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2014年10月27日 (月)

焼いて、焼いて(笑)

日本焼肉物語  宮塚利雄  光文社

 うーん、多分焼き肉の本と思われなんですけど、まぁ全般的に見れば舞台は日本の世界かもしれないけど、でもって本書前半は焼き肉もあんまりしてないよーな?所謂一つの肉食文化考じゃね?と思うんだが、どだろ?取りあえず、日本では殺生禁断令(675)で、公けには牛、馬、犬、猿、鶏のお肉は食べてはいけないになったらしー…でも、その範囲に猪、鹿、雉、鶉は入っていませんという事で何事にも法には裏があるとな(笑)というお話から始まるので肝心の焼き肉に辿り着くのは限りなくとほいってか(笑)

 江戸時代の薬喰いとかにも言及しているし、黒白精味集(1746)には、シカ、イノシシ、タヌキ、キツネ、ブタ、オオカミ、アカイヌ、ウシにネズミ、ヘビ、カエル、ムカデ、イナゴまで食していた模様…全てではなく一部はあったという、例外的な話はどの世界にもある訳で、そんなとこなとこでしょか?彦根藩の牛肉の加工は実は井伊直弼の桜田門外の変も実は食べ物の恨みだったぁーなんて珍説もどこかに見たよーな記憶があるんだが?

 まぁその江戸時代朝鮮通信使が宿泊したとこですき焼きもどきの肉食をしていたのはあったそーな…それはともかく、黒船来て開港だとなって異人さん達やってきて外国人居留地へのお肉搬入が始まり、明治天皇のお肉食べたから、牛鍋が出てきたりという件は日本食文化の歴史そのまま進むってか(笑)

 アリス的に焼き肉というと、海奈良の片桐さんと鶴橋行こうで、あの後ちゃんと行ったんだろーか?と気になるところなんですけど?まぁ片桐さんもあれだけ協力したんだから、事の顛末的には席が設けられていてもおかしくないと思うんだが?いかがなものか(笑)

 さて、日本で最初の朝鮮料理屋さんは明治38年頃に上野に出来た韓山摟が李人植によって開店したとあるのが最古じゃね?らしい…ちなみにこの「李人植は、韓国では新小説家として評価されている。彼は李朝の高宗が1894年に、政治制度の近代的な改革を行ったいわゆる「甲午更張」の後、親日亡命政客の趙重応に従って日本に渡り、都新聞に連載された通俗軟派小説を耽溺し、新小説に対する素養と知識を得た」人物となる模様…小説家が何故に料理店と思うけど、まぁ世の中食べてナンボですし、日本にいる同国人も食事処ならば集まり易かったという事なんだろか?

 まぁそれはともかく、明治、大正、戦前と食事情は続きますが、詳細は本書をドゾ。さくさく進んで戦後食糧難の時代きたぁーっで、闇市の話なんかも出てきまする。ちなみに当時の焼き鳥って鶏じゃなくて焼きトンだったとな…で内臓料理、ホルモンも出てくると…食糧難から広まったという面も大きいって事でしょか?ちなみに今となっては仙台名物の牛タンも仙台に米軍が駐屯する事になって、彼らが食べない牛のタンとテールを活用できないかというのが事の始まりらしー…物を粗末にしないという点では昔から日本人ってこれだから、そして今じゃそれで人が来るまでになっちゃったと(笑)

 本書はお肉関係の流通についても触れられてますので詳細は本書をドゾ。牛の解体とかね、精肉工場というか、現場はこれまた色々あるのだなぁと感心しますた…それでも「牛や豚の内臓の価格は「セット腹出し」は公表されているものの、それ以外については公表されていない。"末端渡し"と"仲間相場"があることだけは分かったが、外部の者が介入できないもう一つの不文律の世界が、存在していることだけは事実である」とな…ホルモン焼きの世界は未だ藪の中って事でしょか?うーん…

 さて、戦前から肉を焼くという調理法があったのはあったけど、焼肉屋としての最初はどこで?明月館(新宿西口)じゃまいか?とな…戦後間もなくからというから、やはり戦後のホルモン焼き屋さんからのよぉ?ちなみに東は明月館、西は食道園と言われるそで、その食道園は昭和22年に千日前にでけたとな…看板には「食道園、焼肉、平壌冷麺」とあったそな…

 それにしても全然知らなかったのですが日本各地に明月館というお店結構あるのか?ちなみに「明月館という焼肉屋はどこにもあります。まず総連系と見て間違いなしで。総連系の流れを100%汲んでいるはずです。年配であればあるほど総連系です。9割が総連系ですから。焼肉屋を始める時に適当な屋号が見つからないから、みな明月館という屋号を勝手に作ったんですよ」(@新井秦道)となる模様…そーだったのかぁーっ?

 この朝鮮料理という名称がずっと出てくるんだけど、韓国料理でもなく、焼肉屋でもない、この区分ってどーなってんだぁー?も「これは朝鮮半島における南北のイデオロギーの対立が、在日社会にも反映されたからで、その政治的な対立の妥協の産物として「焼肉」と「焼肉屋」が誕生したのです。自分もその最中にいましたから間違いなしです」(@新井)とな…「私が「全日本朝鮮料理調理士協会」を作った時に、朝鮮料理にするか、韓国料理にするかでもめました。というのも調理士の中には朝鮮総連系ばかりでなく、民団系もいれば日本人もいた」(@新井)ちなみに民団系の調理士からは「韓国料理調理士協会」とすべきだという意見も出るわ、朝鮮総連系の反対意見は出るわで揉めた模様…かくて「この時、誰からともなく、火で内臓や肉を焼く料理を始めたのは、朝鮮半島からきた在日である。それならば、朝鮮料理とか韓国料理という言葉にこだわらず、「火で焼く肉」のことを朝鮮半島では「プルコギ」と言っているので、それを日本語にすると「焼肉」である。「焼肉」ならば双方ともに納得できるということで生まれたのが始まりです」とな…いやー焼肉という言葉にそんな歴史があるとは…

 でこれまた焼肉、肉を焼くという料理は「焼肉は間違いなく在日が創ったものです」(@新井)となる模様…ただ「韓国の焼肉は前の日につけ込んだカルビ焼しかない。あとは肉をゆでたり蒸したりして食べている」(@新井)そー…「韓国でも内臓は食べていたが、食べ方は鍋に入れて食べるか、それともゆでて塩かチョジャンを付けて食べるかという世界であり、焼くという調理方法はなかったのです」(@新井)だそで、焼き肉は在日の食から始まったという事になるそーな…その他、現代の焼肉店、叙々苑とか、東海苑等についての詳細も本書をドゾ。

 で、家庭で焼肉となった場合の話としてあのエバラ焼肉のたれとかモランボンの醤についても詳細は本書をドゾですけど、双方ともに歴史あり、エバラの方は「大坂というのは難しい市場で、関東の食品企業が乗り込んで成功したところはほとんど例を見ないと言って良い」(@森村國夫)だとな…アリスの地元は食い倒れの街ですから(笑)モランボンの方は全鎮植氏とモランボン調理師専門学校を忘れちゃいけないってか?「朝鮮料理モランボン流の家元でもある全鎮植氏は、「ジャン」発売の記者会見で、「私は日本を味の文化で征服したい。簡単にできるわけではないが、とりあえず、第一次計画が100年、つぎの第二次計画が500年、500年後には、日本人がこれは朝鮮の味だとまったく意識することもなくなり、舌の中にすっかり溶け込んでしまうようにした。その味が、私が日本を味の文化で征服できた時です」と語ったが。そのままマスコミに報じられ、誤解を招いたこともあった」そな…成程、誤解なんですね(笑)

 尤もタレ出荷量日本一って日本食研だと知らなんだ…晩餐館ってそんなにメジャーだったのか?また焼肉には煙がつきものでこの煙何とかならんもんかのーで無煙ロースターの東産業とか、やはり焼肉は炭火が一番で紀州備長炭とか、輸入牛肉では豪と米が日本的にはツートップみたいとか、結局こー言っては何だけど、焼肉も総合文化というか、食だよねぇと肉焼けばそれでオケじゃんという訳ではなくて、それに関わっている人達はたくさんいるし、物もないと始まらないと…

 とまぁ焼肉に関するエビがたくさん掲載されいますので詳細は本書をドゾ。個人的に一番インパクトあったのはポシンタンチプ(犬肉料理屋)の件の辺りですが、一つ上げるとするならばコレの戦後食糧難の時のエビ…キューバとかエジプトから世界から救援物資が届く中、「もっとも、日本に対する食糧援助に対して反対意見もあった」とな…「20年12月21日に日本人記者と会見したGHQ衛生福祉局長クロフォード・サムス大佐は、「日本がいまや飢餓線上にあるとか、病院は飢餓患者で満員だとか、上野駅だけでも毎晩数十人の餓死者を出しているとかいうのは、巧妙な流言戦術である。それはアメリカから食糧をもっと送らせようとして、故意に事実をねじ曲げていることなのだ。(略)病院は確かに、栄養不良患者でいっぱいだが、餓死の心配はない。おそらく最悪の状態になるであろう来年の四、五月でも、平均1500カロリーをはるかに上回る食糧は日本に十分にある」と強弁したが、日本人の餓死者が続出したことは周知の事実である」とな…成程、米の大佐は言う事が違うってか(笑)

 目次参照  目次 食物

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