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2015年10月 7日 (水)

最先端の異国情緒?

京都異国遺産  鶴岡真弓 編著  平凡社

 京都というと、日本的なあまりにも日本的なの世界かとたいていの日本人が思っているけれど、その実、その当時の最先端輸入もんバリバリやんかぁーっ?という事らすぃ…で、そんな事例が、これでもか、これでもか?と出てきます…

 まぁ昔から日本人舶来品には目がなかったのは最早DNAレベルのソレじゃね?ですけど、それ以上に、単なる丸ごとポンみたいなノリじゃなくて、アレンジ大国日本、魔改造はこれもお家芸だったんですね…どれもこれも指摘されないと分からないレベルって、これもまた、どーよ?とは思ふ…基本とアレンジが共存する国なんだなぁ…

 で、江戸以前だと、中国・朝鮮半島系じゃね?と思うやんかぁーっ?これが、またシルクロードぱねぇで、大航海時代パネェなんでございますよ、奥さん(誰?)

 さて、京都三大祭の一つ祇園祭となれば山鉾が有名ですけど、この山鉾一つとっても異国の香りがの世界らすぃ…「山鉾の正面の前懸は「ペルシア」の十七世紀半ばの木綿と絹の絨緞で飾られている。脇に廻れば胴懸は「中国近辺」の絨緞で、そのなかには「アラビア文字」を縁につけ、「中国」の梅の図像を表すものもある。後部の見送には「明朝」の綴錦といったように、異国の絨緞で彩られているのをご存じだろうか」という事になるらすぃ…

 一つ一つの鉾を見ていけば、それぞれにあるじゃまいか?とゆー事で、他にも「鉾の錺りには、この故事とは関係のない「ベルギー」のタペストリー、しかも図像はキリスト教・旧約聖書の物語「イサクに水を供するリベカ」」だったり、「胴懸は「インド」や「中国」近辺の絨緞で飾られている」って…他にも色々ありまっせでして、詳細は本書をドゾですけど、かよーに山鉾は異国情緒でいぱーいという事らすぃ…そーだったのか?山鉾?

 「今日に伝わる三十二基のうち、二十八基に、舶来染織品が伝えられていて、鑑定済みの舶来染織品だけで二百九十七点にも及ぶ」そーだから、これ如何に?とゆー事はどゆ事とゆーと、「祇園祭とは、純粋な「日本の伝統美」を見せるフェスティヴァルではなく、日本の、京の、施政者や町衆が、中国や朝鮮やインドやヨーロッパなど、世界とのかかわりを、いかに実物の美的なモノによって、世に示すかを思考し、果敢に実行してきた歴史であるのだ」とな…

 と、山鉾だけでも凄い話でして、こんなのが丸々一冊これでもかこれでもかと登場してくるのでございますよ、奥さん(誰?)

 アリス的には、京都は学生時代の青春の地であり、准教授のお住まいでもあると…まぁ何にせよ縁深い土地柄ですけど、こちらに出てくるとこは物見高いアリスならば、全部クリアしていそーな気がするのは気のせいか(笑)

 他にアリス的というと、大阪は太閤さんで、秀吉も祇園会に「異国の絨緞を寄付した」とか、高台寺に残っている秀吉の陣羽織は「「阿蘭陀渡り」と呼ばれていた」そで、「ペルシア、サファービー朝の絨緞」だとか…確かにペルシア絨緞薄いのもあるしなぁ、それを陣羽織にするあると思いますなのか(笑)

 後は、「聖徳太子の願いをうけ、秦河勝が建立したといわれる京都最古のお寺・広隆寺」の件だろか?こちらミニコラム的になってますので詳細は本書をドゾですが、こちらの弥勒菩薩半跏思惟像、「哲学者のヤスパースがその写真を見て驚嘆したことはよく知られた事実であり、第二次大戦後、国宝第一号に指定されている」そで…そーだったのか?弥勒菩薩?

 他というと四風荘で相国寺絡みで、当時の洛中・洛外図での話ですが、「一説によると、一三九九年に建造され、一四七〇年に雷火のために消失した相国寺の七重塔を、あたかもそのてっぺんから一帯を俯瞰したかのように描かれた景色」とかもありまして…京都、昔は色々建物あったんですかねぇ?

 後は同志社大で、新島襄絡みになるのかの山本覚馬のエピのとこかなぁ?「幕末期には、暗殺された象山の遺児を、勝海舟の依頼で新撰組局長の近藤勇に紹介したことがある。象山、海舟、さらに西周、木戸孝允、新島襄など、山本の育てた藩や出自を超えたネットワークは、明治以後の京都復興において、大きな役割を果たすことになる」そな…成程歴史の偉人達はどこかで必ずつながっていたとゆー事か…

 それにしても江戸っ子が宵越しの金は持たねぇの世界で祭なんかに散財していたイメージはあったんですが、それは京都も似たよーなもんだったのか?祇園祭なんかも、フォーマルなセレモニーというよりは、「民衆のカーニヴァル」のイメージだったらすぃ…「馬長らの装束・装飾などが華美をきわめ、しばしば朝廷の過差(贅沢)の禁制に触れ問題にされたのだった」そな…京都の町衆も熱いでござるってか?まっそんな訳で五百年前から派手ですが、何か?の世界だったよーで、そゆのはちゃんと祇園祭の絵(屏風絵)なんかで残っているらすぃ…そーだったのか?アマノン?

 ちなみに異国からきた織物は「渡り」と言われて珍重されていた模様…まぁある意味、うちにはこんなに珍しい品がありまっせという金持ちの見え張り合戦の傾向もなきにしもあらずなのか(笑)何かと変化球の京都にしては直球勝負の世界じゃね(笑)

 江戸時代に珍重されていたという「蝦夷錦」に至っては「中国・明・清王朝下で官吏や貴族たちの官服生地などの目的で製作された絹製の綴れ織や刺繍などの染織品の通称」とな…ちなみにこれらも祇園祭や亀山祭、その他近畿の曳山祭礼で使用されているとな…関西の人達は異国の布がお好き?の世界だったんだろか?うーん…

 まぁ舶来品インパクトでは、例えば、奈良・飛鳥の昔…金の仏像キタコレは相当にビックリ事件だったらすぃ…「飛鳥時代の日本ではまだ金の鉱脈は発見されておらず、古墳の副葬品などに見られる黄金は大陸からの輸入品であったとされる」そで…文字通り目の眩む光景だった模様(笑)

 今見てもインパクト系では、春光院にある「南蛮寺」の鐘じゃまいか?どゆ事とゆーとお寺に教会の鐘があるとゆー事でございますよ、奥さん(誰?)そんな訳で鐘には、「IHS」とか、「一五七七年」とか書いて(刻印)されているってか?元は、あの「織田信長はキリシタンのための寺の造営を容認」して建てられた「南蛮寺」の鐘とな…

 でまぁ、秀吉の時のキリシタン追放で南蛮寺も崩壊、で鐘は「仁和寺」に預けられたそな…それが巡り巡って春光院に行き着いて今に至るという事らすぃ…鐘のリサイクル、エコあると思いますなのか?京都?

 さて、その仁和寺ですけど、ども当時の文化センター的な意味合いもあった模様…この辺りの詳細も本書をドゾですが、例えば仁和寺にあるキリシタン灯篭なんかも、「胴部に巨大に膨らみが造形されていて、ひと目でヨーロッパの「バロック様式」が想像されるほどである」なシロモノらすぃ…ちなみに「バロック様式は建築から家具まで「楕円」を基本デザインとし多用した」そで、そーだったのか?バロック?でもって、そんな様式が極東の端までキタコレになると…

 ちなみに「日本のバロック建築といわれるあの日光東照宮の彩飾のみならず、奇しくもその東照宮境内にある「オランダ灯篭」って…神社仏閣にある灯篭、侮るなかれ?の世界が展開している模様…

 他にも茶の湯も日本情緒の塊かと思っていたら、異国をとりいれ、アレンジの果てらすぃ…まさに元祖・魔改造ってか…何かにインスパイアされて、自国にとり入れて、更に発信するって、昔から日本のお家芸だったのか?日本人って胃袋丈夫だったんですかねぇ?何でも消化しているよな(笑)

 煎茶の方も萬福寺の件のとこで詳細をドゾ。それにしても昔は抹茶だったけど、抹茶って手がかかるから煎茶でもしないとゆーノリだったとは(笑)「明朝において代わりに発展したのが煎茶であった」って、そーだったのか?煎茶?

 後、修学院離宮とシノワズリーの件も本書をドゾですが、結局、この手の建物の何とか趣味に気付く、こだわるって異国から来た人達に多くね?な話かなぁ?タウトとか…

 面白豆知識というとアレだけど、天神様、菅原道真、京都的には北野天満宮の件がまた凄い…今だと学業の神だけど、祟り神だったり、雷神だったり、農業の神だったり、その変遷がすざまじい七変化じゃねな天神様ですけど、まぁこの変遷の詳細は本書をドゾですが、「南北朝の内乱期を境にして、天神のイメージは大きく変わり、「「渡唐天神」という新たな信仰を生み出した」というからこれ如何に…どゆ事とゆーと「天神道真の雷が宋に渡って、径山の仏鑑禅師のもとで臨済宗を学び受衣したというものである」って…「「渡唐天神」説話は博多の承天寺ではじまり、それが京都に「輸入」されたという」って…

 よーするに武家社会になって、禅宗が台頭してきたら、こちらの影響も天神様にキタコレになったらすぃ…かくて「天神道真の「文学の神」、「儒道の神」としての側面が、より協調されることになったのである」とな…そーだったのか?官公?

 今更なのかの豆知識的なソレで、あの野々村仁清の仁清って、「仁和寺の「仁」と本名の清右衛門の「清」をとり「仁清」と名乗り銘印とした」からなのか?

 後、これも今更な気がするが、京料理の基礎とは、「有職料理」「精進料理」「会席料理」「おばんざい」だとな…貴族に寺にお茶に民衆って、成程の世界じゃね?

 それと、これも京都人的には何を今更な話だと思うけど、京極、これ「京のはずれ」の意味なのか?何か、京都のど真ん中のイメージでいますた…うわぁー…

 も一つ、そんな京極とゆーか、新京極発祥があの松竹なのか?歌舞伎や映画が何故に京都って、そゆ事らすぃ…

 他にもたくさんたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。それにしても個人的に行ってみたいかも?と思わされたのは喫茶店「フランソワ」かなぁ?何と1934年創業で未だにお店開いているとゆーから凄い…京都にはこゆお店がまだまだいぱーいあるんだろぉなぁ…

 でもって、本書的に一番ハーヘーホーと思わされたとこを最後に一つ…「だれよりも田舎者を恐れ、軽蔑する京都。しかし、その田舎者なしには、「都」という地位を保てなかった京都。この二つの矛盾の中で、京都は少なくともこれまでは、うまく生きながらえてきた」(@渡辺潤/社会学者)って、多分それは京都人が一番認めなくない京都感覚じゃなかろーか?

 執筆者は、磯部直希、野口良平、美馬弘

 目次参照  目次 京都

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