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2015年2月17日 (火)

神様の住まい探訪?

神社の本殿  三浦正幸  吉川引文館

 サブタイトルは、建築にみる神の空間なんですが、建築的な目線からの神社かな?で…まぁ日本人ならば、建物見て、神社だなと一目で分かるというか(笑)何となく分かるというか、じゃまいか?で、具体的にどーよ?というと、どーよなのが本書の立ち位置がなぁ?本書的に言うと「神社本殿と寺院本堂はどこに違いがあるのか、神社の本殿の内部はどうなっているのか、神社の本殿はいつから何のために建てられるようになったのか、といった疑問は誰しもが抱いていようが、それらに対して首是できそうな解答を与えた書物はいまだ見たことがない。そうした神社本殿に関する基本点な疑問に答えながら、神社本殿の建築的特質に迫ろうとするのが本書の内容である」とな…まぁ本書初っ端の説明が一番分かりやすいんじゃね?

 そんな訳で、神社の建物、本殿とは何か?を一冊丸々使って解説している本かなぁと思います(笑)で、これまた、神社の本殿、建物と一口に言っても、物は飛鳥奈良の昔から今まで連綿と続いてきた話で、しかも途中で改築、建て替えありまっせの世界ですから、その変遷もどーよ?となると、まぁ建築的には様式になるんだろーけど、これまた色々ありまっせで…神社って皆似たよーな建物だなぁと思っていたけど、細かく見ると随分違うというのも分かるってか(笑)

 とにもかくも、「神社本殿の起源は仏教建築が伝来した六世紀中期以降より一世紀ほど後れた飛鳥時代後期」じゃないかという説に著者は賛同していらっさる模様…「神社本殿は仏教建築からの強い刺激とそれに対抗する意識によって創造されたものと考えられる」とな…共存共栄というか、ライバル関係というか、形から入るというか(笑)あると思いますなのか(笑)

 ちなみに「「本殿」は近世以降の一般的用語であり、古くは正殿・宝殿・御殿・神殿などと記されるほうが普通である」そな…本殿って結構新しい言葉だったのか?

 アリス的に神社?まぁ二人の母校が英都で、京都にあるとなれば、神社には事欠かない気がするが(笑)どーだろぉ?ちなみに現在、日本全国で神社の数は9万6000社位あるらすぃ…ちなみに戦前は19万1891社もあったとゆーから、これでも随分減ったのか?それとも小っちゃいのはパスとなったのか…まぁ何にせよ、神社の数だけ本殿はあるはずで…

 とゆー訳で全国約十万社、推定二十万社ある神社の本殿の六割が流造と言う事になるそーな…一割は春日造とその変型、その他入母屋造と切妻造があるそーな…

 神社の見方とかの一間社とか、三間社とかetc.の詳細は本書をドゾ。ちなみに一間というと長さの単位みたいな気がするが、神社的には柱の数が元らすぃ…この間の長さについても時代によって変わっているみたいなのでこれまた詳細は本書をドゾ。たいていは一間社が多いらすぃけど、古い神社は三間が基本とな…例として挙げるなら伊勢神宮とか賀茂神社とか…まぁ特別に有力な神社が本殿大きいという事もあると…最大は厳島神社の八間社だそーな…そーだったのか?婆ちゃん?

 で、「神社本殿の身舎は切妻造が基本である」そーで、どゆ形というと三角屋根の平屋というか、ちょっと見倉庫的なソレじゃまいか?で最も単純な形という事になるらすぃ…細かい詳細は本書をドゾですが、これの片方の庇がどーんのびての形が流造という事にこれまた大まかにまとめるとなる模様…とゆーか、これ画像で見れば一目瞭然なので、ああ神社だとゆー形です(笑)これまたちなみに、神社の屋根的なそれでいくと切妻造、入母屋造・寄棟造という序列があるそな…

 それにしても神社の屋根って檜皮葺きって結構聞くけど、アレ何でと思ったら、互より軽いから屋根の形も自由にそらせる事が出来るってのも一因だったのか?でもって耐用年数が30-40年位なんだそー、でも分厚く盛っている出雲大社の本殿のソレなんかは60年持つそーな…長いのか、短いのか、微妙な年数だなぁと思うのは気のせいか(笑)こちらの序列は、檜皮葺・柿葺・茅葺となるそな…後、板葺と銅版葺があるとか…

 他にも神社の本殿はだいたい高床式とか、土間式は珍しいという事になるそーな…

 とまぁ、本書の方はどんどん専門的になっていくのですが、何か言われてみればそーなのか?な話が満載…また、奈良から平安、鎌倉室町戦国に江戸と時代と共に色々と変わっていくとこありで、その詳細も本書をドゾ。後、明治維新後の廃仏毀釈的なソレもある訳で…外装・内装共に、色々あってなの世界が展開している模様…

 それにしてもこだわりだしたら止まらない世界の神社の本殿なんですけど、今まであまりメジャーな話じゃなかったよね?なのは「神社本殿に関する研究があまり進まなかった最大の原因は、神社の国家管理にあった。本殿内部の調査が戦前までは不可能であったからで、旧社格の高い神社では、本殿の修復等で神体が本殿から遷座されない限り、今日を至っても許可されないのが普通である」そな…そーだったのか?宮内庁?なのか?神社関係の所轄って、どこになるんだろぉ?古墳は宮内庁だったよな?

 ちなみに神社の社格って相当なものだったらしく…歴史的に見ると二十二社、所謂「天皇とその王城たる京を護る王城鎮守の有力神社」とゆー事になる訳らすぃが、この二十二社には「国家的大事を祈念して朝廷から直接に奉幣がなされた」神社という事になるとな…でもって、どんだけぇーと言うと「平清盛が尊崇する厳島神社を二十二社の列に加えるように建議したが、それはかなわず、扱いを二十二社に準じるものとされている。絶大な権力を有した清盛でさえ、二十二社の高い格式は変更できなかった」とゆー位なんだそー…ホンマでっかぁーっ?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。いやー、神社って同じよーでずぇんずぇん違うとゆーか、全く違うよーで同じだったり見れば見るほど奥の深い物件だったんだなぁと(笑)

 目次参照  目次 庭園・建築

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