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2014年9月 8日 (月)

永遠に再生しつつある伝統…

ヒンドゥー教  シベール・シャタック  春秋社

 ヒンドゥー教というと、インドの宗教というイメージでいたら、今や全世界が舞台じゃけんだった模様…それでも印だけでも教徒の数は凄い事になるんですが(笑)さて、そんなヒンドゥー教とは何ぞや?で手に取った本なんですけど、うーん…何とゆーかあまりに歴史が長いからか、こースッキリーという感じじゃない気がするのは気のせいか?それとも中の人には自明の事なんだろか?トーシロには、先ほどまでAだった話がBになっていて、気が付けばCになっているよーな?な世界か…一応入門書的なソレなはずで、文章も大変平易なんですけど、いったい何が何だが?わっかりませーん度では今までで一番かもしれないという、己の読解力の無さが浮き彫りになったご本でございました…

 とゆー事で、分かんない時には目次に逃げろといういつものパターンで、第一章 ヒンドゥー教とヒンドゥー教徒への誘い、第二章 哲学的背景、第三章 古代および中世のヒンドゥー教、第四章 現代Ⅰ ヒンドゥー教の姿、第五章 現代Ⅱ 変かの力、第六章 未来に向かってのラインナップ…

 それにしてもヒンドゥー教のヒンドゥーって「そもそもヒンディイズムという語は、中世のイスラム教徒がシンドゥ(インダス)河流域に住む人を表すのに用いた名称ヒンドゥーに由来している」って、そーだったのかぁーっ?しかも「これが、インド亜大陸に住むすべての人を意味する総称的な語になったのである」って…そんな訳で「ヒンドゥーの宗教であるヒンドゥー教は、定義を拒むあいまいさをもつことになったが、それによってかえって役立っている面もある」って…既にここから禅問答な気がするのは気のせいか(笑)

 ちなみに「ヒンドゥー教は信仰よりも行為を強調する宗教である」だそーですよ、奥さん(誰?)かくて「すべての行為はうわべだけ世俗的であろうと、明らかに宗教的であろうと、いずれにせよ宗教的意味合いをもっているのである」って、これも一つの宗教生活ってか?

 アリス的にヒンドゥー教…その内インドカレーの謎とか出て、その中に出てきそーなのかなぁ?マレーの時みたいに?それにしても印、「インドの四分の三は農村部で、村落に住み、農業中心である。しかし都市部は成長しており、伝統に対して、怖ろしいほど影響を与えている。いまや中産階級の人口は、アメリカの全人口に匹敵している」そで、中産階級がこれだけいるのならばミステリーも繁栄しそーだけど?どだろ?だいたいミステリーの舞台といえば都市だし(笑)

 さて、事が印となれば振り返ったら止まらないで、「インド最古の文明はインダス文明としてい知られている」から始まる訳で…これが紀元前2500年に遡る話(ちなみにその前の新石器時代は紀元前7000年に遡ると…)あのシュリーマンのモヘンジョ・ダロもその都市の一つだそな、そーだったのかぁーっ?穀物中心の経済で、しかも文字を持っていたとな…でも未だ解読されていないって、これまたそーだったのかぁーっ?

 で、まぁ紀元前2999-1500年頃に中央アジアから大移動始まったとな…所謂、インド・ヨーロッパ語族の人キタコレになるのか?そして宗教が生まれたというか、伝来したというか、融合したというか、結局、連綿と続く事になったという事になるんだろおか?で詳細は本書をドゾ。いえ、ここから神様の名前がババンとなの世界に突入していくんですが、その神様も時代と共に変わっていっているよーな?それとも同じなのか?もーこの辺りからトーシロは混乱した…分からないとは情けないの世界に突入して脱出できませーん…

 だから書としてのヴェーダとか、神としてのデーヴァとか、その一連のそれについての詳細も本書をドゾ。それにしてもあのカースト制も、所謂一つの創世記からきているのか?こちらも詳細は本書をドゾですが、プルシャの件「プルシャと宇宙の関係はまた人間社会にも広がっている。バラモン僧はプルシャの口から生じたといわれ、支配階級(ラジャニヤ、後にはクシャトリアと呼ばれた)は両腕から、両腿からはヴァイシュ」(職人・商人・農民)が生まれたとな…でもって「両足からはシュードラすなわち奴隷階層が生じた」となる模様…で、これがその後ずっと続く事になるとは…

 てな訳で紀元前はどっちかというと「ヒンドゥー教はインドでは仏教やジャイナ教の陰に隠れていた」そーなんだけど、紀元前一世紀頃から徐々に出たぁーっとなるのだろか?この辺りの詳細も本書をドゾ。これまた現代人としてはヴィシュヌ信仰というか、第四の時代、カリ・ユガの時代辺りがアレかなぁ?「そこではダルマは最も弱く、人々は義務を履行せず、徳を求めもしない。世界は今、紀元前三一〇二年に始まったカリ・ユガにある。ダルマが完全に崩壊すると世界は破滅し、再創造されるる。それで新たな黄金時代が始まるのである」って…成程、今の世はカリ・ユガ(暗黒)時代だという事ですね、わかります…

 後、タントラとかマンダラについての詳細も本書をドゾ。

 インド史的な話になっていくのかもで中世の状況的には「イスラム教とヒンドゥー教には、平和的交流は考えられなかった」って…「ムスリムは数で上回り、固有の宗教(ヒンドゥー教)に対して自重することなく、さまざまな企てを仕掛けた」とな…ヒンドゥー教受難時代についての詳細も本書をドゾ。

 現代人的にはヨーガって輪廻からの解脱を目指していたのか?「モークシャへの手段として発達した」って…でもって「サンスクリット語根ユジュ「結びつける、支配する」から派生した」言葉だったとは…

 それにしても「ほんの一握りの人が発心し、解脱を求める人生を送るために修行する」はともかく、「その他のものにとっては、大事なのは、正しい行いをすることであった。それが現世での利益と有利な再生を保証するのである」とな…って、ヒンドゥー教も現世利益的な側面があるって事でオケなんでしょか?うーん…

 法的なとこで、アリス的なとこというと「召使が僧侶を殺害することは、僧侶が召使を殺害することより大きな罪であった」とかの件かなぁ…詳細は本書をドゾですが、宗教的身分制がジャスティスの世界が支配していたとゆー事か?ですけど法も色々あったよーですが、それも「上位カーストの法規がすべてのヒンドゥー教徒に適用されたのは現代になってからで、英国がこれらの古代の文献を、インド全体の法制度として採用したからであった」とは知らなんだ…法学部卒のアリスならばご存じなんだろか(笑)

 さて、時は現代、だから現代的だなぁとしみじみ思わされるのは結婚のとこ…「両親は子供の学歴が同じレヴェルで、気質のよい伴侶を見つけようとする。少女の家族にとって、花婿の収入は重要な用件である。娘の将来の安全を確かめ、彼に多すぎる扶養家族がいないことを確認する」って…実にリアルじゃまいか(笑)所謂一つの家付、カー付、婆抜きというヤツだろぉーか(笑)これって全世界的に一緒なんだなぁ(笑)

 日本的にというより日本人的にヘェーと思わされたとこがお葬式で、「長男は、火葬の後、魂を冷やすために水とおにぎりを霊に供え、それに旅する力を与える」とあるんですが、印でもおにぎりってあったのか?というか、お供え物だったのか?ジャポニカ米と違ってインディカ米って、パラパラだからまとめるの難しいと思うのは気のせいか?

 ででで、現代の話は続くよで忘れてはいけないスワーミー・ヴィヴェーカーナンダの詳細も本書をドゾ。どゆ人というと「西洋で歓呼と歓迎の支持を受け、時をおかずにアメリカの名士となった」お人だそーですよ、姐さん(誰?)「彼は世界の有名人となり、インドでは近代の国民的英雄になった」そで…とにかく「このときはじめてヒンドゥー教徒は、西洋人が、ヒンドゥー教が捨てられるべき時代遅れの伝統で、「現代」キリスト教がすぐれているといわずに、その信仰を公然と讃美したのだと知ったのである。ヴィヴェーカーナンダの努力を通じて、ヒンドゥー教はユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教と同じ地平で世界宗教として尊敬を受けるようになった」そな。

 さて、現代印の問題も提起されていて、印が実は多宗教国家だという事ですかねぇ…メインはというか、殆どはヒンドゥー教徒らすぃんですが、その他の宗教の方もいらっさると…で現国家、政府としてはそうゆう少数派宗教集団、教徒に対しての優遇制度的なものが存在している模様…で、これが多分一部のヒンドゥー教徒の反発をかっているよーで、この詳細も本書をドゾ。

 後は著者が米の大学教授という事もあって、米での印人、印系米人に言及しているとこ多しな気がしないでもないけどで、一例としては「東ヨーロッパや東南アジアの避難民と異なり、これら中流ヒンドゥー教徒は、インド人居住区には定住しない。彼らは子供によい学校のある郊外の地に移住する。これら移民のほとんどは、すぐに新しい国で中流の地位を獲得する。これは彼らかよい教育を受け、英語が話せるからである」とな…

 もう一例としては「外国でヒンドゥー教の宗教施設を設立することは、いくつかの新たな問題を生み出した。その一つは、ヒンドゥー教徒と彼らが帰属する社会の意思疎通の欠如であった。夜通しの祝祭の騒音や、祭りのあいだ寺院の近くの住宅施設に多くの車が駐車することへの苦情といった小さな問題と、インド人社会が町中に新しいラジニーシプラムを建てようとすると、キリスト教徒の町人が恐怖を感じる、という大きな問題がある」とな…

 後一つ「たいていのアメリカ人になったインド人は、人格なきプラフマンを強調するネオ・ヴェーダーンタ型のヒンドゥー教を好む」そーですよ、奥さん(誰?)

 他に現代的だなぁなとこでは、女性かなぁ?何となくカーストで、女性の地位低いイメージでいたら「驚くべき数の女性グルが出現している。女性の宗教指導者として見ることが多いのは、現代ヒンドゥー教の重要な変化の一つである」そで…女性による宗教進出も活発になってきている模様…

 で「正統な男性の僧侶は、女性に儀礼を司祭させることはヴェーダの法への侵害である、と反対する。だが、ヴェーダでは、実際には女性僧侶を禁止してはいない」とな…成程、どこの宗教も既得権益の戦いなんですね、分かります…

 そんな訳で時代は、土着的なヒンドゥー教ではなくて、「特に人格なき絶対の信仰、すべての宗教への寛容、個人の完全性を強調することに関心がある。なぜなら、ヒンドゥー教に興味をもつほとんどの西洋人は、文献を読むだけなので、民衆の生活文化を取り入れることなく、哲学を受け入れるからだ」そな…また「ヨーガの実践者のほとんどは、ヒンドゥー教の寺院には足を踏み入れないし、聖なるものの地上への現れである美術や建築を見たことがないし、子供が病気から回復したからと感謝の供物を捧げることもないし、神を見ることを願って神の名前を詠いあげることもない」とな…結局、土着でない宗教っていいとこどりなのかなぁ?ちなみに「たいていのアメリカ人は、輪廻転生、グル、マントラといった言葉にはなじみをもっている」「実際、そのような言葉は非常に一般的」だそな…

 とゆーよーに他にもたくさんエピ満載ですので詳細は本書をドゾ。まぁ一口で宗教を語る、うーん…ましてやヒンドゥー教、間口広すぎる感がなきにしもあらずで…こゆとこからか「「ヒンドゥー教」について語るべきではなく、むしろ「諸ヒンドゥー教」について語るべきだ」という説もあるよーで…ヒンドゥー教の定義、学者間でも難しスの世界か?

 まぁ何にせよ、現代と宗教の関係はといえば「宗教やイデオロギーが単に文明を形成しているのみならず、国際的な事件に直接影響を及ぼしていることを知っている」の世界、時代にどっぷりはまっているとこですかねぇ…

 目次参照  目次 文系

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