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2015年6月28日 (日)

本当の中立は自然である。

バカの壁のそのまた向こう  養老孟司  かまくら春秋社

 月刊誌のエッセイをまとめたものらすぃのですが、日常話と見せて壮大な地球環境告発記だったんだよぉーっ、で何だってぇーっ?と突っ込みを入れる、ここまでが日本の様式美です(笑)という冗談はともかく、まぁ著者がそんな大上段にかまえる訳がなく、「すっかりなんでも面倒になってしまった。歳のせいだと思う」に至ってますから(笑)とは言え、こーして連載は続き、ついでにボチボチと真実を織り交ぜているところがこあい(笑)匠ですっ、なんでしょか(笑)

 まぁ本書の読後の率直な感想は、この道はいつか来た道ぃ~でしょか?あっち行ってちょんちょんこっち行ってちょんな世界とも言う(笑)何とゆーか、生きるとはというか、日常とは右往左往する事なんだなぁと(笑)皆何となくおかしいと感じているけど、何したらいいのか?具体的には分からない…でまぁ、本書的ご提案の一つが自然を見ろよ、ですかねぇ…人間よ、自然に還れだとジャン・ジャック・ルソーになっちゃいますが、そこまで行かなくも、全てを人間の、人工の尺度で計るのは如何なものか?じゃね?

 結局、生きるってスケール観なのかなぁ?と(笑)マクロでもミクロでも構わないけど、自然のスケールに想定外はないんですよ、多分(笑)それを頭じゃなくて、五体で分かっているか?感覚の喪失がうたわれ、もしくはバーチャルな感覚の拡大が叫ばれてはいますが、等身大のソレはどこ行ったみたいな(笑)まぁ、ある意味、日本人よ身の丈を知れかもしれんが(笑)

 アリス的に、環境…うーむ…昆虫採集…うーむ…後は言葉の重みかなぁ?「原稿を書きながらいつも思うのだが、言葉は現状を変えない。現状に言葉を付け加えるだけである。言葉で動くのは人の意識で、動くのそれだけである」の件かなぁ…何かこの表現はルバイヤートに似たよーなのがあったよーな(笑)まぁ文とは多分、静的かなぁ?動的じゃなくて…「自然に触れることは、スポーツや武道と似た面がある。いくら本を読んでも、スキーは上手にならない。実際にやってみるしかない」は、何とゆーか、世の中言葉にならないものがあり、これまた多分言葉にならないものの方がでっかいどーかもね、ですかねぇ(笑)「柳生流の「兵流家伝書」は免許皆伝の人に与えられる巻物である。でも読んでみると、あとは道場で、と書いてあることが多い。そこのところは、文字を読んでもどうにもならない」とな…実践あるのみってか(笑)

 後は女嫌いの准教授に捧ぐじゃなけど(笑)「最近マウスで単為生殖ができた。そういう話を聞いた。つまり卵だけあれば、親ができる。授精の必要がない。それなら男は不要で、不要ならただウロウロしていればいい」まで行き着いたか?人類(笑)まぁウロウロもゆとりあってこそですが(笑)

 他にアリス的というなら「マレーシアのキャメロン・ハイランドには、ストロベリー・リゾートというのがあって、そこに何度か滞在したことがある。名前の由来はそこでイチゴを水耕しているからである。オランダから栽培セットを買って、熱帯の高地でイチゴを作っている」そで、そのイチゴは「建物の中で作っている」そな…マレー鉄道でもイチゴ出てきたけど、あれ、マレーシアのハウス栽培だったのか?あんな自然が豊かなとこでも人工栽培が普及しているという事か…

 豆知識的におべんきょになるかなぁ?例えば、照葉樹林、常緑広葉樹の森は「じつは中が暗い」そな…そーだったのかぁーっ?なので「こういう森に住む生き物はあんがい限られてくる」になっちゃう訳で…だから「縄文時代については、北日本のほうが遺跡が多く出る。それもこのことと無関係ではないであろう」とな…何故なら「北は落葉広葉樹の森」だから…住み易さ、居心地からいったらこっちの水はあーまいよぉの世界が展開していたと予測できるって事か…

 生き物を考えた場合、昆虫についてはあまり考慮にいれる人はいないよーな気がする…著者は昆虫採集が生涯最大の趣味なので、本書は虫のエピが多い(笑)いい悪いとか、好きずきを越えて、なるほろなと気付かされるとこ多しかなぁ?例えば、ミツバチはどこへ行った?「二〇〇七年以降、驚くべきことに、北半球のミツバチの四分の一がいなくなりました。とくにアメリカで問題が起こりました」って、そーだったのかぁーっ?詳細は本書をドゾですが、いや何かもーね、こーヒタヒタとくるものがあるのは何故なんだろぉ…マジ、ヤバくね?

 生物多様性のとこで「生物多様性条約第十回締約国会議(COP10/名古屋)」の一環として、著者は「地球いきもの応援団」の一員として参加した模様…もっとも「環境省が主催して、電通が広報の仕事を請け負っているという形です」というところで、本当について行っていいものか?と思ってしまう辺り…これも環境のなせるワザ(笑)ちなみに、「神奈川県選出の参議院議員だった秦野章は、政治家に倫理を求めるのは、八百屋で魚を買おうとするようなものだ、との名言を吐いた」そな、かくて「政治に倫理が出てきたら、胡散臭い話だと、すぐに思ったほうがいい」って(笑)「温暖化問題はその典型である。商売になる話なら、環境の話でも乗ってくれるが、そうでないと、本音では相手にしてもらえない」そーですよ、奥さん(誰?)それにしても、先生「世界の人があまり欲をかかなければ、環境問題はひとりでに解決する」って…倫理のある政治家もアレですけど、欲のない政治家ってってって、もしかして、はいココ笑うとこぉーって奴ですか、先生(笑)

 「環境省の自然環境局、林野庁などは、田舎にあったほうが良いんじゃないだろうか。いつもそう思う。そういう部門が都市にあるということは、現場よりも組織が優先している現実を如実に示し、その欠点に皆さんがそろそろ気づいていいのじゃなかろうか。東京にあるのは、出張所でいいのである」というのは全くご尤もだけど、多分そーしたら、官僚になりたがる人達は集まらないのではなかろーか?もーいっその事全ての省庁を島にばらまいてたらどーだろー?で、一年ごとに移動は大変なら二年なり三年なりで省庁ごと引っ越すとか?今年、外務省は魚釣島にいます、環境省は父島に、農林水産省は礼文島に、防衛省は対馬に、法務省は隠岐島にetc.とか、日本には島がいぱーいあるから、端から回っていけばいつか一巡するだろーし(笑)

 まぁ著者の趣味の昆虫採集と対極にある人達だからなぁ…「第一に、組織に頼る仕事でないこと」「第二に(純粋に)好きだということ」金目当てなんてありえませーん(笑)「第三に、それができる状況だということ」、成程究極の趣味とはお金にならない事をコツコツと続ける事なんだなぁ…でもってそれが本人にとって楽しい事であると…

 でもって、そんな事して何になるんですか?にも「なんにもならない」って言いきっているし(笑)「ただ一つだけ、わかることがある。自然の世界はとてつもなく多様で広いということである」とな、他の人は「それを見るのが嫌だから、ふつうは無視する。だから「虫」というのかもしれない」って、ここは単純に笑うとこだろか?それにしてもそゆ人が普通になってきたから、何でも自分にとって都合の悪い事は想定外の一言で済まされるよーになったんだろか?

 かくてどゆ人が増えたかというと、「ものの見方が単調だと、同じ話題をめぐって喧嘩を始めたりする。まったく別な見方というものが、できなくなるからである。利害というのは、見方を変えないと、すぐに対立に陥る。相手の得は自分の損、自分の得は相手の損、そうなりやすいからである」、唯一絶対己だけが正しいんじゃボケっの世界が全世界的に展開しているからなぁ(笑)結局、「実利に偏ると、人はなんのために生きるか、そちらがわからなくなるのである」ですかねぇ…日本的に言うなら、ボチボチ程度で、足るを知る生活を、でしょか?

 で、環境問題というと、何かと言えば地球温暖化が言われるけど、むしろ都心的には「ヒートアイランド現象」じゃね?で理由に車とエアコンを上げられていますが…後はフード・マイレッジとか、「産地から消費地まで、農産物をどのくらいの距離運んだかという数字を、英国のスーパーなとで表示している」とな…「それで計ると、北海道から博多に野菜を運ぶより、中国や韓国から運んだほうが近い。石油の価格がもっと上がると、それが直接に感じられるようになるはずである」そな…エネルギーとか排気ガスとかの視点で見ればそーかもなぁ?だけど…この場合、ポイントを野菜においたら、どーなるのか?はどーなのだろー?ええ、北海道の野菜と、中国・韓国の野菜は、イコールで単純結べるのか?という事である…野菜は野菜ってか(笑)

 これまた全然意識してなかったんですが、「共存という思想は、近年の生物学では、かならずしも強くなかった。競争社会という言葉がそれを示している」というのは、やはり男社会だからじゃね?と、殿方って勝ち負けがお好きの世界の住人だし(笑)だから、常に上下関係を意識しているんじゃまいか?でもって、それはその組織内の、それも一時的なものであることを忘れがちというか(笑)「一九七〇年、リン・マーギュリスというアメリカの生物学者が、ミトコンドリアは有核細胞に住み着いた原核細胞、つまり細胞に共生した細菌みたいなものだという論文を出した。この論文が学会誌に受理されるまで、十七回断られたという」やっぱ米、マッチョの国なんだなぁ(笑)「アメリカ文明は、あまり共生に重きを置いていない。それは多くの人が気づいていることであろう」は、究極の個人主義だもんなぁ…自己責任と言えば聞こえはいいが、結局のところ自己利益最優先だからなぁ…

 まぁ人中心主義は何もよそさまだけじゃなくて、日本でもに似たよーな物だからなぁ…「ある偉い人の本をたまたま読んだ。気がついたことがある。私より年上だが、内容にまったく花鳥風月がない。春の嵐も来ないし、秋月もない。あるのは人がしたことと、いったことだけ。なるほどああいう世界で偉くなるには、花鳥風月があってはいけないのか。そう思った」ですからねぇ…出世するには、自然よりも人の顔を見ろの世界らすぃ(笑)それで、多分自社は自然環境を大切にしておりますとか、共存していきますとか言っちゃうんだろーなぁ(笑)

 でもって、人中心主義は、自分という人中心主義、他者は簡単に使い捨てできるモノでしかないよーな(笑)いわば「人口が減るということは、一人一人の重みが増すということである」のだから、今こそ、人を大切にねなはずなのに、所詮安価な労働力確保でしかないからなぁ…

 他にもたくさんたくさんたくさんたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。相変わらずの養老節炸裂です(笑)最後に二つ、本書でインパクトあったとこを、一つは「個性を強調したところで、千年分を調べて見たら、似たような人が必ずいるんじゃないでしょうかしらね。アメリカ人にそう教えてあげたい気がしないでもない」って、先生、米人に聞く耳があるのか?それ以前に千年前とか米にそんな歴史ゴホンゴホン…

 も一つは「「おかげさまで」という挨拶は日本ではごく当たり前だが、おそらく英語にはならないと思う」でしょか…花鳥風月桜富士山松竹梅に雪月花ってか(笑) 虫の鳴き声は雑音じゃなんですよ(笑)

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