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2015年10月12日 (月)

京都人は美しい檻に住んでいる…

怖いこわい京都  入江敦彦  新潮社

 と、まずはフェノロサの言葉から始めましたが…さて、本書は究極の都市伝説かなぁ…しかも場所が京都というだけで、何でもありな気がするのは気のせいか?ちなみに本書にはそんな京都の恐い場所が99も掲載されていますが、多分1000年の都はそんなもんじゃないと思われ?歴史だけでも曰く因縁のあるとこが多すぎるの世界じゃなかろーか?

 ましてや中の人が、「京都の怖さは作り笑いの後ろに隠れている。真意が読み取れない恐ろしさだ」というのは、多少なりとも京都をかじった事がある外の人達共通認識じゃなかろーか?京都の印象とは、顔は笑っているけど、目は笑っていない…これに尽きるよな…

 歴史を、時間を醸成してきた京都という街は、「姿の見えない得体の知れない非合理的雰囲気は京が京たる演出に一役買っている」から「恐怖は京都を魅力的に魅せる」とな…こー言い切れる京都人パネェ…

 何もかも、京都にあれば、それは京都を演出するものになってしまうとゆーところ、京都という都を如実に表しているよな…

 アリス的には、京都、ある意味ホラースポットのオンパレードですから、あの好奇心のおばけみたいなアリスが行っていないとは思えない訳で…

 アリス的なのかで、幕末「将軍宣下が京都ではなく江戸で行われることになった」頃、「虚弱体質であった家綱の逝去を巡り、有栖川宮家親王を世継にせんがための朝廷による呪法調伏の噂がまことしやかに囁かれたのは、京都人が心に秘めた欲望の無意識の現れだったかもしれない」って…有栖川宮って明治以降ではなくて、幕末から名前が出ていた人なのか…アリス?まぁそんな訳で、その後の明治維新では「ディスカバー御霊信仰という側面を持っていたこと」に走ったのもアレなのか?

 有栖川宮関係では了徳寺のとこで、「当山を含む一帯の土地が元有栖川宮邸だったことが判っている」のとこでしょか?有栖川宮は上京区にお住まいだったのか?

 後、神保町絡みで、神田神宮が京都の下京区にあるって知ってました?ちなみにこちらかお茶の水にある「神田明神」のオリジナルとされるところなんだとか…そーだったのか?片桐さん?更に京都人の視点で見る将門像って「我が強い一族の嫌われ者。身内とのトラブルの果て「ええかげんにおしやす」と朝廷に見離なされると、さんざん世話になった恩を忘れて自ら「新皇」と名乗り反旗を翻した」ってイメージなのか?

 他にというと晴明神社の絵馬のとこでのエピ…「「前世で結ばれていたように、現世でも京極夏彦様と結ばれますように」なんて一枚を見つけると、人気作家は大変だよなあと同情してしまう」とかあって、作家稼業ってそんな事まであるのか?アリス?

 後はとゆーと自転車の件か?「京都市内の路上で一番エバっているのは自転車である」のとこは、青の時代の准教授お前もか?の世界だったのか?ちなみに市内ってほぼ平地なので自転車天国なんだとか…

 まずは京都歩きの極意から(笑)「とりあえず駒札や説明書はみんな読む。が、鵜呑みにしない」「目的のない散歩では分岐点に出会ったら細いほうの道を選ぶ」「全ての鳥居は潜らなければならない」とな…何かアリス全部日常でやってそー(笑)

 まぁ怪奇の場所はやはり寺社が多いのは京都だからなのか、日本だからなのか…しかも「日本は神仏混淆である。京都にいると、とてもよくわかる。寺院には必ず鎮守社が置かれているし、廃仏毀釈を契機にその鎮守社が母屋を乗っ取った例もたくさんある。だが、実はオリジナルの寺院の元は神社だったりする。昨日の仏は今日の神」これが、京都的ジャスティスらすぃ…実に京都的じゃまいか?なのか…さすが千年の都…でもって、「神は祟る。仏は救う、が、神仏混淆のミヤコでは仏もまた祟る」ってホンマでっかぁーっ?

 でもって、更に凄い真理だと思わされたとこは「心霊スポットとして膾炙されるような場所は、恐ろしいから語り継がれるのではない。まして"本当に出る"からでもない。むしろ、"本当に出る"ところは洒落にならないから話は広まらなかったりする」って…じゃあどゆのが広まるのか?とゆーと「恐怖が娯楽の要素を備えて初めて流布する条件が整う」って、ざっつえんたーていめんとってか(笑)新手のお化け屋敷か?

 本書は怖いとこだらけだけど、その中でも一、二を争うは「<霊光殿天満宮>は「夢は願えば叶う」という妙に今風のご利益を掲げてきた」これは行かねばと思うでしょ?でも「叶えてもらった代償が、三年後の死なんだよ?」って、ホンマでっかぁーっ?これ極まれりな気がするのは気のせいか?これマジ祈願しに行く人がいるとしたら、実にアレな気が…

 まぁ怖い系で有名なのは貴船神社の丑の刻参りだと思われですけど、最近は昼間から釘打ちしている人がいるそで、注意しても「ここはそういう場所なんでしょて平気な顔してはるんですよ」とか、「社務所で藁人形売ってないんですか?と尋ねる観光客」とか、軽く考えいる人達がいぱーいらすぃ…ちなみに「基本的に呪詛は手順を違えると、かけた本人に跳ね返ると相場が決まっている」そーだが…ご存じない(死語?)なんですかねぇ?ちなみにちなみに、「どんな悪童だろうと京都人ならば鎮守の森に侵入するようなことはまずしない。聖域を侵す危険性をよく知っている」そな…結局、タブーを犯すのはいつもよそさんなんですか?そーですか?

 さて、個人的に本書で一番怖ったお話は、著者の子供時代の思い出話のとこだろか?「地蔵盆」という8月24日に行われる町内会の子供向けのお祭らすぃ…そゆ時は、幼稚園の遠足みたいにお菓子の詰め合わせセットみたいなのが子供一人一人にもらえるのが普通だったとな…ところが「ある年これが私には回ってこなかった」とな…それを配っていた近所のおばさん曰く「入江さんの家はお金持ちやさかい、こんなもんいらはらしませんやろ」と…

 で、どゆ事かとゆーと、別に著者のお家が超お金持ちだった訳ではないとな…で思い起こすは一年前…去年の地蔵盆の「福引き」で、著者は「特等と一等を当てたのだった」そな…「そのとき私に景品を渡してくれたのが、やはり彼女だった」で、その時にも「こんなもんまで浚ろてかはるわ。お金持ちにならはる家は違いまんなあ」と言って…

 それを思い出して「ああ、あの瞬間からずっと彼女は私にイケズする機会を待っていたんだなあと悟った」って、京のガキんちょパネェ…それとも京都のイケズは年齢選ばずか?ちなみに京都人思考としては、「イケズには原因がある」でもって「それに気づかずにいた時点で負けなのだ」って…さすが京都人、何も言えねぇ…

 しかも、この話はこの後がこあい…「もし、いま私が当時の私の側にいれば、その日のうちに特等を携え彼女を訪問していたに違いない。「ほんのお裾分けでございます」と無理やり置いてきただろう」とな…ここまででも子供の行動かと思うが、更に「「子どもの手ェからものを引っ手繰るほど困ったはるやなんて存じませんでしたわ。せっしょなこっちゃねぇ。なんぞ、させてもらえることおまへんやろか」てな話を、本人にではなく近所に触れ回る。それがイケズの正しい作法である」の件は、さすが京都、いっそ天晴の世界ですけど、昨今のイジメなんて京都のイケズに較べたら全然洗練されていないとゆー事になるんだろなぁ…

 こゆのが幼少期から連綿と続く京都、やはり、京都はよそもんにはただただ恐ろしいとこな気がするけど?どーなんでしょー?ウルフ先生?

 豆知識的には、京都の蔵、「京都の風景には、まだ当たり前に蔵が混ざっている」けど、それは「まぎれもなく"町衆"が豊かであった時代の遺跡だ」そな…京都もまた町民の街だったとゆー事か?室町の名残なんですかねぇ?

 ちなみに京都人は、「神も仏もお稲荷さんも、みんなまとめて「まんまんちゃん」と呼び、宗派も流儀もあらばこそ「あん!」と拝むようになる」って、そーだったのか?婆ちゃん?

 広沢池は、「平安時代に「バーチャル彼岸」とされていた」地だったんですか?朝井さん?「ときの貴族たちは「幽玄」「もののあはれ」を求めて洛中から広沢池を経て西山へと遊山したのだ」とな…平安貴族って…

 他にも、「同じ場所を堂々巡りしてしまう現象を「狐に化かされた」という」は一昔前の日本ならば普通にあった言葉かもしれないけど、これが残っているとこが京都なのか?

 後、中華料理の最後に出てくるフォーチュンクッキー、あれも「<伏見稲荷大社>参道にある<宝生堂>が元祖」なのか?パクリは世界を巡るってか(笑)

 それと「京都にはタブーをさりけなく不文律で伝える文化があるので、よそさんや子どもは知らず知らずのうちに禁を犯してしまいがちである」の件は、日本に対する外国人の感覚なのかもしれないかも、でも京都は生粋の日本人でもアレなんで殊更にアレかなぁ?ちなみにそれに対する京都人のお言葉は「痛い目にあわんと身に染みのへんやろ」という事らすぃ…実に京都人です、本当にありがとうございました…ちなみに「撮影禁止でなくとも照明のない御堂内はみだりに写すべきではないだろう」だそな…

 リアルというよりシビアな京都人的感覚としては「阿弥陀の光も金次第」「差し引きすれば仏様に貸しがある」の世界観に京都人は住んでいらっさるそーで…更にリアルなのが「そんな土地柄のせいか、存外京都を本拠にした新興宗教は少ない。ホトケサマに「貸しがある」と口に出してしまえる人種は騙し難い」からだそで…成程、京都、オレオレ詐欺も少ないんだろぉか?とはいえ「「呪詛」と「口コミ」の応酬」「この図式が京の定番である」そーだから、どーよ(笑)

 後、京都人の自然観も素晴らしス…京都人は「「大自然=癒し」みたいな短絡思考は持っていない」そな…平安時代から「自然とはすなわちヒトを拒絶する異郷である」という認識なんだそな…すっごいですねぇ…

 すっごいですねぇつながりじゃないけど、比叡山…京都というと延暦寺なイメージでいたら、これは京都ではなく滋賀の範疇という事になるらすぃ…でもって「この山は京都人にさほど好かれていない」という事で、延暦寺の京都の鬼門封じも「大嘘」という認識らすぃのだ…京都人や朝廷にとって「いつでも延暦寺は武力を伴う不穏分子であり続けた」とゆー事なんだとな…そーだったのか?朝井さん?

 純粋に豆知識的京都で、京都難読地名の一位は、「一口」じゃね?と著者はおっさっております。ちなみにこれ何と読むとかとゆーと、ひとくち、じゃなくて、いもあらい、と読むそーな…こちらの詳細は本書をドゾ。それにしても六本木(東京)の芋洗坂も、「昔は「一口坂」と書いた」とは知らなんだ?ちなみに芋洗坂の下った先にあるのがスウェーデン大使館だったよな?ですよね、ヴェロニカさん?

 これも豆知識系に入るだろぉか?で、白足袋族なる言葉が京都にはあると…どゆ意味かとゆーと、「坊主、神主、室町や西陣の旦那衆、その奥方衆、お茶やお花のお師匠さん、日舞や長唄などの先生方、などなど。ふだんからキモノ着ているタイプの洛中住人」の事らすぃ…でもって「実質的にミヤコを牛耳る面々は、まずこのグループ名簿に掲載されていると考えてよろしかろう」という事なんだとな…なので「フツーの京都人たちなら、尊敬しているかどうはともかく、とりあえず畏まる連中だ」とゆー事になるそー…マジ、リアル京都しているなぁ(笑)「この人たちに嫌われるということは、京都では社会の敵に指定されるのと同義語なので、ともかく避けた方が無難である」そだけど、「白足袋族と交流がないということは、すなわち社会的な信用がないに等しい」ともなる訳で、京都人的にはなかなかにややこしい事なんだそな…そーだったのか?婆ちゃん?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん、というかメインは都市伝説系のお話ですから、そちらに興味のある方は本書をドゾ。多分、夏に読むと涼しくなる事うけあいかも?

 取りあえず、英都回りの上京区と下宿回りの左京区だけでもチョイスすると、
 上京区・堤互商店、宝鏡寺、宥清寺、白峯神社、千本釈迦堂、石像寺、千本ゑんま堂、今宮神社旅処、七野神社、菅原院天満宮、霊光殿天満宮、一条戻橋、岩上神社、湯たく山茶くれんき寺、清水谷家の椋、了徳寺、大峰寺跡、観世井、梅雨の井、上御霊神社、幸神社、披翠亭、鵺大明神、東向観音寺、浄福寺、
 左京区・熊野若王子神社、大豊神社、聖護院積善院準堤堂、狐阪、白川子安観音、法伝寺、真如堂、南禅寺、貴船神社、平安神宮、春日神社、聖護院、下鴨神社、金成光明寺、赤山禅院、下鴨静原大原線、曼殊院、鞍馬駅、西雲院、茂庵、妖怪堂

 目次参照  目次 京都

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コメント

入江敦彦氏もいいけど 鷲田清一氏の京都の平熱がいいですよー

投稿: やまね | 2016年11月10日 (木) 21時59分

>やまね様
コメント書き込み有難うございましたm(_ _)m

投稿: ELL | 2016年11月13日 (日) 01時09分

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