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2015年11月 8日 (日)

人の御世話にならぬ様。人の御世話をする様に。そして酬いをもとめぬ様…

日本全国ユニーク個人文学館・記念館  新人物往来社・編  新人物往来社

 ユニークかどーかはともかく、日本全国にこんなに偉人というか、地元的にはおらがまちの立身伝中の人達がズラリだろか?文学系の方はともかく、日本史を知らないと誰それ?の前に何それ?の世界が展開しているよーな(笑)

 そんな訳で、本書偉人の百花繚乱の世界でして、いずこの人も皆それぞれに、凄いっスねぇな世界ですが、その中で一人、今でしょっ(死語?)と選択するとしたら、田中正造じゃなかろーか?名前聞いてピンとくる人には今更だけど…足尾鉱毒事件と言えば分かるでしょーか?「渡良瀬川の上流の足尾鉱山から流れ出た鉱毒で、流域住民が深刻な被害をうけたというもので、日本の『公害第一号」である」なんですよ、奥さん(誰?)しかもその被害は「群馬や栃木だけでなく、茨城、埼玉、千葉を含む各県が被害をこうむっている」にもわわらず「議員である正造は、この問題をとりあげて国会で質問するが、とりあってもらえなった」とな…「「富国強兵」「殖産興業」を国の方針として邁進していた明治政府は、産業や経済のほうを優先したのだ」って、何かここまでの件で、どこかのフクシマを思い出しはしまいか?

 とにかく、この田中正造の生き様は、日本にもこんなに信念の漢がいたとは知らなんだ…いや凄いなんてものじゃないので、戦前のあの時代に時の権力に真っ向勝負で立ち向かっていく、しかも立ち向かい続けた人ですから…こんな真っ当な政治家が日本にもいたとは?政治家と官僚とは汚職しかしていない人達かと思ってますた(笑)

 詳細は本書をドゾですけど、この正造のポリシーが凄い、「民を尊しとなし、君を軽しとなす」(孟子)とか、「人命は、地球よりも重し」(「西洋立志編」)とか、言葉も凄いが、何より凄いのは言うだけならタダみたいな人は五万といるが、これをマジ実行した人は果たしてどれだけいるのか?

 そして極め付けはご本人のお言葉「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」とな…日本全国にある全原発の玄関の前に掲げてみてはどーだろぉ(笑)ついでに経産省と、電力本社から末端まで(笑)

 アリス的には、文学系というか、作家系だろか?後、オオサカンなとこでいくと、田辺聖子文学館になるのかなぁ?こちら樟蔭女子大内にあるそーで、これまた全然知らなかったけど、大阪では名門女子大という事になるらすぃ…緑の袴に、編み上げ靴というのが昔からの制服、今となると伝統らすぃ…さすが御嬢さん学校は違うという事か?

 後は長井勝一漫画美術館のとこかなぁ?「マンガ家や作家の美術館は数あれど、編集者の美術館なんて、聞いたこともない。もしかしたら、世界で唯一かもしれないのだ」って、そーだったのか?片桐さん?

 歴史の中の男でござる編では、鈴木貫太郎の件も責任の取り方の世界でしょか?「断崖絶壁に立ってなお責任逃れをせず、逆に全責任を背負って」戦時内閣を引き受ける人って、今の日本にいるのだぉか?昨今の政治家なんて、どんだけ失敗しても自らは成功ですなんて言ってはばからないし(笑)一昔前に反省だけならサルでもできると言われたけど、日本の政治家の辞書に反省という文字はないに1ジンバブエドル賭けてもいい(笑)それはともかく敗戦の将とは?というのを考えさせてくれる人じゃね?ちなみにそんな貫太郎は「役人が国民に約束したことを破って平然としていることを憂慮し、自由を放縦とはき違えているとことを危惧していた」とな…

 他にそれ系では、小村寿太郎のとこでしょか?こちら日露戦争の後始末をつけた男でしょか?時の外相でござるでして、表向きは日本の勝利だったけど、内実では相当にアレだった件でしょか?こちらも詳細は本書をドゾですが、それにしても、戦争に勝ったとは言うけれど、全然日本にお得じゃないとゆーそれで、当時の日本国民からは物凄く嫌われた男だった模様…「私の取った日露間に対する努力は、百年ののち、もし活眼を持った歴史家が出たならば、必ず日本国家のためにその効果が認められるだろう」(@小村)とな…まぁ活眼以前に、真っ当な歴史家がどこにいるんだぁーっ?ですからねぇ…

 歴史的というより、時代的なソレでいくと、荻野吟子の生き様もまた凄い…日本初の女医さんですけど、もー並の人生じゃないので、こちらの詳細も本書をドゾ。日本の殿方の大好きなお言葉、そして何かと出してくる「前例がない」に対しての一つの答えかなぁ?それにしても女医の場合「江戸時代、塙保己一が編纂した平安時代の「今義解」には女医の規定があることを突き止めた」の件が爽快でしょか(笑)まさに月面に一歩だよなぁ…

 後は、これもちょい前にDCの桜で何だかなぁな話がチラホラニュースになっていたよーな記憶があるけど、まずは「尾崎咢堂」を知っているかい?と聞いてみたいものよのぉ?越後屋ってか(笑)DCは相模原市と姉妹都市提携とか結んでいるんだろぉか?の世界じゃね?まぁ米の歴史は金で買えるもといロビーでどーにでもなるからアレだけど、DC市民として尾崎咢堂を忘れていまいか?米の礼節的にどよ(笑)

 も一つ、歴史の教訓系では、まずは幕末、中島三郎助のとこが浦賀にてな話でして、詳細は本書をドゾですが、一例をあげると「弘化元年になると三郎助は浦賀奉行から番船にも台場のような大砲を搭載する仕掛けを考案せよとの命令が下される。モリソン号の教訓から七千も経っていたが、やっと軍艦の必要性が認識された」とか…しかもこの時代、ペリーの黒船が取り沙汰されるけど、「嘉永二年にはイギリスの測量船マリナー号が入港し、浦賀周辺の測量を行った」とか…

 また佐久間象山のとこでは、中国が「阿片戦争で"夷狄"イギリスにあっさりと負け、その後、次々と西洋列強が日本に開港を迫ってきたからである。象山は、当然これらアメリカやイギリスの「無礼非道」を非難した。が、幸貫が天保改革の一環として海防掛に任命され、象山に海外事情の研究を命じると、がぜん象山はそれに邁進したのである。日本の軍備がいかにお粗末であるか痛感した象山は、まず西洋の砲術学を学んだ。「海防八策」を書き、海軍創設を主君に提言したのもこの頃だ」とか…

 松浦武四郎とは北海道の地図を作製した人ですが、えぞ内陸部のもでして、詳細は本書をドゾ、こちらもマルチな才能の人だったみたいです…幕末にそんな事すればヤバいのはアレですけど「六回目の踏査中には、「安政の大獄」が起こり、松陰や雲浜らは捕えられたが、松浦が捕縛されなかったのは、過激な攘夷思想ではなく、「自国の領土が不明では、日本を外国から守れない」という考え方があったからだろう」とか…

 豆知識的には、田中館愛橘の辞職宣言から、「帝国大学教授の定年制導入のきっかけとなる」そで…それまでは大学教授職って定年なかったのか?ちなみに田中館は世界的にアレだったよーで、「フランスの国際度量衡中央局長のギョーム博士は愛橘を評して、「地球には二つの衛星がある。一つは月で、あとの一つは田中館博士だ」と、歓待した」人物であったそな…日本の科学界的には、第一人者的な立ち位置か?

 他にも、「塩竈はよそ者の集まった東北の上海と呼ばれた所だから。新しいまちなんだよ」(@長井勝一漫画美術館初代館長)とな…そーだったのか?尤も「塩竈は松島湾の複雑な入江の、最も奥深くに位置する。塩竈のまち自体は縄文時代からの遺跡もある古いまちだ。奥州の一の宮である。塩竈神社も古くから信仰を集めていたにもかかわらず、平安時代の名だたる神社が掲載されている「延喜式神名帳」にも載っていない、謎めいた神さまが祀られている」って…太古の昔からあるけれど、常に人が流動している街という事なんでしょか?塩竈?

 後は、こちらは一茶のとこに出てくるのですが、当時「信州の出稼ぎ者を、江戸では「椋鳥」と言って嘲る」だったとな…一茶の「椋鳥と人に呼ばるる寒さかな」って、そゆ事だったのか?

 名言、至言的には、「勝は利口な男、榎本は要領の良い男、小栗の最後はあれで良いのです。上州で殺される運命だったのだ。畳の上で死んだ岩瀬や水野のいかに影が薄いことか…」(@村上秦賢和住職/東善寺)は、いやはや何とも…まぁ小栗を生かせなかったところが明治政府の限界だったかもなぁ…

 後は本書でちょっとおろろいたとこで、教育的指導とは何か?じゃないけど、小村寿太郎の祖母の場合、「小村が七歳になって藩の学校振徳堂に入学すると、祖母は毎朝二時頃に起き出し、小村に顔を洗わせ、食事をさせ、勉強させ、提灯を持って、六時には開く学校まで送って行き、しかと見届けて安心してから帰途につくのが常だったそうだ」って、今時、そんなの親でもいないよーな…森鴎外の祖母といい、昔の祖母には教育への執念があったんだろか?うーん…

 さて、他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。これも一つの日本かな?な世界が展開していまする(笑)

 最後に一つ、本書で一番感心させられたとこを一つ、「何より「子分は何百人といたが、義侠心に富み、不正不義の行いは決してさせなかった」」とか、「彼は決して子分を見捨てなかった」とかのとこでしょか?そんなトップどこにいるんだぁーっ?ととゆー、これあの清水の次郎長の事なんですよ…想定外とリストラ上等の現代を見たら、次郎長親分は何と言うのでしょお?私気になりますっ(笑)

 掲載されているのは、陸別町関寛斎資料館(陸別駅バス停前)、茅野茂二風谷アイヌ資料館(資料館前/富川大町、北島三郎記念館(末広町)、田中館愛橘記念科学館(JR二戸駅)、奥州市立後藤新平記念館(水沢駅)、長井勝一漫画美術館(塩竈駅)、小栗上野介忠順遺品館(権田寺前)、足尾鉱毒事件田中正造記念館(わたらせ駅)、熊谷市立荻野吟子記念館(葛和田)、佐倉順天堂記念館(順天堂病院)、一茶双樹記念館(平和台駅/南流山駅)、鈴木貫太郎記念館(関宿台町)、江東区芭蕉記念館(森下駅)、一葉記念館(三ノ輪駅/浅草駅)、古賀政男音楽博物館(代々木上原駅)、相模原市立尾崎咢堂記念館(奈良井)、浦賀文化センター中島三郎助コーナー(浦賀駅)、白秋記念館(白秋碑前)、河合継之助記念館(JR長岡駅)、坂口記念館((JR直江津駅)、象山記念館(八十二銀行前)、玉泉寺ハリス記念館(柿崎神社前)、蓮杖写真記念館(下田ロープウェイ頂上駅)、焼津小泉八雲記念館(文化センター前)、中勘助文学記念館・杓子庵(見性寺前)、梅陰寺次郎長遺物館(梅陰寺)、松浦武四郎記念館(伊勢中川駅)、近江聖人中江藤樹記念館(安曇川駅)、田辺聖子文学館(大阪樟蔭女子大学内)(河内小阪駅)、孫文記念館(移情閣)(JR舞子駅/舞子公園駅)、高田屋顕彰館・歴史文化資料館「菜の花ホール」(高田屋嘉兵衛公園)、山田方谷記念館(刑部駅)、美咲町旭文化会館・岸田吟香記念館(西川)、管茶山記念館(湯野駅)、本因坊秀策囲碁記念館(入川橋)、宮本常一資料展示室(周防大島文化交流センター)(大畠駅)、月性展示館(柳井港駅)、山口市小郡文化資料館種田山頭火展示室(JR新山口駅)、伊藤公資料館(岩田駅)、平賀源内記念館(志度駅)、瀧廉太郎記念館(豊後竹田駅)、双葉の里(双葉山記念館)(JR天津駅/JR柳ヶ浦駅)、国際交流センター小村記念館(宮崎)、シーボルト記念館(新中川町)

 目次参照  目次 文化・芸術

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