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2015年3月 4日 (水)

見えてしまいました(笑)

絵の中の女たち  加藤周一  平凡社

 どゆ本というと絵についてのエッセイ本かなぁ?本書は二部に分かれていて、一が本題と同じ絵の中の女たち、でも一つが、絵 隠された意味なんですが、分量としては2/3位が一にありとゆー事で、ほぼ女性が画題のお話かなぁ?世界にはこんなにいろんな女性ありというか、絵画ありきの世界だったんだなぁ(笑)で、それをどう見るか?読み解くか?理解するか?納得するか?は、いずこの人も皆それぞれにで、著者はこう見るとゆー事じゃね?でしょかねぇ?鑑賞とは何か?の世界か(笑)

 そんな訳で、前書きからしてなるほろなぁと思わされる事しきり(笑)「理解するとは、分類することである」とな…そして「しかし愛するとは、分類を拒むことである」なんですよ、奥さん(誰?)「その女を愛するのは、他に誰にも似ていないから、つまりかけ替えがないからである」とは…なるほろ唯一絶対の対象となる訳か…かくて「理解の内容は、社会的であって、愛の内容は、本来非社会的であり、純粋に私的であり、余人に伝え難い」とは、言われてみればその通りってか(笑)

 さて、描かれた女性とは何か?社会的なのか?非社会的なのか?それともそんなの関係ねぇー(死語?)なのか?まずは、鑑賞の旅に出てみませんか?かな?

 アリス的には、絵画となれば天農画伯の出番なんだろか?うーん…後はアリスが好きなムンクかなぁ?本書にはマドンナが掲載されていますが、アリス的にはどーなのだろぉ?ちなみに著者はムンクについて「ある時期のムンクの油絵には、文学的要素が全くない。それはほとんどボナールの狙ったものを、狙ったかのようにさえ見える」でしかも「ボナールの到達したところに到達していないということは、かえって鮮かに画家の苦闘の跡を示すだろうし、その関心の中心がどこにあったかを示すだろう」とは手厳しい…

 他にアリス的というなら、そのアリスが引き合いに出されているとこかなぁ?ええ不思議の国のアリスが(笑)「一角獣ってほんとうにいるのかしら?」(@アリス/不思議の国のアリス)の詳細は本書をドゾ。

 後、アリス的というなら一休宗純のとこで「おそらく彼は女を愛することができた。世のなかの何ものよりも女が大切だと感じ、女との短い時間が日常生活の何年にも値すると感じたことがあるにちがいない」の件は、女嫌いの准教授ならどーなのか?とふと思ってみたり(笑)

 さて、本書のメインテーマではなかろーか?の女性については一番ゴーギャンいきまぁすで「誰が初めて、濃い褐色の肌の魅力を描いたろうか。アングルやドゥラクロワは、トルコや近東やアルジェリアにおいてさえ、女の裸体を白く描こうとした。印象派の画家たちも同じ」だそで、ちなみに「徳川時代の浮世絵木版画の名手たちも、女の肌を描くときには、詩人たちが「凝脂」をいい「雪の如き肌」を歌ったように、白い肌を貴んでいた」そな…こーなってくると殿方の想定する女って、白って事なのか?色白は七難隠すとか言うけど、あれも男性視点からの話かもしれないって事なのかもなぁ(笑)

 画家的な話では、「油絵のゴヤは二流だが、版画のゴヤは天才である」とか、「天才が作品を作るのではなく、作品が天才を定義する」とか、もしくはコルヴィッツのとこかなぁ「ナチ支配下のドイツで、ケーテ・コルヴィッツは投獄されなかったけれども、その版画の出版や展覧を禁じられていた。米国の友人が彼女を救いだそうとしたことがあるけれども、彼女はその申出を断ったという。生涯をかけて描きつづけたドイツの労働者の世界を、彼女は死に至るまで離れなかったのである」って…そんな気骨のある芸術家もいらっさったんですねぇ、独女性パネェ…

 欧米との比較的なとこで、「古代ギリシャの男神は、姿を変えて、人間の女と交ることがある」「しかし女神が、変身して、人間の男と交る話は少い」そで、「中国や日本の伝説では、逆に、超自然的な女が人間の男と交る話が多い」「美男が化けて人間の女を誘惑するということはほとんどない」そで、「インドでは神々がむやみに変身する。仏教でも、仏の法身には無数の化身が応じ」るとな…ちなみに「近代の西洋では、受身の女性が強調され、理想化されてきた」とな…やっぱ欧米ってマッチョ思考なんだろか?

 比較でいくなら「一八世紀から一九世紀にかけて、日本で浮世絵木版画が栄えていた頃、インドでは細密画が栄えていた」そーな、そーだったのか?インド?でもって「中国には書の強い伝統があり、「法則・風姿」を重んじるから、それを無視しての「精神力」の表出を、書とは認めない」って、これまたそーだったのか?中国(笑)

 女性の加齢について「西洋の文化のなかには、老年を拒絶しようとする習慣がある」そで、妙に若作りしている女性に対して「日本の文化は「年がいもなく」といって、それを非難するが、西洋の文化は必ずしも非難しないのである」の件は、今となるとどーだろぉ?かなぁ?日本の美魔女の皆様はいらっさるが、それ以上にこの辺りは欧米の本音と建前が交錯しているとこじゃね?

 美の基準の変わるものじゃね?で「中国と日本では長い間細腰を貴び、一九世紀の西洋では、ルノワールのように、太い腰を理想としていた。何が美しいかは、つまるところ文化の問題に帰する」んじゃね(笑)この辺りは美に対して並々ならぬこだわりがありそーなアリスに聞いてみたいものよぉ、越後屋ってか(笑)

 も一つ「フォンテーヌプロー派の女の胸は必ずしも大きくない(大きければ大きいほどよろしいという単純な美学は、アンリ四世の宮廷が発明したのではなく、最近になってアメリカの大衆社会が発明したのである)」って、そーだったのか?米?グラマーの起源って米なのか(笑)

 日本的なとこでは浮世絵でようやく女性描いたぜの世界だけど、「しかし彼らもまた裸の女の身体の全体は描かなかったし、描き得なかったのだろう。裸体画というものは、明治以前の日本にはなかった」とな…そーだったのか?ニッポン(笑)

 ついでに言うと美女の条件に、髪をあげるのも日本独自とゆー事になるらすぃ…何が日本人に髪に執着させたのか?

 日本的なとこでも一つ「明治以後の日本社会は、まことに、くそ真面目であった。しかし成熟した社会と文化は、微妙で洗練された「ヒューモア」を生むだろう」のとこかなぁ?

 なるほろなとこでは「宗教的または商業的または政治的意図のもとに製作された偶像は、人工の枠組-協会の祭壇や商店の飾窓や選挙演説の会場に置かれる。そこには階段があり、偶像の立つ檀上へ昇る。また鏡があり、その姿を映し、複製し、無限に増殖させる」は、なるほろ偶像ってこゆ事なのかと、納得した(笑)

 しみじみとするとこではピエタのところで「現代のマリアは、ゲルニカで、アウシュヴィッツで、ヒロシマで、殺された息子の屍体を抱いている。どうしてその絶望が肺腑を抉らないはずがあろうか。どうして母親が息子を殺したいくさを呪わないはずがあろうか。現代の悲劇は、一五世紀の「ピエタ」の自然的な面に対応する」の件は、まさに今でしょ(死語?)だよなぁ…

 他にもたくさんエピ満載ですので、詳細は本書をドゾ。最後に一つ、時代的にここかなぁ?なとこで、自由の女神、転じて自由と女性の件かなぁ…「「自由」が弱者の側の願望である以上、伝統的な性差別の条件のもとでは、強そうに見える男によって象徴されるよりも、本来弱者とされる女によって象徴されるのが、当然だろう」って、そーだったのか?自由の女神?「しかし弱者が弱者のままでは「自由」にはならない。「自由」は、単に弱者ではなく、強者となった弱者、すなわち戦う女性でなければならない」として例としてアンティゴーネとかローザ・ルクセンブルクとか出てきますが詳細は本書をドゾ。「女は戦うことによって、性差別の体系のなかで割りあてられた役割を超え、人間としての役割を獲得する。人民は圧制者と戦うことにより、体制から強いられた役割を超えて、人間としての品位を実現する」とな…自由の女神、背負ってるものが並じゃなかったんだなぁ…

 掲載されている絵画は、「紅衣舞女」(「執失春節墓」の壁画/西安・中国)、「聖十字架物語」(ビエロ・デㇽラ・フランチェスカ/聖フランチェスコ教会)、「花とジャクリーヌ」(ピカソ/個人蔵)、「カーマ・スートゥラ」の挿絵(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館)、「偶像の誕生」(マグリット/個人蔵)、「裸婦」(シーレ/アルベルティーナ美術館)、「老婆の肖像」(ジョルジョーネ/アカデミア美術館)、「糸を紡ぐ女」(ミレー/ボストン美術館)、「マドンナ」(ムンク/オスロー美術館)、「香ぐわしき大地」(ゴーギャン/大原美術館)、「四人の踊り子」(ドゥガ/ルフェーヴル・ギャラリー)、「雪中相合傘」(春信/㈶平木浮世絵財団)、「美しい教師」(ゴヤ/パリ国立図書館)、「アヴィニヨンのピエタ」(ルーブル美術館)、「ダナエ」(クリムト/個人蔵)、「婦人像」(ファン・デル・ワイデン/ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、「一角獣の女(触覚)」(クリュニー美術館)、「源氏物語絵詞」(㈶徳川黎明会)、「ヴィナス」(クラナッハ/フランクフルト市立美術館)、「山姥と金太郎」(歌麿/東京国立博物館)、「人民を導く自由の女神」(ドゥラクロワ/ルーヴル美術館)、「自画像」(コルヴィッツ/ワシントン・ナショナル・ギャラリー)、「フローラ」(ナポリ国立考古学美術館)、「見返り美人」(師宣/東京国立博物館)、「裸婦」(モディリアーニ/グッケンハイム美術館)、「紅白梅図屏風」(光琳/MOA美術館)、「二人のヴェネツィア女」(カルパッチオ/コッレル美術館)、「一休宗純像」(墨斎/東京国立博物館)、「受胎告知」(ティントレット/スクオーラ・ディ・サン・ロッコ)、「達磨」(仙厓/出光美術館)、「自画像」(ベックマン/シカゴ美術館)、聚沙為塔図(鉄斎/清荒神清澄寺)、「キリストの復活」(ピエロ・デㇽラ・フランチェスカ/サンセポルクロ美術館)、「仏説法図」(敦煌莫高窟の壁画/中国)、「後家」(歌麿/日本浮世絵博物館)、「聖ジョルジョ」(ピサネッロ/聖アナスタジア教会)、「明恵上人坐像」(高山寺)

 目次参照  目次 文化・芸術

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