« 彼は多くのものを人々に捧げすぎました… | トップページ | 温故知新(笑) »

2014年10月 7日 (火)

利口な奴はたんと反省するがよい。私は馬鹿だから反省なぞしない(笑)

モオツァルト・無常という事  小林秀雄  新潮社

 何の本というとエッセイ集でしょか?書かれたのは戦前前後の事でして、今となると70年位前のお話となる模様…本書の何が凄いかといえば、これだけ時間がたっているにも関わらず古くなぁーい、ですかねぇ(笑)さすが本物のプロは違うとゆー事か?真贋というエッセイが最後にあるのも、そゆ意味では意味深だよなぁ(笑)

 で、まぁ初っ端は表題にもなっているモオツァルトなんですが、これだけ何故か旧かなづかいで…トーシロ的には慣れてないのでつっかえながらの読書だったんですが、何かもーいきおいというか、内に秘めた炎がというか、ふっきれ感というか、だだただ凄いとしかいいよーがないよーな…いや、元々己に小林秀雄が分かるのか?と問われれば、無理っスと答えるしかないよーな…世の中本当に教養って大切だなぁと著者の作品を読む度に思うだけは思っているんですよぉーっ…

 てな訳で分からない時は目次に逃げるで、モオツァルト、当麻、徒然草、無常という事、西行、実朝、平家物語、蘇我馬子の墓、鉄斎Ⅰ、鉄斎Ⅱ、鉄斎Ⅲ、光悦と宗達、雪舟、偶像崇拝、骨董、真贋のラインナップ…鉄斎から後はどちらかというと著者の骨董趣味、美術趣味がババンとなの世界かなぁ?まぁこの著者の趣味ですから、突き抜け感が半端ないですけど(笑)

 アリス的には、モーツァルトとなると…うーむ…准教授はバッハ派だしなぁ(笑)アリスもそーなんでしょかねぇ?まぁバッハもモーツァルトもクラシック界の二大天才という感じはするが(笑)音楽系では、メンデルスゾーンがゲーテにハ短調シンフォニー(ベートーヴェン)をピアノで弾いて聞かせたというエピが出てきますが、成程メンデルスゾーンってゲーテと同時代人だったのか?

 作家的なとこでは「作者はそこにどうしても滑り込む未知や偶然に、進んで確乎たる信頼を持たねばなるまい。そうでなければ創造という行為が不可能になる」辺りは、アリスの場合心当たりが多すぎるの世界かなぁ?トリックなんてその最たるもののよーな気がするが(笑)

 後アリス的というと、「美というものは、現実にある一つの抗し難い力」というのは何となく分かるよーな気がするが、「普通一般に考えられているよりも実は遥かに美しくもなく愉快でもないものである」となっちゃうんだろか?教えてアマノン画伯ってか?

 で同じ芸術畑じゃまいか?と思っていたが、「音楽の霊は、己れ以外のものは、何物も表現しないというその本来の性質から、この徹底したエゴティストの奥深い処に食い入っていたと思えてならないのである」は、どーなのだろぉ?音楽って、何ですかぁーっ?の世界に突入か(笑)

 そんなこんな(?)の天才は天才を知る系で、「如何にも美しく、親しみ易く、誰でも真似したがるが、一人として成功しなかった」とゲーテは言ったらすぃ…結局どゆ事かというと「人間どもをからかう為に、悪魔が発明した音楽」って…まぁモーツァルトの前にモーツァルトなし、モーツァルトの後にモーツァルトのなしだろーしなぁ(笑)あの天才性は悪魔の仕業だとでも言いたくなる気持ちはよく分かる(笑)

 さて、そんなモーツァルトですけど、著者によるとモーツァルトの曲は「ほんとうに悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は思った」になる模様…「その悲しさは、透明な冷い水の様に、僕の乾いた喉をうるおし、僕を鼓舞する、そんな事を思った」そな…うーん、一般にモーツァルトの曲って明るいイメージでいたけど、これまたそんな甘いものではなかったのか?ちなみに「モーツァルトの音楽を思い出すという稀な事は出来ない。それは、いつも生れた計りの姿で現れ、その時々の僕の思想や感情には全く無頓着に、何んというか、絶対的な新鮮性とでも言うべきもので、僕を驚かす」ものらすぃー…常に新しいなんですね、分かります(笑)

 ついでに言うとスタンダールも「モオツァルトの音楽の根底はtristesse(かなしさ)というものだ、と言った」そーで、成程洋の東西を問わず、天才は天才を知る、語るで、モーツァルトはかなしいでジャスティスってか?尤もモーツァルト自身は「彼は悲しんでいない。ただ孤独なだけだ」になる模様…「モオツァルトの孤独は、彼の深い無邪気さが、その上に座るある充実した確かな物であった」って…ひたすら清い、澄んでいるって、そりゃ孤独しかないよなぁ…

 そんなある種普遍な曲を生み出したモーツァルトと言えば、作曲時に全然関係ないおしゃべりをしながら書いていたというから、これ如何に(笑)かくて、モーツァルト伝説はそれこそ枚挙にいとまない程あるじゃまいか?ですけど、その中でも「最大のもの、一番真面目臭ったものは、恐らく彼が死ぬまで神童だったという伝説ではあるまいか」とな(笑)真の天才って…

 また、これはモーツァルトのカノンについての描写なんですけど、「無用な装飾を棄て、重い衣装を脱いだところで、裸になれるとは限らない。何も彼も余り沢山のものを持ち過ぎたと気が付く人も、はじめから持っていなかったものには気が付かぬかも知れない」の件は、真理って怖いなぁと(笑)最近流行りの何でも捨てろとか、身軽になれとかも、元来のそれにはおよびもつかないってことじゃね?って、どーよ(笑)まぁだから天才なんだろーってか(笑)

 ちなみに、ピカソには収集癖があったみたいで、それこそ何でもかんでもの世界だった模様(笑)「僕が浪費しないというところが肝腎なのだ。持っているからこんなに有るので、貯めているのじゃない。有り難い事に手に這入った。何故棄てねばならぬのか」(@ピカソ)って言ったそーな…天才って…今だとこれもエコロジー?物を大切にねってか(笑)

 で、これまたその天才、天才性というものについて「天賦の才というものが、モオツァルトにはどんなに重荷であったかを明示している。才能がある御蔭で仕事が楽なのは凡才に限るのである」って、そーだったのかぁーっ?才能のない凡才の身の上では、そのどちらも想像の域を越えているよな?

 ちなみに「天才とは努力し得る才だ」(@ゲーテ)と大家は言いきっていらっさいますが、著者曰く「殆ど理解されていない」になる模様、だって「努力は凡才でもするからである」って、それは(笑)じゃあ何が違うねん?というと「天才は寧ろ努力を発明する。凡才が容易と見る処に、何故、天才は難問を見るという事が屡々起るのか」って…そこが天才と凡才の別れ道ってか?ぶっちゃけどゆ事よというと「強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう」に行き着く模様…天才だもの(笑)

 この強い精神というのは「悪い環境も、やはり在るが儘の環境であって、そこに何一つ欠けている処も、不足しているものもありはしない」って事になるとな…天才パネェ…かくて「彼は、人間の本当の幸不幸の在処を尋ねようとした事は、決してない」になっちゃう訳で…もーなんか天才というより超人って感じがしてきたが気のせいか(笑)

 更にモーツァルトは「目的とか企図とかいうものを、彼は知らなかった」となるそーで、「大切なのは目的地ではない、現に歩いているその歩き方である」って、そーだったのかぁーっ?どんなジャンルでもどんな作品でも最初に訊かれるのが、テーマは?だったりする今日この頃…それは邪道だったのか(笑)「現代のジャアナリストは、殆ど毎月の様に、目的地を新たにするが、歩き方は決して代えない。そして実際に成就した論文は先月の論文とはたしかに違っていると盲信している」って…教えて、准教授ってか(笑)

 成程、モーツァルトで、これだけでも大変おべんきょになるエッセイでございます。と今更己が言うまでもないんですが、他のエッセイの数々もエピ満載でして詳細は本書をドゾ。

 他にアリス的なとこというと、「西洋の文学が輸入され、批評家が氾濫し、批評文の精緻を競う有様となったが、彼等の性根を観れば、皆お目出度いのである」って…「批評家は批評家らしい偶像を作るのに忙しい」って…先生、それを言っちゃあ(笑)また、「文章というものは、妙な言い方だが、読もうとばかりしないで眺めていると、いろいろな事を気付かせるものである」って、そーだったのか?アリス(笑)

 後、アリス的というと聖徳太子で著者が「太子の「経疏」」について「それを読んだ時、異様な感に襲われた。あんな未開な時代の一体何処に、この様に高度な思想をはめ込んだらいいのか」とな…思うに本書は天才が天才を語るの巻でしょかねぇ(笑)真の天才はいる、確かにいるんですよ、奥さん(誰?)必勝祈願の聖徳太子(厩戸皇子)に「太子の手は、馬子などの想像も及ばぬ憤怒と理想とで慄えていたであろう、と私は推察する」と言い切る著者もパネェ…聖と俗はあると思いますなのか?ちなみに「十七条の訓戒なぞ、誰も聞くものはない。守ものはない。それを一番よく知っているのは、これを発表した当人である」って件は、泣かせる味だねぇ(笑)

 それと、美術的なとこでアマノン再び(笑)「現代では、教養ある人が、自分には絵は解らぬと平気で言っている。誰もこれを怪しむ者がない。つまり教養とは、絵なぞ解らなくてもいいものになって了っているのである」の件は、真の絵画とは、もしくは真の教養とはの世界かなぁ?どちらも今となっては…教えてアマノンってか(笑)

 面白エピ的には骨董屋さんと米人のとこかなぁ「アメリカ人が品物を見て欲しいと言って来た。一見して明らかな贋作なので、その由を言うと、客は納得せず博物館の鑑定書を見せた。これには弱ったが、咄嗟の機転で、近頃鑑定書にもニセが多いと言うと了解して還ったそうである」って…米人ってどこまでも米人なんだなぁ…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に本書で一番ホーホーホーと思わされたとこを一つ「人間は、皆それぞれのラプトゥスを持っていると簡単明瞭に考えているだけである。要するに数の問題だ。気違いと言われない為には、同類をふやせばよいだろう」って…

 目次参照  目次 文化・芸術  目次 音楽

|

« 彼は多くのものを人々に捧げすぎました… | トップページ | 温故知新(笑) »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 利口な奴はたんと反省するがよい。私は馬鹿だから反省なぞしない(笑):

« 彼は多くのものを人々に捧げすぎました… | トップページ | 温故知新(笑) »