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2015年4月 4日 (土)

悪役よければ映画よし(笑)

ヒッチコックに進路を取れ  山田宏一 和田誠  草思社

 どゆ本かというと著者二人の対談本じゃまいか?で、お題はヒッチコック…それもほぼ全作品について一つ一つ語っていこーという企画らすぃ…いやもー凄いです、マニアここに至れりの世界じゃまいか?ここまで行くともー頭下がるしかないよーな…どんだけ映画見てんねんなんて突っ込み入れるまでもないとゆーか、むしろ見てない映画あるんだろーか?に近いよな?ヒッチコック作品じゃなくて、映画全体としてですよ、奥さん(誰?)

 最後のファミリー・プロットでさえ1976年作品ですから、もー30年以上たっているんですけど、それでもヒッチコックの名前を知らない人は、まずいないんじゃまいか?かなぁ?まっ映画には全く関心のない人ならともかく、映像から切り離されない生活をしている現代人としてはあれもヒッチコック、これもヒッチコックな世界にいるもんなぁ(笑)所謂一時代というか、一スタイルを築いた人ですから、開祖はやはりパネェでござるよ(笑)

 映画史的にもおべんきょになる本書で例えばヒッチコック第一作「快楽の園」(1925)は「ドイツの撮影所で撮った作品」なんだとか…というのも「一九二〇年代はドイツ映画の全盛期で、イギリスはドイツと協定を結んで合作が多」(@山田)かった模様…WWⅠ後の欧州って独文化も花盛りって事だったんだろか?「当時のドイツ映画は作品的にも先進国だったでしょう」(@和田)とな…そーだったのか?独?

 アリス的には、ミステリ的なとこかなぁ?まず「ミステリーにおける死体発見というのは一つのパターンなんだね。使用人か管理人。つまり密室に入ることができる人物でないといけない。それに悲鳴を効果的にするために女性が望ましい。そのあとの証言を面白くするために三枚目的女性がいい。探偵小説でも映画でもね」(@和田)って、そーだったのか?アリス(笑)

 も一つミステリ的定番というので登場人物が皆列車の中的なソレで、「列車の中というのは危機が迫っても逃げ出せないという制約があるから、その中でのディテールの工夫がまた話を面白くするわけだね」(@和田)って、これまたそーだったのか?アリス(笑)

 それとヒッチコック的構図というとこで、疑惑の影に「殺人談義ばかりしている二人組」(@山田)な登場人物がいるとか(笑)

 後は雨天決行のホームズで、「ヒッチコックの「殺人!」はシャーロック・ホームズの推理ものみたいな面白さもあって見ごたえがあるね」(@山田)とな…舞台恐怖症のとこでは「シャーロック・ホームズのバイオリンね。美しい曲を弾きながら見事な推理をする」なんて科白もあるみたいです(笑)

 表現的なとこでは断崖のミステリ作家役の女性で「ちょうどアガサ・クリスティをモデルにしたような感じのおばさん」(@和田)って(笑)ミステリ作家の登場人物でいくと、ダイヤルMを廻せ!のとこにも出てくる訳で、それが「推理作家だからというわけで気軽に勝手に推理して、本当の犯人に向かってお前が犯人になれって言うところが面白い(笑)」(@山田)って、そんなシーンあったのか?それにしても推理作家って勝手に推理するは常道なんだろーか?アリス(笑)それと作家的なとこでは、ヒッチコック劇場の原作者の中の一人にアリスの神様エラリイ・クイーンが入っていたり(笑)

 ちなみにヒッチコックは警察嫌いという事で「国家公務員が保安課の人間でも人助けをする能力はないのね」「おまわりはほとんど敵なんだ(笑)」(@山田)とな…となると森下すわんの出番無しって事ですかねぇ…ヒッチコック映画ではないですけど引き合いに出されている映画の一つに「霧の夜の戦慄」とかあってジェームス・メイスンが「殺人を計画する犯罪学の教授」(@和田)の役をやっていたとか…

 他にアリス的というのでは、白い恐怖にダリの絵が使われているとこでしょか?それとこじつけ系でいけば、知りすぎていた男は「モロッコから始まる」(@山田)のとこかなぁ?モロッコが舞台になっているだけで、おおって気になるもんなぁ(笑)

 映画的なとこでは、やはりヒッチコックはキャスティングの妙が凄いのかなぁ?尤も、監督の思う通りにいかないとこも多々あったみたいだけど(笑)ただ、それが揃った時は画面が違うという事になるのだろぉか?例えば断崖なんかで「最近だと、この映画をもう一回作ろうとしても、役者がいないだろうと思うんだ。いやな性格を表現できる役者はいくらでもいるけど」(@和田)に「アクターズ・スタジオの影響で、くさい演技をする俳優ばかりが多くなってね。演技よりも、ただそこにいるだけの主人公としての魅力に欠けてしまうとかね」(@山田)になっている模様(笑)何とゆーか、ゴージャスなスターはいなくなったよなぁ…

 よーするに「俳優になるべく演技をさせずに撮るタイプの監督」(@山田)という事になるらしく、演技派の役者にはヒッチコックって不評だった模様…まぁ逆に物凄くやりやすかったという人もいる訳で、ケーリー・グラントとか(笑)もーこの辺りはまさに相性だよなぁ(笑)

 キャスティングのとこでは「映画会社の体制がしっかりしている時代、プロジューサーの発言権が強い時代には、相対的に監督の発言力が弱くなる。商業主義的な配慮をプロジューサーがしすぎるということもある。逆に、そういう時代は豊かだったという皮肉な言い方もできるのね。今は、特に日本の場合は金銭的な妥協はやむを得ないとして、会社が強くない分、作る人間の意図は通りやすいような気がするんだけど」(@和田)となるそな…そーだったのか?映画界?

 ヒッチコックと私的なとこではサミュエル・フラー監督の場合、自作の「デンジャー・ヒート地獄の最前線」(1989)でヒッチコックを思い出したとインタビュワーが言ったら「俺はあんなデブの真似をしたことなどない!」と激怒したとか…

 時代が出ているとこでは、海外特派員に「タイトルに「この物語はフィクションであり、登場人物の名と似たような人がいても偶然である」というような一枚が出てくるでしょ。当時の映画には珍しいものだったんじゃないかな」(@和田)に、時が戦争前夜という話なので「いろいろと差し障りがあったんじゃないか。なまなましい話なわけでしょう。言い訳というか、こうした「ことわり書き」は必要だったんじゃないか。アメリカに自由に出入りしているイギリス政府の高官で世界平和運動にたずさわっていてナチのスパイだというような人間がいたなんて、ヤバいわけでしょう」(@山田)は、何か時代を超えてありがちな話じゃね(笑)

 本書で一番アリスに訊いてみたいとこはヒッチコックの「殺人哲学の原則」についてかなぁ?「1.殺人はきれいなものじゃない。2.暴力は正当な理由がなければ退屈である。3.本当の気難し屋はひとりもいない。4.犯罪は引き合わないが、楽しいものであることは確かだ。5.遊びが大切だ。」ってて…そーだったのか?ヒッチコック(笑)

 他にもたくさんたくさん、本当にたくさんエピ満載ですので、何せ500頁弱ありますよって(笑)もー本当に凄い事になっているんですけど、本書(笑)なので興味のある方は本書をドゾ。騙されたと思ってドゾドゾ(笑)

 最後に本書で一番そんなもんだろなぁと納得されたとこを一つ。「才能ってのはだんだん育つものじゃなくて、最初からあるんだということがよくわかるね。素晴らしかったもんね」(@山田)のとこかなぁ…これヒッチコックの事じゃなくてイーストウッドの事なんですが、いや、ハリウッドというか、監督業は続くよどこまでも?かなぁ?思いもよらぬところに後継者っているもんなんですねぇ(笑)そしてそれはいつもスベサルワンでオリジナルワンなんだろなぁ(笑)

 掲載されている作品は、ヒッチコックの英時代の作品として「ヒッチコックのゆすり」「暗殺者の家」「三十九夜」「サボタージュ」「第3逃亡者」「バルカン超特急」
 渡米後の作品は、レベッカ(1940)、海外特派員(1940)、スミス夫妻(1941)、断崖(1941)、逃走迷路(1942)、疑惑の影(1943)、救命艇(1943)、白い恐怖(1945)、汚名(1946)、パラダイン夫人の恋(1947)、ロープ(1948)、山羊座のもとに(1949)、舞台恐怖症(1950)、見知らぬ乗客(1951)、私は告白する(1952)、ダイヤルMを廻せ!(1954)、裏窓(1954)、泥棒成金(1955)、ハリーの災難(1956)、知りすぎていた男(1956)、間違えられた男(1957)、めまい(1958)、北北西に進路を取れ(1959)、ヒッチコック劇場(1955-62)、サイコ(1960)、鳥(1963)、マーニー(1964)、引き裂かれたカーテン(1966)、トパーズ(1969)、フレンジー(1971)、ファミリー・プロット(1976)

 目次参照  目次 文化・芸術

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