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2014年9月 3日 (水)

新しいものはつまるところ古いものからしか生まれて来ないものなのだ…

映画を食べる  池波正太郎  河出書房新社

 著者による映画エッセイ、映画日記、備忘録といった感じですが、結局これは趣味っていいですね、の世界かもなぁ(笑)というのも「長く映画を見つづけていると、新しい若いファンの知らぬ、こうしたたのしみが味わえる。それは一人の俳優の「人生」を見ることにもなるのである」とな…趣味というのは続けてこそナンボという事なんでしょか(笑)

 で、筋金入りの映画人となった訳が、これまた育ちがものを言うってか?「山手の家庭とちがい、下町では、江戸時代から芸事が生活の一部となっていた所為もあり、私の母なども、女手ひとつに家庭を抱えていながら、月一度の芝居見物と二、三度の映画見物は欠かさなかった」とな…まさに三度のご飯と同じよーに映画鑑賞が日常だった模様…環境って大切だなぁ(笑)

 それにしてもこれまた当時の豆知識ですけど、当時の銀幕のスタアは「地下鉄や市電(都電)に乗って町へ出て来ても、あまり目立たなかった」そな…しかも「スターたちのほとんどは、バスや電車に乗っていて、それを見かけることがしばしばあったものだ」とあって、昔のスターってわりに庶民的だったんだろか?でも、今見るとフィルムの中で後光がさしている雰囲気がするんだけど?となると、カメラのあるなしで強烈に演じわける事が出来たという事なんだろか?うーむむむ?

 アリス的に映画となると、紅雨荘か、あるYのになると思うんだけど?お芝居的なのになると八角形とか、切り裂きになるのかなぁ?そのうち映画関係を舞台にした話も出てくるのだろぉか?朝井さんの原作映画化辺りだと面白いと思うんだけどなぁ?絡みとつかみはオケでしょ(笑)

 アリス的なとこでは、「映画が芸術であるなら、美がなくてはならぬ。人殺しの現場を見て、だれがよろこぶものか…」という件かなぁ?喜ぶはともかく、それに血道を上げているのが准教授とアリスな訳で…なかなかどーして因果な二人ってか(笑)

 エビ的には「夜ふけに、パンへジャムをつけて食べる。食べながらウイスキーをのむ。そうしているうちに、ガクンと机の上へ突っ伏してねむってしまった」って件は何かアリスの日常のよーな気がするのは気のせいか(笑)ちなみに著者は朝起きてから、「なんとなく心細くなった」とな…何かアリスならそのまま北白川に直行してそー(笑)

 准教授的なら、煙草の吸い過ぎで喉が痛くなってきているとことか、後は「ベッドに入ると、飼猫のサムが入って来て、私の足もとほつつましく寝る。彼は、これから午後まで、ねむりこけるのだ」ですかねぇ(笑)北白川の三匹の猫達も似たよーな事してそーだし(笑)

 さて、本書は映画を見る視線が、やはりこー長年のそれが出ているなぁと思いまする…仏映画の近年の衰退はどよ?と思いつつも「人と人、男と女のこころの交流、肉体機能の美醜を、手法こそ新しくなったが相変わらず、じっくりと描きつづけている。実に見ものというべきであろう」となる訳で、腐っても鯛とまでは言わないけど、やはり仏映画は不動の位置にあるという事ですかねぇ…男と女というと、どーもダバダバダァーなイメージしか浮かばない己の貧困さが情けないですけど…

 対する米映画はというと、「映画の文法を重んじてくれて、私のような一介のファンにとっては、見やすく、わかりなすいのが、何よりうれしい」となるそな…うーん、著者にして一介の映画ファンというのは、レベルが高すぎる気がするが(笑)でもまぁ、映画にはむずかしー事を開陳してくれるとこあるしなぁ…とかく芸術的なそれは難解に走り勝ちになるのも、これまたインテリゲンチャのはまりやすい罠のよな…ざっつえんたーていめんとってか(笑)

 かくて日本侠花伝を見て「こういう映画を、ベニスの映画祭に出したらどうか。または外国に売ったらどうなるのか。めんどうくさい芸術映画より、こうした日本そのものをありのままに描いた力作のほうが、かえって外国人にもよくわかるはずだ」と言い切っていらっさいますが、どだろ?まぁ今となると日本のヤのつく自由業の人の話は海外ではおひれはひれがついて回っている感じだからなぁ…ジャパニーズヤ○ザとか、ジャパニーズニンジャとか、わざわざジャパニーズつけないといけない感覚が既にアレなよな気がするのは気のせい(笑)

 海外ついでに華麗なるギャッビーを見ての感想が秀逸か?「それにしても、アメリカの富豪たちの、何という貧しい生活であることよ」って、先生正直すぎる(笑)物質的なものは成程米なんだけど、単に物に囲まれているというだけで「なさけないほどの内容しかもっていないことがわかる」って…「なるほど、これでは、いくら金をもっていても倦怠に堪えきれず、姦通や酒におぼれこむよりほかに仕方がないだろう」とな…文化的なものって一朝一夕では身につかないという事だろか?

 他にも映画のエビは数知れずですけど、コンラック先生とか、ハリーとトントとかのコメントの詳細は本書をドゾ。ある種これらは米の良心というとこだろか?それとも米の底力か?まぁ何のかのと言っても著者は人に対するそれが性善説な人だものかなぁ?目線が一貫して優しいんですよ、例えば「近い将来に、私たちは、ほとんどパスポートの必要もなしに、外国のどこへでも出かけて行ける日が来るのではあるまいか…。また、ぜひとも、そうならなくてはいけないと思う」とな…いやはや全くご尤もですけど、EUを見るまでもなくですし、近隣諸国を見ると、ねぇ(笑)ユートピアはユートピアだからユートピアってか…

 他にも色々色々色々エビ満載、金言至言満載ですので詳細は本書をドゾ。最後に一つだけ上げるとするならば、現代日本を語るそれですかねぇ?「民主主義を個人主義とはきちがえ、さらに、また個人主義を「自分ひとりがよければよい」と、おもいこんでしまった戦後の日本と日本人は、それでいて「自分ひとりがよければよい」ことのさびしさ、たよりなさに苛らだちはじめているのではあるまいか」いや、著者のエッセイを読む時に必ず一度は思う事、もしかして予言者じゃね?じゃね?このまま突き進んで21世紀の今はそのどん詰まり感が半端ねぇのよな(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

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