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2015年9月 2日 (水)

人類的作業の小さな一端?

日本文化のかくれた形  加藤周一、木下順三、丸山真男、武田清子  岩波書店

 どゆ本かというと、著者達による講演録というか、講義録になるのだろーか?テーマは「日本文化のアーキタイプを考える」で、連続講演会を国際基督教大学アジア文化研究所で開催したそで、何時かと言えば1981年6月の事というから、これまた昭和は遠くになりにけりの時代のお話…

 で、その講演でのそれぞれのお題は?というと、それは目次をで、日本社会・文化の基本的特徴 加藤周一、複式夢幻能をめぐって 木下順三、原型・古層・執拗低音-日本思想史方法論についての私の歩み- 丸山真男、フロイト・ユング・思想史-補論- 武田清子のラインナップになる模様…

 それぞれの専門分野からのアプローチという事になるんだろーか?なんですが、まぁ全員目指しているとこは同じのはずなんですけど、これまた奇麗に山は違うみたいなノリで…成程、専門というか、切り口が違うって、こゆ事なんだなぁと納得の講演(笑)

 そして何より、そんな30年以上の話なんて今更どよ?という危惧もあるかもしれないけど、一言で言うなら、古くなーい、でしょか(笑)何かと最先端流行りでちょっとでも前のものだと即陳腐化するのが当たり前なご時世ですが、これまた今更ですけど、学問の道って日々の積み重ねの上に成り立っている訳で…前を踏まえないと進めないとこもあるんですよ、奥さん(誰?)

 でまぁ、多分今読んでもかっ飛んでいる本じゃまいか?まいかで(笑)心構えが試される本かなぁ(笑)

 アリス的には、どーだろー?むしろこれは准教授の職場的なソレか?英都大もこの手の講演会とかワークショップとか、やってそーだなぁ?と思うのは気のせいか?身内だけの時もあり、公開講座的なものありそーだけど、そゆのアリスもぐりこんでいそーと思うのはこれまた気のせいか?

 さて、アーキタイプというとユング的なソレじゃまいか?的なお話はさておいて、本書の前書きにもあるんだけど、日本文化というか、日本的なで「日本人ほど敏感に新しいものを取り入れる民族は他にないと共に、また日本人ほど忠実に古いものを保存する民族も他にはないであらう」(@和辻哲郎)のソレが掲載されているんですが、もーこれに尽きるよーな?何でもかんでも丸飲みゴックンだけど、気に入ったものはそのまま、そーじゃないのは切り捨て御免か、アレンジして完全日本化する、それをずっと繰り返してきた国というか、国民じゃね?卑近なとこでは羊羹みたいな、あれ元は羊の羹でよーは羊のスープだったはずが、気がつけばあのスイーツな羊羹になっている訳ですから(笑)羊はどこへ行ったの世界か(笑)

 まぁそれはともかく、各氏それぞれに日本について考えるの世界が展開している模様…日本人による日本論、日本人論でしょか(笑)こゆのはまさに言われてみればその通りな気がしないでもない訳で(笑)なるほろなるほろの世界が次々と、ですかねぇ(笑)

 例えば、「競争的な集団主義」「現世主義」「時間の概念に関連して、現在を尊ぶ態度」もしくは「競争的集団主義と、此岸性と、現在主義」と「集団内部の調停装置としての、象徴の体系がどういう風になっているのかということ」を加藤氏は語るってか(笑)まぁどの要素も実に日本人的じゃまいか?の世界が展開していく訳で(笑)

 じゃまぁ集団主義とは何ぞや?で集団の中で「みんなが一緒に同じようにしたい」(@加藤)となる訳で、まさにみんな一緒でみんないいってか(笑)次が意見の全員一致でしょか?「少数意見は望ましくない」となり「極端な場合には、そういう意見をもつ成員を集団の外に追い出す。村八分にするわけです」(@加藤)何かもーここからもイジメの構造が透けて見えるよーな気がするのは気のせいか?これが大きくなれば戦争万歳になっちゃうんだろーなぁ、ですか…更に「集団内部の構造が、しばしば、厳格な上下関係によって成り立っているということ」(@加藤)ただ、これ縦(垂直)の関係だけでなく、横(水平)の関係あるんだな、これが、の世界かな(笑)「日本の集団の中に「水平」要素、一種の潜在的な平等主義がなかったわけではない。これは、おそらく大事な点だろうと思います」(@加藤)とな…

 かくて、明治維新でそれまでの身分制アポーンで、終戦でGHQお仕着せの「平等」主義も、意外とすんなり社会に溶け込んだのはベースがあったからじゃね?という話…ちなみに戦後のソレは「自由・平等・博愛」ですけど、その中で一番定着したのが平等主義じゃないか?「人権とか、少数意見の尊重とか、個人の自由とか、そういうことは定着しなかった」(@加藤)となるらすぃ…集団主義的にはそゆのはなじまないという事になると…

 まっ集団主義は、アジアでは当たり前だけど、日本の集団主義の何か違うかと言えば「今日の日本の集団が激しく競争的だということではないでしょうか」(@加藤)になるのかなぁ…「集団相互の競争が激しい」し、集団内の競争も激しい。そして「日本の典型的な集団はどれも、スポーツの場合と同じように、何らかの領域で同じ目標を認め、特定の規則に従って、その目標を達成しようとして競争している」(@加藤)という事になる模様…で、例外として世襲制の集団があるそーな、例えば貴族みたいな(笑)その場合は「そこに一ぺん属してしまえば、何もしなくてよろしい」(@加藤)になるとな…成程、貴族社会ってそゆ理屈だったのか?ある意味お貴族サマに効率化なんて言葉は存在しないという事でFAなんだろか(笑)

 で、どゆ事かというと「近代日本の目的志向型の典型的な集団は、活動的で、しばしば攻撃的です」(@加藤)となる訳で、成程高度経済成長万歳となる訳だったりして(笑)

 でで、こゆ集団の仕掛けの一つに「責任は集団全体でとるという仕組」(@加藤)があったりして(笑)小さな集団内部のささいなソレならばまぁともかく、大きくなれば戦争責任もみんなでになり「戦争責任者というものが、個人としては一人もいない」(@加藤)になってしまうと…責任の所在が明らかにならないというのは連綿と続く伝統芸能だったのか(笑)成程、東電ってか(笑)

 ででで、も一つ日本的集団の特徴の一つが「集団に超越する価値が決して支配的にならない」(@加藤)というのは、なるほろ、だから日本では一神教が根付きにくいと思われか?かくて「超越的価値に束縛されない文化は、どこへ向かうでしょうか。そこでは宗教戦争が起こりにくい」(@加藤)っていうのは、これまたなるほろで(笑)

 また、日本文化というとこで、全体から部分ではなくて、部分から全体へ思考というのも、これまたそーゆーもんだ程度の話かと思ったら、これって「部分尊重主義で、日本の芸術の一つの特徴、さらに進んで、空間に対する日本人の考え方の特徴だと思います」(@加藤)となるのか?そーだったのか?アマノン(笑)

 で、この空間概念と並列してあるのが「現在」についても「並列的な継起として表象される時間の概念です」(@加藤)となるとは(笑)そんな日本人の歴史感覚は「日本では、いつ始まるともなく歴史が始まり、いつまでということはなく、ただどこまでも現在が続いてゆく。そういうのが、私の言うところの「現在主義」です」(@加藤)とな…もしかして、終わりなき世のめでたさよぉーっ(エコー付/笑)になるのだろーか(笑)

 まっ日本では「状況は「変える」ものではなく、「変る」ものです」(@加藤)という事ですかで、まさにリアクションで生きてますの世界か?これは今の日本外交にも繋がる話で、著者は座頭市の行動様式と同じと表現してますが、詳細は本書をドゾ。も一つ日本の歴史的出来事に〇〇ショックみたいな、ショックがやたらついてくるというのも、外から勝手にやってきたぁーっで、考えてみれば黒船ショックからずっとこんな感じぃーっか(笑)

 も一つ著者の鋭い指摘は「外在化的規範の内面化が、伝統的日本社会にはなかった。と主張するルース・ベネディクトの説は、正確でないと思います。外在的秩序の内面化現象は、武士層にはあって、町民層にはなかったのです」(@加藤)の件は、何かもー日本人的にはアレですよねぇ(笑)どーも米人の日本評ってどこかずれていると思うのは気のせいか?それともそれが米の伝統芸能なんだろか?理系はともかく文系に関しては、米ってどーなんだろぉ(笑)

 かくて、「競争的集団主義、世界観と此岸性と超越的価値の不在、その時間の軸への投影としての現在主義-そういう日本社会または文化の特徴が、相互に関連しているということ、また極端な形式主義と極端な「気持ち」主義の両面を備えた価値の体系が、典型的な日本人の行動様式を決定しているだろう」(@加藤)という事になるそーな…なるほろなお話いぱーいですので詳細は本書をドゾですが、言われてみればそんな気もする(笑)世界かなと(笑)

 木下氏のお能についての講演は、能の詳しい人からすれば、成程ご尤もの世界なんだろなぁ…と推察致します。というのも、お話の中に具体例がたくさん出てくるのですが、その一つ一つが既知であるか、未知であるかで話の通りの良さはずぇんずぇん違ってくるんじゃまいか?で、やっぱ教養って大切と痛切に思いますた(笑)

 でもまぁ実にアレなのが「お能でむずかしいのは、同じようなことをやっていて、やはり優れた人優れていない人があるのは仕方ないとして、同じ人でも優れている時と優れていない時とがありますね。なかなかいい能にぶつからないとぼくが言ったら、批評の専門家がいわくには、芝居と違って能は一度しかやらない。そしてそれがいいか悪いかはそれをやる人にとっても賭けである。だからいい能にぶつかろうと思ったら、しょっちゅう能を見てなければいけないと言うのです」(@木下)はけだし名言とおーか、正直者乙といおーか(笑)何事もきえものは一期一会だよなぁ?ある意味ギャンブルチャンスというか、己の運に賭けるというか(笑)

 そして丸山先生のお話は、前置きが長い(笑)よーするにこれから話す事への心得の条が出てくる感じか?取りあえず、チューニングしてからじゃないと始められませんよという事なのかも知れない(笑)それにしても政治思想史って法学部の範疇だったのか?何か法学というとがっちがちやでの世界で、思想的なそれとはどーも一線を画しているのかと思ってますた(笑)まぁ政治となれば、文学部でという事にはならないのか?うーむ(笑)

 ちなみに法学部は「戦後のある時代からAコース、Bコース、Cコースの三つに分かれ、Aコースは司法。これは主として裁判官や弁護士になるコース。Bコースは通称公法コースと申しまして、だいたい行政官とか、あるいは会社に入るコースです。Cの政治コースというのはそれまでは実質的にBコースに含まれていたのが独立したのですが、学生数は一番少ないのです」(@丸山)に分類されるとな…そーだったのか?アリス?

 で、そんな中で政治思想史というと、その少ないCコースの中のこれまた選択科目となれば、法学部的にも辺境も辺境じゃまいか?のノリになる模様…少なくとも主流派じゃないだろー的な(笑)また「日本では元来政治学者はすくないのですが、戦争中の言動のために追放になったり、自発的に辞職されたりして一層現役学者が少なかった」(@丸山)というのは、今もそーだろなぁの世界かな?御用学者は増えたけど、マジで政治学者なんかするとなれば、批判精神の嵐じゃね?施政者的にはうるさいだけだろーし?古典とか過去ものやってくれるならまだしも(笑)

 でまぁ丸山氏の見る日本…の一つが「「鎖国」から「開国」へという現象」(@丸山)じゃまいか?ですかねぇ?明治維新の時もそーだし、終戦時もそーじゃね?前の体制では閉鎖されていたとこが、どっと開かれる、これを日本は繰り返していまいか?もっと言えば、室町・戦国のキリシタン・南蛮渡来のそれも、鎖国から開国みたいなノリか?

 でもって時の明治天皇が「良きをとり悪しきを捨てて外国に劣らぬ国なすよしもがな」とか言っちゃっているんだから、日本人って(笑)

 で、この開国という概念そのものが「ルネサンス、リフォメーション以来、西ヨーロッパでは「開国」という思想的問題自体がありません。そうすると、「開国」という歴史的現象がそもそも東アジア特有の問題ということになります」(@丸山)って、そーだったのかぁーっ?

 まっそれもともかく、開かれたソレで情報・物量ドットコムじゃないけど、どんぶらことやって来ると…で、またここでもここでも日本ってばで「幕末明治以来外国人によって書かれた日本観を見ると一番よくわかるのですけれども、日本ぐらいいつも最新流行の文化を追い求めて変化を好む国はないという見方と、日本ほど頑強に自分の生活様式や宗教意識(あるいは非宗教意識)を変えない国民はいないという全く正反対の見方とがある」(@丸山)というのは、何かブルータスお前もか?な世界で、またかの世界か(笑)かくて日本おかしくね?というのもあるけど、そじゃね?というのもあるじゃないですかねぇ…

 でもこれらを日本の特殊性とか口にすると「アメリカの学者などが、どうも日本の学者は日本の特殊性ばかり強調する傾向にある」(@丸山)とかに言われちゃう訳で…アメリカンスタンダードだけが全てじゃねぇーよって言ったれとか無責任な外野はヤジ飛ばしたりして(笑)でも、その特殊性を、実際の日本人は意識していないそれを省略したら言っている事が分からないと一番先にキレルのが米人だと思うのに1ジンバブエドル賭けてもいい(笑)

 で、これらについて記紀神話を持ち出して丸山先生は説明されていますので、詳細は本書をドゾ。モチーフはどれもありきたりかもしらんが、合わせてみれば個性的という奴らすぃ…「天地創造と一定の領域ほもった国土の生産と、現在の最高統治者の先祖の生産と、この三者が一つづきになっていて、しかもその三者が時間的=歴史的系列のなかで展開して行くという構造は、世界の数ある「神話」のなかでもきわめてユニークなものです」(@丸山)となる模様…まっどこに視点を、力点を持ってくるかかなぁ?物の見方の多様性とは(笑)

 も一つ、海外では日本を儒教国に見立てるのが多いけど、「日本を儒教文化圏といえるかというと、どうしてもそうは言えない」(@丸山)辺りも、アレだなぁと…これまた詳細は本書をドゾですけど、この辺りのニュアンスを理解している海外の学者先生がどれだけいるのか(笑)

 まぁ丸山氏によると日本は雨漏り型らすぃので(笑)洪水型や無縁型とは違うそな…だから、「これに「自主的」に対応し、改造措置を講じる余裕をもつことになる。これがまさに「よそ」から入って来る文化に対して非常に敏感で好奇心が高いという側面と、それから逆に「うち」の自己同一性というものを頑強に維持するという、日本文化の二重の側面の「原因」ではないとしても、すくなくともそれと非常に関係のある地政治学的要因なのです」(@丸山)まぁ昔から文化とか、世界潮流からつかずはなれずの関係だったからなぁ(笑)

 も一つ「すくなくとも高度工業国家で日本ほど民族的な等質性を保持している国はありません」(@丸山)というのは、米はともかく、どこの国も多かれ少なかれ色々あってなの世界だったのか…

 この後、心理学的な(?)武田先生の論もあるのですが、こちらはもー本書をドゾ゛。ページ数的にも一番少ないよーな気がするのでさらっと読めると思います(笑)

 後、豆知識的に、和菓子の名前…「これほど菓子の名前が文学的な国は、私の知るかぎり、他にありません」(@加藤)って、そーだったのかぁ?それてギリシア悲劇、「ギリシアの劇団が演ったからギリシア悲劇ということにはならないらしいですね。古典ギリシア語と現代ギリシア語は違うし、民族的にも違うらしい」って、そーだったんですか?でもって、だからなのか「古典ギリシア悲劇というのは日本人が演ってもどこの国の人が演っても同じことだという理屈になるらしいのですけれども」(@木下)にはおろろいた…まさにホンマでっかぁーっ?

 いやそれにしても自国でありながら日本ってって日本人でも思うんだから、これからもあーだこーだ言いながら続くんだろーなぁ(笑)他にも色々エピ満載ですので、とにかく興味のある方は本書をドゾ。

 それと、大国主義と覇権主義のとこの件で「大国には大国の世界像に結びついた一種の思考傾向があるということは、今日でもソ連だけでなく、アメリカ合衆国、それに大国主義を批判する本家本元の中国についても、私達は本能的に感じます」(@丸山)の弁は、21世紀の今でも、これまたまさに今でしょ(死語?)だもんなぁ…大国とは「領土がべらぼうに広く、それ自身が一つの「天下」をなしている、ということなのです」(@丸山)だもんなぁ…でもって自分とこのスタンダードが世界のスタンダードだと何の疑問もなく思っちゃう、実行しちゃう人達だもんなぁ…

 てな訳で、色々とおべんきょになる一冊ですので、どーでしょー?でしょー(笑)

 目次参照  目次 文系

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