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2015年1月19日 (月)

ていくおふ?

昨日までの世界 上  ジャレド・ダイアモンド  日本経済新聞出版社

 サブタイトルは、文明の源流と人類の未来なんですが、どゆ本というと、著者の一連の作品をご存じの方には、その延長線上のソレと言っていいのか?何かを対比させて物事をくっきり見せるというのが、著者の手法じゃまいか?で、今回は現代社会と伝統的社会ですかねぇ?生活観の違いとも言う、だろか?

 分からない時はいつものよーに目次に逃げるで、日本語版への序文、プロローグ 空港にて、第一部 空間を分割し、舞台を設定する、第一章 友人、敵、見知らぬ他人、そして商人、第二部 平和と戦争、第二章 子どもの死に対する賠償、第三章 小さな戦争についての短い話、第四章 多くの戦争についての長い話、第三部 子どもと高齢者、第五章 子育て、第六章 高齢者への対応-敬うか、遺棄するか、殺すか?でして、第四部と第五部は下巻に続くという事でしょか(笑)

 いつものよーにテーマ別に、世界ではどーなっているのか?見てみよーかなぁ?タイムスケールも600万年前から考慮してまっせで、全世界が舞台(笑)なので各地の少数民族の例がたくさん掲載されているのですが、詰まるところこれは米人とパプア・ニューギニア人と言い切っていいんじゃまいか(笑)著者自身も「読者のなかには、ニューギニアや近隣の太平洋上の島々からの引用が不釣り合いに多すぎると感じる人もいるかもしれない」と表明している位ですから(笑)それこそたくさんの例が出てくるんですけど、具体的なお話はたいてい何故かニューギニアなんですよね(笑)

 で、本書の読後の率直な感想は、これまたいつもの通り、男の人の書いた文章だなぁと、米人の書いた文章だなぁに尽きるよな(笑)多分、本書で世界を知らねばになるはずなんですけど、どっちかというと米を知らされた感の方が大きいよな気がする(笑)で、私的にタイトル決めをさせてもらえるなら、本書は、女、豚、殺しにしたかもなぁ(笑)殺しのとこは暴力でもいいけど、戦争と権力でもオケか?また豚のとこはアフリカなら牛かもしれない?ニューギニアでは財産の筆頭が豚らすぃのだ…

 結局、何かと言えば、色、金、暴力で、男の、マッチョな世界観の話じゃまいか?にいきついているよーな気がするのは気のせいか?世界は何で回っているのか?皆まで言うなの世界か?

 アリス的に、伝統的社会…うーむ…ミステリー的な世界観って、都市の世界観がメインだからなぁ…ホームズもロンドンだから成り立ったとこがある訳で、准教授も京都・大阪という都市を中心にした世界じゃまいか?と?確か殺人数も日本で一番多いとこって、大阪だったはずだし?東京は確かトップ5にも入っていなかったりするんですよ、奥さん(誰?)それはともかく、そんなシティボーイの二人が伝統的社会…京都の伝統的社会とニューギニアの伝統的社会では、同じ伝統的でもその伝統が違うよーな気がするのは気のせいか?

 ちなみに本書で言うとこの伝統的社会とは「人口が疎密で、数十人から数千人の小集団で構成される、狩猟採集や農耕や牧畜を生業とする古今の社会で、なおかつ西洋化された大規模な工業化社会との接触による変化が限定的にしか現れていない社会のことである」そな…

 でまぁ、そんな少数民族が世界にはあちらこちらにいらっさる模様ですが、その中でもニューギニア人、特に高地ニューギニア人は「一九三一年に初めてニューギニア高地人を「発見」した最初のオーストラリア人」の世界でして、20世紀に入って初めてヨーロッパ人(白人)見たぁーっだったとな…「ニューギニア高地には、依然として石器を使用する村人が一〇〇万人も暮らしていたのである」って…石器っすよ、おぞーさん(誰?)完全にとはまでいかなくともほぼ外界から孤立して生活していた民族がいる(いた)という事実もアレだが、それが21世紀(本書では2006年だが)著者はポートモレスビー空港(@パプアニューギニア)に居たりする…勿論、ニューギニア人の運営する空港でパイロットだってニューギニア人だと…百年も満たない時間で石器から一挙にジェット機キタコレって…世の中の動きはどこもハイスピードってか?

 で、1931年当時は、ニューギニアには「時計、電話、クレジットカード、コンピュータ、エスカレーター、航空機」といった現代的なものはなんもなかったとな、更に言えば「文字も、金属も、貨幣も、学校も、中央政府」もなかったとな…過去は一変した、でも伝統生活というか、ルールはまだ残っているものもあり、続いているものもあり、風習、習慣、慣例的は西洋的価値観からすると、何じゃそりゃ?がいぱーいあるとな…

 でで、それらを羅列して、全面同意でもなく、全面否定でもなく、取りあえず検討してみない?というのが本書のスタンスかなぁ?まぁある意味、敵を知り、己を知れば、百戦危うからずの世界か?別に戦争しよーという話ではなくて、違いを認識するとこからの話のよーな気がする…価値観があまりに違うと食わず嫌いになりがちだけど、何事にも一理はある訳で(笑)

 ででで、それらを個別のお題にのせて対比している感じでしょか?それにしても伝統的社会だと「見知らぬ他人に出会う機会は稀であり、ひとたび会えばそれは危険を意味し、いつ暴力沙汰に発展してもおかしくなかった」って…ドンダケェー…小さい集合体の場合、ヨソモノは敵認識でFAなんですよ、姐さん(誰?)

 とはいえ、やはり本書は欧米か?(死語?)な気配も漂っている感じでしょか?例えば移動云々からいくならアフリカからの爆発じゃぁー?から始めないとアレな気もするけど、文明的な、国家的な、ソレでいくと「世界的にもっとも貴重な栽培化や家畜化ができる動植物が生息する地域(肥沃三日月地帯)の周辺に住んでいたヨーロッパ人が、最終的に世界中に進出していったのである」そーですよ、奥さん(誰?)ちなみに肥沃三日月地帯、今ではアジアですが何か?ついでに言うと侵略ではなくて進出がポイントですってか?

 まずは人間関係からで、村人全員が顔見知りの社会の場合、見知らぬ人に出会う事はまずない訳で、見知らぬ他人は即敵認識が常道らすぃ…また人間関係の構築も、個人がでなくて、血縁がといった問題に帰結するよーで…そしてどこの族に属しているのか?がこれまた問題になる模様…これらの考察についての詳細は本書をドゾですが、それにしても、知らない人に出会ったら、逃げるか、殺すか、はたまた(潜在的な)雇い主(かもしれない)か(よーは金になるか)の対応って…そんな訳で、西洋人とのファーストコンタクトもののとこの詳細も本書をドゾ。

 それにしてもニューギニアの伝説的な話で「われわれは、人は死ぬと肌が白くなって生者の世界と死者の世界を越え『あちらの側に』-死者の世界に-いく、と信じていた」とかあって、この辺りは南米のスペイン人キタコレに近いものがあるんだろーか?迷信というと語弊があるかもだけど、この手の話を持つ持たないではその後の対応に、だよね?

 すわ「天空人」か?の化けの皮がはがれた根拠の一つが「大便」、白人もニューギニア高地人も同じ大便じゃね?で、も一つが「性行為の相手としてヨーロッパ人に差し出されたニューギニア高地人の若い娘たちによってもたらされた。彼女たちは、ヨーロッパ人の男性器もニューギニア高地人のそれと同じであり、彼らの性行為もまたニューギニア高地人のそれとよく似ている、と報告したのである」とな…どっちもシモ事情というのがアレだが、それにしても、ニューギニア高地人の若い娘の皆さんは、強制的に無理矢理連れて行かれた訳ではゴホンゴホン…

 市場経済、貨幣、贈与、象徴的指標(贅沢品とかね)、交換、返礼の概念についての詳細も本書をドゾ。売り手と買い手の関係とか、経済とは規模と信用の世界なりでしょか(笑)規模が大きくなれば、それはどこから来ただ?の世界になるというか、知らないになる訳で…そこに信用がないと、どこかのミルクとか、鶏肉とか、餃子とかにゴホンゴホン…

 さて、交通事故の事故処理についての対応の詳細も本書をドゾ。こちら側にいると保険屋さんとかのプロに任せて当事者およびその周辺の人達はあまり前面に出ないのが普通だと思っていたけど、これがニューギニアだと対応如何によっては報復の殺し合いに発展する恐れがあったとは…てな訳で、当事者の回りの人の根回し、儀礼対応が凄い…詳細はこれまた本書をドゾですが、これが今の話だというとこがまた凄い…ちなみにニューギニアだって司法制度はある訳で、でも一つの交通事故の審理に五度も流れて二年半後にようやく審理開始って…ニューギニアの判事ってそんなに多忙な人達だったのか…

 地縁社会というのは、商売にしろ、損害にしろ、まったくの赤の他人である事の方が難しい関係という事じゃまいか?かなぁ…だから、ある程度といったらこれまた語弊があるけど、双方痛み分けみたいなところに話を落とす必要が出てくるよーな?

 で、この感覚が現代欧米人、特に米人には奇異以外の何ものでもないよーに映るんじゃまいか?の素朴な疑問かもなぁ…というのも著者自身が書いているけど「個人の重要性が強調される社会である。われわれの社会では、個人が他人より抜きん出ること、他人との勝負に勝つこと、他人を押しのけてでも利益を得ることが許容されるばかりか、奨励されたりもする。商取引においても、多くの場合、人々は自己利益の最大化に腐心する。しかし、損をこうむった相手の気持ちを慮ることはこれっぽっちもしない」とな…それってどこのTPPゴホンゴホン…子供遊びさえ勝ち負けの世界とは…米人って…

 まぁそれもともかく、喧嘩、いさかいが起きた場合の対応として、「移動性の狩猟採集民やその他の移動性集団では、集団はふたつに分裂し、係争当事者の一方が当該集団を離れることで集団内の係争が終結する、ということである。しかし、定住集落で暮らす農耕民には、この選択しはあり得ない」となる訳で…啖呵を切って別れられるか、それとも双方痛み分けで示談に持ち込むか、はたまた裁判で白黒つけるか、貴方ならどーするぅぅぅぅ(笑)それももしかして多分に社会の影響うけてるよの世界か?

 でもって、ヌエル族(アフリカ)の牛泥棒の場合もパネェ…詳細は本書をドゾですが結局のとこ「ヌエル族の社会では、もし賠償しなければ自分には武力に訴える用意があることを相手側にわからせないかぎり、賠償の引き出しに成功することはあり得ない」そな…それってどこかの国とゴホンゴホン…平和憲法なんてゴボンゴホン…

 その他、米の民事裁判のソレについての詳細は本書をドゾ。あんなに裁判裁判の裁判好きのお国柄だから、裁判も充実していらっさるのだとばかり思っていたけど、内実は火の車みたいな気がするのは気のせいか?ちなみに民事裁判による賠償金の支払いは「ほとんどなされていない」となる模様…更に、「訴訟費用の吊り上げを狙ってさまざま作戦を展開し、貧しい相手に和解を強いることができるのである」とな、「富裕な者や政治的影響力が強い者が優遇されるほどに腐敗してしまっているシステムも存在する」とな…まぁむしろ腐敗していないシステムが存在するのか?そちらの方が気になるが(笑)

 さて、暴力行為の抑止というとこで、伝統的社会と国家社会ではどよ?となると^暴力の行使権、復讐の連鎖が許容されかねない伝統的社会に対して国家社会の場合は、暴力が限定されている事になるのだろぉか?それでも「もちろん、国家によっては、自国の国民に暴力をふるうところも現にあるので、すべての国家が暴力行為を抑止できる主張するつもりは毛頭ない」って、それってゴホンゴホン…取りあえず一応は「国家権力の影響力が効果的に浸透している社会であればあるほど、非国家社会的な暴力行為が限定的なものとなっている」とな…国家とは暴力であると言ったのは確かレーニンとマックス・ヴェーバーだったよーな記憶が薄らと?記憶違いだっただろーか?まっどちらにせよ、国家と暴力、もしくは治安は切り離せないものなのか?どーか?

 司法関係については法学部卒のアリスの見解は如何に?ですけど、更に、暴力の最大項目キタコレで戦争についても、詳細は本書をドゾ。まず大航海時代から植民地時代、「ヨーロッパ諸国が最初におこなったことのひとつが、先住部族たちに伝統的戦争を起こさせないという政策だったからである。そうして現地のヨーロッパ人の安全を確保し、征服地の支配をやりやすくし、また「文明化させる」という使命をはたすためだった」とな…自分達の安全と、労働力確保、奴隷売買の資源だもんなぁ…

 戦争のとこでも一つ、戦場での自己犠牲みたいな行為について「ニューギニアの伝統的社会では、このような自己犠牲があったという話を私は耳にしたことがない。ニューギニアの部族の戦士は、敵を殺害することと、自分が生き延びることの両方を目標に戦う」そな…これまた詳細は本書をドゾですけど、これで士気を保っていられる伝統的戦争従事者たる戦士の皆さんパネェ…

 まぁそれにしても「シャーマン将軍の北軍は、戦争の支えとなり得るものはことごとく破壊した。食糧を略奪した。農家の収穫物に火をつけた。家畜を殺した。農耕機を破壊した。綿花にも紡績工場にも火を放った。鉄道設備は修復不可能な状態になるまで蓮井した。鉄橋を爆破し、鉄道資材を、工場を、製粉所を、そして一般住宅を焼失させた」って、確か、ジュネーブ条約じゃないけど戦争関係の条約でパンピーのとこは駄目じゃなかったっけ?まぁ南北戦争の頃はまだ戦争関係の国際条約なんてなかったとしても…成程、自国民に対してさえこれなら、広島長崎の原爆も、東京大空襲も伝統芸能か?さすが戦前戦中日本人絶滅に八割が賛成した国民は違う…

 さて、チンパンジーには戦争はあるけど、ボノポにはないとは知らなんだ…社会的動物が戦争を行うか?否か?は「資源をめぐる激しい競争があるか否か」「規模の異なる集団が存在するか否か」(@リチャード・ランガム/ハーバード大)だそな…それはまるでゴホンゴホン…

 例的なとこで、コスタリカが軍を保持していないとこのたとえ話が出ているのですが、「かりにコスタリカが軍備強化に走り、パナマ運河を攻撃するようなことをすれば、その愚考をアメリカ陸軍が黙って見逃すとは考えられない」とあったりして…そーだったのか米軍?まぁこれがコスタリカではなくて、どこぞの大国の名前だったらどーなるのか?コボンゴホン…

 で、「戦争を戦争で返す動機が報復であるのならば、最初に戦争を仕掛ける動機は何だろうか。この問いにニューギニア高地で返される答えのうち、もっとも一般的なのが「女性」と「豚」という答えである」とな…ここでの豚は資産、富、名声と同義と言っていい訳で…結局、色と金か?マッチョ万歳(笑)

 他、WWⅡの独の東欧問題も出てくるんですが、何故か東プロシアの話は出てこないとか…ちなみにルイス・リチャードソン(英)の統計・解析結果によると19-20世紀半ばまでの「戦争に関与した回数が多い国はフランスとイギリスであり、その回数は二〇回以上だった」って…これまたちなみに「戦争に関与する回数の大小は、隣国の数の大小にほぼ比例する」とな…更にちなみに「多くの社会において人々は、結婚・姻戚関係にある相手の集団と戦い、敵対相手である集団の人間と結婚し、交易関係にある人の集団を襲撃し、敵と交易をする傾向がある」(@ローレンス・キーリー)って、何かもー犯人は貴方ですの世界のよな(笑)

 子供と老人のとこは社会的弱者の問題になるんじゃね?で、どちらの対応のその国、民族によって違って、ね?かなぁ?先進国だからといっても米と独じゃ違うみたいだし(笑)子供の場合、その教育・躾問題もいずこの国も皆それぞれに、じゃけん?じゃけん?

 遊びなんかの例で「アメリカ人の友人は、ケニア人の仲間と一緒に、二匹のゴライアスオオカブトに、おもちゃの荷車を引かせようとしたそうである」とな、ふつくしいケニアでも思い出ってか?「後日、一〇代になってからアメリカに帰国し、アメリカ人の子どもたちが店で買ったできあいのプラスチック製玩具で遊んでいるのを」「アメリカ人の子どもたちはケニア人の子どもたちほど創造性が豊かではないと思ったそうである」とな…人間よ自然に還れってか?まぁそれもともかく、遊びでカブトムシに荷車引かせるって、動物愛護的にはどーなのかなぁ?と…もし対象がカブトムシではなくて、鯨とかイルカだったらゴホンゴホン…

 まぁ何にせよ、米の子育ては「子どもに優劣をつけ、互いに競わせ、のべつまくなしに指示を与えている」になっている模様…のびのび教育とか、ゆとり教育とか、どこも掛け声だけはあるんだなぁ(笑)ある意味これもないものねだりという事か(笑)

 老人問題は、国の習慣もあると思いますだけど、国の余力、物質的側面もあると思いますなのか…後「若い世代が高齢者を支援できるかどうかの答え」も関係するとな…詳細は本書をドゾですけど、老害という言葉がこれほどはびこっている昨今、何とゆーか双方ますます乖離していくよーな気が…

 ちなみに「伝統的な家父長制社会では高齢者の地位が高い」とな…でまぁ個人主義の米はその対極にある模様…詳細はこれまた本書をドゾ。いやまぁ、伝統的社会のソレとかアイルランドの農家のそれとか、食と性のタブーとか、現代社会のスキルとか、老人介護問題前に色々ありますけど、難しい問題としか言えないよな…みてもらいたい人とみたい人が一致するとは限らないし、無理をすれば必ずどこかに出てくるし、じゃあほっときゃいいのかって事にもならないし…

 米に関して言えば、一昔前のシカゴの停電?だかのクーラーが使用できなくて独居老人が結構お亡くなりになった事件があったけど、クーラーが使えないなら、窓を開ければいいじゃない、なのに何故それをしなかったか?と言えば、これまた開ければ強盗がやってくるから…ご老人達にしてみれば、熱射病で死亡するか、強盗で死亡するかの二者択一って、それ究極の選択じゃまいか?で、まず老人問題を語るなら年寄りが一人でも安全な社会、治安からじゃね?と思うのは穿ちすぎか?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、詳細は本書をドゾ。まぁ個人的には多分、著者は米の知性を代表する人物であり、米の良心のよーな人物でもあろー方でありましょーが、それでも「事実、日本の軍隊はアメリカ人や他国民に対して言語道断の残虐行為を働いていた」と書き、その事例の一つとして南京大虐殺を取り上げていらっさるんですよね…「真珠湾攻撃から四年も経たないうちに、われわれアメリカ人は、日本人を憎むのはやめるように告げられたのである」だそで…たった四年と繰り返しこのフレーズ出てきますが、四年でたったなら、南京大虐殺が東京裁判でいきなり登場したいきさつは如何なものか?

 そして、米人が戦争というとWWⅡを引き合いには出すけど、朝鮮、ベトナム以下、昨今の中東、アフガンの戦争が出てこないのは何故なんだぜ(笑)と素朴な疑問が?

 何はともあれ、下巻へ続くってか?乞うご期待なので、興味のある方はまずは本書をドゾってか(笑)

 目次参照  目次 生物

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