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2016年1月18日 (月)

よってらっしゃい、みてらっしゃい(笑)

大阪まち歩き  栗本智代  創元社

 頭書きが、カリスマ案内人と行くなんですが、所謂一つの大阪ガイド本、ただし、よくあるタイプのガイドとは違って、その道のプロが案内する大阪でして、ある意味非常にディープな大阪でしょか?やっぱ専門家って違うとゆーか、観光名所と名物だけじゃなんですよ、奥さん(誰?)でもって、それらがたいてい町おこしにもなっているとこが凄いかなぁ?大阪のよーな都市部でも過疎っているとゆーか、こー人波の停滞感がある模様…いや世の中どこも、年末の築地場外とか、渋谷のスクランブル交差点とはいかない訳で(笑)どげんとせんといかんは、日本中どこでもなのかもなぁ…

 でまぁ、街歩きなんで大阪市内、府内?が出てくるのですが、何せ土地勘が全くないので、どこがどこやら、何が何やらさっぱりなので、分からない時は目次に逃げるのいつものバターンで「第一章 アートなミナミを回遊する 心斎橋筋から法善寺界隈を経て日本橋まで」「第二章 近代建築のシルエットとディテール 中之島・北船場を歩く」「第三章 落語家と行く上方芸能の舞台 信仰のまち上町台地、時空散歩」「第四章 鎮魂のまち、法善寺界隈と寺町を歩く オダサクの大阪発見」「コラム 塔(タワー)のある景色-大阪ならではの高層建造物の味わい方」「第五章 探訪・東横堀川界隈 大阪最古の城下町で、新旧の本物に出会う」「コラム 舟遊都市・大阪クルーズのすすめ」「第六章 自転車に乗って海をめざす 九条商店街をめぐり北港を経て天保山へ」「第七章 住吉界隈で大阪人の原風景を味わう 継承される信仰と情景、そして食べもん」「第八章 堺でまちの宝を探せ 旧市街地の匠とカリスマを訪ね歩く」のラインナップ。これだけで分かる人には分かるんじゃまいか?

 さて、ほんまもんの大阪人からしたら、大阪に対する「相変わらず一面的なイメージ-景観といえば派手なサイン類の乱立する歓楽街の像、ご当地の人や食べ物もコテコテで濃厚と、まちのイメージに偏りがありすぎる」とゆー事らすぃ…大阪はワンパターンじゃないってか…そーゆーイージーなイメージ払しょく、大阪なめたらあかんぜよってのが、本書のポリシーかなぁ? 

 アリス的には、アリス自身が生粋の大阪人、夕陽丘在住ですが、何か?の世界だしなぁ(笑)ちなみにこの夕陽丘とは「鎌倉時代の歌人、藤原家隆がこの地に小庵を結び、夕陽を信仰して極楽浄土へいくという日想感を修め、正座合掌しながら往生したという話が由来の一説です」(@井村)からなんだとは知らなんだ?そーだったのか?アリス?

 本書でいくとアリスのご近所辺りは、第三章と第四章になるのだろか?まずは安居天神、真田幸村戦死跡之碑なんてのがあるそな…真田山高校卒のアリスとしてもご近所さんなんだろか?うーん…次はここを忘れる訳にはいかない四天王寺、それにしても落語に天王寺詣りなんてのがあったのか?しかもその内容が「彼岸に、愛犬クロの供養のため二人の男が四天王寺に参詣する噺」って…愛犬を愛猫にかえるとそのまま准教授とアリスでやってそーと思うのは気のせいか…アポロンの亀で亀の池も出てきます。ネーミング的にはぽんぽん石じゃね?鳥居の横にあるそーな…朱色の釣鐘まんじゅうで、総本舗釣鐘屋で一服いかがでしょ?

 後は、暗号をの通天閣で、高さは東京スカイツリーの1/6なのか?「二〇一二年は七月三日に、一〇〇周年を迎えた。現在の建物は一九五六年に完成した二代目である。初代は一九一二年の七月三日、新世界の開業と同時にオープンした」そー、そーだったのか?アリス?

 地理的なそれでいくと、アメリカ村だろか?「一九五一年頃から、心斎橋周辺にそれまでと違った動きが起きている。御堂筋から西側に、アメリカ西海岸やハワイから輸入した衣類や雑貨の店が増え、三角公園を中心に、若者のサブカルチャーの拠点として"アメリカ村"が形成された」ってか?これダリ繭だっけ?に出てきたよな?

 それと本屋さんかなぁ?本書に掲載されているのは、中尾書店(心斎橋、現交差点の南詰)「ここは、古書店の中でも、和書のほか、易や漢方の本が多い。古き良き古本屋です」(@橋爪)とな、まさに正統派の古書、古文書の世界じゃなかろーか?ちなみにこちらに店主によると「かつて、心斎橋は本屋の街でね、この界隈で刊行された書物や印刷物、文学者や美術家などの歴史を掘り起こしていくために、「新菜箸本撰」を刊行したんです」だそな…他に波屋書房(千日前アーケード街、南海通り)こちらのブックカバー、大阪の夢二とうたわれたスミカズ(宇崎純一)によるものらすぃ、でもって織田作之助がよく通った本屋とな…

 お店系でいくと、ダリ繭の寿司折で、本福壽司(大丸筋向い)「ここは、幕末大阪の庶民生活を描いた「花の下形」にも載っているくらいの老舗です」(@橋爪)で「創業は、江戸末期、一八二九年。当初は福本壽司といって、明治のはじめに屋号を福壽司に変え、今日まで、名物の箱壽司を伝えてきた」そな…

 食べ物系でいくとダリ繭その他で出てくるサンドイッチで「北浜SAND」(ダイニング・アップリケ)もあると思いますか?

 他にアリス的というと、多分英都大の設計もそーじゃないか?で大丸の建物がウィリアム・メレル・ヴォーリズ建築事務所による設計で「まず心斎橋筋側を竣行し、地下鉄開通にあわせて、一九三三年「水晶塔」のそびえる御堂筋側も含めて全部完成した」となるそー…

 それとこれもアリス的エピじゃねで、「上方浮世絵館」の高野館長の思い出話で「淡路島で生まれ育ったという高野さんは、「幼少の頃、あばあちゃんに手をひかれて、人形浄瑠璃をよく観に行きました」の件は、オノコロ島に通じまいか(笑)

 芸能系でいくと、あるYのや紅雨荘の映画で、シネ・ヌーヴォ「いわゆるミニシアターといわれる映画館である」でしょねぇ?ちなみに「この映画館は、全国的にも珍しい市民株主制によるもの」なんだそな…「一九九〇年から二〇〇〇年にかけて、ミニシアターが東京で数多くできましたが、関西ではマイナーな映画が上映できる場所がなかったんです」(@景山理/支配人)って、そーだったのか?大阪映画界?

 他にとゆーとダリ繭の潮干狩りで、住吉でのエピ「この遠浅の砂浜で潮干狩りがよく行われて、年中行事になっていました。蛤がよく採れたんですが、若い女性が絹の着物など着飾ってくるんです」(@小出栄詞/権禰宜)って事で、昔は一大社交場だったとな…潮干狩りで恋の鞘当て、合コンか?チラリズムって昔から不動なんだなぁ…そーいや聖徳太子の四番目の奥さんも川辺でナンパだったよな?

 も一つ准教授的にいくと住吉大社の招き猫いかがっすかぁー(笑)「楠珺社で授与される小さな招き猫は一体五〇〇円。裃と羽織姿が特徴的だ。右手を上げているのはお金、左手は人を呼ぶという。毎月一つ求め、四八体集まると、中くらいの大きさの猫と交換してくれる。さらに中猫二体と四八体の子猫で、大きな猫と交換してくれる。大猫が二体、左右の手をあげているのが揃うまで、なんと二四年もかかる」って…大阪人、実は気が長い人種だったのか?

 他にアリス的というと、海奈良の近松門左衛門で、さすが大阪近松関係の話はあちこちで出てきて「以前、お会いした文楽大夫の竹本住大夫さんが言われていたのですが、近松ものは、文章はきれいでよくできているけど字余り字足らずで非常に難しくてやりにくいねん、また出てくる男も情けなくて、嫌いやと(笑)」(@桂)とか、「愛染まつりの風習を近松門左衛門が素材として活用していましたね」(@桂)とか、「近松の作品で、この生国魂神社も出てきますね。有名な「曾根崎心中」の冒頭で、三十三箇寺観音めぐりの途中でお初と徳兵衛が会うのがここの境内ですし、境内を出たところにある生玉公園のあたりが「生玉心中」の舞台になっています」(@桂)とか、「近松門左衛門の「心中重井筒」の舞台も近く、道行では、今の相合橋を渡って高津へ向かっていますね」(@井村)とか、「銀山時には、近松門左衛門作「生玉心中」の主人公の"お千代・半兵衛"の墓がある。近松の心中物の中で、唯一夫婦で心中した二人である」とか、三津寺(七宝山大福院/真言宗御室派)「寺の縁起は七四四年、聖徳太子の勅命により行基菩薩が創建したのを開祖とする。本尊は十一面観世音菩薩で、近松門左衛門の曾根崎心中でも紹介される」とかとか(笑)近松って大阪の地元に根付いているんだなぁ…

 大阪で歴史と伝統を知るでは、「そごうにあって、合併した西武になかったのは、歴史の古さ、その歴史を尊重して、外壁も、縦のストライプや蝶のモチーフも継承しているし、内部の意匠は、可能な範囲で残されているんですよね」(@橋爪)とか、相合橋はあいあうばしと読むらしいけど、現地ではあいあいばしとかあいおいばしとか呼ばれているらすぃ…でもってこのネーミングなのに「しかし実際は、縁切り橋だそうだ」って…本当はこあい相合橋ってか?それとレンガ造りって「もともと石に比べて煉瓦がむき出しになっているのは格が低いとされていました。しかし、明治三〇年代頃になると美意識も変わってきて赤煉瓦と白い石を使うようになりました」(@酒井)って、そーだったのか?赤煉瓦?英都大も赤煉瓦のはずだけど、あれって何時建ったんだろ?

 後は、住吉大社「厳島神社、四天王寺とあわせて、日本三舞台のひとつである、重要文化財の「石舞台」を見学」とな、石舞台大阪に二つもあるのか?面白いのは「今橋は、江戸時代に架かったんですが、その時、"今"できたから"今橋"と名づけられました。今宮なども同様です」(@杉本)の件は、もしかしてパリのポンヌフみたいなもんか(笑)

 個人的に行ってみたいものよのぉ越後屋では、大丸北館の一五階の屋上庭園でしょか?「ここはねぇ、大阪の市街地の中でも一番見晴らしがいいといっても過言じゃない」(@橋爪)だそーで、どんな眺望なんでしょねぇ?も一つは、大阪名物の安治川河底トンネル(安治川河底隧道)だろか?「安治川は、旧淀川の河口部にあたり、物資輸送の船で賑わい、明治以降になると、船が大型化して、港の一部であり水運の要衝であったこの周辺に橋を架けることができなかったという」で、昔は渡し守、今は地下道とゆー事になったとな…で「日本ではじめての沈埋トンネル」なんだそな…

 他にとゆーと大阪アルプス巡りも達成感ありそー(笑)「大阪市内の標高の低い順の五つの山」で構成されているそで「天保山のほかに、生野区の御勝山(別称・岡山)標高一四メートル、天王寺区の茶臼山二六メートル、住吉区の帝塚山二〇メートル、阿倍野区の聖天山一四メートル。あわせて八〇メートルにもなりません」(@橋本誠/天保山山岳会会長)とな(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。

 案内人の方々は、橋爪節也、酒井一光、桂吉坊、井村身恒、杉本容子、オダギリサトシ、山田重昭、田岡美賀恵

 目次参照  目次 大阪

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