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2014年9月14日 (日)

イェイ教で行こう(笑)

数学者の無神論  J・A・バロウズ  青土社

 サブタイトルは、神は本当にいるのか、なんですが、このタイトルで何か硬いイメージでいると、肩透かしをくらうよーな(笑)とにかく、お題がお題なのでシリアスでシビアな問題だと思われなんですけど、それを数学的にみたらどーよ?というのが本書の立ち位置かなぁ?数学と宗教、接点あるのか?と思われるかもしれないけど、数学は何かを検討する際のアプローチにはなるよーな(笑)

 で、今宗教とは、「神様を信じる論理的な理由が何かあるだろうか。何億という人々が、何千年も前からこの疑問を心に抱いていて、今日の世の中でも相変わらず、どうでもいいとは言えない問題になっている」という事なんだろなぁと…

 でで、これまた実に数学者らしい検討結果じゃまいか?かなぁ?具体的にどゆ事よ?という詳細は本書をドゾですが、まずはその目次からして秀逸(笑)大まかに三つの章から構成されているのですが、1 四つの古典的論証、第一原因論法(および不必要な仲立ち)、デザイン論法(および創造主義者の計算)、自作の疑似科学、人間原理による論証(および確率論的終末論)、存在論的証明(および論理学的おまじない)、自己言及、再帰、創造、2 四つの主観的論法、めぐりあわせ論法(および九月一一日にあった奇妙なこと)、預言論法(及び聖書の暗号)、心情的必要に関する余談、主観からの論証(および信仰、空しさ、自我)、介入からの論法(および奇蹟、祈り、証し)、イエスなど、歴史上の人物に関する見解、3 四つの心理/数理論論証、定義替えからの論証(および理解しがたい複雑さ)、認知の傾向からの論証(および単純なプログラム)、神様との夢のチャット、普遍性論法(および道徳と数学の関連)、ギャンブル論法(および思慮分別から恐怖にいたる諸感覚)、無神論者、不可知論者、「ブライツ」のラインナップ。こーやって宗教および神様を検討してみよーってか(笑)

 アリス的に数学は、アリス根っから文系だからなぁ…でもまぁ英都大、プロテスタント系だし…多分、神学部もあるはずだし…本書的にはタイを舞台にしたミステリー作家のクリストファー・ムーアのエピが出てくるとこだろか?「そのムーアが冗談で、タイ語には厳格な「まじめさ」を表す共通の言葉はないが、「楽しみ」や「笑顔」を表す言葉はやたらとあると言っている」とか…ホンマでっかぁーっ?

 ミステリ的に使えるんじゃまいか?で、ダニエル・デネットのソレでしょか?「人間は、生得の傾向として、説明やパターンを求めるときには、偶然や非人称的な原因よりも、何らかの行為者や意図を求める」よーは「事件に容易ならざる意味や心情に訴える意味がある場合には、その事件を偶然のせいにするよりも、何らかの黒幕のせいにするものである」は、ミステリ的にあると思いますじゃね?

 も一つ、こちらは准教授的にどよ?で「犯罪発生率に関する研究は、アメリカの刑務所にいる人のうち宗教を信じていない人々の割合が不釣り合いに低いことを示しており、そのことが示唆する意味は大きい」って…て事は受刑者は信じている人が多いって事?でもって「日本もそうで、ここは世界でも有数の犯罪率が低い国だが、神様を信じている国民はごく少数派だと伝えられる」って…一神教の神だけが神ならば、確かにそーかもしれないけど、日本には八百万の神がいますから(笑)

 ただ、米の宗教心は、欧米の学者先生達の中にはかなり憂慮していらっさる方々がいるという事なのかなぁ?と…本書はいろいろ検討してみて、どだろ?というホンマでっかぁーっなスタンスをユーモアを交えて説いているというより、ご提案なさっているというとこだろーか?日本人的には、なるほろ色々あるなぁで済みそーだけど、これ米でとなるとどーだろぉ?かなと…というのも「今のアメリカでの、野放図に聖書を持ち出す信心深さや、それがもたらした、あるいはこれからさらにもたらしそうな政策や災難の数々を考えると、この作業はとくに重要だ」と著者が表明していらっさるんですよね…理性的に考えてみよーという、ただそれさえも何だかこーフツフツたるものがありそーで…

 まず一神教に対する神様の規定からして「たいてい、神様のことを、全能までは言わなくても、少なくとも並外れた力をもち、全知とまでは言わなくても、少なくとも他に並ぶ者がないほど賢く、宇宙の創造者でなくても、少なくともその起源にかかわり、一点の曇りもなく完全無欠ではなくても、少なくともこれと言える特徴はすべて備えている存在と考えている」って、そーだったのか?著者の定義は続くで「無神論者とは、そのようなものは存在しないと信じる人のことで、不可知論者とは、神様が存在するかどうかはわからない、知りようがない、意味がないと思う人の事だと私は思っている」とな…結局、信じちゃっている人と信じない人と、どっちか分かんねー人の三つに分かれるだけじゃね?だけど、世の中それで終わらないとこが宗教問題の甘くないとこか?

 各論についての詳細は本書をドゾ。数学的それなのに数式はないという画期的なご本ですので、更にユーモアというか、ウィットというかがふんだんに溢れていらっさるので、何か小気味いい小話を聞いている気にさせてくれまする…

 ある意味当たり前の事なんだけど、言われてみればその通り的なソレも多しで「ある事象からその原因へは、思っていたほど自信をもって進むことはできない。原因は、経験以前の理屈だけで発見されるのではなく、経験によって発見されるものであり、「原因」は、第一原因論法が前提にするほどゆるぎない概念とはとうてい言えない」とか、いやはや全くご尤も(笑)

 後、米というと有名な進化論問題…年々進化論を信じない人が増えているというのは、ともかく…「ヨーロッパの三二ヵ国と日本の中では、ダーウィンを否定する国民の割合がアメリカより高いのはトルコだけだということもわかった」って…これがサイエンスに掲載されてるとこがアレかなぁ…ちなみに発表者はジョン・ミラー教授のグループ(ミシガン州立大)だそー…

 また複雑性、精巧性とかの比較で自由市場経済地域についての類推…物流から何から今では世界規模でこの複雑怪奇な現象が普通に動いているけれど、それは誰がの創造物か、意図か、どやねん?ですかねぇ…「少なからず奇妙なことは、自由市場をいちばん熱心に支持する人々の中に、ダーウィンの進化論に熱心に反対する人々がいることである。こうして人々は、自然にできる市場の複雑さは文句も言わずに受け入れているが、自然にできる生物現象の複雑さには、デザイナーが必要だと言い張る」って…それにしても市場もデザイナーの言う通りならば、そのデザイナー探しにWSは血道を上げそうだよなぁ…

 論証的なそれで「この命題が真ならば、神は存在する」で全てはOKなのよは、その逆の「この命題が正しければ、神は存在しない」についても言えるで、この命題とこの命題でごっつんこってか(笑)

 そしてこれもよく言われる事だけど、あるとないの違い…「そのような性質を持ったものはないと絶対の確信をもって断言するには、あらゆるところ、すべてのものを調べなければならないが、そんなことはできない。ところが、存在するという説は、当該の性質を有する事物を提示すれば証明できる」とな…

 また、「めぐりあわせには、それが蓄積されるという特徴もある。過去の対応関係はおぼえていて、その間にあった一致しない例には気づかず、自分が求めることに合っている例だけを集める」というのは、言われてみればそじゃね?

 とはいえ「生命が織りなす集合体にどんなカオスがあっても、何らかのレベルには、何らか形の秩序あるいはパターンがあることは避けられないという考え方」もあるよとな…

 また、恐怖について、「人は自分の存在があやうくなっていると思うときには保護を求める」とな…かくて「指導者がしばしば、権力を維持するために恐怖をだしにするのはそのためである」って…そして「最大の「指導者」と言えば、神様以外に誰がいると言えようか」って…うほほほぉーい…

 で、豆知識も満載で、例えば聖アウグスティヌスの「神はこの世界を造る前、何をしていたのですかと尋ねられ」た時の答えが「そんな質問をする輩のために地獄を造っておられたのだ」ですから…ドンダケェー…物の存在についてのライプニッツの場合は「何もないのではなく、何かがあるのはなぜか」と問うたそーで…バートランド・ラッセルのWWⅠの時の良心的兵役拒否で投獄された時のエピ「受付の役人が、宗旨を尋ね、ラッセルが自分は不可知論者だと答えると、役人は首を振って、そんな宗教は聞いたことがないが、みんなが信じる神は同じだと言ったという」って…やはり大英帝国サマはパネェ…

 また、「自我とは、信じていること、知覚、姿勢などの常に変化する集合であり、本質的で永続する実体ではなく、頭で考えたキメラであるというのは、もちろんヒュームの-さらには仏陀の-考えである」というのは、そーだったのかぁーっ?仏教的にそーなんでしょか?うーむ…

 も一つ「ドストエフスキーは「神様が存在しないなら、何でもできてしまう」と警告したが、それとは逆に、狂信的な信者は、「神様が存在するなら、何でもできる」と脅す」って…いやはや何とも…

 ユーモア的なそれでいくと「自然淘汰によって、もっと単純な生物から進化したという話は、奇妙なことに、われわれは土くれからできたという聖書の教えにはまったく平気な創造主義者の心を乱している」とか…確率論的な比較のとこで「「去年、某国会議員が圧力団体から賄賂を受け取った」というのと、「去年、某国会議員が圧力団体から賄賂を受け取り、今年も受け取って、その一部を若い見習秘書のために秘密のアパートの家賃に使い、残りはその秘書とのぜいたくな「実情視察」旅行のときに使った」って…

 言葉遊びに聞こえそーなソレでいくと「今われわれがしていることで、1000年後にも意味があるものはないかもしれないが、そうだとしたら、1000年後に意味があることでも同じことではないか。要するに、今自分がしていることは1000年後にはたいしたことではなくなるとしても、それはいつの世でも同じことなのだ」って…はい、ここ笑うとこなんでしょか?先生(笑)

 後、米的なエピでいくとあの9.11後、米で「ノストラダムスの予言の真に不吉な面は、襲撃後一週間で、その本がアマゾンのベストセラー一位になり、ノストラダムスに関する本が他に五冊、上位二五位に入ったのである」って、ホンマでっかぁーっ?ノストラダムスの大予言って20世紀な話かと思っていたら21世紀にも通ずるものがあったのか?日本だけじゃなく、米でもとはこれ如何に…

 「私の経験では、少なくともアメリカでは、無神論者や不可知論者の信仰の欠如を面と向かって攻撃的に疑問視し、それを軽蔑して度しがたい自閉症だとかもっとひどいことをいわれる可能性の方が高い」って、日頃差別差別とうるさい米で宗教心の有無差別は許されるのか?と素朴な疑問が?これは更に「アメリカ人は無神論者が好きではなく、それ以外の人々よりも信用しないと見ている」そーな…しかも「無神論者を文化的エリート主義、非道徳的物質主義者、犯罪的行動や薬物に走りやすいと見ていた」って…かくて「無神論者は共通の善には関心のない、自己中心的な人という見方があるらしい」(@ペニー・エッジェル/社会学者)となる模様…米って…

 でも、「アーカンソー州は、州憲法の一九条(きっと実施されてはいない)「神の存在を否定する者は、何人も本州の官公署の職に就くことはできず、法廷で証人として証言することを認められない」を廃止しようとはしていない。同様の規定がある州が、ほかにも数州ある」って…これこそ差別じゃないのか?さすが何様、俺様、米様…

 他にも奇蹟について、大衆紙誌、新聞雑誌、定期刊行物、ラジオ、テレビ、書籍、映画に登場しているそで「宗派はいろいろあっても宗教を信じているアメリカ人は、その大多数が奇蹟を信じていると伝える調査もある」って…米には奇蹟があるってか?後奇蹟つながりでは「イエスが処女懐胎で生まれたり復活したりという、生物学的には明らかにばかげたことを除いて(それさえアメリカ人の八〇パーセントが正しいことに疑問を抱いていないが)」の件もでしょか…

 他にというと、これは多分本書も含めてだろーけど、「あくまで別の点からと求めても、信じている人々は、「聖書に書いてある」と繰り返し、問題はだから片づいているかのように応じるのが通例である」のとこかなぁ?「ときどきそういう人々、もちろん信者の中ででとくに世知に長けているわけでもない人々が、顔を紅潮させ、大きな声で、この論法に訴えている。きちんと言葉にできないが、否定するのも難しい論法である」何かどこかでゴホンゴホン…「このただただ言うことを聞けという論法の支持者は、どこまでもそれを繰り返すのだから、私も、聖書が行っていることは当の聖書がそうだと言っているから正しいという話は、信じている人にしか説得力がないと、繰り返し説くことにしよう」って、著者って体力あるなぁと(笑)マエ〇ノさんの言う通りぃー、マ〇ゾノさんの言う通りぃー(笑)

 も一つこんな人達もいまっせで「喜びに満ちた笑みを浮かべ、妙に目が輝いて、自分たちについて何の疑念もない雰囲気をもち、私がどんなに論理的なことを言おうと、それには「おかわいそうに」と言うだけの人々と、宗教について実りのある議論をする方法など、聴いたことがない」も…まぁ日常にはあるよね、だろか?

 うーん…上げていったら幾らでもキリがないので、他については是非とも本書をドゾ。もー笑っていいのか?泣いていいのか?分からない本ですが、落ち着いて一読する価値か十二分にあると思うのだが、いかがなものだろぉ?

 本書は初っ端の序文に「なぜ神様などを持ち込むんだろう。ただでさえ十分ややこしくて美しいこの世界に、なぜ説明のまったくつかない、余計に話がややこしくなるようなものがあるとするのだろう」という著者の疑問はというか、疑問に始まっての旅かなぁ?論理の旅ですよねぇ…ある意味、何故神様だけ例外(事項)なのか?じゃね?

 その答えは、まぁ、アレですが、これまた本書のラストの方にあるウィリアム・バトラー・イェーツの一節が一番そんなかなぁ?「いいものほど押し付けがましくない。ひどいものほど激烈さに満ちている」…お後が宜しいよーで…

 目次参照  目次 理系

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