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2015年5月31日 (日)

それが男の生きる道?

馬車が買いたい!  鹿島茂  白水社

 枕詞が、19世紀パリ・イマジネールなんですが、何を今更の本なのでどゆ本かと言うまでもないよーな気がするが(笑)内容は、19世紀のパリ風物誌、もしくは風俗史かなぁ?どゆ視点に立っているかと言えば、バルザックやフロベール、ユゴーになんか出てくる登場人物達のパリ暮らしとはどんなもんだったのか?を検証している感じ?貨幣単位はどーだったのか?交通手段は?食事事情は?といった、生活の基本的なとこをおさらいしてみよーですかねぇ?とゆーのも、そこを押さえないと小説の舞台が把握できず、これまた主人公の行動の意味が把握できないんじゃね?とゆー事らすぃ…で、ひいては当時のパリジャンとは何か?まで行き着いている道なんでしょか(笑)

 で、パリ、仏とは何か?が見えてしまいましたの世界かなぁ(笑)まず、最初の章で出てくる仏の田舎町事情、そこには必ずと言っていい程、「パリ通り、バリ街道」という地名(名称)があるとな…それも何故か町外れに(笑)で、これは何故か?と言えば「パリ通りとかパリ街道というのは、その町からパリに向かって出発する際に最後に通る道なのだ。フランスでは、すべての道はパリに通じているわけだから、どの町にもパリに至る道という意味のパリ通り、パリ街道があって当然なのである」という単純な理由だったとな(笑)

 鉄道が普及してからはそれは町外れのうらぶれた道みたいなノリになってしまったらしいが、それ以前は全ての道はローマに通ずみたいに皆パリを向いていた、少しでもパリに近い方をとゆー事か?旅立つ人には故郷の最後、住民にはそこから先がパリへの道、翼よあれが巴里の灯だ、もといパリへの道だの世界…その位、仏ではパリ中心で世界が回っていたとゆー事なんだろなぁ…

 そして、本書はその地方出身の青年がパリで一旗あげようとすれば、どーなるのか?の焦点を見ていくことになるのか…

 アリス的にパリ、仏…その内、国名シリーズで出てくるのだろぉか?と思いつつ、フランスパンの謎でもいいけど(笑)ただ、本書的に田舎出の青年の都会暮らしとは何ぞや?的な視点は、アリスの場合はちょっと希薄かなぁ?というのもアリス自身が大阪生まれの大阪育ち、今となっては横浜が日本第二の都市という事になるんじゃまいか?ですけど、普通日本人が想定する東京の次の都市と言えば、大阪だもんなぁ…その大阪の中心部(?)にお住まいとなれば、地方との格差というか、違いについてはアリス自身が地方に行った場合に遭遇するソレだろなぁと…准教授も昔はともかく学生時代から十年以上も京都の中に居住している訳だから、これまた都人だし…だいたい、全国あちこち育ちと言っても准教授も地方都市暮らしだった訳で、しかも東京も入っている辺り…やっぱ都市生活者じゃね?

 後、アリス的と言えば、プールヴァールのとこで出てくる「犯罪大通り」のとこかなぁ?ネーミング的には当時「殺人や拷問が煩雑に行われるゴシック・ロマン風の芝居つまりメロ・ドラマを上演する劇場が立ち並んでいたことからきている」そな…後は蝋人形館、展示されている人形の元が「兇悪な殺人犯」だったりとか、当時は犯罪者も見世物だったのか?

 さて、今と違って19世紀前半当時の方が都市と地方の差のインパクトというのは、相当に違うんじゃなかろーか?かなぁ?仏革命後、自由平等博愛といっても、階級差はドドンとなの世界だった訳だし…まぁ貴族の没落と新興ブルジョアジーはあったにしてもセレブはやはりセレブな訳で(笑)そんな中で成り上がっていこーとする若者は、どーするか?というより、現状ととっかかりとしての最低限とは何か?かなぁ?よーするに、シンデレラの舞踊会に着て行くドレスがないみたいなもん…準備が整わないとその門の前に立つ事すら許されない世界だという事ですね、分かります…

 で、田舎者の青年がパリを目指す場合の移動手段なのだが、当時はまだ鉄道はない、となれば、一、全行程徒歩、二、一部行程徒歩、三、遠距離乗合馬車、四、郵便馬車、五、貸し馬車、六、旅行用馬車となるらすぃ…まぁ四、五、六辺りはセレブでないとアレだけど…三でも階級差があったみたいなので、こちらの詳細は本書をドゾ。それと鉄道はないと書いたけど、1839年にはパリ-ヴェルサイユ右岸線、1840年にはパリ-ヴェルサイユ左岸線が開通していたそな…1842年にパリ-ルーアン、パリ-オルレアンが開通し、本格的に鉄道が移動手段にシフトしていくみたいです。まっ欧州では仏は鉄道立国の一つだろぉしなぁ?とはいえ、この鉄道も物凄く格差がついていたみたいだけど…

 でもって、さぁ憧れのパリへと思えば、何とパリに入るには入市税やら、間接税やら、同じ仏人なのにパスポートが必要だったというのだからこれ如何に…いや何とゆーか、まずパリに行く、辿り着けるまでも物凄い冒険ではあったんだなぁ…

 そしてやっとの思いで入った花のパリは、オスマン改造前のパリは「とにかくどこの通りも狭く」ゴミゴミした印象だった模様…ホテルのレベルも今一だったよーで…それにしてもベットって「フランス人用の小さなベットだった」とゆー事は、当時、欧州で、大陸でのベットって小さ目が基準だったのか?それとも仏が一際小さいとか?独人とか、蘭人なんて仏のベットが小さかったらはみでてしまいそーだが?となると、かのフェルゼン伯爵なんかは北欧人なんだからもしかしてヴェルサイユのベットで丸まって寝ていたとゆー事になるんだろぉか?

 さて、本題は地方の若者が都市でどのような暮らしをしていたか?ですから、衣食住に移る訳だけど、食事事情は…安レストラン、自炊、賄い食堂などの選択肢があったよーだけど、貧乏だからといって自炊は相当に厳しい話だったらすぃ…詳細は本書をドゾですが、よーは食材を買いに市場に行く、食料品店に行くというのが、今と違って相当に敷居が高い行為だったよーで、セレブだけでなく中流家庭もそゆとこへの出入りは使用人のする事で、普通の人は足を踏み入れないとことゆー認識だった模様…そこへ幾ら貧乏学生、貧乏若者だからといって足を踏み入れるのは、どーよとゆー不文律というか、葛藤があったよーで…食費を安くあげるのも、これまた相当に厳しかったとゆー事か?

 安宿に落ち着き、おのぼりさんが何をするか?といえば、都市見学で、当時的には散歩、公園に行ってみよーという選択肢になるらすぃ…リュクサンブール公園なら近所の憩いの場、「学生と老人と子供の公園」という事になるよーですが、これがチュイルリ公園となるとパリの社交場とゆー事になる模様…何せ近所は貴族やブルジョワが住む区画、「上流の貴婦人たちが毎日のように散歩にやってきた」とな…となれば「彼女たちの愛人である社交界のダンディーたちも示し合わせたようにここに姿を現したのである」となるそな…

 となれば、ここがパリの、仏の、欧州のファッションの中心、流行は全てここから始まって欧州全土に広がるのが常道…「流行にさといと自任する男女は貴賤の別を問わずすべてこのチュイルリ公園のフイヤンのテラスに集まってきた」とゆー事に帰結するよーで…ポッと出の若者が成り上がろうとすれば、若いツバメになるのが一番手っ取り早いという事らすぃ…でチュイルリ公園とは「欲望と打算にかられた男女が激しい視線の火花を散らす恋の戦場のような場所なのである」とな…さすが愛の国、おフランス様は違う(笑)

 そして、その戦場にのぞむのであれば、まず衣服を整えなくてはね、で…パレ・ロワイヤルへ行くのがこれまた一番手っ取り早い方法か?この辺りの件の詳細は本書をドゾ。ちなみに当時のパレ・ロワイヤルは、その他「売春」と「美食」のメッカでもあった訳で…いやもーパリの市内は一歩中に入れば、その手の商売がわんさかあった模様…カフェ文化って…まっその他ブールヴァールなんかもありますよってにの世界でして、こちらの詳細も本書をドゾ。パリぱねぇでございます…

 食事一つをとってみても、外見を整え、食事代も払えたとしても「ここでディナーを取るには、有名でなけばならなかった」とゆー不文律があったみたいで、おいそれと誰でも気軽に入れる訳ではないみたいで、何とゆーか19世紀前半のパリ事情は、どこでも自由に出入りできる世界ではなかったのか…かくて、若者が野心に燃えるきっかけにもなる訳だったりもする訳で、いつか自分も〇〇で、みたいな(笑)衣食住、何から何まで、細かく(?)行けるとこが決まっていたら、そりゃ窮屈じゃろぅ…まっ価格差もあるだろーけど、今なら差し詰め差別だぁーっとわめいていそーだが(笑)

 で、圧倒的な格差といえば、社交じゃね?でオペラ座や仮装舞踊会とかキタコレになるんだろーか?こちらの詳細も本書をドゾですが、これはもートーシロでもえらいこっちゃという事は分かる世界かなぁ(笑)それにしても当時的にはオペラ座より向かいにあった「オペラ・コミック座(イタリア座)のほうは、むしろ本当のオペラ好きが通う劇場として通のあいだでは評価が高かった」となるそな…オペラ座ってむしろ社交的なソレだったのか?

 演劇なとこで、当時の芸術家達が注目していたりもするので、例えばゴーチエ、サンド、ボードレール等…そゆのも含めて文化も回るだったとな(笑)さすが芸術の都、パリ(笑)

 さてさて、肝心な生活費的な物価、貨幣的な方はどよ?も詳細は本書をドゾですが、著者はフランスパン一本を基本単位にして割り出していますが、これが一番そゆ事とゆー事になるんだろぉか?で、「十九世紀の一フランは千円、一スーは五十円、一エキュは三千円、一ルイは二万円」位とゆー事になるらすぃ…まぁ20世紀末と21世紀の今では多少は違っているかもだけど、おおよその購買単位は分かるよな(笑)

 面白豆知識、現代版にも通じる古着の世界…今も昔も貧乏人が古着を買う、利用するは当たり前だったらすぃんですが、あのクリニャンクールの蚤の市もそゆ事だと知らなんだ…アンティークってそゆ面もあるという事ですね…「ただ単純に安いという理由で古着を買いにきている」移民のみなはまもいぱーいいらっさる模様…リサイクル的にあると思いますの世界なのか?

 さて、話は戻って19世紀パリ…ロンシャンというと今だと競馬場じゃね?なイメージでいたら、当時は「シャン=ゼリゼのパレードを意味していた」とは知らなんだ…「天気のよい日曜日にシャン=ゼリゼ大通りに豪華な馬車が集まってきて、貴族や大ブルジョワがこれみよがしに富を見せびらかすというこの習慣は、もともとロンシャンにあったクララ会修道院で開かれていた聖週間のミサに上流階級の人々が豪華な馬車に乗って集まってきた騎馬行列をきっかけに始まったもので、いわばファッション・ショーと自動車ショーが合体したような富の顕示の機会となっていたのである」とな…その後クララ修道院がなくなってもこのお披露目の習慣はなくならなったそーで、「ロンシャンの散策」として見せびらかしのパレードは続いてした模様…いやでも誰が金持ちか、セレブか分かる世界とゆー事か(笑)仏人ってそーゆー価値観の人達だったんだなぁ…

 ここにきて本書の表題がピンとくるとゆー訳だったりして、紳士を気取りたいというより、セレブ気取りたい、むしろ豪遊したい、王様したいとなれば、この馬車を保有しているか?否かが決定的な分かれ目だとゆー事になる次第…まず、馬車自体が非常にお高い、馬も車もで、しかも維持費がかかる上に、下手すりゃ馭者その他の皆様の経費もかかる…馬車持ちか?否かで一目でモノホンのセレブかどーかは分かってしまうという事じゃね?とゆー事らすぃ…服位ならば、これも物凄くお高いけど、何とか背伸びして購入する事は可能だけど、馬車となるとそうは問屋が卸さないと…また、運よくマダムの愛人の座をしとめたとしても、マダムの家に馬車で乗り付けない事にはマダムの使用人から総スカンをくらう事もあると思いますの世界が展開するかもで…究極の見栄が馬車とゆー事に…

 で、この馬車も色々あらーなで、これは今の車を想像すれば一目瞭然、ベンツに乗っているのか、ローイスロイスに乗っているのか、それともポルシェかでは違うよね、ましてやミニバンとか、軽トラとかならどーよ?という事になると…だから、同じ馬車のシーンでも、どの馬車か?でこれまた一目で階級と目的及びセンスが分かる仕組み…いやぁ馬車恐ろしスの世界だったんですよ、奥さん(誰?)とゆー訳で、詳細は本書をドゾ。ある種、成り上がりの男の執念感じるわぁ(笑)

 とまぁ、他にもたくさんたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。成程、文化というのは、その持ち物一つで表現されているものが大きいんだなぁと思いますた…欧州TPOはパネェでござるってか…セレブ的な見栄と流行りを常に誇示していないといけない世界なんだなぁ…ある種分かり易すぎるという事なんだろーけど…

 自由、平等をうたいながらも、仏の実質って…まぁこれこそ本当に皆まで言うなの世界か?

 目次参照  目次 国外

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