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2014年12月24日 (水)

誠実、正直、真理…

女性はなぜ司祭になれないのか  ジョン・ワインガーズ  明石書店

 サブタイトルが、カトリック教会における女性の人権、なんですが、いやまぁある意味カトリック総本山はマッチョの総本山でもあったとなの世界ですかねぇ…司祭の意味合いが、キリスト教徒ではない身からすると、それ何?おいしいの?な世界なんですが、これをローマ法王に置き換えれば事態の重さは分かろうというものか?所謂カトリック内においては、役職のほぼ全てが男性占有、独占されているという話じゃまいか?でも、これおかしくね?本当にキリスト教の精神にのっとった伝統なんだろか?という疑問に答える告発本でしょか?ある意味20世紀末、21世紀の95箇条の論題になるんだろぉか(笑)

 まぁ非常に上品なご本なので、切々と事実(歴史・これまでの経緯)を述べていらっさいますが、結局のとここれはキリスト教におけるカトリック、カトリックにおけるローマで、どこぞの何とか村と同じ原理のローマ村とは何ぞや?でしょか(笑)よーするに、キリスト教が組織となった時点でこの茨の道は始まってしまった訳で…組織になれば政治がつきもの、政治となれば利権の確保がこれまたで、その権力を持つ者がそれをあっさり明け渡すとは、歴史的にありえねぇですから、パワーゲーム2000年史っスとか(笑)

 とは言え、本書は「私はカトリックの司祭で、生涯人々を神に導くことを心がけてきました。読者の中にはなぜ私が女性の叙階の研究などをしてきたのかと訝しく思われるかもしれません。しかしそれは神が男性と同じように女性を愛され、また男と同じく彼女をも指導的使命に招いていることを人々が知らない限り、イエス・キリストを通して神の愛を告げることは空しいことだからです」という理由からだそーです。著者的にはまさに心底からの本音だろーけど、これがまたとても奇麗な建前にしか聞こえないところが既にキリスト教の権威以前に信用という問題に行き着いていくよーな気がするのは気のせいか?

 てな訳で、本書はそのキリスト教の、ここではカトリックの約2000年分の総決算という事になるんだろぉか?

 アリス的にカトリック、キリスト教…キリスト教的には英都がキリスト教系の大学ですから、あると思いますだろーけど、英都、プロテスタントだからなぁ(笑)これまたキリスト教的には水と油なのか?うーむ?

 さて、話題の司祭職ですが、これ女人禁制な話になったのはキリスト教的に後の話だったのですねぇ…この辺りの詳細は本書をドゾ。はっきり言って、本書の大半はこのキリスト教の歩みにあるよーな(笑)初期キリスト教というか、まずイエス・キリストが、身分も国籍も人種も性差も貧富も同じであるから始まって、エバ(イヴ)問題、マリア問題の解釈の相違というか真実?更にその昔のキリスト教には女性の司祭が居たという記録が残っていると…で、その話題というか議題が、いわゆる公会議にもあったりすると…

 よーは組織が大きくなるつれ、中世に向かうにつれ、男性社会、男性優位、男性独占、男性特権が進んでいった模様…その根底にローマ帝国の負の遺産、男尊女卑の観念がガッツリ残っていたローマ法に準じたとこがあると…欧米的には、このローマ法汎用性が高くてその後もずっと通奏低音のよーに続く訳ですが、それが本来は男女平等を謳ったはずのキリスト教をも浸食していったとゆー論旨になるよーです…

 こーして見るとローマ圏のキリスト教と、ギリシャ圏のキリスト教では同じキリスト教でも感覚がちょっと(?)違っていたらしー…どゆ事というと旧ローマ帝国圏の影響が強かった地域は女性の権利が非常に低かったとな…それが踏襲されてしまったと…逆にギリシャ圏のキリスト教は女性が教会内の職についていたりしたのが結構あったよーで…ついでに言うとあのグノーシス派も女性の関係者はいらっさった模様…こーして見ると後に異端として潰されたり、消えたりしていった派閥の方が女性を認めていた系なんですよねぇ(笑)

 まぁこちらの詳細は本書をドゾ。微に入り細に入り、さすが本職と言うべきか(笑)で、聖書は勿論、過去の偉人(関係者)の手紙から手稿から記録から証拠いぱーいでござると…しかもキリスト教はあの公会議が何回も開かれているし(笑)この会議の記録も勿論残っているんですよ、奥さん(誰?)

 これまた「イエスは世紀を通してキリスト教の価値観を金のためや権力、利益、妥協、その他何もののためにも売り渡してはならないと警告している。もし、真理をへし曲げるようなことをするなら私たちの証は教会の中でも外でももはや意味がない」はずなんですよ、おぞーさん(誰?)

 なのに「男女の間の恥ずべき不平等は長いこと見逃されてきたが、今ではカトリック教会のすべての領域、すなわち、典礼、霊性、小教区、家庭、法律、神学などで顕にされ、記されている」そーですよ、姐さん(誰?)

 しかも中世的偏見をずっと引きずっているのは如何なものかで「中世においては男は自分が女より優れていると考えていた。それが世の現実だった。それどころか、いろいろなヨーロッパ人種はそれぞれの家父長制の伝統を持っていた。古代ローマ法の制度化された男性支配を受け入れていたことは、家庭でも、政治でも、ビジネスでも、芸術や学問の分野でも、男がボスであることを決定的にしたのである。本当にすべて男の世界だった」って、マッチョ万歳…こーして見ると逆に現代男性的には中世を夢見てもあると思いますなのかなぁ?その当時なら、男というだけで上から目線乙上等に何の良心の呵責なしにいられた訳だし(笑)

 で、時は現代、この現状はおかしくね?と女性達から疑問の声が出始めてきてというのが表向きになってきたのが20世紀に入ってからが特にで、更にWWⅡ以降はそれは無視できる話じゃなくなってきただろぉ?現状みろよの世界が展開してきた模様…教会が文化的偏見にとらわれたままでどーするという事らしー…女性が二次的なものとして扱う事が伝統だというけれど、奴隷制についてさえ結果どーなった?の世界じゃね?と…

 ちなみに「女性司祭に反対する伝統的議論は、未だにローマ教理省の公式見解である。女性司祭に反対するこうした伝統的主張は様々な形でローマの定期刊行物に繰り返し書かれ、司教、司祭、信者たちの支持を得ている」とな…という事で大本営発表は未だ(?)にそんなの関係ねぇー(死語?)が大半な模様…

 ローマ法王庁の歴史もそれなりにパネェで詳細は本書をドゾですが、中の人的に一人上げるとしたらこの教皇、大グレゴリオですかねぇ?教会行政の中央集権化に努めた人ですが、「中世教皇制の創設者」と言われるお人だそーですが…

 そして最近の話としては「教皇ヨハネ・パウロ二世と教理省はカトリック教会における女性叙階に対するいかなる支持も根絶すると決断した」とな…世の中政治こそ全てなんですかねぇ(笑)何が何でも「より厳しい手段で女性司祭禁止を遂行して教会を護ろうと本気であることは疑う余地がない」そな…ちなみに彼らは「「トドメをさしておく」ことを切望して、教皇と教理省は最近この問題は「既に教皇の普遍的教導権によって不可侵的に決定された」と宣言した」そな…この最高普遍教導権についての詳細は本書をドゾ。神学的にどよについての詳細も本書をドゾ。

 まぁ本書は新手の正義とは何か?の世界でしょか?「真の誠実さとは真実を話すことが前提ではないのか」に尽きる訳で、盲した者を導くはずの教会が盲したままでどーするよ?という著者魂の叫びかもしれないってか?本筋は那辺にありや?ですかねぇ?

 何にせよこの女性の地位を巡る教会内の不寛容は「教会が長く待てば待つほどより大きな被害を与えるであろう」になるんじゃね?という著者の懸念表明ってか?時代の趨勢をみれば、先は見えているという事らしーです(笑)まぁこれが最後の男の牙城となれば、既得権益を守るのに必死になるのも分かるけど、早晩心あるというより頭ある女性からそっぽ向かれるのは必定じゃまいか?何にせよ、人類の半分は女性なんですよ(笑)

 それにしても著者の弁は終始穏やかに淡々と進んでいくんですが、最後に「教皇が自分で正しいと信じていることを本当に誠実に追求していることは疑う余地がないだけに、彼は絶対的権力を行使したヒトラーに類似しているのである。ヒトラーはドイツ国民の生と死の権利を握った。教皇は信者の上に霊的権威を握っていることでヒトラーより大きな権力を持っている」って言いきっているとこはまさに圧巻、ヒトラーを比較対象に出すなんて、これ欧米的にはかなりの事じゃまいかまいか?

 豆知識的なとこというか、歴史は繰り返す的なとこいうか、なるほろローマ帝国の遺産的なとこで「ローマ人は第一の、そして最高の統治者だったからである」の件、「彼らは最高に実利的だった。彼らは政治的権力が軍事力にあることを知っていた」って…未だその真実なのか?亡霊なのか?にとりつかれている人や国はいぱーいあるもんなぁ(笑)

 これまた豆知識といっていいのか?で「何年か前、私はパキスタンのムルタン州でキリスト信者の物書きのために講座を開いた。農村地帯の成人男性の識字率は70%、女性は15%だと聞いていた。テレビが現れるまで、ほとんどの人にとって唯一の知識は、回教寺院でのムラ(イスラム教律法学者)による金曜日の説教だけだった。このことから、イスラム教国でムラがなぜ多大の政治的権力を握っているか分かった」とあるとこでしょか?成程、情報遮断と権力って…

 とまぁ、教会内における女性の地位向上、平等についての考察だと思われですけど、カトリック的にはそれだけじゃなくて他にもいぱーい問題内在してるもんねの世界で、これらもこれからどーするというのもあると…例えば「人工的家族計画の禁止、ラテン教会での聖職者の義務として守られねばならない独身制、教会行政と司教的使徒職における信徒の役割、司教協議会の正当な権威、エキュメニズム、他宗教との対話、同性愛者の認知など」とな…いやー問題山積みってか?

 他宗教については「非カトリック信者を救いから除外した「伝統」」があるという事で、「1854年までローマの公式教皇は、教会の外に救いがないとしていた」そーなんですよ、奥さん(誰?)カトリックの伝統パネぇ、どこまでも歪みねぇでございます…

 まぁ、キリスト教の話のとこでこれが一番しっくりくるとはこれ如何になんですけど、「私たちの道徳的基盤を失うなら、もはや信仰などはありえない。宗教を支配する道徳などはない。私たちは誠実さを失い、神が自分の側にいると宣言することはできない」(@マハトマ・ガンジー)かなぁ(笑)だが、しかしキリスト教徒的にはこちらの方が理解を得やすいか?で「もはや、男も女もありません。あなたがたは皆キリスト・イエスにおいて一つだからです」(ガラテヤ3:28)パウロさんの言う通りぃーパウロさんの言う通りぃー

 他にも色々色々本当に色々エピ満載ですので、詳細は本書をドゾ。心してドゾ。

 目次参照  目次 文化・芸術

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