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2015年6月19日 (金)

エスプリの中のエスプリ?

イタリア遺聞  塩野七生  新潮社

 どゆ本というとエッセイ集ですとしか言いよーがないよーな…で、それはどこの話なのか?と言えば、タイトル通り伊で、となるけど、本書の場合というか、著者の場合はその時間軸が現代から紀元前まで縦横無尽なとこが、これまた凄い…差異的なソレもアレですけど、何より差延的なソレが物凄いんでございます(笑)

 で、伊となれば伊だけで済む歴史ではない訳で、結局地中海は全てオレの海ぃーなノリにもなるんじゃまいか?ですかねぇ?特に東地中海は中世の主な舞台となっていたよーな?となると、ギリシャやトルコの話が出ない訳がない訳で…ある意味、地中海諸国は近隣諸国と無関係でいられた国ってあるのだろーか?と思ってしまふ(笑)鎖国したいと思っても、それができる環境じゃないとゆー事じゃまいか?じゃね?

 でで、そんな遺跡を巡ってみれば、今でもそこは重要拠点なんて事もざらにあるみたいで、例えばクレタ島のスーダの場合、「ギリシア海軍の基地になっていて、写真撮影さえ許されていないのである。宇宙衛星の時代に時代遅れもはなはだしい」んじゃねと嘆く著者の気持ちはよく分かる(笑)けど、確か法律的には伊とか西って鉄道の駅さえ撮影不可じゃなかったっけ?EUになって完全に撤廃されたんでしょか?

 アリス的には、うーん、敢えて言うなら大使とコーヒーの章だろか?准教授のコーヒー中毒から、どよ?ですが(笑)西欧的にコーヒーきたこれは確か墺のカフェからみたいな話があったよーな気がするけど、これを伊的に見た場合は、1585年当時のヴェネツィアのトルコ帝国駐在大使から報告の一つにコンスタンティノープルではコーヒーが流行っているよ、頭すっきりさせるみたいな一文があったとな…で帰国の際に「大使モロシーニは、一包みの、カヴェと呼ばれる種を持ち帰った」とな…これが所謂コーヒー豆で、その後ちょっとずつヴェネツィア上流階級に広がっていったけど、当時、これまた薬屋で売買されていたコーヒー豆は相当に高級品だった模様…

 で「それに不満を持ったコーヒー好きの運動が効果をもたらしたのか、何にでも"行政指導"することが好きなヴェネツィア政府は、元老院で、より多量のカヴェの輸入を決める」に至り、1683年に「聖マルコ広場の回廊の一画に、ヴェネツィアで、いや西欧ではじめてのコーヒー店が開店した」とな…そーだったのか?ヴェネツィア?だけど?墺的にはどーなんだろぉ?まぁそれもともかく、今でも健在のカフェ・フロリアンは創業1720年というから、300年位の歴史があるのか?まっそれはともかく嗜好品の愛好家はいざとなるとパネェでござるという事ですかねぇ?食い物の恨みは大きいというか、パワーなめたらあかんぜよってか?このトルコ式コーヒーが伊のエスプレッソにつながる訳だから、伊の食への探究もパネェと思うんだが?如何なものか(笑)

 まぁ、その流れの果てにコーヒーは日本の日常にまで占める事になる訳だから、やっぱ嗜好品って凄いよなぁ(笑)そして、准教授は世界中で取りあえずコーヒーをたのめる事になると(笑)

 他にアリス的というと、アルド・マヌッツィオのところが元祖編集人・出版人とゆー感じで被りそーだが、詳細は本書をドゾ。ある種波乱万丈な生き方かもしれない(笑)も一つ、あげるならシャイロックの同胞たちという章でしょか?

 てな訳で当時の著者の関心の元であったヴェネツィア関係からいくと、ゴンドラは何故黒いって、あれ最初から黒くなかったとは知らなんだ…倹約の果ての色とは、これは…ヴェネツィアのホテル事情もこれまた、今でも有名なのはダイエリですかねぇ?著者も試しに宿泊しているし(笑)それとヴェネツィアン・レースの話も興味深い…しかも発祥が元首夫人だと言うからこれ如何に(笑)今までファースト・レディとは違いましてよの世界の住人か?はともかく「何かをしでかす女というのは、どうやら婚家とのつながりよりも、生家の血を強く意識していたということである」とは、これ今も同じなんでしょかね(笑)それもともかく、このヴェネツィアのレースが欧州に席巻する事になるとは…ファッションリーダーって、パリかと思っていたら、その実ヴェネツィアだったとは…それにしてもそのレース、未だに尼僧院で細々と作られているそーな?ヴェネツィアのレースというとガラスのソレを最初に思い浮かべてしまったけど、そのレースそのものからしてあったとはとは…

 ヴェネツィアが滅んだのはナポレオンの侵攻によるものですけど、その時に「ナポレオンは、征服地にあるものはすべて戦利品と考えていたので、フランスに持ち返る品々を選択させた」とゆー訳でヴェネツィア美術品もごっそり持ち帰っているんですね、多少はその後返還されているみたいですが、主なものは今ではルーブル美術館で見る事が出来るって…さすが、ルーブルというべきか(笑)

 ヴェネツィアといえば、その情報収集力については、当時の欧州一のそれだった訳で、どゆ人がなっていたかについての詳細も本書をドゾですが、何より「会った人がただちに信頼感をいだきそうな、誠実な風貌の持主を第一条件にして、選ばれたと言われる」とゆーから、やはり人は見かけが大切という事か(笑)それはともかく、ヴェネツィア外交官の変遷的には、対トルコとなってからのそれは苦渋の道じゃまいか?な件が臨場感あるかなぁ?

 外交とは「理の通じる相手とならば、比較的簡単に行える」とゆーのは、よく分かる(笑)「話せばわかる相手とならば、双方とも利己主義者同士でも、妥協は常に可能だからだ」とな…ところがどっこい世の中には「発想の仕方がまるでちがっている民族を相手にしなければならない時」があるとゆー事か…「十五世紀後半からのトルコとの交渉を行うヴェネツィアの外交官の報告書には、実に苦い絶望感が漂う。共通の利益を基礎として話を進めるなどということは、彼らとの間では不可能なのだと充分に知りながら、レアル・ポリティークを進めるしかない国を代表する者の絶望であろう」とゆーのは、これまたよく分かる気にさせられるよなぁ…結局物事って理性のある方が苦労するよーに出来ているものだし(笑)双方共に現実主義で、合理主義、ついでに理性的であれば、せめて話し合いの接点なりでも持ちうるけど、それが全くない相手に、理は通じないのが普通だしなぁ…では、そこから簡単に手を引けるか?といえば、これまた外交という奴は…で、後に残されたのは厭世観漂う鎖国したいなノリか(笑)しかし、交易で生きているヴェネツィアにそれが許される訳もなし…

 でもって、それは今現在も続くよどこまでもぉで「この種の不幸は、今日のわれわれとて無縁ではない。先頃読んだ、石油産油国との交渉を担当しているあるイギリス外交官の報告書は、私に、五百年前のヴェネツィア大使の絶望を思い出させたのである」とな…まぁもー最近はどこも、言葉が通じないが普通になってきているしなぁ(笑)マクロもミクロもゴネ得した方が、逆ギレした方が勝ちというかジャスティスなのは何故なんだぜってか(笑)

 一方、これまたヴェネツィアの宿命の敵(?)のトルコについても、パネェでござる…で、これまたトルコといえばすぐに出てくるのがハレムじゃまいか?ちなみにハレムの女性は皆奴隷で、海賊経由とか、奴隷市場経由とか、美女略奪の成れの果てなのはともかく、その中で本書では、アブドュール・ハーミッド一世に献上された仏の女性、エメ・ドュプク・ド・リヴュリの方はアレとして、スレイマン一世とロッサーナの件は是非、本書をドゾ。奴隷から皇后になった女性ですから、いや立身出世物語これに極まれりでしょか?ちなみに、歴代皇帝に他に皇妃はいない事からして如何に凄い事か分かろうというもの…それにしてもどーしてトルコの皇帝に妻はいなかったのか?が「まだトルコ民族が小アジアの流浪の民であった時代、スルタンの妻が敵の捕虜になって以来のことである。その時、捕らわれた妻は裸にされ、敵将の食卓の給仕を強制された。これ以後、トルコ民族にとってこのような屈辱的な事態が二度と起こらないようにと、スルタンの正式の結婚は禁じられたのである」とな…ハレムの奴隷女なら、どーなろーとスルタンの体面は傷つかないとゆー事らすぃって…さすが、マッチョの国の人達のする事は違う…

 後、聖地巡礼のとこで、ローマ末期には確かにキリスト教になったけど、それでイエルサレムへの巡礼がブームになっていたとは知らなんだ…で、その巡礼は「なにもキリスト教徒にかぎったわけでないこと、古代でも同じであった」とな…ついでに旅ゆけばお土産業も流行るでござるも同様だった模様…「これにイスラムも加われば、そしてそれが現代にまで続いていれば、問題は起きなかったのである。いかがわしい行為を排除して、まじめ一方になった時、人間はしばしば血を流す羽目におちいる。十字軍が良い例だ」という件は、なるほろどこまでもご尤もというか、日本人的感覚だろなぁ(笑)しかも著者は「どんなにいかがわしいものでも無邪気に信仰した人々のほうが、高尚な精神主義者であるために人を殺しても恥じない者よりも、よほどこの好ましく映るのである」って言いきっているし(笑)

 何より、現在の地中海的な事情、時世的な話は、おべんきょになるなぁというか、知らない話ばかりで驚いているなんて、島国の人だものでも世界情勢とは何ぞや?から相当に乖離してるんだなぁと己に反省ってか?例えばギリシアの落下傘部隊の隊長の言とか「常日頃死なせないようにこちらが配慮しているから、死んでくれと言った時は、彼らは死んでくれる」と言い切れる感覚って、これ軍的に常道なんでしょか?ある種、もろに男の世界な気がしないでもないけど?

 また、サルディーニャ人と誘拐業というとこも…現代伊の暗部という事になるんだろーなぁとゆーか、シチリアのマフィアでもアレだけど、伊における島ってどゆ位置付けなんだろぉ?ちなみに「サルディーニャの内陸部の人々は、その間ずっと、昔からの仕事である羊飼いを続けて今日に至った。誘拐事件を起こすのは、これら羊飼いたちなのである」って…しかも、その羊飼い達が伊本国、トスカーナの奥地「フィレンツェとシエナを結ぶ、葡萄酒で有名なキャンティ地方と、アウレリア街道が走る海岸地帯のちょうど中間の山地が、本土に移住したサルディーニャの羊飼いたちの王国であった」とな…そしてそこを根城にして「トスカーナ地方で起こる誘拐事件の殆どは、これら出稼ぎたちの仕わざであった」って…かくて著者はフィレンツェの刑事と共に現地に乗り込むのですが、そのスリリングな顛末は本書をドゾですが…

 かくて、そこに住んでいる羊飼い達は「億という財産の持ち主だと言うのである」になっていらっさる模様…勿論その金の出どころは誘拐によってである訳で…しかし、億万長者にになっても「サルディーニャの羊飼いの生活ぶりは変わらない」とな…実に質素な暮らしぶりらすぃ…何するかといえば、羊を買う、放牧地を広げる位なんだとか…何の為の誘拐だとパンピーは思ったりするけど「誘拐を営利事業と考えるわけでもないから、人質を実に簡単に殺す」そーで…いやはや何とも…しかも苦労して捕まえたとしても「五年や六年で出所できる現状では、減るわけがない」とな…この担当刑事の方は死刑論者だそーだが、成程、現場にいる人の言葉だけに重いなぁ、と…

 他にというとフィレンツェでの家探しの仕方(笑)伊人的ではなく、海外から引っ越してくる場合、家具付とか、日用品(食器とか電化製品とか)ついている方が便利だよねで、これホテル的なとこでいくとコンドじゃね?と思うが、そゆのの斡旋所みたいなのはあるらすぃ…「フィレンツェには、ハーヴァードをはじめとして、日本を除いた先進諸国はすべて、領事館のほかに大学や研究所を置いているので、この種のアパートの需要は多い。「アメリカン・エージェンシー」という、外人客専門の斡旋屋もちゃんとある」とな…そーだったのか?フィレンツェ?て、事はこの手の斡旋って、他の都市とか、国にもあるんだろーか?伊ならばローマとか、ミラノとかありそーだよなぁと?ちなみに著者が日本人だなぁと思うのは、お風呂事情にも触れているとこ(笑)ローマの家は浴室は大きくて明るいそーだが、フィレンツェにくると小さくて暗いんだそな…なるほろ、同じ伊国内でも、違うんですねぇ…となるとフィレンツェ人は温泉とかにも行かないのだろーか?と疑問が(笑)

 正直者の感想としては、古代ローマからの彫像の数々、これらは当時帝国各地の広場とかにも配置されていたらすぃが、そこで著者は言う「これら皇帝たちの彫像は、美術館に置かれてもわれわれの鑑賞に耐えうるのに、共産主義者たちの顔が、同じ試練に耐えうるとは考えられない」とはこれ如何に(笑)成程、倒されたレーニン像が美術館に移されて展示されますたな話はとんと聞かないよなぁ?どこぞにあるんだろーか?

 日本的なそれらの中では、日本のワインの話、日本産の最安値のワインについて「国産の葡萄を使ってなく、地中海産の安い原酒をブレンドしたものを飲んでいる。日本産の中では最も安い葡萄酒が最も美味いというのは、ある人に教えられて試したがほんとうだった」って…はい、ここ笑うとこ、なんだろか(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に一つ、そーだったのか?で「法王庁ほど頭の良い男たちが多く集まっている組織を、私は他に知らない」とあったりして…なるほろローマ、永遠の都の主は違うという事か?

 目次参照  目次 国外

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