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2014年10月14日 (火)

天性は抜きがたし…

グレン・グールド 神秘の探訪  ケヴィン・バサーナ  白水社

 グールドの伝記は数多にあれど(?)加人が書いたそれはどこやねーん、という事らすぃ?で一念発起してというより、そゆのがあってもいいじゃないかいいじゃないかのノリかなぁ?よーするに、加の英雄、グールド本なんですが、加人の加人による加人の為の伝記のよな?で、そー言われて読めば、加での描写が殆どなんですよねぇ…伝説のDC、NYでのデビューコンサートなんてそんなの関係ねぇのノリとでも言おーか(笑)

 で、加での描写が多いとなれば、そりゃ幼少のみぎりからいぱーい出てくるで、この辺りの加の地名…それなりに加人なら分かるみたいなノリかなぁ?例えば、東京で生まれ育ちましたで終わるとこが、実は田園調布でとか、白金台とか、吉祥寺とか、浅草とか、沖ノ鳥島とか、帝釈天で産湯を浸かりとか(笑)では同じ東京でもイメージ変わるじゃまいか?で、そゆ細かいニュアンスを土地っ子なら分かるよね、なノリなんですよ、多分…

 でで、これまたさすが聖書の国の人だもの、じゃないけど、最初に出てくるのがご先祖様の話じゃまいか?で、どーも、グールド家の前の姓がゴールドだったそーで、一部ユダヤ系じゃないか?とまことしやかに囁かれていたらすぃ…が、著者の執念なめたらあかんぜよ、で、何とグールドの祖先200年前までも遡って、ええ、グレートブリテンに居た頃まで追いかけますの世界か(笑)ちなみに当時の英ではゴールドという姓は英人も多い名前だった模様…何とゆーか、苗字でどこの出身とすぐに分かるらしいのが実に欧米か(死語?)だよなぁ(笑)

 ちなみに母方のご先祖様の一人があのノルウェーの作曲家、グリークだったりするんですよ、奥さん(誰?)

 さて、本書は大きく六つの章に分かれていまして、第一章 ビーチ・ボーイ 神童 1932-47、第二章 人間国宝 若きプロフェッショナル 1947-54、第三章 寄席芸人 コンサート・ツアー 1955-64、第四章 ルネサンス・マン 真の天職 1964-75、第五章 アーティストのポートレイト、第六章 最後の清教徒 過渡期 1975-82のラインナップとなりまする…A5のハードカバーでびっしり500頁半位となれば、結構手というか、腕にくる本でございます…ピアニストなら手に負担がくる位(笑)

 アリス的にグールドは、ゴルトベルク変奏曲で、准教授のお気に、ですよねぇで今更説明の必要もないよーな…まぁ、グールドの演奏を一度でも聴いた事があれば、世界的ピアニストというのは納得いただけるのではないか、と…いやー世の中、真に天才っているんですよ、おぞーさん(誰?)後、アリス的なとこではグールドはパズル好きだったとか(笑)

 で、そんな天才の生涯を追えば、出てくる出てくるでエピはそれこそ星の数程の世界に突入してまして、詳細は是非本書をドゾとしか言えねぇー(笑)特に本書は加人としてのグールドの立ち位置がはっきりした感じかなぁ?

 さて、そのグールドですが、「今日のグールドのレコードとCDの売れ行きは、その存命中を上回っている」そな…生前が約125万枚だそで、死後は新しい方のゴルトベルク変奏曲だけで、しかも20世紀末までで200万枚売り上げたとな…クラシック界的にミリオンセラーって、どの位のインパクトなんだろぉ?取りあえずトーシロ的にはパネェって事でFA?でもって、これまたおろろいたのは「グールドは一九八〇年に、長年のあいだ人口比でレコードの売り上げの一番多いのは日本である」とは知らなんだ…日本に初めてグールドのレコードが発売された頃は評論家の評判は今一だったはずなのに、何と気が付けば国を上げてのグールド贔屓だったのか?

 だがしかし、著者曰く「英語圏の外でのグールドの受け止められ方には、少々まじめすぎるところがある」になる模様…てな訳で、加人による加人なグールドの本をしてみんとするなりの世界が展開していくとな(笑)

 天下の天才、天下の奇人で変人、そして徹頭徹尾の加人、もしくはトロント人の真実の姿とは如何に?というのが本書の内容になるのかなぁ?何かグールドというと何時の人みたいな年齢感覚が飛んでしまうんですけど、1932年生まれという事はWWⅡ前の話になるんですよねぇ…でもって、加という国のその歴史的にアレなとこが何とも…元英の植民地、そして現英連邦の一国、更に「カナダは、グールドが亡くなる一九八二年になるまで、独自の憲法を持ち、単独の権限をもつ国にはならなかったのである」って、そーだったのかぁーっ?加…

 で、その加人の日常なんですけど、これまた実にピューリタンな生活というか、牧歌的とでも言うべきか?で「日曜日の戸外での遊びや行事、お菓子を食べること、小説を読むこと、風呂に入ること、あるいは歌ったり、笑ったりすることさえ、冒涜だと考える人たちがいたのである」って、ホンマでっかぁーっ?何かもー一神教の敬虔さのいっちゃった観て、本当に凄い、凄すぎる…

 でで、加の中のトロントの都市としての立ち位置もこれまたパネェで「グールドが生まれたときは、ビーチの住民の九〇パーセントはイギリス系であった。ここは旧イギリス植民地の、最もイギリス的な州の、最もイギリス的な大都市の、最もイギリス的な地域なのだった」って、ドンダケェー…まぁそゆとこで、グールドは生まれ育ったという事らすぃ…でもって「外国人嫌いは、イギリス系が大多数を占めるトロントの、あまり誉められたものとはいえぬ副産物だった」とな…ちなみに「一九四五年初め、戦後はどのくらいの数のユダヤ人を入国させるか、と聞かれたカナダのある上級官吏の答えはなんと「ゼロでも多すぎるくらいだ」であった」とな…加の歴史もパネェ…

 加の歴史的なソレについての詳細は本書をドゾですが、そんな中に、毛皮商の父とピアノの先生をしていた母との裕福な夫婦の下(それでも中流らすぃが…今でいうアッパーミドルか?)に一人っ子として生まれたグールドは、それは大事に育てられたはありがちな話じゃね?しかも、母親がグールドが生まれる前に何回か流産していて、グールドが生まれた時には40歳だったとなれば、その上グールドが蒲柳の体質というか、芸術家なら当たり前なのかの繊細な性質であれば…

 とかく音楽教育にはお金がかかる話はよく聞くが、それにしても寒さで毎年ピアノを買い換えなきゃいけないって、やはり加ってパネェ…幾ら避暑用の別荘に置いてあるから、冬は放置って事でも、そんなに簡単に劣化するものなのか?ピアノ…勿論教育にも費用は惜しみませんの世界だけど、音楽院のゲレーロ先生もこれまたパネェで…チリ出身のこちらも天才ピアニストになるんだろーけど、このゲレーロもお坊ちゃまだった前歴も凄いし、そのディレッタントというか、紳士というか、教養人というか、芸術家というか、こちらのエピもこれまたパネェ…音楽だけでなく相当に博識のある御人だった模様…そして「「この音楽家には愛人がいる-信じられるかい?」この「愛人」はマートル・ローズであった。ローズは昔の生徒で、ゲレーロより二十歳年下だった。一九三一年に出会い、公然と同居していた。そして一九四八年に二番目の妻となる」って、さすが芸術家というべきか…

 この教師と生徒のエピの詳細も本書をドゾ。「グレンは人の助言はけっして受け付けません」と先生が言う生徒…とにかくグールドは昔から、そゆ子供というか、天才だったという事ですかねぇ…自我が強いという…やがて対立にですけど、先生が貴族的なので、何とかなっていたというか、やがて巣立つ、袂を分かつ事になっても、ですよねぇで済んでいたとこがあったよな…

 かくて雌伏の時を経て、グールドはコンサート・ピアニストとして独り立ちするとな…しかし、これがグールドにとっては悲劇の誕生となる訳で…何かと言えば仕事が成功しすぎたとこにあるのかと…一躍時代の寵児に、売れっ子ピアニストになれば、世界巡業が待ったなし…ところが、グールドは骨の髄まで加人、トロントから離れて暮らす事の出来ない男だったのですねぇ(笑)

 元々、身体が虚弱という事で、ついでに物凄く神経質…旅向きでないというのが一つ、移動も耐えられなければ、宿も食事も受け付けない、まして会場の環境はグールドの身体には寒すぎる…隙間風なんて耐えられるか?の世界で、ここからグールド伝説の一つ、真夏でもコート着てマフラーして手袋してるという変人振りを発揮する事になり、ましてや会場のピアノがグールドの満足いくピアノである訳もなく、更にコンサートピアニストとして一番の問題は観衆に耐えられないという…

 この辺りのエピの詳細は本書をドゾ。それでも米中を巡業したり、ソ連時代の露に行ったり、ベルリンでカラヤンと共演したりと、行く先々で病気で休演したりしているわりには、行く先々で喝采浴びていらっさいます…

 後、グールド変人伝説その二では、服装もアレでしたけど、コンサートの舞台での奇癖、手をいきなりあげたりグルグル回したり、歌い出したり、一時もじっとしてられないみたいで、これがロックコンサートなら、更に雄叫び上げたって何の事はなかったかもですけど、クラシックの舞台ですから、お上品な皆様からは大変不評だった模様…本人も一時治そうと努力したみたいだけど、そちらに気を向けると演奏が疎かになってしまうという事で早々に放棄…益々奇人変人伝説が続いていく事に…そして文句言われれば、これまた益々聴衆が嫌いになっていく訳で…

 身体壊して、気分害して、更に神経的にもストレス溜めて病気になってまでコンサート・ピアニストってやるもんなのか?で、スパーンっと30歳過ぎに辞めてしまうとこが、これまたパネェ…普通の男の子に戻りたいってか(笑)まぁ人前に出るのは本当に苦手だったんだろーなぁというのは、色んな賞や、名誉博士号とかの授与もあったりするんですけど「グールドは授賞式に出なくてもよい場合にしか賞を受けようとはしなかった」って言うから、まさにドンダケェー…かくて「この音楽家は、電子メディアを媒体にする以外、公の場に姿を現すことに興味をまったく失ってしまったのである」になっちゃう訳で(笑)

 地元、トロントで、最初の頃はNYまでレコーディングスタジオに通っていたりもするんですが、途中からトロントで録音するよーになるし、また、地元のTV局・ラジオ局の仕事を始めるはである意味、このコンサートピアニスト引退してからの方が、本人的には充実していた模様…体調も加齢を考慮しなければ、コンサート中より良さそうだし…本人は引退後、作曲家も目指していたらすぃけど、こちらは作曲の専門教育を受けていなかったのが禍して、最後まで曲が作れませーんの世界だったみたいです…その代わりといっては何だけど、メディアの制作には血道を上げていた模様…グールドが作ればTV番組もラジオ番組も芸術作品になってしまうとこが、やはり天才なんですかねぇ…

 勿論、レコード制作にも余念がありませんで、この辺りの詳細は本書をドゾ。コンサートで弾けなかった曲とか、自分好みの曲とか、よーするに天才故なのか、何もかも自分で仕切らないと気が済まない性格、しかも完璧主義者だから、昼夜関係なく、時間制限関係なく、仕事に没入する訳で、これはこれで本人は楽しいかもしれないけど、付き合う周りの人は大変だろなぁと…それに生きがい感じる人もいるし、またグールドという天才と一緒できる喜びという崇拝人系じゃないと厳しいと思うのは気のせいか?

 そんな訳でグールドを巡る賛否両論は、結局、そのラインかなぁ?グールドが欲しているのは、まさに公私共にグールドを肯定していくれる人だし…となると、男っ気の強い人とは己ずとアレな気が…何で手前に何でも合わせなきゃいけなんだよ、バカヤローって事にもなりかねないし…一番の理解者というか、グールド的に安心できる人が母親だったのは、そりゃそーだろね、の世界じゃねと(笑)グールドが何をしても慈愛の心で許容してくれるのなんて普通母親位しかいなかろー(笑)

 この辺りのエピの詳細も本書をドゾですけど、子供時代から母親っ子だった訳で、父親とはちょっと疎遠…それが長じてますますとなっていったのはある意味自然か?しかも、母親が亡くなってからはそれだけでアレなのに、これまた父親はすぐに再婚するし…まぁ常に誰かいないと生きていけないというのがグールド家の男達というのなら、この父と息子はこれ以上になく似ていたという事になるんだろーけど…

 かくて、グールドが求める女性達というのも、結局は母親代わりをしてくれる人達という事になるんじゃまいか?ですかねぇ…ちなみにグールドの女性関係は、多分特定はしているはずなんですが、その点については本書焦点をばやかしています、一人も出てきません(笑)…女性ではっきり出てくるのは、母親と従姉位でしょーか?ただ、この従姉のジェシー・グリークについては、著者は思うところがあるのか、ある意味全くソリが合わなかったのか、他に登場する女性についてはソフトに表現しているのに、ジェシーに関してはかなり辛口のよーな?特に父親の再婚によるグールド的には継母との葛藤とか、あたかも全てがジェシーのせーでこじれていったみたいな話になってるよーな?でもまぁ、ある意味晩年のグールドを支えたのはこの人だろーしなぁ…どこも家庭内は色々あってなの世界だと言う事らすぃです…天才のお家でも…

 グールドというとテクノロジーの偏愛でこれまた有名ですけど、この件も詳細は本書をドゾですが、今のネットを知れば、グールド的には万々歳な世界かも?何せ、時間も空間もそんなの関係ねぇー(死語?)ですから(笑)グールドは直接の聴衆は好まなかったけど、同じ感動を分かち合う人達は必要だった訳で…分かる人には分かってもらいたいとゆー(笑)直で話すより、電話の方が好きとか、本当にただシャイだったというか、それがかなりいっちゃっているというか、自意識過剰というか、でも天才だし、だし(笑)お世辞を真に受ける位世事にたけていなかったみたいだから、そりゃ狐と狸のセレブ及び評論家及び音楽関係者の中では生き辛かったに違いない(笑)天才を利用しよーとする狼の群れはたくさんいたはずだし、だし…

 そゆ意味ではトロントは本当にグールドにとってのセキュリティベースだったんだろーなぁと…後、著述家としてのグールドも今一だったと、グールド伝を書く人達は皆、文章には辛いなぁ(笑)どーもグールドの文章は装飾過多で、まわりくどいらすぃ…かっこつけたいお年頃なのよ、きっと(笑)学生時代からどもそゆ事らすぃので、、曲はあんなにすっきりくっきりなのに文章となるとソレって、曲と文では感性が違うのだろか?

 最終的には遺産の殆どを寄付することになる程動物愛護精神を貫いたグールドだけど、食べてたご飯はステーキだし…何か如何にも欧米か(死語?)だよなぁ(笑)魚を殺しちゃいけないと父親の釣りすら止めるというか、最終的に父親の趣味を止めさせたグールド少年だったりするんですが…この手のエピについての詳細も本書をドゾ。

 それと本人的には物凄く虚弱というか、身体が弱い、どこかが悪いという病気症候群的なソレ、もしくは一種の薬中毒、医者通い?の件の詳細も本書をドゾ。こんなに検査検査検査って、今の日本にいたら優良患者じゃまいか?日々の健康診断が大切ですっ病因が見つかるまで検査するぞーってか?それにしても最期のシーンでは、それが逆に仇になったみたいで何だかなぁ…「グールドは九月二十七日月曜日の午後、イン・オン・ザ・パークの部屋で目覚めたときに「何かおかしい」と感じた。ひどい頭痛がして、左腕がしびれていた。グールドはすぐに脳卒中を疑ってレイ・ロバーツを呼び、ロバーツはパーシヴァル医師に電話した。しかし、イソップの狼少年よろしく、グールドの訴えはまともに取り合ってもらえなかった。時間がたつにつれて、グールドはますます気分が悪くなり、言葉もはっきりしなくなってきた。ロバーツは何度もパーシヴァル医師に電話したが、医師はホテルまで往診することができず、救急車を呼ぶよう強くすすめた」って、結果、ロバーツが自分の車でトロント総合病院に駆け込む事になり、そのまま入院、三十日には意識不明、「十月四日月曜日、生命維持装置がはずされ、午前十一時、死亡が確認された」の怒涛の展開へ…

 加の主治医ってこゆ感じなんですかねぇ?年がら年中、自称病人に付き合わされたきた結果なのか、加の天才も医者からしたら、注文の多い料理店もとい煩い患者に過ぎなかったのか?結果論でいけば、グールドがロバーツに電話するそれで救急車を呼んでいれば、また違ったのか?これも神のみぞ知るだろーなぁ…

 まぁ五十歳でなくなるのは早すぎる死という事になるんじゃまいか?ですけど、天才の去り際はいっそ天晴な位潔いよなぁ…

 日本的にエピでは、夏目漱石の草枕のファンだったらすぃ…後安部公房の「砂の女」とか  それと最晩年のピアノがヤマハだったとこでしょか?ずっとスタインウェイの専属ピアニストだったんですが、1970年代に入るとスタインウェイも同族企業から普通の会社になって、会計士と弁護士が幅きかせるよーになると、どこの会社も衰退していくのは世のならいなんでしょか(笑)制作もアレですけど、メンテナンスが落ちていくのは如何なものか?の世界じゃね?特に、げいじつの世界ならば、尚の事…

 グールドの如何にも天才な性格についての詳細も本書をドゾ。例えば「実際、晴天の方を好む人がいると知ったときはショックだった」(@グールド)とか、自分が曇天好きなので世界中皆曇天好きだと思っていたとか…まぁ天才はどこの人も皆一癖ある人が多いですけど、ちなみにグールドは「ストコフスキーの高慢さ、バーンスタインの容赦のなさ、ルービンシュタインの傲慢さ、ストラヴィンスキーの辛辣さとは無縁の人間だった」そで、奇癖多しで変人だったかもしれないけど、自分のホームグランドで、自分のコントロール下にある時は天才にしては落ちついた人物だったらすぃ…派手な事とか目立つ事が好きじゃなかったし、それに陰に籠もる人でもなかったし…まぁどの人も男の子は自分のテリトリーで思い通りになっていてナンボのとこがあるからなぁ…

 他にもたくさんたくさんそれこそたくさんエピ満載ですので、詳細は本書をドゾ。まぁ本書を拝読してしみじみ思ったのは、加人はグールドがお好きって事でしょか(笑)今も昔も国民的英雄なんだなぁと、多分、永遠に…

 目次参照  目次 音楽

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