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2015年10月18日 (日)

あらゆる文化は雑種ではじまります。雑種でなければ停滞する(笑)

「日本文学史序説」補講  加藤周一  筑摩書房

 どゆ本かというと、白沙会での信州・追分合宿学習会での質疑応答みたいなノリか?講義のよーな、座談会のよーな、まぁ〇〇先生を囲む会だと思われですけど、そしてお題はかの日本文学史序説…突っ込みどころというか、あれもこれもと話は尽きない訳で…振り返る文学史、日本史ですかねぇ…いや、凄いです。ある意味、文学とは何ぞや?の世界ですから…日本文学は燃えているか?の世界だし(笑)ただ、まぁ読後の正直な感想は団塊の世代の人達が好きそうな雰囲気かなぁ?と?文は会話なので口語体で、非常に分かりやすいのですが、平成でも21世紀でもないよーな?何とゆーか、あの世代の人達が好きな総括って奴に一番近い気がするのは気のせいか?

 そして、これまた物凄い情報量でして、こーゆー言い方をするとアレなんですが、昔のインテリゲンチャは今の人のソレと次元が違う気が…本当に頭いい人って、いるんですよ、奥さん(誰?)そして、それを医学部とか法学部とかに使わない人が(笑)とはいえ、著者は医学部卒ですが(笑)

 それにしても、文学という言葉一つとっても、何じゃ?そりゃ?な話だったとは…実際に文学という単語は、中国語、もしくは中国が想定していた、しているソレとは違っていたのか?どゆ事というと簡単に言うと「昔の中国には<文学>という言葉はあったが、「学問一般」という意味だった」そな…でもって「いまわれわれが考えているような<文学>というのは、ラテン語のliteraturaの訳です」となる模様…そーだったのかぁーっ?

 も一つ、文学史なので、史、歴史についても定義確認が出てきて、こちらは「列挙を歴史とはいわない。<歴史>とは「関係」をいいます」「いちばん強い関係付けは因果関係です」とな…詳細は本書をドゾですが、箇条書きじゃ歴史にはならないよという事か…

 そして、実際の日本の文学というか、書き物は、日本語で書かれたものもあるのは当たり前として、その他に古典中国語(漢文)として書かれてきたものもずっとあるの世界でして、書かれていないのなら口承のソレもあると…広義で見た場合、文学とは?限りなく広くね?の世界かなぁ(笑)どこまて検討の範囲に入れるか?それが問題か(笑)

 更に、日本文学の特徴というと、政治的な文脈のソレが少ないという事でしょか?「唐代の杜甫から魯迅まで、中国の一流の文学者は政治的な人が多いのです」となる訳で、翻って我が国の文学者はとなると、想定外が国是の国だからなぁ(笑)

 アリス的に文学史、しかも日本文学史…まぁアリスの神様はEQとしても、そんなの関係ねぇー(死語?)とは、作家の端くれとしてはとても言えない訳で…でも、アリス的なら文学部のセンセーであるウルフ先生の方がアレかしら(笑)果たしてウルフ先生の専門が国文なのか、英文なのかで運命の分かれ道な気がするが(笑)

 後、アリス的というなら花鳥風月でしょか?歌にしても何にしても月はやたらと出てくるそーで(笑)でも星は出てこないとな…「歌の半分は「月」」なのに(笑)ついでに言うと七夕も出てくるそーな…そーいやアリスの高校生の時の失恋なんちゃらも七夕の頃じゃなかったっけ?まぁ京都的価値観でいけば、夜空、天体とは月と七夕でFAな世界だった模様…

 ちなみにそんなお月様のお約束を蹴ったお人が建礼門院右京太夫…空を見上げると星があるじゃまいかと…「混乱は伝統からの解放にもなるのです。解放は社会的約束、芸術表現上の約束の破壊です。そうすると芸術家は自由になる、ということが一つあります」とな…平家が滅びた、一つの時代も滅びた、そして文化も、という事らすぃ…月一つで日本げいじつぶんかも変わるのが分かると…

 他にアリス的というと英都もとい同志社つながりで新島襄のとこか?「後年の日本のキリスト教指導者達の留学先は、ほとんどがアメリカのニューイングランドで、内村鑑三や新島襄はボストン郊外の古いアムハースト大学に留学し、プロテスタンティズムを今度はほんとうに日本に持ち帰った」となる模様…かくて「新島は教育者となって京都で同志社を創立した」とな…「彼らはみな頭がよくて、ややサムライ的です。禁欲的で男性的で、意思が強くて、「人生を愉しむ式」よりも、「大いにたたかう式」のキリスト教を日本に持ち帰った」とな…そーだったのか?アリス?

 ちなみに大学的な話つながりでプロテスタント系は大学の話の詳細は本書をドゾですが、「上智大学はドイツ系のイエズス会の大学ですが、カトリックの学校からは一流の神学者はあまり出なかった」とは知らなんだ…これって日本国内系の大学だけに言える事なんだろか?それとも世界的には、どーなんだろぉか?うーむ…

 そんな中で、古代はどーか?古事記の世界は「<人間>対<人間>の争い」もしくは「問題」の世界だったよーで、だから、たたかうことができたとな…ちなみに戦う相手が運命の場合は「不可能です」となる模様…ちなみに世界ではどーかというと「ギリシャ劇は<運命>対<自由>の問題です」で「近代劇は<人間>対<人間>のたたかい」でで時代の流れは「ギリシャ劇というのは、ルネッサンスから一九世紀までの近代劇、いいかえれば、シェイクスピアからチューホフまでの典型的な近代劇とは違います。むしろそこを飛び越えて、現代はギリシャ劇に近づいています」となるそな…

 も一つ、中国と日本ですけど、同じアジア枠とはいえ「中国と日本は両極端です」の世界が昔から展開していた模様で…「中国では詩のなかでやたらに社会問題、たとえば貧乏を問題にします。日本ではそれがもっとも少ない。ヨーロッパは中間にくると思います」とな…

 更に戦争問題…というか対応…詩の中に「戦争支持の立場もある」で、「皇帝のためにという詩もありますが、むしろ国のためにという詩が多い」って、「要するに戦争賛美の詩がたくさんあります」とな…さすが中国サマは昔から違う…で対する日本は「ところが日本にはそれもないのです」となる訳で、じゃあ反戦の方はどーか?というと、「春秋に義戦なし」(@孟子)ですから…戦争反対も言うもんねの世界らすぃ…よーは政治批判が詩にうたわれるという国だったのですねぇ…中国という国は…

 で、そゆのは日本では殆どない…あるとしたら山上憶良位か…という事らすぃ…詳細は本書をドゾですが、ちなみに平安では菅原道真で、明治では岩倉使節団という事になる模様…政治の基本というか、行政官の基本というのは市井の、地方の、国々の民衆の生活はどーか?と観察し、正確に記述し、解釈する人達をいうのじゃまいか?今の政財界なんて、まるでローマの元老院か、本書で言うなら紀貫之の世界だからなぁ…かの土佐日記じゃないけど「途中の民衆の状態がどうなのか、豊かなのか貧乏なのか、産物は何か、役人に腐敗はあるのかないのか、そういうことを全然観察していない。一つも。何を書いているかというと、一日も早く京都に帰りたい。いま頃京都ではどうなっているんだろうかといった想像上の京都のことばかり。京都以外のことは頭に浮かんでこない」「すべて京都だけ」って…まさにどこかに似てないか(笑)

 ついでに言うと文学者にもないで、それが伝統芸能、明治になっても変わりなしとゆー…「教育問題で文学者が集まって抗議しようとしても、「いや、文学は政治に立ち入らない」となるのですね。政治にかかわらなければ、弾圧されませんから、結局安全だということになります」という事になる模様…まぁ世の中、何がかわいいって自分が一番なんで…正直者乙って事ですかねぇ(笑)まぁその伝統芸能に真っ向勝負というか、反対なのがマルクス主義とヴェーバー主義でしょか?詳細は本書をドゾ。

 てな訳で話を平安に戻すと、「紫式部は、農民と会ったり一晩中話したということはなかったと思います。話しているのはせいぜい下級貴族までで、その先は外国みたいなものです」とな…ある意味、平安文学、社会は京都の貴族の箱庭的なソレだっただけじゃまいか?って事ですかねぇ…

 一方庶民の方はどーだったかはというのは「日本霊異記」「今昔物語」「沙石集」の方じゃね?という事で、こちらの詳細も本書をドゾ。「天皇に帰依することより、毎日の暮らしを維持しなければならないということです。坐って"ものおもひ"なんてしてたのでは食べられない」と、まさに現実見ろよの世界か(笑)

 さて、そんな紫式部と清少納言ですが、「彼女たちの公の地位はそれほど低い。ところが頭はいい」どちらも漢文読めたのに隠していたとな…ちなみに「男でも読めるふりをしているだけで読めないやつはいた(笑)」そで…「野心をもっている能力のある人は強いフラストレーションを感じる。権力に近づくことは絶対的に不可能のです。そうすると、能力の使い道として、自己実現の道は文学しかなかった」結果が、源氏物語や枕草子になったとな…「彼女らは外部の人間と違って宮廷内部の人間ですから、つまりインサイダー、内部事情に非常によく通じていて、権力闘争をしている人たちを毎日観察しています」「文学作品は大貴族じゃなくて周辺的な人たちから出てくる」とな…中の人でメインにいる人達は己の権力闘争で忙しいから、そんな事書いている場合じゃない…外の人、外部の人には中の様子なんて知るよしもない…かくて中の人で、周辺にいる人、権力から疎外された人達が観察者及び書き残す人になる模様…世の中何事もそんなもんらすぃ(笑)

 その源氏物語は「現代的な心理小説としては世界最初のものです」となるそな…それよりも何よりも「一〇世紀から一一世紀の初めにかけての作品ですが。その頃そもそも英語があったのかどうか大いに問題で、フランス語やイタリア語もラテン語から離れて成立していったのが九世紀から一一世紀にかけての時間です。そもそもフランス文学なんて存在しないので、やっとフランス語でものをいえるようになったという段階でしょう」とな…世界が文学どころか言語的にどーよという時に、生まれた源氏物語というのは「比べものにならないほど洗練された文学作品です」となるそな…この手の作品が出てくるのは英なら19世紀、仏なら17世紀じゃね?で、時代の先を行っていたんですねぇ…紫式部…

 とは言え世界的には源氏物語が「シェイクスピアに匹敵するような世界文学史上の事件というふうには一般には受け取られていないのは、知識の不足と偏見だと思います」は、もー今更な気が…成程、源氏物語を評価できない欧米なと笑止千万とか啖呵切っちゃってもいいかなぁ(笑)まぁそれはともかく、あちらの文章にはやたらとシェイクスピアの言葉が引用されているんで、日本もこれから源氏物語と枕草子から引用するといいと思うよ(笑)

 中心と周辺じゃないけど、個的なとこではユーモアの有無ってで、「そこには距離がある。ふつう、事件渦中の当の本人にはヒューモアはない。なぜなら対象との距離がないから。直接の当事者ではなくて、引き離してみたときにヒューモアは生じるので、観察する対象との距離が必要です」というのは、何事も中の中の人ではワロエナイ世界なんだなぁ(笑)

 も一つ、「普通の行動人なら自分の行動は正しいとまっしぐらに進んでいくわけで、ことの全体を見て、むなしいことじゃないかと考えるのは哲学者や詩人の仕事で、彼らは戦争には参加しません」というのは、確かに(笑)懐疑的な忠臣蔵とか、ハムレットな大石内蔵助とか、まぁそれはそれで一つのアプローチだろーけど、主君仇討、勧善懲悪のすっきり感はないよーな…一昔前風に言うならエヴァとはハムレット的な世界だったのか?

 さて、時代は移り変わり、中韓では儒教じゃね?の時代に…「ほぼ同時代に中国では儒教が用いられて、仏教はほとんど力を失っています」になり、「朝鮮半島は徹底的な儒教社会で、ほかのものを入れる余地がなかったほどあらゆる面で強かったと思います」になっちゃってた模様…一方日本では「大衆のメンタリティを支配していたのは<神仏習合>」となり「日本では<儒教>を利用したといっても<神仏習合>との二本立てです」になるとな…ただし「知識層は儒教です。官僚機構を支持するイデオロギーは日本でも儒教でした」で、ここでもまた二層化してね?の世界が展開している模様(笑)

 江戸のソレとして出てくるのが新井白石でして、こちらの詳細も本書をドゾ。取りあえず凄いお人だったのは確かのよーで…「日本の歴史上、非常に特殊な人物でしょう」って(笑)まぁある意味当たり前の事を当たり前に取り上げてた、合理的な人物だったという事も言えるし、「日本人が日本のことをいうのはあたりまえじゃないか」とか「日本語がいちばんできる言葉です。いちばんできる言葉をなぜ使わないのか」とか、まぁある意味聖書のラテン語から自国語への動きみたいなノリか?一番分かるのが一番いいみたいな(笑)

 歌舞伎と能の件も詳細は本書をドゾ。それにしても「<女物>となると、女が出てくればたいてい男がとっちめられるので、男が女をとっちめる狂言は少ない。「鈍太郎」にしても「塗師」にしても、みんな女のほうが頭が良くて、能力があって、男をやっつける。そういうことは歌舞伎ではほとんどない」とは知らなんだ…そーだったのかぁーっ?とゆー事で、これからは能、狂言を見に行く事にしよー(笑)

 も一つ知らなんだでは町人文化「関西に文化の重点があったのは、だいたい一八世紀の中頃まで、その頃から文化の新しい創造力は江戸に移ります」って、これまたそーだったのかぁーっ?

 儒教的文化なのか?それとも政治的な文化なのか?の「中国の儒者のあいだではずいぶん長いあいだ論争の伝統があって、それは悪い王様が出たときに、それを征伐してもいいかどうかという問題です」とは…アナーキズムとの話も出てくるのですが、まぁ中国は歴代、国と王朝が倒して次倒して次の世界だからなぁ…また、権力を持った人間は必ず腐敗してしょーもねぇーというのも世のならいですしおすし(笑)

 となると「政府をなくすると、今度は強盗の親玉みたいな個人が政府の代わりに威張ることになって、結局平等にはならない(笑)」「平等な社会のために、乱暴なやつが威張らないよう政府をみんなでつくろうといってるのに、政府を取り除いてしまえば、また腕っ節の強いやつが命令しはじめます」となれば「みんなで相談して、なるべくましな政府をつくったほうがよかろうということになる」下剋上だ、革命だよりそっちの方が現実的ってか(笑)

 ただし「相談してつくった政府でも、政府はみな独善的になっていく。人民の意思に反し、人民の利益に反するようなことをするようになります」って…国民の利益も国の利益も押しのけてあるのは自己の利益のみぃーって(笑)どこぞの誰かなら自分が一番じゃいけないんですか位言いそー(笑) 

 それにしても江戸の文学もこれまた二層化なのか?今度は、町人文化で、早い話が吉原文化、「文化・文政の作家で、それはそれなりに意味はあるけれども、つまるところ遊里の話です。吉原は非常に大きな文化的役割を演じていたけれども、日本国中まさか吉原で間に合ったというわけではないでしょう」で、実際は吉原の外で事件は起きているんだぁーっとなって、何が起きているか?一揆ですとな…実は幕末に向けて一揆増えているんですよ…吉原で遊び呆けている場合じゃないんですよ、奥さん(誰?)

 中にいると外の事が分からない、でも実は外の事の方が事は大きい…これがいつものパターンか?まぁともかく、おかしくね?という時代を読んだ人達はどーなったか?というと「幕府によって暗殺されました」になる訳で…それは画家にも及ぶとな…そーだったのか?アマノン?それはともかく「芸術家が怖くなった政府は近いうちにかならず滅びるようです。江戸幕府も、ヒトラーも、スターリンも」って、先生パネェ…

 さて時代は明治、維新キタコレで近代文学もキタコレになるんですが、本書の中で一番激しく同意なとこはここじゃなかろーかの「自然主義文学者はたくさんいる。「私小説」ですから自分の経験したことをくどくど書くわけですが、誰だって経験したことはあるわけで、みんなが経験したことをくどくど書き出したらきりがない。それらの作家たちが詳しく書いてあるから「近代文学」は一冊になる。私はばっさりばっさり切ったわけです」のとこかなぁ…日本人私小説好きだもんなぁ…何であんなに私小説好きなんだろー?文学的素養が全くない己には昔からそれが謎だった訳で…きっとトーシロには分からない深淵な世界が展開していらっさるんだろぉなぁ…

 明治の文化人というと必ず出てくる福沢諭吉ですけど、「「富国強兵」をほんとうに実現する気なら、「愛国心」はどうしても必要な勘所といっています」だけど、愛国心は強制・強要されるものじゃないと…「「愛国心」をどうやってつくるのかといえば、政治参加です」で「政治参加を何によって表明するかといえば、まず第一に選挙、議会です」となるそな…もしくは「大衆組織」…偉い人のお恵みじゃなくて「権利行使としての選挙や議会」「"お国のため"に命がけで働くことは、自分たちの国だという意識がなければできない」と言ったとな…よーは主権在民だよなぁ…

 まぁ紆余曲折は色々ありますが現代の国学はどよ?的な事で、ややというかかなり下火な模様…そーだったのか?著者は「ヴァーグナーは御用音楽家ではありません。ナチが勝手にやったのであって、ナチに反対ならヴァーグナーにも反対だというのはうまくない」とな…ちなみに「国学が発展しはじめた頃は陸軍なんてなかった」訳で…政治や軍に利用された後というのは、いとむなしゅうござるの世界なんだなぁ…それを何でもいっしょくたにするのは如何なものか?もちっと理性的になれまいか?みたいな話は…まぁ沸点低い人はどこにもいるからなぁ…

 ちなみに文人も「戦争がはじまる前まではリベラルだった人が、はじまると戦争支持者となって、戦後になると自由主義者に戻って、最近また空気が変わってきたので、また変るという気配でしょう」って…成程、生き残るという点ではカメレオンのよーな生き方が一番生き延びやすいのだろーか?イデオロギー、そんなのその時に一番強い奴についたらええんやってか(笑)でも、まぁ変わらない人もごくごくごく少数はいた訳で…

 さて、現代の大衆文化はどーか?でスポーツ、音楽、映画と多々あれど「大衆的小説はありますが、たいへん限られた範囲の活動であって、むしろ少なくなっているのではないかと思います。文学的創造は科学的な思考に圧倒されつつあるでしょう」というのは、そーだったのか?アリス?というより片桐さんか?

 も一つは、現代について「私が「論語」といったのは、共通の古典をもたない社会は野蛮に近づいたというこではないか、という思いからです」は、ある意味確かに…だよなぁ…共通言語じゃないけど、共通文化も必要と思われ、何事にも原基があればそこから始める事が出来るしなぁ…

 いやもー他のもエピがいぱーい過ぎて、己のちっぽけな脳ではオーバーフローなんですが(笑)興味のある方はというか、日本人なら一読して損はない本だと思われ…私が今更言うまでもないですけど、ほんと興味のある方は本書をドゾ。

 本書の中で色々引用がこれまた凄いのですが、そんな中で一番これまたインパクトあったのがJ.S.ミルでしょか?「集団による圧制」の概念…「「多数意見の圧制」というのは民主主義制度のなかでいちばん怖いということもいっています」のとこでしょか?個人の人権、少数派の意見を疎外してはいけないよという事を言えるミルってば凄い…何事も日本てこの手の事がまかりとおるかならなぁ…いじめの構造も国会のソレも皆絶対多数で、それもいつのまにか全員一致ですから(笑)弱者とか、少数者をどーするのか?どーできるのか?その辺りまさにどーよの世界かなぁ…

 目次参照  目次 文系

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