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2014年10月17日 (金)

世界最強のパン焼き職人?

バッハのすべて  音楽の友編  音楽之友社

 サブタイトルは、生涯、作品とその名演奏家たち、なんですが…B5位の判型で雑誌の別冊みたいな形態なんだが、もーバッハ、バッハ、バッハの世界(笑)惜しむらくは、カラーページが巻頭7,8頁位しかなくて、紙面が地味なとこでしょか(笑)いや、音楽家の音楽だけでなく、その音楽家の生きた環境もこれからは検討せねばのノリもあるみたいなので、土地の話が出てくるとこはもっとビシバシ、カラー画像があってもいいと思うんだが(笑)

 では、どゆ内容か?というと、目次に逃げて、口絵 バッハの足跡を訪ねて 山本直幸、巻頭言 知られざる根源から 礒山雅、Ⅰ章 現代のバッハ像をめぐって~現代の音楽家が語るバッハの世界、鈴木雅明 堀江昭朗、グスタフ・レオンハルト 伊藤はに子 岡本稔、トン・コープマン 樋口隆一、トレヴァー・ピノック 諸石幸生、ヴィーラント・クイケン 諸石幸生、鈴木秀美 真嶋雄大、ダーヴィド・ゲリンガス、Ⅱ章 バッハの生涯、バッハの生涯 大角欣矢、教会音楽家バッハの日常 那須田務、ハンス・ヨアヒム・ロッチュは語る 岡本和子、編曲者としてのバッハ 寺嶋陸也、バッハを読む 鳴海史生、エッセイ「バッハ、ピアニスト、かくれキリシタン」 皆川達夫、バッハ弾きの系譜 真嶋雄大、インタビュー マルティン・シュタットフェルト 山崎睦、バッハ・コレギウム・ジャパン「カンタータ全集」完結 真嶋雄大、バッハを伝える人々 加藤浩子、Ⅲ章 バッハの名曲、バッハの名曲 大角欣矢、古今東西のバッハのスペシャリストたち 奥田佳道 佐伯茂樹 寺西星之 相場ひろ、CDで聴くバッハの名曲 國土潤一、作曲家の耳に響くバッハ 三枝成影 高橋裕 新実徳英 野田暉行 野平一郎 松下功 三善晃 湯浅譲二、全作品一覧、バッハ略年表のラインナップ♪

 アリス的にバッハと言えば、准教授のお気にという事でピリオドでFA(笑)後、これまた准教授のお気にのグールドになる訳で、しかもゴルトベルク変奏曲…ちなみにシュタットフェルトもゴルトベルク変奏曲でデビューしたとい経歴の持ち主だそー…グールドにならったのだろーか?うーむ(笑)

 そのゴルトベルク変奏曲とは「この作品は3曲ごとに織り込まれたカノンによって深淵な数学的秩序を反映しており、作曲時期が重なる「フーガの技法」の世界に通じている」(@大角)となるそな…ちなみに「「変奏」という技法は、装飾変奏と性格変奏」(@三枝)の二つがあるそで、「主題の構造と和声の骨格を保持するのが装飾変奏」「動機や旋律のカーブ、特徴的なリズム型や和声といった部分的特徴のみを保存して、自由な変化をするものが性格変奏」(@三枝)だとか…そーだったのかぁーっ?ちなみに「「ゴルトベルク変奏曲」は性格変奏の系列」(@三枝)となるとな…「主題のメロディをほとんど聞き取ることができません。この譜例にあるベースラインの土台の上に成り立った変形パッサカリアといった形になっています」(@三枝)となななな…しかも「この曲は、演奏者の才能の有無によって、大きく変容を遂げていく作品です」(@三枝)よーするに人を選ぶ曲って事でオケ?成程、グールドってか(笑)

 そしてグールドのデビューアルバムがゴルトベルク変奏曲(1955)で、「バッハ演奏史上に革命をもたらした」(@寺西)という事になるのか(笑)どこが違うのかと言えば「均質な音とレガートを重視していたそれまでの謹厳なバッハ像を打ち壊すがごとく、スタッカートを中心とした歯切れのよい旋律線と躍動的なリズムを前面に打ち出した演奏」「それまで重視されていたポリフォニーの線の調和的な絡みは生命感溢れる力動的な声部のやりとりにとって代えられ、即興的ともいえる自由な戯れとダイナミックな運びを特徴とする新しいバッハ像が打ちたてられる」(@寺西)まさに革命の狼煙は上がったってか(笑)

 それにしても厳選CD40の中に、グールドのCDが「インヴェンションとシンフォニア」「平均律クラヴィーア曲集」「ゴルトベルク変奏曲」と三つも入っているとこが凄い…

 後、大阪的なとこで大阪は高槻に在住していたというゲルハルト・ボッセ教授を日本人的には忘れてはあかんぜよの世界か?他にアリス的というなら、准教授の着メロの「FIrst Love」(宇多田ヒカル)の「低音進行等に、バッハの影響を見てとることができるという」(@松下)となると知らなんだ…バッハって汎用性のある作曲家だったんだなぁ…

 さて、バッハ生誕の地というのが独のチューリンゲン地方のアイゼナッハという事になるそな…旧東西ドイツ時代の国境沿いにあるという事は、独的にど真ん中なとこに生まれたという事になるんだろーか?ちなみにお誕生日は、1685年3月21日だそで、バッハ、お彼岸というか春分の日生まれなんだろか?お父さんは町の音楽師で、8人兄弟の末っ子って…後のバッハも結構子だくさんだけど、生まれもそーだったのか?ってバッハ家て子だくさん家系なんだろか?それとも、当時はその位兄弟姉妹、もしくは子供がいたのが普通だったのか?

 でもって、「バッハは、音楽を重んじるルター派プロテスタントの宗教教育を受け、後にルターが創始した教会音楽に深く関わることになります」というのは、日本人的にはピンと来ないんだけど、これ結構重要なポイントと思われ…というのも後にケーテンで働いていた時は、こちらプロテスタントのカルヴィン派だから「カンタータなどの教会音楽の作曲は求めず、世俗の音楽を多く求めたことです」となっちゃう訳で…バッハの時代の作曲って雇い主の注文、ご意向に沿ってのそれだから、職場環境によって、曲作りが全く違ってきちゃうという事に…ある意味、ピカソばりの変化を求められるって事か?バッハ、青の時代とか(笑)それにしても聖職についていなくても、パンピーからして日常で宗教に従属する部分があると思いますの世界だったのか?

 さて、世界の演奏家達のインタビューは、いずこの人も皆それぞれにパネェ(笑)例えば、レオンハルトの場合「バッハに、私は興味がありません。バッハはとうの昔に死んでいます。私は彼と知り合うことはなかったし、これからも彼を知ることはないのです。ですから、私はバッハについて知らないし、彼について語ることは何もありません」って、幾ら世界の巨匠とはいえなかなか言える科白じゃないと思うのは己が小市民だからだろーか?他にも「歴史を振り返ると素晴らしい作品を残した人にはひどい人が多い。殺人者もいますから。バッハが悪人だとは言いませんが、まったく興味がないのです」(@レオンハルト)って言いきるレオンハルト先生パネェ…そこにしびれるあこがれるぅ(笑)まぁそのレオンハルトも「バッハの音楽にみられる展開と連関は、他のどの作曲家にも見ることはできません。これほど先駆的な音楽を彼が書いたことに、私は驚嘆しています」となる訳だから、バッハって…

 後、やはり古楽復活の件辺りも色々あった模様で詳細は本書をドゾですが、「最初のうち、私の演奏は理解し難い不思議なものと批判されました。これはシリアスな音楽活動ではないと笑った人もいました。本物の音楽では決してないとね(笑)」(@ピノック)とは…どこも先駆者は叩かれる運命なんだなぁ…

 大変つながりでライプティヒのトーマス教会…旧東独だった訳でその当時は「ホーネッカー政権時代末期、極端な共産主義者だったホーネッカー夫人が東ドイツの文化相に就任した後の時期です。毎週3回も教会で演奏をしているのがお気に召さなかったので、何かと文句を言ってきました」(@ロッチュ)とな…教育関係ではラテン語もあかんとか、当時は色々抑圧があった模様…

 東独つながりで、旧東独時代、ライプティヒの聖トーマス教会のバッハの墓前に献花をと、街で花屋を探してみたけど、花屋がない…「苗や耕作用具を商っている店はあるのですが、切り花を売る花屋さんは懸命にさがしても一軒も見つかりません」(@皆川)というのは、切り花も贅沢的な発想だったんでしょか?うーむ…町のおばさん達に教えてもらって、花売りというより、野草か雑草か(?)みたいな素朴なソレを手押し車で売るおじいさんがいるとな…で著者が何とか探して花(束?)購入すると、何に使うのかと聞かれ、バッハのお墓に供えるんだと答えると、何と日本人が「おれたちのバッハにお花を供えてくれる」と物凄く感謝されてお金を受け取らないとな…「そのセリフがなんの気負いもなく、ごくごく普通の調子でドイツのお百姓のオジイサンから出てきたことに、わたしは強いショックを受けたのでした」(@皆川)文化度とか、民度とか、お国柄とか、独的にはバッハは独人の一人一人のDNAになっているのだろーか?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん面白エピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾドゾ。最後に一つだけエピをとり上げるとしたら、切支丹音楽についてのとこ…オラショのとこでしょか?400年間隠れて密かに歌い続けてきたソレ、ラテン語の聖歌が訛ってしまってたり、歌詞の内容が弾圧の中の信仰と現状というか、春の歌なんですが、詳細は本書をドゾ。上手いとか、下手を超えた音楽ってあるもんなんだなぁとしみじみする話なんですけど、これにはオチがあって、この話を聞いていた一人が「何ですか、この話は。こんなド田舎の歌が、いったい音楽ですか。こんなド田舎の歌を音楽なんて、とんでもない」と万座の中で切り捨てた人がいたりして、それが「このピアニストは、ショパン演奏にかけては一応わが国で定評のある音楽家のようです」(@皆川)って…まぁ「彼がそう思うのは勝手です」(@皆川)は確かに個人の自由…だが、それにしても人々が命懸けで護ってきた音楽を一刀両断にするのは如何なものか?成程、三ツ星レストランの料理じゃないと料理とは言えない、家庭でおばさんが片手間に作ったソレなんてお料理なんて呼ぶにあたわずという事なんだろか?

 まぁたいていの音楽家はセレブのご子息ご令嬢が多い訳で、贅沢な音楽というか、最先端の音楽というか、世界トップの音楽というものを音楽とするという音楽の殿堂みたいなとこに住んでいらっさるからなぁ(笑)それ以外なんて、まさに想定外のソレなんだろなと…そして、この発言も想定外なんだからそのピアニストに責任はないんだろーなぁと推察致します(笑)

 まぁ何事にも可能性はある訳で「日本人はバッハの宗教的、精神的な背景を知りません。しかしそれゆえにオープンな姿勢で音楽や言葉と相対することが出来ます」(@シュナイト)もある訳で、過去を知り、未来へつなぐ、音楽ってそゆ風に連綿と続いてきたもんじゃなかろーか?と…

 目次参照  目次 音楽

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