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2014年12月 8日 (月)

あなたはいなさい、ぼくはいく…

イシ  シオドーラ・クローバー  岩波書店

 サブタイトルが、北米最後の野生のインディアンでして、序文があのアーシェラ・ル=グゥィンなんですよ…どゆ事かというと、著者がル=グゥィンの実母という事になるからでして、この著者が書いている事はタイトル通りにイシという名のインディアンのお話なんですが、このインディアンが晩年過ごしたとこがサンフランシスコの博物館、その責任者が、アルフレッド・クローバーでして、この方は人類学者として、また友人として過ごした日々という事にも繋がると…

 で、それがいつの話かと言えば20世紀の話なんですよ、奥さん(誰?)イシが発見されたというか、わざと見つかったというべきかが1911年8月29日早朝だそーですから、時代的には第一次世界大戦前夜の頃の話なんですよ、もしくはそれ以前も含めてか?

 彼は、ヤヒ族最後の生き残り、最後の一人なんですね…何故にそーなったか?は言うまでもなく、ゴーウエスト、白人がやって来たの世界で…彼らの土地が奪われ、狩場がなくなり、その闘争というか、で約3000人程いたヤヒ族は次々と殺されていく訳です…

 で、最後に残った五人、イシの母親とか叔父、従妹(妹?)etc.と山というか、野に隠れ住んでいたんですが、これも狩られてバラバラになり、多分死に別れとなり、一人孤独になったイシは自暴自棄もあったんだろーけど、人恋しさに殺されるかもしれないけど諦観も含めて人のいるところへと、そして保護されるというのが本書前半のお話でしょか?

 アリス的に米インディアン、米原住民、その内出てくる事があるんだろーか?人類学者とか?本書もイシの親友として、二人の人類学者と一人の医師が登場しますが、多分40過ぎというより、アラフィフな年齢だったと思われのイシのサンフランシスコ生活が意外と適合していて凄い…だって、もの心ついてからのイシの生活って仲間が激減の日常で数人の身内しか見ない生活していた訳で、シスコで一番おろろいた事も人がいっぱいいるぅーでしたから…それに比べたら海も水がいっぱいあるで、高層ビルも山よりは低いという発想、ついでに飛行機も鷹とか他に鳥に比べたらたいした事ないよね、と…現代文明機器で反応しているのは鉄道ですかねぇ…

 ちなみに人に対しての反応は初期は、「六人くらいの人が周りに集まってくると手足がしびれてしまった。八十人ないし百人の群集をはじめて近くで見たときには、茫然自失の状態に陥った」とな…人が少ない状態で生きてきたというのと、これまた白人に会えば殺されてきた歴史と、人間というもの一つとってもイシにとっては凄い変化だった訳で、それでもしばらくすると慣れてくるからこれまた人の適応力って凄い…

 取り敢えず好意的な人々に囲まれて、そしてイシは幸せに暮らしました…とさ…な側面もあると思われですけど、イシの孤独感については「文化的宿命なのであった。そのことに彼自身が気付いていたという事実は、彼の秀れた知性を示す証拠である」で、まぁパリの米人というか、最初から最後まで異邦人であった模様…米大陸で、米原住民なのに…

 で、これまたちなみにイシが最初に反応した人種がドイツ人だったそな…同じ白人でも違うみたいってか?で、次が中国人、ちなみにこの中国人は編集人でスーツを着、完全な英語を話していたにもかかわらず白人とは違うと区別がついたそーで…更に反応したのが制服を着た消防夫と軍人、中でも騎馬警官だとか…服か、服なのか(笑)ちなみに以前のイシの恰好は、短パン(ふんどし?)一丁で寒くなるとケープみたいなのを肩にかける程度だったらしーのでこの服を着る、靴を履くという事も文明圏に足を踏み入れたという事になるよーで…

 イシの英語取得能力についての件が何か日本人的でワロタワロタしてもいいんだろーか?「彼の自尊心と誇りが、もっとすみやかに英語を習得する妨げになったのは確かだ。彼は自分が完全にマスターしたと納得しない限り、単語やイディオムを使うのを嫌った」とな…気持ちは痛い程よく分かるってか…

 後これまた日本的に分かるわぁなとこは名前のところ…「カリフォルニアのインディアンは自分の名を告げることはまずないし、すでに知っている人に対してほんのまれに使うだけである。単刀直入に訊ねられのでは絶対に答える筈がないのだ」とな…真名は口にする事はないという事らしー…だから日常使う場合もあだ名的なソレだったりしたらすぃ…これって日本的に言う忌み名の概念に近くね?じゃね?かくて、イシというのも実は本名ではなくて、ヤナ語で人という意味の言葉だそな…ちなみに名付け親はクローバー博士だったよー…まぁ欧米か?(死語?)では名前呼びが日常だし、ないと不便なんですよ、おぞーさん(誰?)

 かくて生活が始まったというか、博物館に住む事になる訳ですけど、イシ的には「新世界において、そこに生まれた人から、地位もあり立派な個性を持つ人から、学ぶということであった。その返礼として、純粋のヤヒ語と正しいヤヒ族の風習の知識を授けようと彼は考え、そのように事は進んだのである」とな…まぁどこにも物見高い人達はいらっさるけど、少なくとも博物館関係者達は良心的な人々だったよーで…イシがここで雑用的な仕事をしながらのライフスタイルについての詳細は本書をドゾ。弓造りのシーンなんかは圧巻です。道具についてとか、マッチと膠とか、ご飯関係とか、生活圏の景色とか…

 病院の入院患者について、イシが不思議に思ったのが、女性より男性の方が多いという事らしー…ヤナ族的には女性の方が病気になる確率が高かった模様…文明圏との病人の男女差はどんなもんなんでしょか?ちなみに本書によると「筆者の知る限り、民俗学者はこの現象について研究していない」そな…病気になるのとか、欧州でペストにかかる人はたいてい成人男性だったよーな記憶が?女性と子供はあまりならなかったとどっかで読んだ覚えがあるんだが?男女比って…

 イシの癖としては「彼のよく動く弓形のまゆを高くあげる仕草で、当初はそれを繰り返していた」とな…イシ的には不思議だなという動作らしーんですが、欧米的には妙な癖とうつるよー…それにしてもコレで思い出したのがミスタースポックのソレじゃね?スポックも地球人の中の異邦人一人だったからなぁ…

 後、アリス的には月に関係するとこを一つ、「イシは月が顔を照らす状態で寝るのは身体に悪いと考え、野外で寝る場合は顔を完全に覆った」とゆー、月の伝説があるそなで「ユーロク族は冬の月を結婚によらぬ私生児と考え、私生児が祈る月だと考えた」と、で「夏の月は、われわれの抒情的でロマンティックな時の気持ちとは逆に、家庭的な上品な月である」とな…して、春と秋の月はどーなるんでしょーか(笑)

 とまぁこれが本書の後半なんですが、本書の前半についてはあらすじ的には最初にあげたのとしても、具体的な時の流れの詳細は本書をドゾ…ドゾ…ちょっと胸の痛くなる話ですけど、米人がどゆ人達かという事がよく分かる内容だと思われですかねぇ…ル=グゥィン的な前書きの表現を借りれば「カリフォルニア征服の身の毛もよだつ物語を語り、人間が「文明、進歩、明白な天命」の美名のもとに行う悪事を再確認するというのは、母にとって困難で時間を要する仕事であった」とな…「母は、ひるむことなく、客観性を重んじ、しかも深い共感をこめてイシの物語を語った」と娘さんは語っていらっさいまする。

 白人に見つかる前、白人的には保護される前までのイシの白人像って「自分の一族を殺す人間だということしか知っていなかった」とな…本書はアングロ・サクソン以前、更にスペイン以前を語り「黄金の国は全体が文句なしにその土着の男女のものである」と綴っているし…ちなみにカリフォルニア州のインディアンだけでも15-20万人いたよーで、確認できるだけで21部族が住んでいたよー、更にこの一部族の中で細分化される訳で250以上の民族がいたという事になるそな…イシの属するヤナ族はカリフォルニアの真ん中よりちょい上辺り、丘陵で、採集狩猟民という事になる模様…詳細は本書をドゾ。

 ヤナ語についての詳細も本書をドゾ。ある意味特殊な言語で、男女の言葉が別々で特別に厳格だそな…家族単位や村単位の詳細も本書をドゾですが、長幼の礼とかアジア的なのかなぁ?ですかねぇ?「インディアンの目上の人に対する態度は、年寄りに見えることや年寄りであることを怖れさげずむ現代アメリカ風の態度よりは、革命以前の中国における長上に対する尊敬にずっと近い」とな…欧米って若さは馬鹿さで、年齢相応に見えるを良しとするじゃなかったのか?やたらと日本が若作りしているって批判していたよーな記憶があったが、これまた気のせいだったのか?

 他に子供に対する態度の違いも掲載されていて、インディアンではもっぱら子供は大切にされていたし、妊婦も大切にされていたよーな…一方欧米では「母親が野で赤ん坊を生み、すぐに、出産の瞬間までしていた草刈りその他の野良仕事にもどるという、北ヨーロッパの農民の「強い女性」の伝統はインディアンにとっては無縁であっただけではない。そのようなやり方は彼らの節度の感覚や医師と治療についての考えにそむき、それを傷つけるものであったろう」って…北ヨーロッパって北欧?それともアルプス以北?いやー欧州の妊婦ってパネェ…出産がそんなに軽かったんだろか?体力の差ですかねぇ?

 さて、ヤナ族に戻ると白人による虐殺は行われていた模様で「1860年の秋、こういう宿営のあいだに、白人移住者によるヤナ族の大虐殺がいくつか行われた」みたいです。ええ、大虐殺、が、いくつか、なんですよ…ヤナ的事の起こりは1844年のヤナ族が住んでいたサクラメント河流域地方を、「メキシコ政府が土地所有認可を濫発したのである」とな…まずはスペイン人が土地を分捕りに来たと…次に「合衆国政府がこれらの認可を承認した」とな…てな訳でアングロ・サクソン以下白人ご一行様がやってくると…

 それでもイシの部族のとこは丘陵、山ですから辺鄙なとこにわざわざやってくる白人は少なかったよーで、小競り合いはあった、まぁ虐殺というですけど…にしても70,80年代は人口減らしながらも何とか過ごせた模様…ただしゴールドラッシュがやってきたで、それも瓦解する訳ですね、分かります…

 「スペイン系アメリカ人のカリフォルニア侵略は、インディアンにとって災厄であったけれども、結局、アングロサクソン系アメリカ人のそれよりも人命や価値あるものを滅ぼすことが少なかった」とな…虐殺も「インディアンの千人単位に対して百人単位にすぎなかった」そで、また各自役人なり軍人なり農園主なりに役職のあった人達だったので「自分の権力について責任があった」人達だったとな…ついでに言うと地中海的であったと「現地人と種族間結婚をして、混血児が生ずることは征服の当然の結果と考えたのである」とな…

 では、米になって、アングロ・サクソンになってからはどーだと言うと「アングロサクソン人は洪水のように押し寄せて来て、白人とインディアンの比率を逆転してしまった」とな…「一年に十万人も来たのである」とな、金の妄想パネェってか…しかもパンピーだから規制なんて何のその…「行き過ぎや残虐行為や犯罪なども、それらをなんらかの監督規制の下におこうとする努力も、共に開拓者自身に委ねられたのである」そして「アングロサクソンは現在同様、当時も人種的偏見の傾向があった。自分たちと異なる皮膚の色をした人は知的道徳的に劣ると考えられた」そーな…成程人種差別ってアングロ・サクソンの業なのか?

 結婚については「インディアンの女と結構した男は軽蔑をもって見られた」とな、混血児は原住民分類で、二等級扱いという事になる模様…どちらにせよ「インディアンが劣等な者であると見る点では一致し、年季契約をした労働者、奴隷、または妾として扱い、もし少しでも面倒を起こしそうな場合には、自由ばかりか命までも奪った」そー…しかも「白人がインディアンの子供をさらって奴隷として売り飛ばしたり、安い下働きとして使った」りしていらっさった模様…女性、少女、幼女の場合はそれに「繰り返し暴行されたり、さらわれたり、売春させられた」となるそー…ちなみに「カリフォルニアの原住民は売春を知らなかったし、性病にも無縁であった」とな…さすが自由と平等の国アメリカ様は違うでぇーってか…

 災厄はこれだけではなく、白人が来た事によって病気も蔓延したと…「はしか、水痘、天然痘、結核、マラリア、腸チフス、赤痢、インフルエンザ、肺炎」その他となるそで…免疫のないインディアン達が大量に罹患して、発病、死亡という…最初の十年で60%のインディアンが亡くなったというから、最早災厄位じゃ済まない話ではなかろーか?

 土地に関しての件も著者の筆はとどまるとこを知らずですかねぇ…移住者の「彼らのうちもっとも善良で優しい人も、彼ら以外の人間-それがインディアンにしろ-に属する土地を自分のものにする-法律用語は「正当な征服」というものであった-権利が自分たちにあることを疑わなかったのだということを思い出してみてもよい。この侵略は、たとえ政府や大衆の支持がどんな広汎で本物であったにせよ、古典的な野蛮な侵略-定住していた人々のなかに力ずくで侵入し、侵入者がその人々にとって代わるという-であった」とな…

 所謂、「いいインディアンは死んだインディアンだ」というスローガン万歳の世の中ですか?そーですか…「彼はインディアンを純粋に自分のために殺していたのだ。それでいて彼に罰を下すことが要求されたことはなかった」というのが、移民の日常だった模様…殺人というより、虐殺、虐殺というより大虐殺が平然と行われていた米って…銃社会万歳ってか?しかも、そゆ虐殺行が「時間をもてあまして町にいる坑夫やカウボーイや遊び人はそれに参加するのが普通である」とな…最早狩りの世界だったのか?

 しかも移住者達は「心の底ではヤナ族を滅ぼす仕事を軍隊が肩代りするのを望まなかった。自分たちでやりたかった」って…「記事や話に現れる限りでは、合衆国陸軍の人間でヤナ族インディアンの人でも殺した者はいない。大量虐殺はもっぱら地元の市民の全く法律外の行動なのだった」って、米市民パネェ…他人種の人権も人命もそんなの関係ねぇー(死語?)とか…そーいやキング牧師のそれもWWⅡ以降の話だもんなぁ…ついでに言うと頭の皮を剥ぐってインディアン特有かと思っていたら、白人御一行様もやってらっさった模様…

 この闘争の報復に白人の土地を荒らされた場合は「白人からはインディアンを皆殺しにしようという話も大いにもちあがった」そーな…成程、報復には皆殺しって思考はこの頃から普通にあった事なのか、米ェ…どちらにせよ「自分たちが警備隊を近寄らせぬだけの武器をもち戦う技術をもっている場合には、反対したのである」そーだけどこの「子孫は今日、「昔」のことを話す際には高慢で自責は感じていないからだ」で、インディアン問題は20世紀半ばにおいても、それがどうした程度の意識だったのか?ちなみに撲滅部隊のお言葉は「おれたちは大人も子供も殺さねばならん。虱の卵は大きくなれば虱になるからな」だそーですよ、姐さん(誰?)

 結局、どゆ事かというと「彼らは侵略、戦争、飢餓、不寛容という殺戮常習者によって犠牲にされたマクロ世界の民族なのであった」となるのか…何にせよ、イシの部族もイシ以外は皆死んでしまった、ですからねぇ…本当はもっと具体的でして、詳細は本書をドゾ。それでもかなりマイルドなお話になっていると思うんですけど、著者の文章は大変に品がいいし…でもこの胸糞悪さは何なんだぜ…

 さて、最後に日本的なエビもチラホラ出てきますが、やっぱ目線が米人だなぁでしょか(笑)一例としては隠棲についてで「ホピ族インディアンは、彼らのほとんど難攻不落な台地に孤立して生き、スペイン人に対してもアングロサクソン人に対しても、彼らを排斥するという、つまり心理的には日本人の二百五十年の鎖国に匹敵するような隠棲を行うていう反応を示した。そして今に至るもホピ族のこの台地の砦を破るペリー提督のような人は現れていない」となとなとなとな…

 目次参照  目次 国外  目次 文系

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