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2015年12月20日 (日)

他者のための存在…

貨幣の哲学  エマニュエル・レヴィナス/著 R・ビュルグヒュラーヴ/編  法政大学出版局

 哲学者視点の貨幣とはこーなるのか?とゆー、目から鱗の物語だろか(笑)何とゆーか、凄い、ただひたすらに凄いと思いまする…レヴァナスについては今更なので、説明の必要もない位その道の有名人ですから、あれですけど、本書的に何が凄いって、このお題を投げかけたのがベルギー貯蓄銀行連盟らすぃのだ…銀行が、その屋台骨の貨幣を哲学者にゆだねてみるって、これ相当なチャーレンジじゃなかろーか?よーするに貨幣を経済学的視点だけじゃなく、見てみよーと中の人が決意したってドンダケェー(死語?)

 そんな訳で、これはただのお金の本じゃございませんでして、はっきり言って、哲学と神学(宗教学)における貨幣、金融、経済、そして人との関係性とは何か?じゃなかろーか?いやもー基本用語が哲学用語いぱーいで、トーシロには読むだけで、何じゃそりゃ?の連続でおつむがついてゆかないんですけど、でも不思議とスルスルと読める本なんですよ…これも分からなくても読めた本のリスト筆頭に入りそーな悪寒(笑)まっ己の頭の足りなさ加減は今更ですけど…

 そんな訳で分からない時は目次に逃げろのパターンでいくと、
Ⅰプレリュード、1.エマニュエル・レヴィナスのこの研究が生まれた背景、2.貨幣とつねに改善される正義-エマニュエル・レヴィナスの視点-ロジェ・ビュルグヒュラーヴ、Ⅱ「社会性と貨幣」の生成過程、3.予備的対談、貨幣、貯蓄、貸与に関するエマニュエル・レヴィナスとの予備的対談、4.学術講演、貨幣の両義性-ベルギー貯蓄銀行のための貨幣の意味に関する学術講演-エマニュエル・レヴィナス、5.決定版論文(校訂版)社会性と貨幣、エマニュエル・レヴィナス、Ⅲダ・カーポ-敬意を込めた感謝のうちで、6.往復書簡、ロジェ・ビュルグヒュラーヴ-エマニュエル・レヴィナス、7.ある哲学的伝記、エルサレムとアテネのあいだの思想家エマニュエル・レヴィナス、ロジェ・ビュルグヒュラーヴ、訳者あとがき(合田正人)とあるのですが、本書のメインはこの4.5辺りにあるんだろーなと思うのですが、この本論のレジュメとゆーかまとめみたいなのは2しゃねですので、こちらを拝読してから読むと、単語的には心構えができるかも(笑)後、訳者あとがきが本書の総論的な感じかなぁ?実情も(笑)いやぁ、今までいくつか本読んできましたが、これほど長い訳者あとがきって初めてでして、多分これを読めばこの手の世界観が分かる感じじゃなかろーか?ある意味大変親切設計ってか(笑)

 後、レヴィナスって誰?みたいなお人には、まず7から読むとレヴィナスのすんごい波乱万丈の人生が見えてしまいましたになるんじゃなかろーか?ある意味20世紀の激動を全て経験していると言ってもいいかも?

 アリス的に哲学というと、むしろ学生アリスの方で、江神さんの方じゃね?それにしても江神さんの専攻って何なのだろぉ?仏哲学もあると思いますなんだろーか?うーん…

 さて、本書の世界観が、欧米か(死語?)でして、特に地域としては欧州、でもってキリスト教とユダヤ教が基盤になっているので、こちらが頭に入っていないと何がなんだが、まずそこで躓くんじゃなかろーか?特に引用文とゆーかが聖書からだったりするので、その素養がないと何を指しているのか?もしくは指していないのか?がてんでわからないんですよ(笑)これは一種の符合というか、山と言ったら川とくるみたいなノリが分かるか?否か?の問題のよな?世界観の一致って大きいんだなぁと、そこに気付かされる本かもなぁ…

 そんな訳で貨幣についても「貨幣はヨーロッパ的才能が生んだ諸科学と諸技術を起点として、惑星規模の広がりを獲得した」と始まる訳なんですよ、奥さん(誰?)もーここからして欧米か、もとい欧州かの世界じゃね(笑)

 まぁ詳細は本書をドゾ。貨幣というか、経済のとこだけチョイスすると「人間のサービスと労働の商業的価値は、全体化された一なる存在という強固な観念に信憑性を与え、この存在は、経済と貨幣の算術に入り込むことで秩序ないしシステムと化し、それが内存在性の利害の無情なる闘争の無秩序を包含ないし隠蔽することになる。そこでは、他なる人間、その行いと能力の値を貨幣によって評価される。人間は経済的システムに統合され、経済的発展のさまざまな段階において値段をつけられる」って、もーこの言い回しが哲学的じゃね(笑)でもって「それは、他者たちを犠牲にした貨幣蓄積によるものなのだ」でして、「富者の自由であり、独立なのだ!」となる模様…その他の者たちには「一時的でかりそめの独立の可能性があるだけなのである」って…格差社会万歳ってか(笑)

 それにしても哲学的視点に立つと貨幣とは単位ともとれるのか?で、「諸々の物とサービスが有する価値、すなわち互いに異質な価値は、貨幣によって量的に比較され、総計される。諸価値は同質性へと逢着し、交換され、等価の法則に従うのだが、ここではすでに、貨幣の本質に含まれたひとつの規範が自覚されている」とな…よーするに物々交換の世界から貨幣経済へシフトって事だろか?うーん…

 でまぁお金の使い方というか、用い方のお話しになるんだろーかで詳細は本書をドゾですが、これまた「資本金と呼ばれる比類なき悪への隷属と呪縛という悪である」の件にいっちゃったりして(笑)ゲインしますたなんて言ってる場合じゃないのか(笑)

 またこれも実に哲学的な視点だと思われですけど、貨幣の両義性について考察している件は、結局、貨幣があると便利だけど、コインの裏はヤバくね?とゆー話だと思われ(笑)一例とすれば、この場合の交換は何を意味するのか?とゆー事だろか?うーん…

 でもって、この貨幣のいったりきたり、儲かりまっかの世界観、流通、交換みたいなノリだと思うけど、他に贈与があるじゃまいか?とゆー話が出てくるんですよ、奥さん(誰?)もーこの概念は経済というか経営学的なソレではなくて、純粋に哲学・宗教的なソレだろなぁ…無償の愛みたいな…

 この贈り物の概念は…ある意味生きてるだけで丸もうけみたいなノリだろか?それにしても、この贈与の概念はウォール街の対極にあるよーな思考だろなぁ(笑)真にそれができるところというと天国位しかないと思うんだけど?レヴィナス的にはそんな事はないこの世にも楽園はできるよとゆーノリなんだろか?究極のオプティミストな気がするが、レヴィナスの送ってきた人生の辛酸さを知れば、それでも私はヒトを信じるみたいな、すっごい宣言にもとれるんじゃね?他者の命も、物質的欲求も、貨幣もって、それを言えるのは余程の聖人君子じゃないとできないんじゃなかろーか?と思うところで、己の俗人的な卑小さを自覚させられるとゆー…

 ここにおける正義とは何か?とゆーのは、米が大好きなソレと違う概念じゃね?と思うのも気のせいか?「正義の名において、再び貨幣へと、運用される貨幣へと、他者のために運用されるべき貨幣へと、価値を有するもの一切の同質性ほと、かくして正しい計算であり続ける正義の可能性へと導かれた。それは、計算可能性としての貨幣の価値への回帰である。正義によって実行される正しき計算が、計測可能な要素を再発見する場であるような貨幣への」とくると、正義、正しさって…

 もー本当に貨幣の話をしているのか?何か違う世界の貨幣じゃないのか?とこれまた欲得にまみれた、誰得?の世界の住人の己には、目が痛いとゆーか、心がいたい、頭は元からアレなので頭が痛いとゆーより、脳貧血起こしても理解するまでにたどり着けるのか?甚だ怪しいんですが…「貨幣から貨幣への移行、すなわち内存在性の利害としての貨幣から内存在性の利害を超脱する貨幣への移行である」でして、貨幣よお前もか?もとい貨幣よどこへ行く?の世界が展開していらっさる模様…

 准教授的にはここら辺りが被るかも?かも?かなぁ?で「貨幣は、復讐や全面的な赦しが引き起こす地獄のような循環や悪循環に代わる。流血なき贖いを垣間見せてくれる」とな…「全面的な赦しは、第三者に対してはつねに不平等なものである。犯罪を赦すことは犯罪を奨励することであり、したがって第三者が恐れを抱くことにもなりうる」の件は、心当たりのある国が多すぎるってか(笑)何事もイコールで結ばれるものの方がアレな気がするが、それでもまぁ「比較しえた犯罪の贖いのうちに、罰せられることなき赦しや残酷な復讐とは別のものを探し求めるためには、慈愛もまた必要なのである」とな…何とゆーか、これをレヴィナスが口にしているところが凄いよなぁ…レヴィナスの半生を、体験を知っている人には臓腑にくるお言葉じゃなかろーか?でもって、そゆ修羅場を超えてきた人がこれを口にできるとゆーのも…まぁだからこそ重みがあるんだが…慈愛を口にできる人なんてどっかのゴホンゴホン…

 まぁこれまた見方によっては「金策に駆け回ったことも、金を借りるために土下座したこともない哲学者のいう正義などどうして信じることができるだろう」(@合田)みたいな見方もあるかもしれないけど、それを言うと常に貨幣と共にある人に貨幣の正義とやらがあるかと言えば、皆まで言うなじゃね(笑)むしろ、貨幣に近い人達の方がゴホンゴホン…

 でもって、これまた「貨幣の形而上学的意味はおそらく今もって見定まれていない」なんですかねぇ…何か、貨幣って一番そゆとこからとほいとこにいる存在のよーな気がしてましたが、さて(笑)

 「貧者の「生きた貨幣」として支出し続けるがゆえに富者は富者と化した」に続くブロワの件は、何ゆーか、今で言う消費の拡大によるGDP創出って奴でしょか(笑)まっそれはともかく、これをレヴィナス的にシフトすると「「生きた貨幣」は本質的にこの「私」であり、「私」が「富者」であり、「貧者」はつねに他者である。「私」は返し続ける。他者を贖うために。その意味で、「貨幣は私の秘密なのである」」のあとがきの件も何だかなぁ…

 何とゆーか、貨幣論というよりは、贈与論だと思うんたが、実際のとこどーなんだろぉ?とゆーと、どーなんでしょねぇーとしか言えないよな?結局、己の理解がおぼつかなさに行きつくよな…実に厳しい本である。いや、多分これ以上になく慈愛にあふれているので、非常に優しい本なのだと思うのだけど…

 気分はスクルージってか(笑)どこが貨幣、何が貨幣というよりも、レヴィナスみたいな思考でいたら、物理的な戦争も、金融戦争も、経済戦争も起こらないんじゃないかと、ふと思いますた(笑)略奪せよではなくて、贈与せよ、これはこれでディープインパクトじゃね(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。何とゆーか本書は多分読む人によってかなり解釈が違ってくるんじゃなかろーか?と(笑)

 目次参照  目次 文系

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