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2015年8月15日 (土)

道は通じて一と為す?

日本の道教遺跡を歩く  福永光司 千田稔 高橋徹  朝日新聞社

 サブタイトルは、陰陽道・修験道のルーツもここにあった、なんですが、昔々のそのまた昔の朝日新聞の月一連載の一つらしかったらすぃ?当時好評だったそーだが、それが何故に月一だったのか?と言えば、どーも福永先生が退職なされて実家近くに引退されたら、簡単に会える状態じゃなくなったからみたいだが、成程、そゆもんなのか…取りあえず千田、高橋両氏が現地に赴いて原稿書き上げ、それを福永先生がチェックするがスタンダードになるのかなぁ?うーん…半分位は福永先生も現地に赴いていらっさるみたいだが?

 まぁともかく、日本に道教は入ったのか?もしくはあるのか?のその痕跡巡りでしょーか?見よーによっては、あれも道教、これも道教、多分道教、きっと道教みたいなノリに見えるんだけど、どーよ(笑)

 で、日本における仏教と神道の合体というか、重なり合うとこも何だかなぁ?ですが、中国も仏教、儒教、道教とバラバラというよりは密接に絡みあっているんじゃまいか?ですかねぇ…そして、それが日本に渡来したとしても、奇麗に分離してきたというよりもこれまたくっついたりはなれたりの不定型だったんじゃまいか?で時代によってちゃうだろ?みたいなとこもあると…とゆーのも向こうの時代あり、こちらの時代あり…一神教のくっきりすっぱりのノリと違って、何かこちらは曖昧な緩やかな混沌の中に宗教ありの世界じゃね?みんな一緒でみんないいみたいな(笑)

 とまぁ、そんな道教の旅に行ってみよーと思いませんかぁーっ(笑)

 アリス的に道教?はどよ?ってうーん?本書でいくと聖徳太子関係の話が出てくるとこかなぁ?例えば、「遣隋使を初めて派遣した推古天皇時代の皇太子・聖徳太子にまつわる話に、「片岡遊行記」という有名な話がある。太子が片岡山を訪れたさい、飢えた人に会い、衣服を与える。その男は死んで葬られたが、その墓を調べたところ、たたんだ衣服はぬけがらのように棺の上にあり、遺体はなかったという。これは、道教でいう「尸解仙」で、死んだ後神仙となったのである」とな…そんな逸話あったのか?ちなみに「太子は、持って帰ったその衣服をそのまま着た」そな…そんな太子を人々は「聖が聖を知ること、其れ実なるものかな」と驚嘆したらすぃ…

 他にアリス的というとこの道教巡りの旅(?)で京都と大阪が舞台の回がある事だろか?で、
京都・筒川(丹後半島)、赤山禅院、晴明神社、吉田神社、革堂行願寺など、
大阪・交野、妙見山、四天王寺庚申堂など、
 とか、あって、京都大阪結構出てくる回数は多いよーな?

 それにしても、本庄(丹後半島)って浦島太郎の地だったのか?何と宇良神社まであるというから凄い…ちなみ祭神の一柱が浦島大明神…浦島伝説についての詳細は本書をドゾですが、アリス的に五色の亀の話が出てくるとこがアポロンの亀もそーだけど、五色ってマレーのゴシキエビにも繋がらないか?ちなみにこの五色も道教的見立てでいくと「道教経典「抱朴子」に、鶴亀が長生きかどうか、だれも見届けたものがいないという問いに対し「千年の亀は五色(青、赤、黄、白、黒)が備わっている。額の上には、角のように二本の骨が突出していて人語を解する」とあるのによっていることはあきからかである」そで、もしかしてエビもなのか?と邪推したり(笑)

 交野については桓武天皇が何と十二回も行幸した土地であるとか、多分趣味の狩猟絡みとはいえこの回数は何事という事らすぃとか、安倍晴明は「生まれが今の大阪であるという説が有力である」とか、吉田兼俱のひととなりというか、行いはパネェとしかいいよーがないので詳細はこれまた本書をドゾ。

 後は、アリスの地元、四天王寺関係で、北斗七星って道教つながりだっのか?で「正倉院宝物の杖刀や四天王寺の七星剣に刻まれている北斗七星」の件とか、庚申のとこでは「日本で一番古いといわれる四天王寺庚申堂」になるらすぃ…そーだったのか?アリス?

 面白豆知識系では、平城京のあった頃の話で、「人口二十万とも推定され、当時の東アジアの都市の中でも百万人の唐の長安に次ぐ大都市である」とは知らなんだ…あおによしの奈良の都は時代的に相当のもんだったんですねぇ…

 道教とは何ぞや?ですけど巻末にある福永先生と一問一答みたいな質疑応答形式のとこで解説していらっさるので、詳細は本書をドゾですが…一口でこれが道教だというのは、どーか?かなぁ?まぁ今までは仏教、儒教、道教の三つの「相違点の究明」に血道を上げていたそーで、カオスはカオスまとめて見よーという姿勢はなかったらすぃ…まぁ学問は何事も還元主義だからなぁ(笑)

 それにしても「天・地・人」という考え方が儒教的とは知らなんだ…でもって、「天・地・水」というのが道教的なんだそな…儒教は人が出、道教は人が引くという事なんですかねぇ…「道教の神学教理では、人間は天と地と水に対して罪を重ねることなしには、この世に生きられないとします」(@福永)の件は、何か道教って環境系に見えるのは気のせいか?

 も一つ福永先生の面白い指摘は、結局アジアの伝統というか、日本に来たそれというのはどの経路から来たにせよ、風は中国からとゆー話でしょーかねぇ?「朝鮮の人たちが日本に伝えてくれた宗教文化は、仏教学がそのことを典型的に示していますように、根幹はやはり中国のものと見なければなりません。すなわち彼らのもたらした仏教文献はすべて中国語で書かれたいわゆる漢訳経典であり、朝鮮語に翻訳されたものではありません。また墳墓の築造もその内部構造も大きな枠組みはすべて中国から学んだものです」とこの後細かい説明がつくのですが、何せよ「文化そのものが中国成立のものであるように、その原型は多くの場合、中国にたどることができます」になっちゃう模様…さすが世界四大文明の地ですか、腐っても鯛じゃないけど中国サマは中国サマなんですよねぇ…ユネスコの端午の節句はどーか知りませんが、やっぱ中国でしょ(笑)

 道教の流れというかは、日本には入っていないという説もあるらすぃとこが何とも?まぁ学会は学会の事情があるだろーから、それは置いとくにしても、「日本の陰陽道の呪術や儀礼の中に、道教の強い影響を認めないければならないだろう」になるらすぃ…結局何事も全く影響ありません、偶然の一致ですと言い逃れるのは非常に厳しくはないか?みたいな話になるのかなぁ?ですかねぇ…みんな道教というよりは、何となく道教って感じがいかにも日本だなぁとは思いますが(笑)

 その他、エピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。

 目次参照  目次 文化・芸術

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