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2015年11月11日 (水)

へつらう者に囲まれた最大のへつらい者は彼自身である(笑)

わたしを変えた百冊の本  佐高信  講談社

 よーするに個人の読書日記というか、感想文の世界なんだが、ただ羅列しましたとゆーノリじゃないんですよ、奥さん(誰?)出てくる本を全て読破しているのは当たり前なんですが、著者的には、その全てが人生の岐路、節目にこの本みたいなノリじゃなかろーか?でもって、何より凄いのは、大学入学前からつけている読書ノート…で、そこからの引用がこれまた結構多い…若き日のソレを惜しみなく出せる著者、それだけでパネェでござるかなぁ…

 まぁそんな訳で学生時代から凄いです、その視点が、なんだろなぁ…凡人にはとてもついていけないので、読後にまず思った事が著者と同じ寮生でなくて良かっただろか?何か本の選択といい、その読後ノートの感想文といい、気分はハムレットなんですけど(笑)こんな眉間に縦ジワ系で読書なんて、著者肩こらなかったんだろか?謎だ(笑)

 そんなこんなで本書はまず人生に悩める若人って事で十代のガラスの少年に薦めるかなぁ…ただ、軽い本というより思索せんかいな世界なんで、十代で歯がたつのかどーか?は神のみぞ知るだろか?まっ若い頃は背伸びも大切って事でFAか(笑)

 アリス的には、准教授的にというより、真野さん的に教師とは何か?というか、教師についてのエピのとこかなぁ?元々著者は大学卒業後故郷の高校に勤務し、後に東京で経済誌の編集者になり、更にその後にフリーになる訳ですが、まず教師から編集者にの転職の件で「上下関係のない教師の世界からタテ社会で管理体制の強いビジネス社会に入って、こんな世界があっていいのか、と本当にびっくりしました」とあったりするんですよね…どちらかとゆーと日本ではタテ社会の方がメジャーな気がするんだが、そんなのに驚いている人が教師しているとゆーとこが凄い…それで生徒をどの社会に出していたんだろぉ?

 リアルの教育現場とは何か?になるのか「いま、教師は「薄給にあえ」いではいない。そのことが逆に、彼らの教育に対する危機感を弱くしてしまってもいる。いまや、日教組は右翼にも相手にされなくなっている感じさえあるからだ」って、「いまは逆に、「職業としての教師」はなくなってもいいのではないか、と考えている」って…そーなんですか?真野さん?

 他にアリス的というと、比類なきのお札じゃないけど「たとえホンモノであっても、「必要流通量以上に放出される通貨」はニセなのだというこの指摘に私は瞠目した」とか、どーでしょお?金融政策ってニセ札つくりだったのか(笑)

 後は、作家的なとこで、「が」の使用とは?でしょか?「論文の書き方」(清水幾太郎)の項で「「が」を警戒しようという清水の言葉は、文章を書こうとする時、何度もよみがえった」とあって、「が」という接続助詞の在り方について語っていたりして…がを使うと、「つながらない句もつなげてしまう。そうすると、文章からは緊張感が失われる」事になるとは知らなんだ…そーだったのか?アリス?また「よく、「あるがままに」書けと言われるが、そうではないと清水は言う。「あるがままに」は、ある意味で自然への屈服なのであり、文章は「つくりもの」でよいし、「つくりもの」でなければいけない」とな…この辺りは嘘書いてナンボと言い切るアリスならば、分かるの件か(笑)

 尤も、作家的なとこというと松本清張絡みの話のとこかも?「エライ人を斬る」(竹中労)の項なのだが、「あるとき、松本清張の意を受けた編集者の伊賀弘三郎から、矢崎に電話が来て、「清張さんから頼まれているんだ」という。それは竹中の件で、こんな条件が提示された。「竹中労の原稿は事実誤認がある。まちがったことを故意に書いて松本清張を誹謗した、というふうに公表してくれないか」『話の特集』でそれをやってくれたら、一年間、原稿料はタダで連載しよう。その連載を本にしてもよい、実にいい話ではないか、ということだった。当時、清張の原稿は大手の出版社がすべてほしがっており、その清張を批判した竹中は、それらのほとんどの雑誌等からパージされていた」とな…さて、矢崎は何と答えたか?「それは少しもいい話ではないですね。タダで原稿を書いてもらいたくもないし、出版の計画もありません」と断ったとな…それにしても松本清張のソレとなると億の単位の話になるのか?売れっ子って凄い…で、言論の自由の出版界の水面下なんてこんなもんなんだなぁ(笑)

 作家感的なとこでは、会田雄次の司馬遼太郎観がパネェでしょーか(笑)曰く「司馬作品の中には、本質的な悪人が全く出てこない」とな…だからこそ「司馬の場合、作品の中に悪がないから、わりあいサラリと読める。実は、それが司馬作品が多くの読者を獲得した秘密であると思うのですが、シナ人とかヨーロッパ人を書くのは難しいでしょうね。ことにイタリア人なんか書けないだろうな」(@会田)とな…そーだったのか?司馬遼…

 も一つ、作家的なとこで「銀の虚城」(森村誠一)の項で「権威ある文学賞を取ったばかりの新進作家にフロントで名前を尋ね、「天下の××を知らないのか!」と怒鳴りつけられたのも、忘れられない屈辱の思い出だとか」って…世の中にはそんな作家先生もいらっさるとゆー事か?いやぁ賞ってこあい…やったな程度で十分ですよね、アリス(笑)

 さて、どんなエピがあるのか?とゆーと「戦後日本の思想」(久野収、鶴見俊輔、藤田修三)のとこでは、「非政治主義的文化主義、現実のナマモノに鈍感なヒモノ的古典主義が出てくる。ある意味では、私はいまもこれと闘っているような気がする。しかし、彼らの厚顔、鈍感の壁は厚い」とな…もしかして、はいここわらうとこ、なんだろか(笑)

 他にも色々あるけど、著者は余程小林よしのりに含むものがあるらすぃ…「西部戦線異状なし」を引き合いに出して「小林よしのりの「戦争論」など、このヤリトリの前には木っ端微塵である。古典となっている作品の強さ、息の長さには驚く。こうしたものを読んでいないと、小林のように得意気にバカな作品を出すことになる。ベストセラーになって舞い上がっているところを見ると、当人も手のつけられないバカということだろう」って…

 好き嫌いエピでは、「三島由紀夫が太宰を嫌ったのは有名な話である」とな…他にも「小島直記は羽仁五郎が大のつくほど嫌いだった」とか…

 それでいくと「内橋、奥村の二人に私は兄事してきたが、年齢順で言えば、奥村が長兄である。私たちは、会社批判の"激辛トリオ"とか呼ばれ、悪意ある人たちからは、その頭文字をとって"USO放送"などとも陰口を叩かれてきた。しかし、長谷川慶太郎や堺屋太一等のチョーチン評論家こそが日本経済や会社を誤らせてきたことは、いまや明々白々だろう」とな…

 生き方にスジを通したではアラカンのエピが凄い…「永田雅一が、寛プロの従業員ほうって、お前だけ来い、と耳打ちした。「従業員もいっしょにひきとってもらえまへんのか?」コチーンと来ながら、アラカンがそう尋ねると、ワンマン永田は、「あかんあかん、二者択一や」と言った。今でいう、ヘッドハンティング、引き抜きって奴だろか?まぁ現代人ならさっさと一人勝ち逃げだろーけど、天下のアラカンは違ったとな…

 二者択一だというならば「ワテはよろしい、従業員ひきとってほしい」と訴えたと…「男子の一言金鉄や」って事で永田も引けず「ひきとってやるわ、そのかわりキミ、どこの会社にもいけなくなるぞ」と捨て台詞の啖呵を切ると…今でいうとパワハラじゃまいか?ですけど、これでアラカンは「徹底的に干されることになった」そで…

 何とゆーか初志貫徹というか、権力に対してイエスマンにならない人が、この世にはちゃんといるし、また自分以外の人達の境遇をちゃんと考慮、配慮できる人がいたんだなぁ…これも今風に言うなら、アラカンとは儲けちゃいけないんですかな人達の対極にいた人じゃまいか?

 後は、今時とリンクするんじゃなかろーか?の「エラスムスの勝利と悲劇」(ツワイク)の項のとこの訳者後書きのとこが凄い…「この哲人を書くに従って、ツワイクは彼自身の立場を公言することができたのみならず、テロリズムのイデオロギイに反対な感情を強めることができた」「ツワイクは、地上におけるただ一つのこと、即ち理性の厳たる狂信を衷心より憎んだ。そして意見の不寛容をば現代の最大悪と見なしたのであった」(@高橋禎二)って…まさに原理主義とは何か?じゃね?

 リアルとリンクするといえば「背信重役」(清水一行)のとこでは「"三菱紳士"などと言われるが、その名門財閥グループの会社で、社長が留守中に、造反役員たちが連判状をまとめて社長を追放する事件は起こった。それがエリートたちの内実なのである」ですかねぇ…出世とは究極の椅子取りゲームってか(笑)

 ちなみに「「西武鉄道では、今も、グループ企業の社員がかわるがわる、創始者の康次郎の墓参をしている。(中略)この十年間に三回行ったというある中堅社員は「行くと、心が洗われる」と言っていた。こうした言葉を聞くと、私は不気味なものを感じ、それを"半強制"している堤義明に腹の底から怒りを覚える」ここにも佐高さんの熱い血の例証がある。今日この怒りをもった評論家が実に少ない。ほとんどがワケ知りの名士となって肥え太っている」(@小島直記)でしょかねぇ…まぁ日本の評論家ってほぼ御用何とかに成り果てしまったし(笑)どこも企業べったりなのは、フクシマで露呈してしまったし(笑)

 腐敗という点では、「都市の論理」(羽仁五郎)のとこで売春法についての件で「いま、警察の腐敗を目の当たりにして改めて羽仁の洞察力に驚嘆する」でして、更に「自民党の永久政権と官僚制と独占資本とが結合して、国民の税金を収奪し、住宅とか道路とかそのほかあらゆる自治行政を侵略し、都市自治体の計画を破壊し、都市自治体を無力にしているのである」(@羽仁)の件は、これ30年前の言説とは思えない程、今でしょっ(死語?)じゃね(笑)

 まぁ経営者の実態としては分かり易いのは「「社員ならアゴで使えるのに、自分の息子にはタバコを買って来てくれとも言えない」という、ある社長の述懐が雄弁に物語っている」じゃね(笑)

 また「ルワンダ中央銀行総裁日記」(服部正也)のとこで「「嫌な思いをしなかったわけではないけれども、日銀にいる時よりは、それは少なかった」という服部さんは、上下のタテ感覚ではなく、対等のヨコ感覚に生きる人なのだろう。「戦に勝つのは兵が強いからであり、戦に負けるのは将が弱いから」が持論。これを逆に考える経営者が多い日本では、異色の人である」の件で、日銀の実態とゆーのも分かるってか(笑)

 ちなみに「悪いことができない人より、悪いことができて悪いことをしない人が成功する。実業界というものはこうしたものです」(@清水雅)とな…腹黒上等ってか(笑)

 またこれも言われてみればそーだったか?で「日本の大手企業の社長は自殺しない。十年前、アメリカのコンチネンタル航空のフェルドマン会長が自殺した。ビジネス上の失敗がその原因だったが、このように、ビックビジネスのトップが自殺することはアメリカでは少なくない。しかし、日本では汚職や倒産等の責任を負って、大手の銀行や鉄鋼会社のトップが自殺することはない。かわりに、部長や課長等のミドルが自殺する」の件は詳細は本書をドゾですが、財界だけじゃなくて、政界も何かと、秘書が勝手にやった事ですから(笑)フクシマを見るまでもなく、日本はずっとトップが責任を取らない国なんですよ、奥さん(誰?)まぁ日本はいつも通常運転乙ですけど、米で自殺、あると思いますなのか?

 後は「騙されたということは不正者による被害を意味するが、しかし、騙されたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いていないのである。騙されたとさえ言えば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ」(@伊丹)の件は、これ額に入れてどこぞの外務省に飾っておいたら如何だろーか(笑)

 また、著者の実体験的エピでは、「あんなに激しく書いて圧力はありませんか、という質問が寄せられる。それに私は、"兵糧攻め"ですね、と答える。つまり、クライアント、広告主を通じて、連載中止などに至ることが少なからずあるのである」って…どこも本当の事は言ってはならないってか(笑)成程、スポンサーから一言、現代じゃこれが一番きくって事か…そーいえばそれもフクシマを見よの世界か(笑)

 広告業界のソレでいくと、「一、もっと使わせろ、一、捨てさせろ、一、ムダづかいさせろ、一、季節を忘れさせろ、一、贈り物をさせろ、一、流行遅れにさせろ、一、混乱をつくりだせ…」(戦陣訓/永田久光)とな…さすが天下の電通の元社長の言う事は違う(笑)

 もっと凄いのは、NY発信の欠陥車報道の行方…日本の新聞も各社一面にもってきたけど、日経だけは違ったのは何故?で「電通の記事さしとめ工作にまんまとのってしまったからである」(「マスコミ一九七〇」/マスコミ共闘会議編)とな…「「共同ダネ」の場合、このような事態が発生しやすい。共同は新聞を持たない「通信社」で、そのニュースを各社の編集で取捨選択する仕組みになっている。電通はこの共同が流すニュースに目を光らせ、もしあるスポンサーに都合の悪い情報が流れると、ただちに電通から、ローカル紙など全国の新聞社の編集局にいっせいに電話が入る。「共同のこの記事は使うな!」もちろん、もし強引に記事を出稿するならば、そのスポンサーからの広告は引き上げるであろうことを、ほのめかしてである」(同上)って、電通サマの言う通りぃ~電通サマの言う通りぃ~(笑)

 また、「権力の陰謀」(緒方克行)の件は、「これは「自民党解体論」と違って圧力によって絶版させられた本である。右翼の黒幕の児玉誉士夫を助けて、当時、読売新聞政治部記者だった渡辺恒雄(前社長)や経済部の記者だった氏家斉一郎(現日本テレビ会長)らが動いたと当事者によって書かれていて、具合の悪い人たちから強烈な圧力がかかった」とな…詳細は本書をドゾですが、何だかなぁもここ極まれりでしょか…

 でもって、「水俣病」(原田正澄)のとこでは、水俣病の現場はどーだったかとゆーと「当時、私は労働組合や革新政党というと、弱い人の見方のようなイメージを持っていたけれど、あのときは労働組合も助けなかった。社会党や共産党も知らん顔でしたからね。何も信じられなかった。神も仏もないものかと、ほんとにあの頃は思いましたね」(@原田)でして、現実って…

 まぁ「泥棒を選べと推薦状がくる」(鶴彬)などと川柳作ったら「反戦思想を鼓舞するとして治安維持法違反で特高警察に捕えられて、「赤痢にかかって病院のベットに手錠でくくりつけられたまま、二十九歳で死んだ」とかあったりして…この一句が一体?と思うけど、この泥棒とは、「当時の衆院選挙のことである」とな…大政翼賛とはそゆ世界だったとな…現在でも、泥棒とは政治家だったのか?と妙に納得してしまうのは何故なんだろぉ(笑)

 そゆ点では「憲法は権力者が国民に守らせるものでなく、国民が権力を持つ者に守らせるものであり、極端に言えば、権力者を縛るクサリである」も、そーだったのか?憲法?

 豆知識的には、一昔前の寮監というシステムの件かなぁ?著者のとこの寮監、佐藤正能、横浜国立大教授ですが、「同郷の私たちを監督するのに、先生は謝礼をもらっていなかった」とわざわざ書いてあるとゆー事は、普通の寮の寮監はあったとゆー事じゃね(笑)

 これも豆知識と言っていいのか?経営者が記者に会うときには四つのタイプがあるとな…一つ「あの記者はうるさいから頭をなでておけというタイプ」、二つ「その記者から情報をとりたいというタイプ」、三つ「会っていないと不安でしょうがないので合うタイプ」、四つ「ほんとうにその記者が好きで会うタイプ」とな…

 も一つ、ホテルマナーの悪い四悪は、「政治家、先生と名のつく人間(特に教授、作家、医者)、チンピラ芸能人、マスコミ人間」だとな…何もホテルに限らなくても日常からしてアレじゃね?

 これを豆知識に入れていいのかだけど、ベルギーの言語事情が凄すぎる…蘭語と仏語を使用しているのは知っていたが、実態は「オランダ語の地域でも宮廷貴族や御用商人、宗教家などはすべてフランス語を使っていたという」って、何だってぇーっ?しかも「権力とは無縁の無産階級の人間が犯罪者として摘発されると、裁判の間中、判事、検事、弁護士がフランス語で雄弁にしゃべりまくり、被告はどの点が争点なのかわからないままに、判決が下る。判決文をオランダ語に訳してもらってはじめて、被告は自分の運命を悟るありさまだった」って、そーだったのか?准教授?しかも「ごく最近まで、ベルギーにはオランダ語によるまともな法典さえなかったのである」って、それってありですかぁーっ?アリス?いやぁベルギー、凄い国だったんだなぁ…そーすると、この前の五輪エンブレム問題なんかも、もしかして仏語の裁判へようこその世界だったんだろか?

 言葉系で、も一つ、イランという国も今一どよ?ですけど、テヘランという都市も「南北問題の正確な構図」で二分した街なのか…「金持ちは北、貧乏人は南に住み、南のごみごみした地域では英語はほとんど通じない」そな…何だかなぁ…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。本書の姿勢は最初から最後まで、特権の否定かなぁ…マジ体力のいる本かもしれない…とゆーかこの程度でぐったりきているよーではまだまだ甘いんだろなぁ…

 最後に一つ、本書で日本人としてはここでしょなとこを一つ、かのバートランド・ラッセルのとこなんですが、「「中国の問題」で魯迅に皮肉られるほど中国を礼讃したが、この裏には「白人以上であろうとする」日本への嫌悪があった。ラッセルは「米国は中国の最良の友であったし、また日本は中国の最悪の敵であった」と言っている」「「科学は人を合理主義に走らせやすいと想像するのに、日本における科学的知識の普及は、日本文化の中でも一番時代錯誤的な特色である天皇崇拝の一大強化策に合体されてきた」とおっさっていらっさた模様…これが欧米のエスタブリッシュメントの実態なんでしょかねぇ(笑)

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