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2014年10月 6日 (月)

彼は多くのものを人々に捧げすぎました…

グレン・グールド  青柳いづみこ  筑摩書房

 サブタイトルは、未来のピアニストなんですが、よくあるグールドの伝記系かというと、ちと違うかもしれんってか?というのも著者が現職のピアニストだった事から、グールドの曲表現?に目が向いている感じか?それは結局、ピアニストとは何か?もとい現代ピアニストとは何か?音楽家とは何か?につながる道じゃまいか?でして…

 なのでだからなのか?演奏した曲の話が多い気がしないでもないんですが、何より本書の特徴は、グールド以外の音楽家達の話が多い事じゃまいか?人物や、曲や、パフォその他の比較として出しているんだと思われなんですけど、それについて〇〇はこーだったみたいな話が結構多いよな?多分それらの頁を引いたら、本書半分よりちょい少な目位はダイエットできそーな気配がするのは気のせいか?

 後、も一つ特徴はピアニストはピアニストを知るで、曲の説明が実に細部にまでいっている感じかなぁ?特に奏法については、なるほろ音楽家とは曲を聴いただけで、どゆ風にキーを叩いたとか、ペダルを踏んだとか、奏法は何かとか、瞬時に分かる人種だったのだなぁと感心しますた…あのグールドの座り方、あれにも奏法的には意義のある座り方、姿勢だったのですねぇ…いや、ピアノ奥が深い…

 アリス的にグールドと言えば、准教授のお気にで、今まで肯定的に聴いてはいたが、それにしても現場は違っていたと見えて「私が芸大のピアノ科の学生だったころは、グールドを認めるか、もっと端的に言ってしまえば、グールドにハラを立てるかどうかで、まともなオーソドックス路線か、ちょっとはみ出したエキセントリック路線か、が判定されたものだ」って…それは「ちょうどキリシタンを識別した踏み絵のように」ってて…グールドは異端裁判の物差しだったのか?魔女だぁーってか(笑)まぁ天才だが、変人であるというのが当時のグールドの評判だったみたいだし(笑)

 グールドというと早々にステージ・ピアニストを辞めて、スタジオに籠ったことで有名ですけど、結局、これはピアニストという職業の究極の選択の世界でしょかねぇ?演奏会場のプレイもピアニストの仕事なら、CDでのプレイもピアニストの仕事となる訳で、そのパフォはどこまで一致するか?そしてどちらが本物か?一期一会的にいくならコンサートパフォだろーと(笑)送り手がいて、受け手がいると、ダイレクトに発信してその場で、おおおっとなる世界ですけん…ある意味消えるものを好む心ですかねぇ…

 それに対して、CDその他、繰り返し聴ける物系は、どちらかというと究極の一曲、ピアニストの最高の演奏の場、節の一つ一つを切り張りして作った、ある意味匠ですな世界…非常に人工的ともいえるし、非常に造られた世界とも言えるよな?

 で、我らがグールドが目指した世界は前者ではなくて、後者だったという事に尽きるよな…グールドはグールドが、完璧、完全と思える世界の構築を選択したという事になるんじゃまいか?事の良し悪し、善悪、慣習、仕事観を越えて…何より、自分のその選択にその他のピアニストがどー思うか?をあまり念頭になかったんじゃないかなぁというのが、グールドだったんじゃまいか?かなぁ?これまたある意味自分に正直者乙になる訳で(笑)

 も一つのポイントが「ここで演奏家がぶちあたるのは、同時代性の壁である。クリエイターは、その仕事が独創的であればあるほど、同時代人に認められにくい。グールドもまた、数多くの心ない批評に苦しめられた。しかし、舞台芸術は、アーティストの肉体的な死とともに消滅する。演奏家は、未来の聴衆に期待することができない」とな…がっちり功績、足跡を残したいと思ったら、形あるものを残さないとアウトじゃね?という感覚は、逆にステージの希少性も浮かび上がるのか?世紀の一瞬に立ち会えたか?否か?それが問題だってか?

 全てを残すのも難しいけど、全てのステージがベストパフォな訳もなく、ある意味、これはその手の人達全てのジレンマな気がしないでもないが?そして、その間で何とかバランスをとっているのが大半の中で、グールドはノーと言える演奏家になってしまったとこかなぁ?ついでに実行してしましたが、何か?みたいな(笑)

 こーして見ると、クリエイター信仰というのが欧米でとてもつおい観念だというのも分かる気にさせられるとゆーか…オリジナリティの在処に非常に躍起になっているというか…功績はただ一人の物的なそれとも言うのか…何か最近のアーティスト信仰が何故はびこっているのか?分かる気にさせられるというか(笑)

 まわりくどい言い方になったけど、どーも欧米には名も無き職人系が少ないというか、評価されない世界なんだろなぁという気がしてきたんだけど?これも気のせい?グールドはクリエイターを目指して、残す事に血道を上げたみたいな見方も出来るけど、むしろ、グールドはクリエイターというよりも究極の職人を目指した方が幸せだったんじゃまいか?かなぁ?分かる人に分かって下されば結構みたいな?とにかく自分が納得するものが作りたいとなれば、仙人生活できますかぁ?の世界だろーし…

 商売として成り立つか?否か?と、匠ですの折り合いは(笑)ただ、職人は職人を呼ぶかなぁ?ある意味大衆芸術的じゃなくて、サロン的なソレならば、また違った世界が展開されていたのだろーか?うーん、謎だ(笑)

 さて、グールドの半生というか、曲?についての評価の詳細は本書をドゾ。実に細かく分析されているんだろーなぁという、またグールドというとどーもゴルトベルク変奏曲のイメージで語られるけど、その実、グールドの演奏もデビュー前から、コンサート引退後から、変化しているんですよ、というのはなるほろな世界か?

 も一つパフォ的には、これもたらればだけど、ずっとカラヤンのとこでやっていたらどーだったのかなぁ?というのは興味あるよな(笑)独奏ならともかくオケとの共演だったりすると、そのオケの技量が如実に出てしまうとこが何とも…指揮者もオケもグールドの音楽性に真にコラボできたのは、カラヤンとベルリンフィル位だったとこも、これまた天才故の悲劇なんだろぁ…いや、音楽って怖い(笑)1+1が3になる事もあれば、1+1が2にもならない事もあるんだなぁと教えてくれるという…

 てな訳で、グールドとそのパフォについての詳細は本書をドゾ。最初から最後までノンストップでエピの嵐ですので、クラシック界は演奏家の演奏図書館みたいなのを本気で考えた方がいいんじゃね?と思いつつ…パフォという一瞬の芸(?)も記録できる、検索できる時代になった訳だし、後進の教育用だけでもあってもいいと思うんだけどなぁ…

 消えゆくからこそ美しいもあると思いますだけど、積み上げて進む道もあると思われで、それは全ての領域で言える事なのかもなぁと(笑)

 目次参照  目次 音楽

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