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2014年10月13日 (月)

マネーゴーランド(笑)

アメリカの民主政治 下  A・トクヴィル  講談社

 ついにやってきました下巻です…何かこの道も長かった…いや、内容も濃いぃぃぃぃぃぃんですが、何せ今回文庫本で600頁強あるんですよ…もー何か読書のフルマラソンな気が(笑)で、上巻と中巻とは間があいて出版された本だったらすぃので…前の二つとはちょっと趣が違うかな?前の二つは主に米のハード的なとこにスポットライトがなノリだったよーな気がするんですが、例えば法とか…で今回はむしろ米というより米人、ソフトについて考えるに近いなぁ?と…

 とはいえ、もートロい頭には難解にも難解なので…いつものよーに分からない時は目次に逃げるパターンでいくと…まえがき、第一編 アメリカ連邦で民主主義が知的運動に及ぼす影響、第一章 アメリカ人の哲学的方法について、第二章 民主的諸民族における信仰の主要な諸厳選について、第三章 アメリカ人がその祖先であるイギリス人より以上に一般的理念への素質と好みとをあらわしている理由、第四章 アメリカ人がフランス人と同様に政治的なことがらについては一般的理念に熱中している理由、第五章 アメリカ連邦では宗教は、どのようにして民主的本能を利用することができるのであろうか、第六章 アメリカ連邦におけるカトリック教の進歩について、第七章 民主主義的民衆の精神を汎神論に偏向させるものについて、第八章 平等はどうしてアメリカ人に、人間が限りなく安全なものになりうるという理念を暗示するのであろうか、第九章 アメリカ人の例によっては、民主的民族が科学、文学、芸能への素質と趣味をもつことができないとは証明されないが、その理由は何か、第十章 アメリカ人が科学の理論についてよりも、その実用について一層強い関心をもっている理由、第十一章 アメリカ人はどのような精神で技術を研究しているのであろうか、第十二章 アメリカ人が同じ時代に、非常に小さな記念碑と非常に大きな記念碑を建設する理由、第十三章 民主主義時代の文学的特徴、第十四章 文学的産業について、第十五章 民主的社会では何故にギリシャ的及びにラテン的文学の研究が有用なのであろうか、第十六章 アメリカ的民主主義はどのようにして英語を修正しているのであろうか、第十七章 民主的国家における詩のいくつかの源泉について、第十八章 アメリカの作家と雄弁家とは何故にしばしば誇張的であるのだろうか、第十九章 民主的民族の演劇についての若干の考察、第二十章 民主主義時代の歴史家たちに特有の若干の諸傾向について、第二十一章 アメリカ連邦での議政檀上の雄弁について、第二編 アメリカ人の感情への民主主義の影響、第一章 民主的民族は何故に自由に対してよりも平等に対して、より一層熱烈なそしてより一層持続的な愛情をあらわすのであろうか、第二章 民主国における個人主義について、第三章 個人主義はどういうわけで民主主義的革命以来、他の時代においてよりも拡大しているのであろうか、第四章 アメリカ人は自由な制度によって、どんなふうに個人主義と闘っているのであろうか、第五章 アメリカ人が市民生活で行っている団体の使用について、第六章 団体と新聞との関係について、第七章 市民的団体と政治的団体との関係、第八章 アメリカ人は実利説によって、どのように個人主義と闘っているか、第九章 アメリカ人は実利説を宗教のことがらに、どのように適用しているか、第十章 アメリカにおける物質的福祉への好みについて、第十一章 民主主義時代に物質的享楽欲がつくりだしている特殊な諸効果について、第十二章 若干のアメリカ人は何故に非常に熱狂的な精神主義をあらわしているのだろうか、第十三章 何故にアメリカ人はその福祉のさなかで、非常な不安をあらわしているのであろうか、第十四章 アメリカ人における物質的享楽への好みは、どんなふうに自由と公務への配慮とに結合しているか、第十五章 宗教的信仰はどのようにしてアメリカ人の魂を、非物質的享楽の方向に向けさせているのであろうか、第十六章 極端な福祉欲は、どうして福祉に有害なのであろうか、第十七章 平等と疑惑との時代に人間的行動の対象を後退させることが、どうして重要なのであろうか、第十八章 アメリカ人においてすべての誠実な職業は、何故に尊敬されるべきものと思われているのであろうか、第十九章 殆どすべてのアメリカ人を産業的職業に向わしめるもの、第二十章 貴族制はどのようにして産業の外に出ることができるのであろうか、第三編 本来の風習に対する民主主義の影響、第一章 地位が平等化するにしたがって、どうして風習は穏和化するのであろうか、第二章 民主主義はどうしてアメリカ人たちの習性的諸関係を一層単純化し、そして一層容易にしているのであろうか、第三章 アメリカ人は自国ではあまり気むずかしくないのに、ヨーロッパでは非常に気むずかしくなるのは、どういうわけであろうか、第四章 先行の三つの章の諸結果、第五章 民主主義はどのようにして従僕と主人との関係を改善するのであろうか、第六章 民主的な制度と風習とは、どうして土地の賃貸借価格を高め、そしてその期間を短縮する傾向を持っているのであろうか、第七章 賃金への民主主義の影響、第八章 家族への民主主義の影響、第九章 アメリカ連邦における若い娘たちの教育、第十章 若い女性はどうして妻としての特性のうちに再び見出されるのであろうか、第十一章 地位の平等はアメリカにおいて、どのように良俗を維持することに貢献しているか、第十二章 アメリカ人は男女の平等を、どのようにに理解しているか、第十三章 平等はどのようにしてアメリカ人を、自然的に多くの個々の小社会に区分しているのであろうか、第十四章 アメリカ人の作法についての若干の考察、第十五章 アメリカ人の謹厳な態度について、そしてこの謹厳な態度によってアメリカ人がしばしば軽率に行動しなくなっている理由、第十六章 アメリカ人の国民的虚栄は、イギリス人の国民的虚栄よりも何故に一層不安定であり、そして一層口やかましいのであろうか、第十七章 アメリカ連邦での社会情勢は、どのようにゆり動かされているのであろうか。そしてまた同時にどのように単調なのであろうか、第十八章 アメリカ連邦と民主的社会とにおける名誉について、第十九章 アメリカ連邦には何故に多くの野心家たちと、少しばかりの大野心とが見出されるのであろうか、第二十章 若干の民主的国民における地位をうるための産業について、第二十一章 大革命は何故にまれになるのであろうか、第二十二章 民主的民族は何故に自然的に平和を願望し、そして民主的軍隊は何故に自然的に戦争を願望するのであろうか、第二十三章 民主的軍隊において最も好戦的な、そして最も革命的な階級はどのような階級であろうか、第二十四章 民主的軍隊は他の軍隊よりも戦争開始のときには弱いが、戦争が永く続いていくときには恐ろしく強力になってゆくが、それはどういうわけでそうなっているのか、第二十五章 民主的軍隊における規律について、第二十六章 民主的社会における戦争についての若干の考察、第四編 民主主義的理念と感情とが政治的社会に及ぼす影響について 第一章 平等は人々に自然的に自由な諸制度への好みを与える、第二章 民主的民族の政治理念が、自然的に諸権力の集中化に好都合であるということ、第三章 政治的権力を集権化するという点では、民主的諸民族の感情と意見とは一致しているということ、第四章 民主的民族において、権力の集権化と分権化とを促す特殊的並びに偶然的諸要因について、第五章 現在のヨーロッパ的諸国民においては、主権者たちはどんなに不安定であろうと、主権は増大してゆくものであるということ、第六章 民主的国民が恐れなければならない独裁制は、どのような種類のものであろうか、第七章 先行的諸章のつづき、第八章 主題の一般的展望
で、ございまーすっ(笑)

 アリス的に米…アリスの神様EQの国だもの、ですかねぇ…いや、それにしても強烈です、今回もトクヴィル先生待ったなし(笑)仏人が他国に切り込んでいく時の評論っていつも思うが限りなく手厳しいというか、手加減なしだよなぁ(笑)「わたくしは、本書の中でこの革命がつくりだしている民主的社会を、しばしば烈しい言葉で非難していることがあるので、あそらく、人々はこれには驚くことであろう」と自身で告白しているし、でも「わたくしは民主主義に誠実に加担しているのであって、民主主義の敵ではないから、そのような態度をとっているのであると」だそな…ご理解とご協力の程よろしくお願い申し上げますってか(笑)

 アリス的なとこというとげいじつというか、文化のとこの考察かなぁ?「アメリカ連邦におけるほどに高等な諸科学が進歩している国はないし、そしてまた偉大な芸術家たちや有名な詩人たちや著名な著作家たちの少ない国はない」と言を下しているとこでしょか(笑)しかも「アメリカはおそらく今日では、文学に最も無関心な文明国であろう」って…著者の芸術論についての詳細は本書をドゾですが、それでも米で「作家たちが生れでるのは、このまとまりのない騒然としている大衆のうちからであり、そして作家たちに収益と栄光とを分配する者はこの大衆である」とな…元祖大衆文化乙なんでしょか?で、そんな米のパンピーな皆様は「彼等はたやすく手に入り、すぐ読める、そして理解するのに学問的研究を必要としないような書物を好んでいる」となる訳ですね、わかります(笑)

 も一つ、言葉についでですが、新語について…貴族的な社会では言葉は安定していらっさる模様で新しい言葉は殆どつくられないとなるそーな…で万が一にも新語が出てきても「既知のそして伝統的に意味のきまっている言葉で、彩られるようにされるであろう」とな…まぁ仏は仏語に非常に厳しい国だからというのもあるけれど、基本的に新語っていうのは庶民的な、大衆文化の極致だったのか?貴族的には古い言葉を伝承しないというのはそれだけでアレなんだなぁ(笑)

 後は准教授的なとこで社学関係のとこを一つ、「民主的国民のうちで、自由を打破しようとするすべての人々は、この打破を達成するのに最も確実な手段で、しかも最もてっとりばやい手段が戦争であることを知っているにちがいない。これは社会学の第一公理である」って、そーだったのか?准教授?社学の範囲って広いなぁ…

 本書で実に仏人だなぁと思ったのは、本書の初っ端が「文明世界のうちで、アメリカ連邦におけるほどに、哲学が人々の心を少ししか占めていない国は外にはないのである」から始まっているとこかなぁ(笑)いやぁ、この仏人の哲学にこだわる姿勢おそれ入谷の鬼子母神だけど、これまた米人の哲学的素養の無さって160年以上前から変わりなのなのか(笑)ph.Dなんてそんなの関係ねぇーってか(笑)ちなみに「アメリカ人たちは、デカルトの諸著作を読まない」ってそんなきっぱり言い切っていいんですかぁ(笑)どしてかというと「思弁的な研究をしないから」で「自身の信条にしたがって」いるからだそな(笑)習うより慣れろ、おステキな国民性は永遠なれってか(笑)かくて「アメリカには、人知のうちの本質的に理論的なそして抽象的な部分だけに、献身している人々は殆どいない」となるのか…何かもーこれワロエナイれべるになってきているよーな気がするのも気のせい?

 でもって「イギリス系アメリカ人の社会を生んでいるものは宗教である」というのも、昔から変わりなしなのか…しかも「この点は重要なことで忘れてはならない」とまでこれまた言い切っているし…さすがトクヴィル先生…「アメリカ連邦では、宗教は、祖国がつくりだしているすべての国民的習慣とすべての感情と混同している。そしてこれらの国民的習慣と感情とは宗教に特別の力を与えている」とな…もーここだけで米の本質語りきった気がするのは気のせいか(笑)しかも「アメリカでは、宗教は、いわば、自らその減退をつくっている」って…米の場合、正義とは何かより、政治とは何か?宗教とは何か?のコンセンサスの方がアレかと思うのもこれまた気のせいか(笑)

 そして、地位が平等という事はどゆ事を招くのか?といえば「隣人同士の羨望、嫌悪、蔑視と自分自身の傲慢と過大な自信」に取りつかれていくよーになる危険性があるという事ですかねぇ?結局、人とは他者を見る視線というのが自分より上か?下か?を意識せずにはいられない生き物なんでしょか?

 で、これまたそんな大衆を導くものは何ぞや?となると世論じゃね?って事になると「世論は、民主的諸民族においては、個人的理性に残存している唯一の手引きであるばかりでなく、他のいかなるものにも見られないほどに無限に強大な権力をもっている」とな…何かこの辺りネット的なそれを彷彿される気がするのは気のせいか?でもって「平等の時代には、人々は互いに似かよっているために、相互に信じあうことは全くないのである。けれどもこの類似のために、人々は大衆の判断を殆ど制限に、めくらめっぽう信ずるのである」って、ますますネット臭い気が(笑)しかもそれが何故かといえば「すべての人々は同じような知識経験をもっているので、真理が最大多数の人々の側にあるように思われているからである」って…はい、ここ笑うとこなんでしょか?先生…しかも「この最大多数者の支配は常に非常に専制的である。そして平等の時代の人々を支配している政治的法則が何であるにせよ、世論への信仰は多数者を予言者としてもっている、一種の宗教となるであろう」って…もしやトクヴィル未来から来ますたなのか(笑)

 さて民主主義の特徴とは何ぞや?で「すべての人々が容易な成功と、目前の享楽とにあこがれていることである」ってゆーのも…一笑にふせないとこが、著者の洞察パネェ…また米の拝金主義もこの頃からだったとみていいのか、「アメリカでは、各人が自らの財産をつくりまたはこれをふやすことは、他のどこよりもたやすいのである。そこでは常に貪欲がのさばり、はびこっている。そしてそこではまた人々は、いつでも想像の楽しみや知性のはたらきを嫌って、富の追求ばかりに没頭している」一攫千金、ゴールドラッシュ、まずは飯のタネ、アメリカン・ドリームってか(笑)だがしかし、「ひとりびとりの人が富裕になろうとして、その全能力を発揮する瞬間から、財産は不平等になる」とな…

 ちなみに労働者は「孤立せしめられて、最小の出費で最大の収益をあげることだけを追求する」とな…そして「世襲財の細分化並びに減少と大衆の誰もが財産を増やそうという欲望」の行き着く先は「市民たち大衆の欲望が資源の量をこえていること」と「大衆が、自分たちの渇望の目的物を全くあきらめる位ならば、幾らか不完全な満足でも満たされればよいと思っている」からじゃね?と…そーだったのかぁ?

 ついでに「利己主義は盲目的本能から生れる。個人主義は堕落した感情からよりも、むしろ誤った判断から生ずる」とな…そして「個人主義は他のすべてのものを攻撃し、破戒し、そして最後に利己主義のうちにのみこまれることになる」って…何とゆーか、最大個人の最大幸福って感じだもんなぁ…「全人類に対する各個人の義務が、一層明らかになっている民主主義時代には、人間に対する献身はまれになっている。すなよち、そこでは人間的愛情の紐帯は拡散し、そしてゆるんでいる」の辺りは、東北大震災を何故欧米がかくも取り上げたか分かる気にさせられるのは気のせいか?

 それにしても「昨日独立して、自分たちの新しい力に陶酔している人々で、日々満たされている。これらの人々は、自分たちの力量を厚かましくも誇大に信じすぎている。そして彼等は、今後は同類者たちの助けを求める必要もない、と想像しているし、また自分たち自身のことだけを考えることができやすくなっている」って…いやもー何か進歩について考えるとか(笑)国とか、民族って、日々これ成長って…

 で、この「民主国」おける貧富の差、あり方っていうのが「民主国の富者が常に貧乏人を必要としていること」って…「貧民は恩恵によってよりも、礼儀作法によって手なずけられることを、富者たちは知っている」って…「地位の相違を明るみに出す恩恵の大きさは、この恩恵にあずかる人々(貧民)の心をいらだたせる」って…だから「礼儀作法のなれなれしい親しみ深い態度は、貧民たちの心をさそいこむもの」って…いやもーまとめて、そーだったのかぁーっ(笑)

 も一つ、徳の高さについても「アメリカ連邦では、徳は美しいとは殆どいわれていない。そこでは徳は有用なものであると主張されている」とな…騎士道精神なんて、そんなの関係ねぇ(死語?)なんですかねぇ?「同類者たちのために、自らを犠牲にすることは偉大なことであるから、そうしなければならないのだとは、アメリカ的道学者たちは主張しない」とな…では何と言うかというと「このような犠牲は、これによって利益をうける人にも、これを自らに課する人と同様に、必要であると、彼等は大胆に言っている」って、さすが正義とは何か?と臆面もなく言える人達の祖先じゃまいか(笑)もーおみそれしましたとしか言いよーがないよーな(笑)

 まぁお金で全てが回っている感じは「市民たちがすべて互いに独立的であり、阻止無関心で冷淡であるときには、金が支払わらなければ、各人の協力はえられない」となって、富の使用は増え、富の値打ちの増加するとな…門閥、地位、職業等の差別がなくなっていくと「あとに残るものはほとんど金だけである」になってゆくのか…「富から生れる差別は、他のすべての差別の衰減と減少とに、比例してふえてゆく」とな…米って何故かお金差別だけは寛容だもんなぁ(笑)

 「アメリカではこの情熱は富への欲望でしかありえない。それ故に富の獲得欲は、アメリカでは決して屈辱的なものてはされていない」かくて「富への欲望は」「名誉なものとされている」になってしまうんですね、わかります(笑)ディケンズが米にいたら何を書いたんだろーとふと思ってみるテストとか(笑)ちなみに「大財産はまれになっていても、大財産への好みは存続する。そして大きすぎる不幸な野心は、あらゆる方面にもえあがっているが、これを抱いている人々の心を、ひそかに何の成果をもたらすことなくかきたてているにすぎない」って…お金だけを夢見てってか?わー何てろまんちっくぅー(棒)

 著者の筆は止まらないで「市民たちが平等になっても、無知で粗野のままであるならば、彼等の利己主義がどのように極端な愚鈍なものに向ってゆくかは、とても分かったものではない」って、憂慮していらっさいまする…更に「彼等は自分たちの利福の何らかのものを、その同類者たちの繁栄のために犠牲にすることを忘れていては、どのような恥すべき惨禍におちこんでしまうかは、とても予言できないであろう」全ては自己利益の為に、全ては自己資産の為に、それが米のジャスティス(笑)

 でまぁ「アメリカ人は、世界でたった自分一人であるかのように、自らの私利に没頭している」となる訳で(笑)金こそ全てってか、儲けちゃいけないんですか?なんですよ、奥さん(誰?)で、儲けるだけ儲けたら「富者はただ生活するためだけの生活を営んでいるならば、悪評をうけるものと信じている」そで、「多くのアメリカの富者たちがヨーロッパにくるのは、この労働の義務からのがれるためである」そな(笑)遊んで暮らそー(笑)

 著者の米人評は続くよどこまでもぉーで米人は「執念深い気質をもっている」そで、「アメリカ人は侮辱をうけると、これを殆ど忘れない」「彼等の怨恨は、燃えるにしても消えるにしてもゆっくりとしている」そーですよ、おぞーさん(誰?)も一つ「アメリカ人では行儀は無作法になっており、そしてその風習は一層簡素になり、一層男らしくなっている」とな…まぁマナーについては今更感ありありだからなぁ…ハンバーガー一つでも推測できるじゃまいか?だしなぁ(笑)

 そんな米人が米国外に出ると…「アメリカ人は高慢ちきな心をもって、自国の外に出てゆく」とな…でも例えば欧州なんかに着いたとして「アメリカ連邦について、そしてそこに住んでいる偉大な民族について、彼が想像していたほどには、人が重大な関心をよせていない」事に気付くとな…かくて「彼の心は動かされ始めるのである」とな(笑)何とゆーか、もー「偉大な民族」で、お察し下さいと思うのはあまりにアレなんだろか(笑)

 どの国の人でも自民族についてはうぬぼれがついて回るのはあると思いますだけど、米人の場合は「少しでもけなされることには我慢できないようであるし、そしていくらほめられても気がすまないようにみえる」とな…「彼等は外国人たちからほめられようとして、いつでも外国人たちをなやましている」とな…更に外国人から引き出せないとなると「自分を自分でほめて得意になっている」って…「彼等の虚栄心は貪欲であるばかりではなく、不安と嫉妬で満たされている」そでこの虚栄心は更に「騒々しく喧嘩腰である」って…「これほどうるさく口やかましい愛国心は、とても他には想像できないであろう」とは…あの自画自賛癖って昔からそーだったのか…米が大国として上がっていくのは20世紀に入ってから、それもWWⅠ以降と思っていたけど、そんなの関係ネェー(死語?)元からだバッキャローだったのかのか…それにしても「アメリカ人に尊敬をはらっている人々でもあきあきさせられるのである」レベルって…恐るべし米人(笑)

 ちなみにアメリカには「青春期というものはない。そこでは前期の年齢で終わってそれから外に出てゆくときには、一人前の人間があらわれ、そして自分一人で自分の道を辿り始めるのである」とな…どこまでも一人勝ち(を目指して)の人生ぃぃぃってか(笑)まとめるとどゆ事がいうと「個人的独立は極めて大であり、青春は早熟であり、好みは抑制されにくいものであり、風習は変化するものであり、世論はしばしば当てにならないし、または無力であり、父の権威は弱く、母の権力は否認されるものである」とな…それにしても何かと父親が息子を誇りに思うとか口にしているシーン多しの米と思っていたが、その実父親の権威って低かったのか?米における父と息子の関係もアレだなぁ(笑)

 その他女性(問題)についてでも「風習をつくるものは女性である」とズバっと言いきっているし(笑)「女性の地位、その習慣そしてその意見に影響するすべてのものは、重大な政治的利益をもっている」とな…かくて欧州より米の方が女性は「限りなく自主的である」そな…まぁ何にせよ、こんな民主主義的世界にいるのなら「女性を守るためには、民主的教育が必要である」となるんですかねぇ…

 後、結婚のとこで、もしかしてこれも少子化問題のキモなのか?な「男女間の結合形式は、地位の平等によって男女を引離した、想像上のまたは事実上のすべての障壁が取除かれるときには、同じように見出されなくなる」に尽きるのかなぁ(笑)ぶっちゃけ「情熱がどんなに結婚の相手を見誤らすことがあっても、女性が完全に自分の結婚の相手を選ぶことができて、しかも男性にはこれができないときに、女性に愛のない男性を愛するように説得する手段は、殆どないからである」なんですよ、奥さん(誰?)まぁある意味、全人類がモテる男性、モテる女性ばかりならな結婚はというか、付き合いは容易いって事だよなぁ(笑)

 も一つ、これまた実にアレだけど男女問題のとこで「社会を危険に陥れるものは、若干の人々における大いなる堕落ではなく、社会のすべての人々の心のゆるみである」はともかく、その後に「立法者の眼からすれば、恐るべきものとしては、売春は情事よりましである」になるのか?それにしても著者、仏人じゃなかったっけ?仏って不倫万歳、コキュの国だと思っていたけど、そーじゃなかったのか(笑)さて、米ですが当時は「アメリカ連邦の立法者は、強姦を死刑で罰している」だったんですねぇ…今もそーならさぞかしゴホンゴホン…

 ちなみに「ヨーロッパでは、しばしば男性が女性にふんだんに与える阿諛や甘言のうちにさえ、軽蔑が含まれているのが注目されている。ヨーロッパ的男性は、しばしば女性の奴隷になっているが、実は決して心から、彼女を自ら平等であると信じていない」の辺りは実に正直者乙ですかねぇ…今で言うなら表向きは男女平等だけど、その実は男尊女卑って奴でしょか(笑)でもって、たいていの男子ぃは、おっと皆まで言うな、か(笑)

 さて、人というものは地位が不平等である時は「どんなに大きな不平等でも、人々の心を傷つけることはない」そーな…だがしかし平等を建前にすると「どんな小さな差別でも人々の心に衝撃を与えるのである」になる訳で…「どんな小さな差別でも、一層耐えがたいものなってゆく」って、何かというと差別差別と口にするのはこゆ訳だったのか?お金以外は何でも平等が当然の国だもの、でFAなんですかねぇ?

 とはいえ、そんな平等も「おそらくあまり高級なものでないであろうが、一層公正なものである」にはなる訳で、「平等のこの公正さは、平等の偉大さと美しさをつくっている」になるんだろーなぁ…不平等と平等なら平等の方がいいと、でもその時はその平等の裏面も清濁合わせ飲む覚悟がいるぜって事か…

 安全保障問題のとこの詳細は本書をドゾですけど「軍隊の軍事的な騒動好きの精神によって、民主的民族が蒙る災厄を増すものは、市民たちの平和的気分である」って…「戦争好きでない国民内での軍隊ほどに、危険なものはない」って…「すべての市民たちの過度の平安好みのために、日に日に兵士たちの意のままに、国事が左右されるようになる」って…いやはやいやはや…

 さて、米ならば忘れていけない宗教生活って事で本書にその手の言及されているとこありまするの世界で他宗教との対比から「マホメットは宗教的教義ばかりでなく、政治的金言も、民法も、刑法も、科学的理論も、天から下して、コーランの中におさめたのである」一方「キリスト教の教義としての福音は、人々と神との、そして人々相互との一般的関係だけについて語っている」とな…「前者(回教)は、啓蒙と民主主義の時代に永く優位を占めることはできないであろうが、後者(キリスト教)はこれらの啓蒙と民主主義との時代にも、他のすべての時代においてと同様に、支配つづけるように運命づけられているということである」とな…著者は多分カトリックのはずなのでまぁキリスト教アゲだよねぇなとこあると思いますだけど、宗教の守備範囲っていったい?

 また「アメリカ連邦においてほどに、キリスト教が形式と儀礼と像とを少ししか含んでいない国は他にどこもない」となり、反面「キリスト教が人間の精神に対して明確で単純な、そして一般的な理念をあらわしている国も、他にどこにも見られない」となる模様…米ェ…まぁ「法律の精神に執着していて法律の文字に拘泥していない者も、他には見出されない」で、しかも「キリスト教が明確に教えられているところは他にはない」にもなるとな…でも「アメリカ人は、利益によって宗教にしたがっているばかりでなく、宗教にしたがうに当たってもたれうる利益を、この世のうちにしばしばおいている」そな…

 まぁ意味深とこでは「母体的情熱をうちこわそうと企てる宗教は、結局この情熱によって滅ぼされるであろう」とな…「もし宗教が人々にあの世の幸福だけに献身させるために、この世の幸福をないがしろにさせようとするならば、人々の心霊はついには宗教の手から離脱して、物質的な目前の享楽のみに耽溺して、宗教から遠ざかるばかりであろう」って…ててて…

 他にも至言の嵐ですので詳細は本書をドゾ。例えば、「互いに相反する諸原理を妥協させようとし、そして論理を犠牲にして平和をかちとろうとすることは、人間の知性に固有な弱点の一つである」とか(笑)「何らかの権力は、ある一つの企業のみに全人民を協力させうるであろう。そしてその度毎に、その権力は、少しばかりの知恵と多くの時間とを投入して、何らかの巨大なものを非常に大きな諸努力の協力をえて、達成するであろう。けれども、そうだからといって、その民族は極めて幸福であり、極めて文明化しており、そしてなお極めて強大でさえもあると結論さるべきではない」って、電気を大切にねってか(笑)

 企業つながりで「大企業以外の他の諸中小企業では、一般に労働賃金が少しずつ増加しながら絶えず増加するのであるが、大企業では賃金は突然上昇したあとで、恒久的に低下するとしても驚くに当たらないのである」とな、サービス残業、社畜は当たり前ぇー(笑)リストラ万歳ってか(笑)まっ今だと役員の俸給は上がっても社員の給料は下がる、それが企業的ジャスティスになりつつあるからなぁ(笑)働く人の為の会社はどこですかぁ(笑)

 まぁ雇用問題では「政府の任務は、無限に増大してゆく人々の願望を、限られた手段で満足させることであるから」だそーだけど、そーすると「世界中の民族のうちで最も抑制しにくい、そして最も統導しにくい民族は、公務員の地位の要求者たちよりなる民族であることを、よく納得すべきである」って…かくて「政府は、ついには公務員の地位の空席をつくる必要だけによって、国の組織をくつがえしたり、国家の表面を変えたりしかねないということが、常によく理解さるべきである」って…相変わらず著者絶好調ってか?未来見の鑑でも持っていたんだろーか?

 そゆ点では「元首によっては共和制もあるが、他のすべての部分では、極王党派的である政体は、常に束の間のはかない怪物のように、わたくしには思われる。統治者たちの悪徳と愚かさとは、やがて自分たちの没落を招くことになるであろう」って、これは遠見ではなくて予言の書か?マッチョ思考万歳(笑)

 他にも色々色々色々とても色々(笑)何せ六百頁ですから(笑)ありますよってですので詳細は本書をドゾ。いや、最初から最後までノンストップフルスロットルでございます、相変わらずトクヴィル先生はパネェ…で、最後に一つ上げるとしたらここでしょで「民主的諸民族は、過去のものについては殆ど気をくばらない。けれども彼等は、未来のものを自ら進んで夢想する」とな…歴史より未来、なーるほろ振り向くな君は美しいってか(笑)でも、ここって自らの「過去のもの」だよなぁと思うのはゴホンゴホン…お後が宜しいよーで(笑顔っ)

 目次参照  目次 国外

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