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2014年9月13日 (土)

残念ながらわれわれは、善人からよりも、悪人からより多く学ぶものである(笑)

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷  塩野七生  新潮社

 伊的にはルネサンス末期となるのか?大航海時代前夜となるのか?うーむな1492-1507年の間の物語とゆー事になるのだろぉか?主人公はチェーザレ・ボルジア、父は法王アレッサンドロ六世…父の権力をバックに、伊統一を夢見た男という事になるんだろぉか?いやまぁ、実力もあって野心家の男の一代物語っていうのは、ドラマにはなるねぇの世界かなぁ?ちなみにチェーザレ、ハンサムだったよーだし、31才の若さでお亡くなりになっているしで、劇的要素は、あるでしょと(笑)

 読後の感想としては、著者若いなぁかなぁ?今まで塩野作品ランダムで幾つか拝読してきたんですが、その中で本書が一番若いわぁと思わされますた(笑)著者が若いのか、それともチェーザレの若さ故のソレなのか?はともかく、全体的なトーンが若い…テンポの速さかなぁと思いましたが、それだけじゃないよな?

 ちなみにボルジアというと妹のルクレツィアが有名ですけど、ボルジア家的にはこの父と兄が並じゃなかったとゆー話で、チェーザレ的野望も、もう一人身内に出来る人材がいれば何とか遂行できたかもしれないよなぁな世界かな?こーして見ると腹違いの兄、初代ガンディァ公が亡くなったのは非常にボルジア的には惜しかったよな?

 てな訳で、伊が群雄割拠していた時代、そしてマキアヴェッリとレオナルドが同時代人だったチェーザレの半生を見に行きませんかぁーってか(笑)もしくは伊の中心はローマ法王庁でござるの巻か?

 アリス的に、チェーザレ…うーん、ボルジア家の毒殺的なそれならミステリ的だけど、実はこのカンタレッラ?歴史的にはそんな話はないねんというか、記録残ってないねんの世界らしー…「実在していたという証拠も史料も発見されていない」とな…「当時毒薬に最もくわしかったヴェネツィア共和国政府の十人委員会の毒薬専門の記録を調べてみても、ひどく幼稚な調合と使い方であり、その成功例も皆無に等しい」そで、毒殺ってそんなに簡単なものじゃない模様…うーんんんん…

 チェーザレに対する評価は一番に持ち上げているのは多分、マキアヴェッリじゃまいか?だろなぁ?実際に出会って、後にかの君主論を書く時に想定した人物がこのチェーザレですから(笑)ただし、イザベッラ・デステだと「学問芸術の素養の無い男」という一刀両断ですが、何か?だしなぁ(笑)総体的に無口な行動の男だったよーなので、ご婦人受けは、イケメンなとこはさっぴくと、どーか?の世界か?伊男なら口が回るんじゃね?と思いきや実はボルジアの故郷って西だし…

 だいたいにしてローマ法王が伊人以外の場合っていうのが、これまた大変レアなケースという事になる模様…「二十世紀の今日に至るまで、彼の後にはただ二人、オランダ人のアドリアーノ六世と、ポーランド人のヨハネ・パウロ二世しか、外国人の法王をもたなかったローマ法王庁である」とな、21世紀の今となるとその後に続く法王もあるよなぁだけど、それにしてもローマにあるだけに伊人の独占世界だったには違いない訳で…まぁ何はともあれ法王の七光りでまずチェーザレが手にしたのが枢機卿職な訳で…緋の衣纏いての世界か?

 そして時代は中央集権国家に移動していった激動の時代の真っただ中…「それまでイタリア人が、田舎者と呼んで軽蔑していたフランス、ドイツ、スペインが、それぞれ専制主義の国家体制を確立することによって力を持ちはじめ、その領土的野心を、小国分立とその間での抗争の絶えないイタリアに向けようとしていた」時だったんですよ、奥さん(誰?)しかも海の向こうのトルコも台頭してきてくると…伊的には四方八方がみんな敵な状態じゃね?ですよねぇーと…

 取りあえず、その中でも一番力を持っていたのは、もしくは脅威だったのか仏という事になるんだろぉか?ちなみにシャルル八世に対する法王の見解は今時十字軍を夢見る馬鹿者…ただ「この馬鹿者は、力をもっている。力を持たない時、それに対抗する手段は技として政治しかない」となる訳で、ここで権謀術数使い倒してローマの、ボルジアの戦いが始まるってか?

 まぁ馬鹿者友の会会員としては、チェーザレの弟、ホアンもアレ的なソレで(笑)父親の溺愛を受けている息子って、何とゆーかアレな人材多い気がするのは気のせいか?教会軍総司令官職にあったホアンだけど、皆まで言うなの世界か…

 この後、チェーザレが緋の衣を脱ぎ捨てて、教会軍総司令官を拝命し、伊で大暴れの展開の詳細は本書をドゾ。向かうとこ敵なしまではいかなくても、早晩チェーザレによって伊は一つにまとまるかもしれない予兆のときに、一夜にして転落していくサマはある意味日本的に言うなら本能寺の変に近いのか?あの時は信長は亡くなったけど、チェーザレの場合はこの後転落の人生で、弱っている時に人を信じてしまうとこは若さ故の過ちか?まだまだ若いものよのぉ越後屋か?

 苛烈という言葉が一番似合いそーだよなぁと思いつつ、後十年、せめて後五年年齢くっていたら立ち回りももー少し違っていたんじゃまいか?と思うけど、勢いが大切な時もあるしなぁ…歴史にIFはご法度か(笑)ただ、都市計画その他工事部門全権受けたぜのレオナルドのソレが完成させられなかったのは残念かなぁ?レオナルドがチェーザレの下でどの位の事が出来たのか、これまた見て見たかったものよのぉ越後屋じゃね(笑)

 マキアヴェッリとの出会いもマキアヴェッリには強烈なインパクトを与えた訳ですが、チェーザレ的にはどーだったか?というと?どーなのか(笑)見抜く目というのは、うーん…ちなみにビシュリエ公アルフォンソ暗殺事件の頃のローマ各国大使のチェーザレ評が「それまでの世の中を支配してきた宗教的良心とか道徳、倫理などから全く自由な男。その目的遂行に際しては、合理性、現実的有効性への判断だけで行動できる男。それがチェーザレという男の本質であることを理解しはじめていたのだ」に遅まきながら気付いていくと…

 どこの国にも風雲児というお人はいらっさる訳で、チェーザレもその一人って奴なんでしょかねぇ?まぁ豪快なお人ではあったんだろーなぁ…規格外とも言うというべきか?権力と軍事力と領土欲の中心で、戦うとはこーゆー事さという事なんだろなぁ…取りあえず興味のある方は本書をドゾドゾ。

 目次参照  目次 文系

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