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2014年11月19日 (水)

一貫していないということでは一貫していた(笑)

ローマ人の物語 26 賢帝の世紀 下  塩野七生  新潮社

 ハドリアヌスの後半生とアントニウス・ピウスの治世が本書メインになるんだけど、何とゆーか対照的な二人かな?ですかねぇ(笑)ただ、仕事をした、もとい、ちゃんと仕事をしたという点では同じになるのか(笑)ローマの皇帝は絶大な権力と富を持つ者なんですが、公的支出もこれまた絶大だった訳で、更に「有権者である市民は、自分たちのリーダーには、権力を与えてもそれを使って私服を肥やすことは許さなかった」という一事に終着するよーな(笑)皇帝というよりは、第一人者という肩書の方があっているよーな気がするローマかな、でしょか(笑)

 絶大な権力を誇示する為に後世になるとやたら大きな家屋敷をつくりたがるものだけど、ローマの歴代皇帝は皆、わりと質素、新築している人の方が珍しいという事になる模様…意外ですが(笑)で、むしろここで贅沢した人は、したと思われた人の結末は…でして、「ネミの湖に浮かべた豪勢な遊覧船をつくるという浪費」をしたのがカリグラで、「ローマの都心部に「黄金宮殿」を建てた」のがネロ、ドミティアヌスは「パラティーノの丘に豪華な、以後の皇帝たちが建て増す必要もない規模の官邸と公邸と私邸を兼ねた広大な一郭を建造」し、その他華麗な別邸も建てたとな…で、その後はお察し下さいの世界かと(笑)

 ローマを見てしみじみ思うのは、間接税を上げた、官邸・公邸を建築した場合、必ずその治世は崩壊(暗殺)しているよな…何かもー分かり易すぎるの世界か?

 で、ハドリアヌスはどーしたか?ティヴォリの別邸を建てる事になる訳ですよ、奥さん(誰?)郊外の別邸はともかく、規模もともかく、己の趣味に走ったというのが実にハドリアヌス的なのかなぁ?著者的には「好みに合った自らの世界を別邸の内部につくろうとしたハドレアヌスと、好みに合おうが合うまいが世界そのものが自分にとっては家であると考えたカエサルのちがいを」だそだが…うーん、どんな殿方もカエサルと比較するのはアレかなぁ(笑)多分、ここ2000年で一番器の大きい人はだぁれ?に入るよーなお人だし(笑)

 さて、そんなハドリアヌスの治世後半はどーなったか?というと…

 アリス的にローマ…どーだろぉ?ただ、ハドリアヌスは仕事の鬼でもあったけど、趣味の人でもあるので、このいかにもディレッタントなとこはミステリ的にはいかよーにも使えそーな気がするのは気のせいか(笑)

 後はムセイオンでしょか?えとエジプトのアレクサンドリアの図書館でして、本好きのアリスならば一度は覗いてみたい場所じゃなかろーか?ちなみにここあのカエサルのアレクサンドリア戦役で炎上してしまったんだけど、その後以前まではいかなくても復興はしていた模様…で、図書館があるとこには研究者が集まるで当時の最高学府の一つであり続けたのだとか…となると准教授的にもあると思いますなのか(笑)

 さて、ハドリアヌスというと旅でござるで第二回の遠征に行くぜと、東方視察の旅でるぅーとな、紀元128年の夏の事でございました(笑)今でいうとギリシャ、トルコ、シリアからエジプトまで相変わらず勢力的な旅程でござると…まぁローマ全軍は28個軍団という事は帝国中に28か所ある訳で、それに付随する諸々の施設なんかも入れたら防衛システムだけでも大変な量になるんじゃなかろーか?その他、属州の統治、行政もある訳だから…まぁ任せているとはいえ皇帝の仕事は多いってか(笑)

 ちなみにこの間に、ハドリアヌスはパルティアの王と更に中東の王侯の全員との会食を行っていた模様…「両大国の覇権の境界近くに住む小国群が、情勢を見ながら強いほうにつく場合が多かったのだ。パルティアの王とローマの皇帝が仲良く顔を合わせている席に、態度を変えやすい中東の君侯や豪族の長が同席することだけでも、この人々への心理的効果は期待できたのである」って…中東和平ってこの頃からアレだったんだなぁ(笑)

 でまぁ、中東問題といえば忘れてはいけないユダヤ問題キタコレで…ハドリアヌスもそれに着手しない訳にはいかないと…そして何をしたかといえば、「イェルサレムの市内ではなくそのすぐ北に、第十軍団の基地を置くと決める」更に「基地を中心にした町を、「アエリア・カピトリーナ」と名付けた」「ハドリアヌスは、一神教のメッカのすぐ隣に、多神教の町を建設したことになる」それに加えて「ハドリアヌスはユダヤ教徒に対して、割礼をほどこすことを禁じた」のであるとな…しかも「犯罪者には割礼を強制すること」で差別化くっきりとなったとな…

 ローマ皇帝の啖呵パネェという事でしょか?挑発とも言うになるのか…「自分たちのみが神に選ばれた民族であり、それゆえに正しく優れていると信じきっている信仰篤いユダヤ教徒が何にも増して拒否したことは、他民族の忠告を聞き入れることであった」だそーだから、まぁどこまでいっても平行線なのは…

 さて、歴史のおさらい…まず「オリエントに住むギリシア人とユダヤ人の仲は、昔から悪かった」とな…というのも「ヘレニズム時代のオリエント一帯の支配者はギリシア人であって、ユダヤ人は長くその支配下にあった」とな、更に「いずれも経済面での能力にすぐれた民族であるだけに、利害が対立していた」とな…そしてローマ支配下になってからは「ギリシア人はローマに協力したのに、宗教上の理由を盾にユダヤ人は協力しない」だったとな…

 よーはユダヤ人にとっては「経済活動の面でのギリシア人との間の平等化」だけでオケだったと、「ローマ社会の中での平等化」なんてそんなもの入りませんの世界だった模様…ただ、これはギリシア人から見れば義務を果たしていないと映る訳で…反感はつのるばかりとな…でまぁこれをローマ的にどーとるとか?というと「ハドリアヌスが嫌悪するようになったのは、共生には不可欠な協力を拒否しつづける、狂信的なユダヤ教徒であったのだ」となった訳で…現実にいけば広大な土地に一個軍団で賄えるエジプトに対して、「湾岸地帯に連なるギリシア系の都市を除けば貧しく、国土も猫のひたい程度のユダや・パレスティーナには二個軍団の常駐が不可欠」って、どゆ事?ともなるよなぁと…

 ハドリアヌスという人は、「自らの責務を果たしていることが、ハドリアヌスの人物評価の基準」だったそで…「社会的地位は考慮されるとしても、二次的な基準でしかなかった」となる人なんですよ、おぞーさん(誰?)それは一兵卒でも、属州民でも、学者先生でも、そんなの関係ねぇー(死語?)になる訳で、皆、己の持ち分を最大に働けよの世界か(笑)

 さて、さくさく視察を続けているハドリアヌスの下にユダヤ反乱の知らせが届きアンティオキアに戻るとな、紀元131年の秋の事でございました…世界の火薬庫というとバルカン半島のイメージがあるけど、当時は中東がそれに当てはまるんじゃなかろーか?でしょか?特にこのユダヤ・パレスティーナ付近は、ローマに至っては200年の統治内でもドッカンドッカンだしなぁ…その200年の間「多神教のローマ世界の中での一神教を認め、割礼の慣習も認め、一神教徒であるがゆえの帝国の公務や軍務への不参加も認め、他の人々が働いている土曜日を休日にする生活習慣から何からすべて認めるが、帝国の統治に対する反抗行為は絶対に許さない」というのが、「ローマの対ユダヤ教徒寛容政策」だったのですが、そんなの関係ねぇー(死語?)が繰り返される訳で…ユダヤ教徒の過激派がイェルサレム奪還すれば、「海外の居住地からも、志願兵が集まりはじめていた。そして武器も」となり、やる気満々ってか…

 さて、こー言っては何だけど多分、それを想定していたであろーハドリアヌスも軍団編成を着々と進めていく訳ですよ、姐さん(誰?)ちなみにこの時の総司令官に任命されたのがブリタニア属州総督のユリウス・セヴェルスだとな…ええ、帝国の西の端から東の端に呼び寄せて適材適所、しかもあの建築家のアポロドロスも呼び寄せて攻撃兵器の改良もあったけど、戦後処理も頭にあったとな…どこまで用意周到なんだハドリアヌス…そして、セヴェルスの絨緞爆撃戦法は多少時間がかかるとしても確実に進軍していく訳で…かくてイェルサレム陥落、ローマ的には奪還か?とにかくローマ勝利で終わるとな…

 この戦後処理もハドリアヌスはやるぜ徹底的にの世界で詳細は本書をドゾ。でイェルサレムの再建、「微笑を禁じえないのは、現代のイェルサレムの市街の基本ラインが、ユダヤ民族にとっては最大の敵となるハドリアヌス帝による都市づくりがそのまま残っていることである」とな…そーだったのか?そして、ハドリアヌスはユダヤ民族のイェルサレムからの全面追放を命じる事になる訳で、これが世に言う「離散」という事になるんでしょーか?施政者としての姿勢を徹底させたという事ではハドリアヌスはこれまた徹底していたお人だったとゆー事ですかねぇ…まぁローマの対ユダヤ政策の流れについての詳細も本書をドゾ、ポンペイウスの昔から本当に色々、長い道のりでありますた…

 さて、戦後処理もあらかた片付いたとこでハドリアヌスは帝都に戻ると…実に6年振りの帰還となる訳ですが、ここにきてハドリアヌスは今までも「他者と良好な関係を維持しつづけることが不得手な男」であったんですが、気難しい老人になってしまったよーで、今でいう老害に突入ってか?もともとなかったであろー気配りが完全になくなってしまったでござるの巻か?

 この辺りの詳細も本書をドゾ。かくて皇帝の残された最大義務というのは後継者選びという事になる訳で、これもペダニウス・フスクスとかケイオニウス・コンモドゥス(アエリウス・カエサル)とかの件の詳細は本書をどぞ。紆余曲折の果てに次期皇帝候補についたのはアントニヌスを指名する事になる訳ですね、ちなみにこれには条件がついていて、アンニウスとアエリウス・カエサルの遺児のルキウスを養子に迎える事…

 この間の元老院のとの確執の詳細は本書をドゾですが、何はともあれ紀元138年7月10日にハドリアヌスは亡くなったとな…62歳というのは、皇帝的には早すぎる死か?うーむ…かくて、時代はアントニヌス・ビウスへとバトンタッチしていく事になるとな…

 さて、波乱万丈のハドリアヌスからアントニヌス・ピウスに変わったのですが、その温厚篤実な人柄そのままに治世も平穏無事に過ぎてゆくという事らすぃ…ちなみにアントニヌス・ピウスの治世は紀元138年7月10日から161年3月7日までの23年間、52歳で帝位を継いだ訳だから、まぁ落ち着いていないとねは確かに、か(笑)公的なソレも平穏なら、私的なそれもスキャンダルなしでこれまた平穏、もー何もかも平穏で世は事もなしなある意味真に幸福な時代という事になるんじゃまいか(笑)

 また前歴も申し分ないお人でしてその詳細は本書をドゾですけど、一例を上げると「四十九歳から五十歳にかけての一年間、前執政官の官名で属州アジアの総督を経験する。このときの善政は首都ローマでも評判になり、元老院人事の有効さを示した例とされたほどであった」とゆー…とにかく、そゆ人なんですよ、奥さん(誰?)

 しかも公正で公平な人、また公人という意味を真に把握していた人だったよーで本人曰く「帝国の主になった今は、以前に所有していたものの主でさえもなくなったということだ」と妻に言い、「国家の所有に帰すべき資産を、必要に迫られているわけでもないのに費消することほど、さもしく卑しい行為はない」と公言した人らしいのだ(笑)いやぁこの言葉、どこぞの永田町とか、霞ヶ関とか、新橋辺りに周知徹底してもらえないものだろか(笑)

 そんな皇帝ですから、私生活も昔と同じ、豊かであっても豪勢ではないって…思うにローマ皇帝というとどーもいっちゃったイメージが物凄くあるけれど、それってカリグラとネロ以外は意外と質素堅実を生活信条にしてまいか?まぁドミティアヌスの晩年はアレだったとしても…むしろ元老院とか、金儲けに走ってまっせというパンピーセレブの方がよっぼど凄い生活しているよーな?

 まっとにかく前任者がローマを留守にして属州巡り、改革路線断行したのとは反対にアントニヌス・ピウスはローマ市内で皇帝職を全うすると…構造改革の後の地ならしというか、それを定着して安定政権、志向にしていったのがアントニヌス・ピウスの治世という事になるんじゃないか?で業績的には特筆する事は特になしという事になる模様…まぁ平和が何よりだよねとなれば、この人程それを全うした人もまたいないんではなかろーか?

 あるとしたらブリタニア問題位で、あのパルティアとも良好な関係を保っていたみたいだから、何とも…ただ、天災、火災とか地震、洪水に疫病の発生はいかんともしがたいけど、これもティベリウス以来の再建策が実行されると…また財政が黒字、国庫が黒字の場合でもむやみに公務員を増やすよーな真似はしなかったとな…むしろ、スリム化していた模様…

 まぁ何せよこの人を表現するのにはこれまた本人の弁が一番らしさを出しているよーな?悲嘆にくれる息子のマルクス・アウレリウスに言った言葉が「感情を抑制するのに、賢者の哲学も皇帝の権力も何の役にも立たないときがある。そのようなときには、男であることを思い起こして耐えるしかない」って…お父さん、それは(笑)

 と、そして紀元161年の3月に静かにお亡くなりになる訳で、こー何もかも平安の内にあった人だったのだなぁと…人としてはこーゆー人生が一番あるといいなじゃないだろか?とふと思ってしまうんだが?ちなみにアントニヌス・ビウスとは慈悲深いアントニヌスの意であるとこからも分かるというものでしょお…

 その他詳細は本書をドゾ。エピには事欠かないローマございます(笑)そして時代は五賢帝の四番目にバトンタッチされる訳ですが、これはまた次巻を待てになるのか(笑)

 最後にローマ人羨ましスなとこで、ローマ人の仕事観ですかねぇ?「一般の市民ですら、日の出とともに仕事をはじめ日没に眠るのを常としながらも、午前中は仕事、午後は余暇と分けていたのである」でしょか?ローマにサービス残業もとい残業そのものがあったのかなぁと(笑)

 も一つ、本書で繰り返されているとこですが「人間にとっての最重要事は安全と食の保証だが、「食」の保証は「安全」が保証されてこそ実現するものであるということを。ゆえに「平和」が最上の価値であることを」の件ですかねぇ…これは全てに言える事だと思いますが、本書的に一例を上げるとしたらパルミラのとこでしょか?キャラバンの中継地、オアシスの通商地として繁栄した交易町ですが、「砂漠の民ベドウィンによる略奪」が起こるとな…「ベドウィンの考えでは、略奪は悪業ではなく正業だった」そーで…しかし、襲われる被害者からしてみればそんなのありえへーんとなるのは必定…「襲ったキャラバンが別の通商路を選ぶようになれば、パルミラは息の根を止められるのだ。とはいえパルミラは、経済にのみ全力投球する民族の常で、軍事力は重視していなかった」とか…平和ボケしているのはパルミラの皆様方もどこぞと…(笑)

 富の移動とは、正義とは、軍事とは、そして平和とは何か?世の中、口で言うだけで聞き分けのいい人、民族、国がいかほどのものか?リアリストのローマ人はそれを骨の髄まで熟知していた人達という事になるんでしょーねぇー…パクス・ロマーナ、結構この言葉の意味も重いってか(笑)

 目次参照  目次 文系

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