« 日の下に現れ出るための書(笑) | トップページ | あらゆることは記録しておかねばならぬ、もし、そうしなければ総てが失われる… »

2014年9月23日 (火)

メメントモリの向こう側?

宗教と科学の接点  河合隼雄  岩波書店

 ちょい古というか、20世紀末の話なんですが、うーん…時代は科学オンリーでは立ち行かなくなってきたぜと模索を始めた時期の話でしょか?最初はトランスパーソナル学会からって…トランスパーソナルって何だ?の世界ですが?まぁ、宗教と科学の新しいパラダイムとは何ぞや?を探しているのは確かか(笑)よーは西洋文明の限界、いやが上に壁にぶつかった事にあるらしー…かくて、どーしたらいいだぁーっ?とゆー話か?ある意味、西洋文明の見直し、ついでキリスト教に対する見直しが始まったと見ていいんだろか?

 一神教万歳、科学万歳で来たけれど、どーもそれも怪しいらしーとなって立ち止まって考えたとなれば、本人達の堅牢な地盤が崩れているかもの世界で、「このような自覚に立つ欧米の人々は極めて強い中心の喪失感に襲われている」となって、結果「何か新しいパラダイムを見出す可能性が感じられるのなら、高い旅費や会費などは問題でなくなってくるのである」位切迫しているという事か?

 まぁ、この手のそれって西洋人にありがちな東洋の宗教だの、東洋の神秘だのにすぐに飛びつく系もなきにしもあらずで、何だかなぁとあるし、これまた日本の科学者となると、「宗教やスピリットなどと聞くと、それだけですぐに「非科学的」と判断し、そして「まやかし」だと断定してしまう」もあるし、だけど、そーじゃない可能性を私心なく眺めてみたら、な話でしょか?

 アリス的に宗教…科学…どちらもアリスはそんなの関係ねぇー(死語?)な気がするが、こちらに掲載されているのは、心理、主に心理療法みたいな視点からでして、人の心の動き的なとこでミステリ的に気になるなぁの世界ではなかろーか?動機とは何か?みたいな(笑)後アリス的には銀貨鉄道の夜(宮沢賢治)が取り上げられているところかなぁ?乱鴉に出ていたのは注文の多い料理店の方だったっけ?

 で、本書は著者がユング系という事もあって、概ねそのラインで話を進めていく感じかなぁ?たましいという単語一つとっても、宗教に走るんじゃなくて、心理学として研究対象なんですよ、奥さん(誰?)何とゆーか、欧米的な白黒はっきりの世界からグレイゾーンの探究ですかねぇ?どこまでが科学か?どこからが宗教か?境界線はあるのか?もしかしてそんな境界線意味ないんじゃなかろーか?的な(笑)

 でで、ユングと言ったらこれでしょっな共時性の出番ですよ(笑)単なる偶然、にしては出来すぎていないか?それ?みたいな?何そゆーか、このシンクロニシティが本書の通奏低音のよーに全体を流れていく感じかなぁ?「意味のある偶然の一致」なんて主観入りまくりじゃね?という批判も出てきそーだしなぁ(笑)ちなみに、この案がまだ形になっていない時にそれについてのアインシュタインのお言葉「それは極めて重要なことだから必ずその考えの発展を怠らないようにせよ」とおっさったとか…

 まぁ何にせよ、誤解というか、人によって理解の範疇が物凄く違いそーだよなぁと、所謂一つの想定外(笑)そゆものを扱うとなると、何とゆーか、現場の人は大変だろなと…例えば、たましいという言葉一つとっても十人十色違った答えが出そー(笑)「デカルトが「考える」ことを重視したのに対して、たましいは「想像する」ことを重視する。想像こそは、たましいのはたらきであり、それを端的に体験するのは夢であろう」とゆー事で、これまたある種有名な夢判断に行き着くんだろか?とか…

 どーしてもこの手の話って曖昧模糊としていくのは否めない訳で(笑)そゆ事あるよねぇから、それは科学ではないっまで、そりゃ異論百出だろーなぁと(笑)全肯定も全否定もあると思いますというより、一番楽じゃね?だけど、やっぱ物事、間があると(笑)後、物事を肯定的に見る場合、たましいに明快さを求めて、どーよというのもさもありなんだしなぁ(笑)欧米人のクリアな面好きというのも、これも一つの業なんですかねぇ?

 科学における知る事は信じる事によって「その存在を支えられてきた」となると、「東洋のように「この世は幻」」とか言っちゃうのはありえへーんの世界に突入しちゃうのか?彼らは「その世のことに力を尽くし、自我を確立するのは、結局、死後に復活し、しかも生前になしたことについて最後の審判によって評価されると信じないかぎり、まったく空しいことになるのではなかろうか」よーは、頑張って自我の確立をしたとしても、死んで復活しないなら、見事にパアじゃね?とゆー事らしー…わりにあわんぜよとゆー事か?

 でで、欧米的に、自我が外に排除したものが「死(老)、狂、女、子ども、であった」とな…「欧米社会においては、これらは極端に低い評価を受けている」とな…だから子供は早く大人になろーとするはともかく、女性だって男性同等にできるとウーマンリブだのフェミニズムだの欧米であれ程過激というか盛り上がったのはそゆ下地があったからなんですねぇ…で、残された二つ、死についてはだから死の拒否になってゆくそな…狂の方は心理学的アプローチか…うーん…結局これって虐げられたものの逆襲というか、臭いものに蓋してきたけど、最早その処理が追いつきませんの世界じゃね?と思うのは気のせいか?取りあえず未分類にぶっこんでおいたら、そっちの方が大きくなっていたでござるの巻とか?

 ちょい脇道にそれるのかもしれないけど、本書に掲載されていた癌治療の話がアレなよな…「癌に対して強く「抵抗」する人および、がっくり参ってしまう人は癌の進展が速いが、抵抗もせず負けもせず、それはそれとして生きるような態度をもてた人の方が癌の進展が遅いという研究であった」とな…いやまさにホンマでっかぁーっ?な世界だけど、聞いていてそれ程まさか感がないのは何故なんだぜ(笑)

 かくして世界は西洋だけじゃねぇとゆー事に遅まきながら気づいた人達がいらっさるとゆー事ですか(笑)ヨーロピアンスタンダード、もしくはアメリカンスタンダードがグローバルスタンダードだぜと昨日までは胸張っていられたけど、どーも、怪しいというか、違うんじゃね?と…「西洋の自我からすれば、まったくのまやかしを述べているとしか思えない仏教的世界が、はっきりと「事実」に基づいて語られていることを知ったのである」まさに青天の霹靂(笑)世界はがらんどうでおりゃー空に触っちまったんだからってか(笑)

 欧米のえらいところは、こゆとこで立ち止まらないとこじゃなかろーか?今までの世界観ではやっていけないなら、新たな世界の模索を構築に行くしかないだろぉーとゆー、無駄に元気というか、体力知力余ってんだろかの世界に見えるが、まぁ物事、試してみてナンボ、仮説はいぱーいあった方がいーとゆー、真理の為なら行くぜ百万台みたいなノリ、実に欧米か(死語?)です、本当に有難うございました(笑)

 で終わりの始まりというより、始まりの始まりですから、中身がまだまとまっていなくて疑似とか、ニセとか、似非とか、もー何もかもいっしょくたな状況、カオスでんなな世界ですかねぇ…そこから生成、もしくは精製されていくものが、やがてこの自我の上を行くものになるんだろーか?な話というのが一応の流れでしょーか?

 いえもー詳細は本書をドゾ。今読んでも、うーむとなかなか考えさせられる内容です。因果律と共時性とか、「西洋の近代は因果的思考に頼りすぎて一面的になっているので、それを補うことが必要である」(@ユング)とゆー話も出てきたり…何のかのと言ってもやはりユングは偉大だなと(笑)少なくとも人々の50年先(もっとか?)をいっていた人なんですねぇ…

 今はうさん臭いかもしれないけど、この道はいつか来た道というか、いつか行かねばならない道なのか、それが問題か?「われわれが普通に知覚している世界は、一種の顕現の世界であり、その背後に時空を超えた全一的な、彼(デイヴィッド・ボーム)の言う暗在系を有しているとの画期的な考えをもつようになった」とな…理論物理学者がこゆ事を言い出す時代が到来したとゆー事ですよ、おぞーさん(誰?)物理学つながりでシュレーディンガーなんかは「主体と客体は、一つのものである。それらの境界が、物質科学の最近の成果でこわれたということはできない。なぜなら、そんな境界など存在しないからだ」とおっさっていたりするし(笑)

 他にびっくらしたとこは、西洋的には信じると知るの違いってそんなに大きいものなのか?というとこですかねぇ?この表現の違いでえらいこっちゃえらいこっちゃになる位ですから…周囲どん引きとか…後、この死後生へのこだわりも半端ネェ情熱だし…もしかして不死に一番こだわっているのも欧米か?(死語?)じゃね?とか?後自身の強固すぎる自我の変容、違う世界があるんだよと実感する為に、東洋に走ったはともかく、LSDとか薬物にこれまた走ったのもそゆ下地があったとゆー事らしー…違う世界を想定するには実感しないと分からないというとこが実にこれまた欧米か(死語?)ですよねぇ(笑)

 そして僕は修行に走るじゃないですけど、「禅宗の座禅とか、ヒンズー教のヨーガとか、宋代儒者の静座とか、荘子のみえている坐忘とか」…身体性が伴うとな…そして得たいのは「深層の意識を獲得するためのものである」とな…東洋には昔からそれがあるとゆー事なんですかねぇ?この辺りの違いが「東洋こそが真のリアリティを認識することを宗教との関連においてなし遂げようとしており、西洋はまったくその対極としての近代自我の意識をつくりあげていたということである」でしょか?

 考え方の違いとしては分かり易いのが「日本以外の諸国の代表は「人間と他の生物-バクテリア、植物、動物-との間に根本的な違いがあること」を絶対的な問題として話をすすめてゆこうとするのに対して、日本人としてはどうしても納得いかないという点があった」でしょか?未だ世の中こんなもんの世界じゃよ、という…キリスト教恐るべしってか?自然観の違いについても詳細は本書をドゾ(笑)それにしても欧米で何故進化論が人気かというとこで「神様はつねにエリートの味方をしているということだ。そのへんのところが、キリスト教徒である西洋人には魅力的なのか、(中略)、いまだに共鳴者がたえない」(@今西錦司)とゆー…科学的検証ではどよ?という進化論も「自分たちのもっているキリスト教的自然観と合致するために、それが正しいと思いこんでしまう」訳ですね、分かります(笑)

 いや本当に色々色々色々お話あって目まぐるしい内容ですので、是非本書をドゾとお薦めしとこー(笑)ちなみに個人的に一番納得いった言葉は「だいたい「人のためにつくしている」と確信している人は、まず反省などしないものである」ですかねぇ(笑)

 他にもいぱーいエビ満載ですので、詳細は本書をドゾ。おしなべて心身問題は続くよ、どこまでも、じゃね?じゃね?かなぁ(笑)21世紀になっても、その辺りの接点、統合、分離はむつかしーの世界でしょか?一筋縄ではいかんぜよってか(笑)

 目次参照  目次 生物

|

« 日の下に現れ出るための書(笑) | トップページ | あらゆることは記録しておかねばならぬ、もし、そうしなければ総てが失われる… »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

生物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: メメントモリの向こう側?:

« 日の下に現れ出るための書(笑) | トップページ | あらゆることは記録しておかねばならぬ、もし、そうしなければ総てが失われる… »