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2015年3月19日 (木)

エスプリと愛(笑)

十七世紀のフランスのサロン  川田靖子  大修館書店

 サブタイトルは、サロン文化を彩どる六人の女主人公たち、なんですが、どーも後世のイメージなのか、仏のサロンというとラブローマンスの本場みたいなイメージでいたら、その源泉はそーでもないのか?取り合えず、本書では七人の仏女性(によるサロン)が登場しますが、そのどれも皆方向性が違うよな(笑)個性って大切ってか(笑)

 それにしても、サロンとは「本来はギリシア、ローマ、ルネッサンスのイタリアからフランスへ入りこんだのだが、フランスの国民性によって、それ以後にどれほど拡大され発展されたかしれない」となる模様…これまた全然知らなかったのですが、家に客を招くとゆーと即ホームパーティで米を思い浮かべてしまうんですが、欧州の場合、双方の客の行き来では仏人がダントツトップとは知らなんだ…お高くとまっているよーに言われる仏人ですけど、意外な事に客好きだった模様…ちなみに人懐っこいイメージのある伊なんかはその仏の1/10にもみたない訳だったりして…基本、伊って閉鎖的だったのか?

 また、友人や同僚と議論を楽しむというのでは、英がトップなんですが、これに続いて仏もある訳で…仏人おしゃべり好きなとこも分かるとゆーもの(笑)ちなみに議論の場は、「フランスでは客間、イギリスでは男ばかりのクラブであろう」とゆーのも分かる気が(笑)それにしても現代でも英ではクラブがそんなに幅きかせているんだなぁ(笑)

 ちなみに「他の国民に対して好奇心」でいくとトップが独というのは、そーだったのか?独人?むしろ、独人って他国に対してあまり関心がないのかと思っていたら、そーでもなかったのか?統計って意外な結果を招くものなんだなぁ…

 も一つ、テレビをよく見るのも英人が断然トップらすぃ…仏人はそんなでもないみたいで、よーは朝まで生テレビみたいなノリというか、ライブ感のある生活が仏的にはあると思いますなんだろか?お国柄って出るもんなんだなぁ…と感心したとこで、時は400-500年前の仏…テレビはない、勿論ネットもない、そゆとこでライブ感重視の、客好き、おしゃべり好き、議論好きはどーするよ?の結果の一つがサロンとゆー事になるんだろぉか?

 ちなみに十七世紀当時は、サロンとは言わずに「リュエル」と言っていた模様…リュエルって何だ?とゆーと、片方(枕元)は壁につけるとしても、部屋の中央のベットを置いた場合、そのベットと壁の間の空間、ベットサイドの空間を指すらしい…何故にベット脇?となれば、「病身のランブイエ公爵夫人のとった習慣が真似されてひろまった」からとゆー事らすぃ…て事で、まずは多分サロンの創始者、ランブイエ公爵夫人のサロンから始まるのであったとな(笑)

 アリス的にサロン…うーん、今ありえるとしたら、朝井さんかなぁ?これは二番手に出てくるスキュデリー嬢辺りと被るかも?になるのだろーか?ちなみに、スキュデリー嬢は当時の作家、それもかなり流行っていたらすぃ…しかも終生独身…そんな女性のサロンとなれば、文芸サロン的な要素が大きいけど、どーだろか?朝井さん(笑)

 まずはサロンといえばこの人ありのランブイエ侯爵夫人からなんですが、実はそれ以前にもサロンはあるにはあったらすぃ…ただ「ほぼ半世紀にわたる期間の長さや、動員したのべ人員、客層、意義からみて、このサロンを十七世紀のフランス・サロンの最初で最大のサロンと呼んでさしつかえないだろう」という事になるそな…

 ランブイユ侯爵夫人とは何ぞや?な履歴の詳細は本書をドゾ。エピ的には「マリー・ド・メディシスがアンリ四世のもとへお輿入れするさいに、マルセーユまで出迎える一行に選ばれている」位の女性でして、そのまま宮廷に残れば宮廷女性として地位を確立できたかもなお人だったらすぃが、妊娠と病弱によってさっさと引退するとな…

 でも、自宅に籠っていても退屈なの…とゆー自分が宮廷に行けないなら、皆が来てくれればいいじゃない的なお話で、家まで改装してお友達招きましょと…で、病弱なんでベットに横たわって、寝室でごく親しいお友達を呼んでおしゃべりしたりなノリが、ドドンとなと続く事になると…

 本サロンで色々画期的なとこがあるんですが、自宅に客を招く、それもある程度人数がいて、縦のつながりでなく横のつながり、友人知人関係なのでフラットな付き合いに、文化的なそれもあるけど、何より騎士道的な貴婦人を敬愛する紳士みたいな構図はほぼこの時に出来たとみていいみたいです…で、それが広まったとな…

 まぁ宮廷みたいに常に上下関係や仕事関係や権謀や陰謀がとりまく環境よりは、ゆるーく友達関係の方がそりゃ楽だ、だし(笑)爺みるよりは美女みた方が目も楽しいし、何よりも流行った理由は、当時娯楽が少なかった事じゃまいか?セレブが遊びに行くところで、街中的にどこがあるか?貴族にとって宮殿は職場みたいなもんだし(笑)領地に引っこめば、おっくれてるぅーになってしまうしで…仏セレブ生活もそれなりにアレか(笑)

 かくて、どのサロンに出入りしているか(出入りを許されているか)は、仏のセレブ的には相当に価値のある事みたいです、多分(笑)

 サロンの在り方と世相の移り変わりといった詳細は本書をドゾ。仏史的にもサロンの果たした役割はそれなりにアレじゃね?な世界が展開していらっさった模様…そして、本書に出てくるサロンの女主人もこれまた多彩でございます。ランブイユ侯爵夫人がサロンの王道を築いたとなり、次にスキュデリー嬢の文芸サロンあり、ランブイユ侯爵夫人がセレブ代表となるならば、スキュデリー嬢は働く女性のソレ、そしてその後にニノンとマリオンが何と娼婦(もしくは元娼婦)のサロンとなり、最後に極め付けのセヴィニエ夫人とラファイエット夫人のサロンに行き着くと…最後の二人に関しては仏文学史上、名の残っている人達ではありますが、意外や意外、この二人が生きている時は本人達は作家の意識は殆どなかったとゆー…手慰みの趣味のソレが今文学史上に燦然と残っていらっさるんだから、世の中って…ちなみに、この二人のお友達があのラ・ロシュフーコーなんですよ…

 てな訳で、興味のある方は本書をドゾ。詳細は本当に本書を拝読してくらはい。何か凄い人間模様でございますと同時にサロンというものが、おぼろげながら浮かび上がってくるよな…ゆるい関係が社会に与える影響ってこれまた…で、今でいうとこのネットワークが凄いとゆー事になるんじゃね?ですかねぇ?

 パリの社交界とか、仏の文化とか、ましてや仏の歴史にも、事件の影にサロンありなのかもしれないってか?規模とか、人気とか、影響力とか、期間とか、個性とか、何とゆーか、凄い…でもって、緩いお友達関係ですから、これが女性の地位向上というか、性差別のフラット化にもつながっているかも?な世界が展開していらっさった模様…女主人の開くサロンでオレは男だとえばりんぼしても相手にされないとゆー事ですね、わかります(笑)

 でもって、本書に掲載されているサロンはほぼ、どの女主人も「若い時に、しっかりとした教育をうけていることである。読み書きだけではなく、自分でものごとを考えられるようになっているという特徴がある」のとこでしょか?サロンを運営していくにあたって、ついでにいうと文化事業としてのソレは、ホスト側にそれなり教養がないと話にならないとゆー事か?ついでに言うと当時の女性は「ほとんどが自分の名前さえ書くことができず、サインがわりに十字を書いてすませていた時代」とゆーから、如何にアレか分かろうもの…やっぱ何事も下地って大切だなぁとゆー事か?

 蛇足ですが、読み書きができない人が多しとゆー事は、「本の発行部数も少なく、多くは写本で高額だった」とな…ちょうど16世紀だから印刷術の過渡期になるんだろか?そんな中で自作で詩を書く、小説を書く、手紙を書く、本を読む、でもってサロンでそれらを朗読するとか、吟味するとかは当時的には相当に教養がないとできない代物だったんだろか?うーん…

 作家的になとこでスキュデリー嬢の話のとこは実にらしいですけど、後世的にはセヴィニエ夫人とラ・ファイエット夫人のとこの方がおべんきょになるのだろーか?とはいえ、下地はランブイユ侯爵夫人のサロンからあって「すべての人間は自分の作品の栄光によって価値を得るのだ」(@ヴォワチュール)なんて言葉も身分制絶対の時代に出てくる訳で(笑)

 ちなみにスキュデリー嬢は独自の小説論五箇条があって、「⑴まず結末を知りたくなるような主要な筋が必要であり、その主要部と調和すべき第二義的な物語がいくつか必要である」「⑵歴史の流れの中で物語がはじまること」「⑶物語には一年間の期限が望ましい。本当らしさを与えるために、風俗は尊重され、地方色もできるだけとりいれること」「⑷すべての冒険が主人公一人にふりかからないように(本当らしさを失わないため)。主人公の頭にうかんだ考えも適宜描く。少しは魔法も出てきてよい」「⑸必ず善が勝ち、悪がほろびるという結末になること」だそな…だいたい合ってるなんでしょかねぇ?小説技法としてあると思いますなんだろか?アリス?

 ラ・ファイエット夫人のそれは「天与の理性」がものをいったみたいで「判断は誤またないのであった。文章には自然な正確さが感じられるが、この自然さは、セヴィニエ夫人のそれとはちがって、本当のありのままというよりは、よく調べられ、計算され、抑制された結果、゛一番抵抗のないかたちにおさまっているもの」なのである。厳密な推敲をへたという印象をうける」文章だったらすぃ…本人的には手すさびでも、後世から見れば、職業作家当時のベストセラー作家のスキュデリー嬢の作品が現在ほぼ読まれないのに対して、ラ・ファイエット夫人のソレは読まれているというのは歴史の皮肉か(笑)ちなみにラ・ファイエット夫人の作家精神とは「ものごとの真実を見つめる眼、観察態度こそが、彼女の文学の中核となっているということである」とな…

 まぁ、ラ・ファイエット夫人は日本で言うなら紫式部みたいなノリに近いのかなぁ?「フランスの心理小説の元祖」という事にもなるらすぃ…詳細はこれまた本書をドゾですが、「恋愛の情熱に冷たい光をあてて分析するという手法をうけづく小説家は、十八、十九、二十世紀にいたるまであとを絶たず、フランスが世界に誇る心理小説の潮流をつくる。しかもこれにならったのは男性の作家たちであった。ラクロ、フロマンタン、コンスタン、スタンダール、ラディゲ、彼の「ドルジェル伯爵の舞踊会」にいたってはデッド・コピーかと思うほどによく似ている。ことにスタンダールはラ・ファイエット夫人を心理小説の第一位に置くほどの傾倒ぶりだった」とな…

 セヴィニエ夫人の方は書簡集という事で、こちらはリアルな日記文みたいなノリか?娘にあてたそれらはその時代の鏡みたいなノリで、こちらの詳細も本書をドゾ。まぁ何にせよ、性格が真反対のラ・ファイエット夫人とセヴィニエ夫人が親友同士だというのも凄いが、ここにラ・ロシュフコーも入る三つ巴の文学友達が出来上がるのだから、仏サロンばねぇ…類友とゆーか、才能と環境が揃った時って本当に爆発だぁーのノリになるんだなぁ(笑)

 また、文学全般の事で言えば「十七世紀の文人たちはみな申し合わせたように、「人の気に入ること」を心がけて作品を作っている」そで、これもサロンの影響じゃね?らすぃ…詳細は本書をドゾ。よーは人目に触れる機会が増えたとゆー事ですかねぇ?も一つ、「やさしい言葉で深くは見せずに深い話を語りかけることができるというのは、十七世紀フランスの「教養人士」の理想像の一つだった」とな…それを具現できたのが当の殿方ではなくて、マダム達だったのはこれまた歴史の皮肉か(笑)尤も「地位ある人は小説のような下品なジャンルを手がけるべきではないという社会通念があった」のも事実なんですよねぇ…

 面白豆知識系では、自宅でサロンを開くに当たり、家を改装するとか、イベントを企画するとか、客寄せの下準備は色々あるんですが、そして客の選考もマダムにあるのですが、その中には食事も勿論で「サロンは食卓の豊さでも評判だった」じゃないとね、でしょか(笑)で、何が出てきたかとゆーと「クジャクやサギ、チョウザメ、カタツムリ、クジラまで出てくる」って…今じゃ捕鯨大反対の仏ですけど、昔のお貴族サマは食べていたみたいですよ、ムッシュ(笑)

 も一つ、ステュデリー嬢のお話の中の会話、テーマは羨望なんですが「妬く人は妻や恋人の潔白がわかれば妬くのをやめますが、羨む人は対象が亡びるまでやめませんよ」とか、「そのぐらいならましなほうで、わたしの知っている羨しがりやは、悪口や中傷に加え、ありもしないことを平気で言うんですよ」とか、「これは高尚で正当な、ほむべき競争です。ところが羨しがりやは同様に立派になりたいとも、のりこえたいとも思わずにその栄光をくもらせようとするのです」とか、いやどっかで見聞きしゴホンゴホン…

 他にたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。で、最後に一つ、スキュデリー嬢は生涯独身を通した女性なんですが、どんなに美女でないにしても(失礼っ)当時噂にのぼった殿方もいたりするんですよ、でも彼女曰く「どんな立派な男でも、夫となれば主人顔をし、やがて暴君になってしまう。そうなれば結局その人を憎むことになるのだから」ときっぱり言い切って実行している辺り…女性が自立、自活を確立すれば、そゆ事になるのは、今も昔も変わりなしって事ですかねぇ(笑)「スキュデリー嬢は恋人がほしかったので、夫を求めていたのではなかったのだ」は、ある意味普遍の真理かもしれんねぇってか(笑)まぁ、あの勝ち犬中の勝ち犬、円満家庭のランブイユ侯爵夫人でも「もし選べるものなら結婚はしなかったろう」という言葉を残している位ですから(笑)お察し下さいってか…

 目次参照  目次 国外

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