか?な表現のとこが多々出てきますので詳細は本書をドゾ。大無量寿経とか、サンユッタ・ニカーナとか…まるで現代社会を見てきたよーな表現が胸に迫ります…

 それにしても、仏典を過去のものとせず、今を鑑みる、人は時にマジに考えなきゃいけない時もあるんですよ、姐さん(誰?)とはいえ、胃にきそーな、身につまされそーな話多しですけど、仏教の目指す先は「一切の生きとし生けるものよ、幸福であれ、安泰であれ」(「スッタニバータ」)に尽きるんじゃまいか、と…

 他にもたくさんエピ満載ですので、詳細は本書をドゾ。ドゾ。ドゾ。

 目次参照  目次 文化・芸術

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