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2015年9月16日 (水)

カーペット・ベルト?

ペルシア絨緞の道  坂本勉  山川出版社

 サブタイトルは、モノが語る社会史でして、表紙コピーが、遊牧民の素朴な暮らしのなかから生まれた調度品である絨緞。それは、きらびやかで美しいデザインゆえに人々を魅了し、早くから世界各地に広まった。近代のカーペット・ブームからグローバル化が進む社会の変化をみていくことにしよう。なんですが、ペルシア絨緞というと昔独人の家には必ず一つはあると聞かされた記憶があるので、独的に必需品なイメージでいたんですけど、実際のとこはどーなんだろぉ?とゆーレベルの頭なんですが…本書はというとほぼ近世以降というか、ここ100-200年の事がメインかなぁ?

 これまた中近東と絨緞というと、あの空飛ぶ絨緞のイメージでこれまた勝手にいたら、アラビアンナイト…「書誌的にいうと「千夜一夜物語」の数あるアラビア語の版本・翻訳のなかでもマルドリュス版と呼ばれるフランス語の訳本にはいっている」そーなんだけど、「「千夜一夜物語」のアラビア語版本のなかで最良といわれるインドのカルカッタで出された版本(一八三九~四二年刊)、前嶋信次・池田修による日本語訳のなかにはどういうわけか収められていない」とな…なんでやねんとゆーと「マルドリュスの訳は翻訳とはいうものの、原典を歪曲した翻案に近いものだという手厳しい評価もあり、この話がはたして「千夜一夜物語」固有の説話であるかどうか、非常に疑わしい」とゆー事らすぃのだ…そーだったのか?アラビアン・ナイト?魔法の絨緞はどこから来たんだ(笑)

 とまぁ、フィクションで妄想しててもあれなので、リアルのペルシャ絨緞の旅に行ってみよーと思いませんかぁー、かなぁ(笑)

 アリス的にはペルシャはペルシャでも猫の方だからなぁ(笑)絨緞的にどーよ?というと、どーなのだろぉ?むしろ、この手のインテリア的にはホテル経営者の大龍の方があると思いますか?

 さて、絨緞とは「羊毛などで紡がれた糸、藍・茜などの染料があるところならばどこでも織ることができるものである」だそーだけど、原材料を容易に入手できるのは遊牧民じゃね?という事で、起源的には遊牧民とゆー事になるんじゃね?らすぃ…ちなみに最初は水平機だったろーけど、やがて「緊密でサイズの大きなものを織ることのできる」竪機に変わった模様…

 織物としての絨緞的特色というと、縦糸横糸はともかく、「三本目の糸としていわゆるパイル糸を加え、これをたて糸に絡ませながら織っていくというところにある」とな…そーだったのか?絨緞…それにしてもこのパイル糸の結び方に、ペルシア結びとトルコ結びがあるとは知らなんだ…

 で、このパイル糸(編込糸)は羊毛としても、縦糸横糸は木綿の場合が普通らすぃ…とゆー事で、「手近なところに木綿があるかどうかということも、重要な条件の一つになっている」そな…かくて欧州で絨緞作りが普及しなかったのも木綿が普及するまで無理芸とゆー事だったらすぃ、「ベルギーのブリュッセル、イギリスのウィルトンなどよく知られる銘柄絨緞が出現するのは、木綿が多く輸入されるようになる十八世紀以降のことにすぎない」とな…

 では、絨緞はどこで作られてきたか?は名前通り、イラン、トルコ周辺辺り中心にして東西という流れらすぃ…これシルクロードと重なる道じゃね?とゆー事で詳細は本書をドゾ。でまぁ自分家用にチマチマ作っていたのがやがてモスク、宮殿と広がり、大航海時代キタコレで欧州にも広がっていった模様…ただこの16世紀頃の絨緞はほぼ残っていないのが実情で、レンブラントとかの当時の絵に描かれているのを見て、あったんだぁーとゆーノリらすぃ…

 そゆ訳で世界で何でこんなにペルシア絨緞とゆー名前が席巻しているかというと、これは19世紀に入ってから産業革命キタコレで、中産階級が台頭してきて、それぞれにマイホームを持つよーになるとインテリア的に需要がドッと増えてきたとゆー…カーペットブーム到来の結果らすぃのだ(笑)

 そんな訳で本書はペルシア絨緞が中東から欧州までの道筋について書かれてもいます。詳細は本書をドゾですが、それにしても元々ペルシャって絹の国だったのか?それが19世紀半ばに蚕の病気発生で大打撃を受けて輸出産業的にどよ?となって、絨緞に方向転換したとゆー話らしーのだ…

 その売り込みの一大転換となったのがウィーン博覧会(1873)だそで「わざわざ時のカージャール朝の王ナーセル・オッディーン・シャーがウィーンまで出向き、絨緞の貿易を復興するため輸出関税を免除する措置を特別にとるほどであった」そな…

 とゆー訳で英から現地工場(といっても家内制手工業的なソレ?)とか、現地の商人のアゼルバイジャン・トルコ系の人達だのでイスタンブールへ、欧州へと絨緞の流れができていた模様…

 その他、現代に続くカーペット業者・商人の話やら、あのウィリアム・モリスもインスパイアされて絨緞つくっていたんですよとか、後、日本にも絨緞作っていたとこあるんですよな話が出てきます。維新後の話かと思っていたら、「元禄の頃から、中国の影響を技法的にも紋様・意匠の点でも受けながら、細々ではあるが絨緞が日本でも自前で織られるようになっていた」というから、これ如何に(笑)ちなみに日本もウィーン万博に絨緞を出展していた模様…でどこで作っていたというと佐賀、当時的には鍋島藩、鍋島緞通としてあったとな…ちなみにこちらは縦糸横糸パイル糸も皆木綿だそな…でもって鍋島焼じゃないけど、売りもんじゃないよで献上品だったよー…

 で、この後、幕末とでもいうかに赤穂と堺で緞通が製作されるよーになるそな…更に住吉でも作られるよーになったとか…ちなみに堺緞通は横糸とパイル糸が麻だとな…当時的には綿より麻の方がコストが低かった模様…かくて「日本から輸出される絨緞のほとんど、九五%が、神戸、大阪の両港から輸出され、その圧倒的多数を占めるのが堺緞通であった」とな…大阪って絨緞の町でもあったのか?

 とはいえ、「堺緞通は、前から指摘されているように褪色しやすく、耐久性も六か月から三年ときわめて短かった」ため「次第に後退していった」とな…決定的になったのは中国緞通の進出だそーで、何かどこかで見た構図(笑)

 それを言うなら、ペルシア絨緞も革命騒ぎで供給が落ち込み、そこにトルコ絨緞キタコレになったけど、またイランが供給するよーになってきたらトルコが下火って…絨緞業界の栄枯盛衰も色々あるよーです…たかが絨緞ですけど、されど絨緞なんですよね…

 まぁペルシア絨緞と言われてもトーシロには、にわかに区別がつくのがどーかのレベルなので、ヴィクトリア&アルバート美術館に飾れているというアルダビール絨緞でも拝んてくる位かなぁ?

 他にも色々エピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。昔の話のよーで実は現在進行形なとこが凄いとこじゃまいか?でしょか(笑)

 目次参照  目次 グッズ

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