« 神の見えざる手? | トップページ | 記号論とは嘘をいうために利用しうるあらゆるものを研究する学問である(笑) »

2015年5月28日 (木)

オマージュ(笑)

シネマ今昔問答  和田誠  新書館

 所謂一つのインタビュー集でしょーか?お題は映画…出版社の若手編集者の質問に答えてみたらなノリらしーのですが、うーん…いや、出てくる映画が多分戦後直後みたいなノリだから、これ受け手の方がどこまで知っているか?は謎だなぁ(笑)とにかく、これでもかこれでもかと映画が出てくる、それも多分、ハリウッド黄金期の映画が主か?で、トーキーからフルカラーの時代とも言うの世界かなぁ?だいたい初期の映画には音が無かったんですよ、なんて実感していた人はもーいるんだろぉか?で、何とゆーか映画とは20世紀の中期にドドンと技術革新が進んだものだったんだなぁと(笑)

 まぁそれもともかく、懐かしい映画史ともいえますが、むしろ、その映画からくみ取っている情報量がパネェ…ここが著者の真骨頂じゃまいか?ですかねぇ…でもって、その視線がシニカルではなくて温かい…何か最近は何事も批判的、厳しい目で見る事がジャスティスな毎日で、こゆ良かった探しみたいな感覚は本当になくなったよなぁ…

 アリス的に映画というと、あるYか、紅雨荘かなぁ…映画の内容的ならミステリ的なものだろか?そして最近はもっぱら法廷物が主流じゃね?になってきてますが(笑)これも著者によると「ぼくが若い頃夢中になって読んだ推理小説はだいたい謎解きで、信じられない奇想天外な犯罪が多かった。マザー・グースの詩に沿って人を殺すとか、絶対不可能と思われる密室での殺人とか、今はそういうのはいくらなんでも嘘っぽいと思われるのか流行らない。アイデアが出つくしたということもあるだろうけど、もっと現実の社会に根ざしたものがより受け入れられるようになった」と著者は分析していますが、アリス的にはどーだろぉ?まぁ流行り廃りは世のならいですけど、現実的か否かでいけば一番そじゃなくね?なのはファンタジーだろーしなぁ?リアルか?リアルでないか?それが問題だってか?

 後、アリス的なとこでは長い影のショスターコヴィチで、サイレント映画の映画音楽として「アメリカではシグマンド・ロンバーグ。フランスではダリウス・ミヨー、アルチュール・オネゲル、エリック・サティ、ロシアではディミトリ・ショスターコヴィチといった人たちが、サイレント映画のために作曲してます。彼らの楽譜はフィルムと共に各映画館に届けられました」とな…何とゆーか近代音楽家の錚々たる面子がズラリっとな…創成期の映画って凄かったんだなぁ…

 さて、本書はタイトル通りホント今昔って感じで(笑)やっぱ何事も前振りが分かっているという事は見方が重層的になっていくんだなぁと感心しますた(笑)パロディも元ネタが分かっていないと楽しめないのと同じで、映画も古今東西お約束が分かっているか?否か?は、大きなウェイトを占めているんだなぁと(笑)物そのもので勝負もあると思いますだけど、関連なんちゃらが分かっていると楽しさも面白みも増すよという単純な話じゃないかなぁ?今だと、こゆのウザイの一言で切り捨てる人多しかもしれないが(笑)何かというと効率化で、余分なものを愉しむゆとりが本当になくなってきたよなぁ…

 で、それが具体的にどゆ事かというと、例えば戦争映画の場合、「敵の描き方も、戦中と戦後では違う。戦中の映画の敵は残酷だったけどあんまり強くない。戦後になると強くなります」それは何故かというと「敵は強い方が映画として面白くなるからね」という事らすぃ…ハラハラドキドキは映画的にジャスティスってか?

 時代的なとこでは冷戦中なら、敵は共産党のスパイ、アカのスパイなんて科白も出てくる事もあると…でも、これを輸出する時はどーするか?例えば仏なんかの場合だとアカのスパイがクスリのスパイという言葉に書き換えられる事になったらすぃ…というのもその当時「サルトルとボーヴォアールとか、イブ・モンタン、シモーヌ・シニョレ夫妻とか、ピカソとか、共産党員やそのシンパがたんさんいたので、共産主義者が悪者の映画を輸入しちゃまずかった、という事情もあったんでしょう」は、まさに時代だなぁ…ですかねぇ…

 仏つながりでは、あのカサブランカも「フランスでは長い間公開されなかったそうです」となる訳で、その理由が「クロード・レインズがやったフランス人の警察署長がナチにペコペコしているのが気に入らなかったらしい」とな…戦中はレジスタンスばかりなりってか…

 米に戻って、戦争映画…日本にいると戦後というのはWWⅡのイメージ強しだけど、米的には、「朝鮮、ヴェトナム、湾岸、イラク、同じ「戦後」もいっぱいあるんですね。そのほかにもちょこちょこ軍事介入しているでしょ」という事になるのか?そして、それぞれの戦争映画も、戦後映画も作られる訳で…

 後、米というとやはり西部劇じゃね?でこれも時代と共になとこがあるのは否めない訳で…とはいえ「アメリカ映画のごく初期の時代には、インディアンをヒーローとして主役に据えた作品もいくつかあったんですって。それがいつのまにか消えた、ということと、映画が産業として発展したことは関係があるような気がします。つまり多くの観客がインディアンを敵とする映画を望んだわけですね」というのは、米人の歴史感覚ってオサスガと言っていいのか?西部劇制作していたの戦前だけじゃなくて戦後もですよねぇ…その多くの観客は今いずこ?と思うのはアレか…もっとも西部劇をたくさん撮ったジョン・フォード監督なんかは「われわれ白人はインディアンに対して考えられる限りの悪行を働いた。アメリカの歴史の汚点だ」と言っていたとか…まっ理解と売れるは違うと(笑)

 まぁポリティカル・コレクトネスかどーかは知らないが、動物がたくさん登場するソレも、今だと作るのがアレらすぃ…例えば動物が死ぬ場面とか…全てCGというのは当然として、最後にクレジットで「この映画は動物を殺していません」と断り書きを入れないと「動物愛護団体から抗議されるんです」とな…でもどこぞのサンゴ礁はゴホンゴホン…

 そんな訳かは知らないが、何故にSF映画がいぱーいか?と言えば、「思えば砂漠の中の宇宙人は、外人部隊を襲うアラブ人のイメージですね。インディアンのように大挙して襲ってくるエイリアンもいる。宇宙人ならいくら野蛮に描いても、ポンポン殺してもPCの問題で苦情を言われることはない(笑)」という側面もあったのか…ここでもリアルなのか?否か?の問題がある訳なんだろか?

 まぁその手の抗議的なとこつながりになるのか、「ブロードウェイの「ダンシン」は、ストーリイはなくてプロードウェイらしい踊りが連続して出てくるショウなんですが、みんなが星条旗を振って踊る場面があって、日本で公開された時に、「ナショナリズムを見せつける演出が嫌だ」と書いた批評家がいました。違うんだね、あの場面はジョージ・M・コーハンへのオマージュだった。コーハンはあの時代に輸入物ではなくアメリカ人が作ったミュージカルなんだということを強調するために、時々星条旗を出したんです。そういうことを知らずに短絡した批評を書いちゃう人がいる」というのは…今も昔もアレなのか…

 米というとミュージカルというのもお家芸のはずだけど、こちらも時代の変遷がパネェっすかねぇ(笑)ミュージカル映画黄金期はデーハーだったよな?更にその前は身近なソレで軽妙なのがあったしで、この辺りの変遷も色々あってなの世界か?ただ役者的に、歌って踊れて役者も出来るというスターが、どーよ?なのは致し方ないのか…部分部分は最先端になっていくんですけどねぇ…

 他にもこれでもかこれでもかとエピ満載、そして映画も満載ですので興味のある方は是非本書をドゾ。騙されたと思ってドゾ(笑)

 最後に一つ本書で一番ハーヘーホーと思わされたとこを一つ。何かと言えば「アメリカ映画の大教科書」という本についての件…どーも記述にアレなとこがあるらすぃ…「いろいろ間違いがあって、普通ならこういうミスは笑い飛ばせるんだけど、「大教科書」という題ですからね、読者は信用するんじゃないか。困ったもんです。こんな本でもオビに「完ぺきです!正しいです!」と書いた有名評論家がいる。読まないで褒めたんでしょうね」って…もしかして間違い探しの教科書だったとか(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

|

« 神の見えざる手? | トップページ | 記号論とは嘘をいうために利用しうるあらゆるものを研究する学問である(笑) »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: オマージュ(笑):

« 神の見えざる手? | トップページ | 記号論とは嘘をいうために利用しうるあらゆるものを研究する学問である(笑) »