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2015年9月 5日 (土)

安穏、寂静、静けさ…もしくは丸い三角?

合理主義  中村元  青土社

 サブタイトルは、東と西のロジックなんですが、どゆ本とゆーと、哲学と宗教の狭間でなノリかなぁ?世の中でよく理解しづらいものがありで、数学とか物理だと単純に頭がぁーっなノリだが、哲学と宗教はまた別の意味で頭がぁーっな世界のよな(笑)そんな訳で、本書も拝読したのですが、理解できたか?というと、はて?な感覚といおーか…とはいえ、使用されている単語は比較的易しい言葉多しで、具体例もいぱーいなんですよ、奥さん(誰?)そんな訳で、分からないなりにも、最後までツルツルと読めてしまったというのが、正直な感想なんですが?

 本書は、この合理主義についての論がメインで、それを講演している講演録が巻末にあり、更に、今井均先生との対談ありで、何とゆーか本文のおさらいありみたいなノリか?講演のお話は、マジで本論の要約的な話なので、分かり易いちゃーっ分かり易いのかも?

 で、何より、本書この対談のとこが実にいい仕事してますねの世界じゃまいか?旧制高校の同期で、しかも共に同じ職場(東大)に進んだ二人でして、理系と文系で殆ど接点がないよーに見えて、かすっているとこだけでもパネェ…どちらも高校時代から物凄い秀才、むしろ天才といっていいんじゃまいかな人達だった訳で、しかもそのエリート文化の香りを未だに持ち続けている人達とな…何とゆーか、品がいい…今時、こーゆー話し方、所作をなさる人はまずいまいて…戦後日本の得たものも大きかったと思うけど、失ったものもまた大きかったんだなぁと、このお二人の会話を読むにつけ、しみじみと思ふ…

 そして、本書はある意味明治以降の独哲学一辺倒だった日本の思想界・哲学界・宗教界の反省でしょかねぇ?世界って広かったんですよ、おぞーさん(誰?)

 アリス的には、哲学というと、むしろ哲学科の江神さんの方がアレか?でも江神さんも専攻は確か、独哲学だったよな?

 でまぁ、本書のお題は合理主義で、たいていは普通、人というのは多かれ少なかれ合理主義で生きているんじゃないの?ですけど、それってどの程度?どの範囲?となると、色々あってなの世界が展開してるんじゃね?とゆー話かなぁ?人それぞれに違うけど、大まかに分けて、東洋と西洋ではこれまた違くね?とゆー、その違いについて考えよーとゆー事かと?

 かくて「合理主義は、理性を尊重する建前である。それだけの意味であるならば、われわれは何ら反対すべき筋合はない」とな…だがしかし、「理性を尊重するということが、どの範囲にまで適用され得るか、という問題になると、人によって意見を異にする」という事らすぃ…

 と、始まっての詳細は本書をドゾ。本論というか、本筋は本書を通読した方が余程アレなので、トーシロは、なるほろな表現のとこをランダムにチョイスする事にしまする…哲学にしても、宗教にしても己の力量じゃあ、ちょっととゆーか、かなり無理っス…

 てな訳で、まず「わが国の知識人は、合理主義を徹底的に遂行することをめざしているが、その合理主義なるものが、実は権威主義にもとづいている場合が少なくない」のとこはもしかして、はいここわらうとこ、なんだろか(笑)文化人や評論家がアレなのはフクシマの時に十分判明したからなぁ(笑)ちなみに本書では「哲学者たちが随喜の涙を流して渇仰しているプラトンのイデア論の如きは、合理主義的思考にとっては維持され難いものである」って指摘しているし…

 またスピノザ的にユークリッド幾何学で判断みたいなノリも「人間の行為の問題、人間にとっての価値または意義の問題について幾何学の方法で解明しようとしても、幾何学的合理性を徹底することはできなかった」って事じゃね?じゃね?

 ダメ押しは「バートランド・ラッセルは「ヘーゲルの哲学説はほとんどすべて誤りである」と明言している」に至っては、もー西洋哲学アポーンじゃね(笑)

 結局、何が言いたいかとゆーと「合理主義なるものを、自然または人間に関する道理に合することをめざすのであるならば、われわれも異論はない」とな…ただ「人間の感情、情緒や意欲、欲望などを無視し、それと対立するもの、すなわち西洋哲学で言う理性に合することを意味するのであるならば、それは人間の真理を逸することになる」とゆー事じゃね?ましてや「理性を尺度に取るということ自体がどれほど客観的な意味のあるものであろうか」って、何か既にそれを言っちゃーおしめぇよの世界のよーな気がするのは気のせいか(笑)先生、畳み掛けが素晴らしすぎますっ(笑)

 また、論理学的には、「仏教の論理学(因明)でも西洋の形式論理学でも、真偽論は原則的には同じである」とな…「東洋人だって西洋人だって、真理は真理、誤謬は誤謬であるからである」とな…ただし、何が違うか?といえば、西洋では「Aでもなく非Aでもない」はありえへーんだけど、東洋ではあるとゆー事でしょか?よーするに扱っている次元、領域が西洋では一つのとゆー限定的なソレみたいなノリらすぃ…まぁこの辺りの違いが飲みこめるか?否か?それが問題だってか(笑)

 でもって、真とは何か?も「人間的な真実を実現することが真である」となれば、リアル見ろよの世界が展開していく模様…かなぁ?今一解釈間違えているかもなんで、アレなので詳細は本書をドゾ。ちなみにギリシア哲学でも「真理は「ある」ものだ、実在そのものだという考え方なのである」そで…

 その他、多値論理学の検討とか、中国の華厳宗とか、考え方の違いをあちこちから検討していくのはあると思いますなんだろなぁ…

 後は、科学と宗教、哲学の関係性についての西洋と東洋の違いの件の詳細も本書をドゾ。何かどこまでも、東は東、西は西な相違がパネェでござる…それにしてもさすが火葬国家インド、昔から解剖あると思いますの世界だったのか?ちなみに、西洋で解剖ができるよーになったのはネルッサンスぅーっの頃からだそで…ある意味レオナルドって最先端突っ走っていたんだなぁ…

 まぁ中世から近世へとゆーのは、自然より人間じゃねで、人の下に全てがあるのじゃー?で、開拓・発見の時代精神ですかねぇ?かくて米大陸発見とか、インド航路開発とか、世界一周とか、どこまでも人間サマが行くぜの世界が展開していった模様…

 後、宗教的な対立なとこでは、「個人の哲学的思索に対する教壇の弾圧は、東アジア、南アジアにおけるよりも、むしろヨーロッパのほうが甚しかった」とゆー訳で、「東アジア、南アジアでは異端説の故に火刑に処せられたという人の例を耳にしない」とな…

 面白いとこれまた言っていいのか?アレだけど、「非論理的ということは必ずしも非合理的ということではない」のだそー…教えてスポック?というか、バルカン星人もビックリってか?中国でも論理学は発展しなかったらすぃが、それでは合理主義はなかったかとゆーとそーではなくて、むしろ「中国思想はその合理主義的性格のゆえに、西洋近世の啓蒙思想に著しい影響を及ぼしたことは、周知の如くである」そな…そーだったのか?ヴォルテール?

 インド宗教と哲学、形而上学的なアプローチ云々についての件も本書をドゾ。何か著者絶好調に見えるのは気のせいか(笑)まぁ何にしても「聖典といっても、結局は人間がつくったものである。聖典を忠実に遵奉する宗教者というものは、実は盲人のようなものに過ぎない」と断言する著者おステキすぐる…

 原始仏教の例が出てきますが、「わが説は真実である」と「主張することなく」、「汝の説は虚偽である」と「相手を論難することもない」そで、だから「他の諸説と衝突することもない」の件は、実に仏教的というか、東洋的だよねぇ…「覚者は一つの立場を取って他の人と論争することがないからである」の感覚は、果たして一神教人に理解してもらえるのか?非常にアレだが…

 東洋的なソレでいくと比較というものに重きをおいていない世界なんでしょか?まぁ「比較というものは、共通な立場に立つもののあいだにおいてのみ可能であるからである」そなもし(笑)

 でもって、西洋と東洋の宗教者の違いというのは、個人で目指す的じゃなくて、集団、教団的なそれを形成したという事ですかねぇ?まぁバチカンを見るまでもないですけど…「国家的主権に対抗し得べき政治力のある共同体を形成」し、世界史に躍り出る訳ですから、西洋宗教パネェという事になるのか?とゆーか、この時点で、宗教と哲学というより、宗教と政治じゃね?

 も一つアレなのは、東洋では宗教批判をしても「これらの哲学者たちは、それぞれの宗教を守った人々として尊敬され賞賛された。西洋におけるように破門されたり罰せられたりすることは決してなかった」とゆー辺り、お察し下さいだろか?これはもースタンスの違いじゃね?と思ふが如何なものだろぉ?

 まぁ本書はありとあらゆるジョークが全体に散りばめられていて(多分/笑)例えば「日本の哲学者は、外国の思想のことは、よく勉強するが、自分で考えようとしないという欠点がある。自分で考えるということこそ必要である」って…どの分野も御用学者は鸚鵡返ししていればいい訳ですから(笑)

 豆知識的には、NCNDかなぁ?日本でいうとこの曖昧な表現とゆーか、否定も肯定もしない表現というか、「従来、西洋では、こういう表現や思考は、あまりいい表現と考えられていなかった」そーだけど、外交的にはそんな事言ってられんねぇの世界か?もしくは高度に政治的問題か(笑)この感覚の東と西の違いも、深くて暗い川なのかもしれんねぇってか?

 これも豆知識というより歴史ミニ話かのタージマハルの噴水…「インドのタージマハル霊廟の前の池に噴水のあとがある。周囲に高地もないのに、つねに水が出て噴水となっていたので、世人は不思議に思っていた。イギリス人がその秘密を知ろうと思っていじくっていたら、潰してしまった。それきり水は出て来なくなったと言う」…英人って…教えてウルフ先生ってか(笑)

 えと、これも面白豆知識と呼んでいいのか?それともナイス・ジョークなんだろか?はたまた歴史の検証なんでしょかで「わたくしは今なおはっきりと思い出すが、今から二世代前、すなわち六〇年前の青年学徒たちは「われらの祖国ソビエト・ロシア」と公然と叫んだ。第二次大戦後でも、かれらは、ソビエト・ロシアや中華人民共和国の爆発させた原子爆弾は「きれいな原子爆弾である!」などと真顔で言っていた。「中共には蠅がいない。それほどきれいである」と、知識人たちは言いふらしていた。それは嘘である。わたくしが中国へ行けば必ず食べ物に蠅がたかって来た」の件は、はいここわらうとこ、でいいんですよね、先生っ…何とゆーか、フクシマ以来文化人、評論家、御用記者、御用学者いぱーいかと思っていたら、これも日本の伝統芸能だったのか?

 続けて「いったい日本の知識人たちは、この現象を何と説明するのであろうか?マルクス主義を無批判で説いていた知識人に対する責任追及がなされないのは、なぜであろうか?」の件は、多分、想定外だから責任ありません、だと思うよ(笑)まぁ、今の日本の一番の問題は、大人が、責任ある大人が、責任をとらなくなった事、これに尽きるよな…

 ちなみに本書は「人間の経験を重んじなければならない。人間の経験の累積と反省のみが人類の文明を進歩させるのである」とあるけれど、どの業界も今のトップに反省なんて言葉は我が辞書にない人ばかりなりでしょお(笑)に1ジンバブエドル賭けてもいい(笑)

 面白豆知識的には、旧制高校では、トップなんかより、逆トップが一番いばっていたとな…どゆ事とゆーとビリの人ですね(笑)何でそゆ事になるとゆーと、二年続けて最下位だと放校になってしまうから、一年ごとにビリとそれなりの成績とを繰り返さないといけないわけで、それはトップをとるより非常に難しいとゆー事らすぃ…旧制高校って…

 論理と合理と宗教と哲学…いずこのソレも皆それぞれにとゆー…事で…まぁそれなりにアレなんていうのも如何にも東洋的かもなぁ…白黒だけが世界じゃないと(笑)そんな訳で、他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。マジ、世界って広いや、なんですよ、奥さん(誰?)

 目次参照  目次 文系

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