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2016年1月24日 (日)

丸まって相談(笑)

クラブとサロン  小林章夫 笠井潔 長島伸一 川田靖子 長澤均 中条省平 杉藤雅子 秋田昌実 高橋秀元 守屋毅 田中優子 高山宏 松岡正剛  NTT出版

 サブタイトルは、なぜ人びとは集うのかなんですが、著者名を見れば一目瞭然なんですが、タイトルをテーマにした小論文(エッセイ?インタビュー?)集じゃまいか?でございますでしょか?クラブというと、どーも英国紳士の集うとこなイメージだし、サロンというとベルサイユへいらっさいじゃないけど、おフランスのイメージだしで、どんなもんよぉ?とゆーと、それがまさに色々あってなの世界だったでござるの巻か(笑)

 ただ、本書それこそ多岐に渡っていますので、目次を見ていただいた方が分かりやすいんじゃないかとゆー事で、「第一章 クラブへの招待-人びとが集う場所-、情報が価値をもったとき-ロンドンのクラブ文化から、小林章夫」「反共同体のトポス-政治結社をめぐって-、笠井潔」「第二章 メディアから消費へ-クラブとサロンの発生-、情報ステーションの誕生-コーヒー・ハウスにはじまる-、長島伸一」「寝室に集まる人びと-フランスのサロン文化-、川田靖子」「狂乱の昼、歓楽の夜-サロン都市ベルリン-、長澤均」「第三章 多様なメッセージ-細分化するクラブとサロン-、カルナヴァル空間の拡散と解体-一九世紀フランスの文学サロン-、中条省平」「自由をもとめる女たち-フランス革命と女性クラブ-、杉藤雅子」「クラブ・ザ・アンダーグラウンド-ヴィクトリア朝時代の秘密のネットワーク-、秋田昌実」「第四章 「数寄」から「連」まで-日本のクラブとサロン-、寄合と会所-日本型クラブとサロンをめぐって-、高橋秀元」「都市と密室-中世の茶室文化-、守屋毅」「連の場-一八世紀、日本のサロン-、田中優子」「第五章 蘇るクラブ世界-もう一つの情報時代-、クラブ近代史異説-領域を知らざる人びと-、高山宏」「クラブ・サロンの編集史-テーブルを囲んだ情報装置-、松岡正剛」とな…

 そんな訳で、まずクラブとは何ぞや?で「クラブの定義を考えるうえでは、その意味範囲を広くとるか、狭くとるかで、随分とちがった組織特性がでてくる」(@小林)とな…ちなみに「社会学者のF・L・K・シューなどはある目的に従って意識的につくられた集まりすべてをクラブと定義している」(@小林)そな(笑)とゆー事は「人が集まるものはすべからくクラブである」「特定の約束事のもとに集まる組織はすべてクラブなのではないか」(@小林)にならね?って事らすぃ(笑)

 アリス的には、やっぱ英国庭園で、英のクラブですかねぇ?ウルフ先生?後は、ミステリ夢十夜で、夏目漱石の「夢十夜」が出ているとこでしょか?

 他にアリス的というと、小説のとこで「近代小説の起源に関する学説では、デフォーが近代小説の初めだと認める人、それから女と男の心理の機微みたいなものまで書き込んだという意味で、サミュエル・リチャードソンという小説家が近代最初の小説家だというふうに認める一派に二分されるといってよいかと思います」(@高山)って、そーだったのか?アリス?

 も一つ、作家とクラブで「一八二四年、小説家のウォルター・スコットが、有名な<アシニーアム・クラブ>をつくります」「ジョン・ディーの私的なライブラリーとほぼ似ている。最大限買えるだけの珍しい本を集めて、体系的に整理して、それをできるだけ多くのメンバーに使ってもらうという非常に知的な機関です」(@高山)って、本にこだわるとこが作家じゃね(笑)

 で雨天決行じゃないけどホームズきたこれで(笑)<カールトン・クラブ>(1831)「これはトーリー党のクラブですから、自由党の何とか会みたいな大変なクラブです」「シャーロック・ホームズのお兄さんがこの<カールトン・クラブ>のなかにいて、そこの資料を使って弟が行き詰ったときに的確な情報をあたえてくれる。このホームズ兄弟のあり方というのは、知識をめぐって一九世紀の後半的なあり方というのを面白く表現していると思います」って、マイクロフトってディオゲネス・クラブだけじゃなかったのか?それはともかく「ホームズという孤独な人間がものすごい量の情報を集めて、他の個人と結びつくといつでも巨大なネットワークになりうるような情報ネットワークをつくっている。一方、<カールトン・クラブ>にいるお兄さんは、<カールトン・クラブ>が集めた資料のなかでものを考えて、いろんな人間関係を動かしている。ぼくはこの二つの対立が知識というレベルでのクラブのあり方をよく代表していると思うんですよ」(@高山)とな…ホームズさん家パネェ(笑)

 後は変態性欲の権威の准教授に捧ぐで、英の娼館は鞭打ちプレイがお好きって奴だろか?「摂政時代のロンドンでもっとも有名だった鞭打ちクラブは、コレット夫人の経営するクラブであった」(@秋田)って…それもクラブなのか…ちなみにジョージ四世も常連客って…さすが英というべきか?ちなみにちなみに「ボンデージ、放置プレイ、バーバル・ディシプリンなどといった「SMプレイ」が、当時の娼館、あるいは秘密クラブにおいてさして珍しくもない行為としておこなわれていたことがわかる。そしてエピングはさまざまなタイプのサディズム、マゾヒズム、露出狂、色情倒錯、異性装倒錯、死体愛好症、スカトロ、フェティシズムから性的犯罪にいたる例をあげているが、娼館や秘密クラブにおけるSM的なプレイは、「倒錯的」な時代であるヴィクトリア朝の性現象のほんの一部を構成していると考えなければならない」(@秋田)って、ドンダケェー…

 そんなヴィクトリア期とは何か?ですけど「ヴィクトリア朝の異常なまでの慎み深さ、厳格さ、節度をもとめようとする上流中流階級のモラルに支配された世界」と思っていたら、「クラフト・エピングやハブェロック・エリスからフロイトにいたる世紀の移り目に活性化する性の病理、倒錯に関するおびただしい目録づくりがあり、おびただしい地下ポルノグラフィーの出版、娼家や秘密クラブでの性倒錯は性の科学が性を名状化するための絶好の対象となった」そな…いかがわしいからピアノの脚にまでカバーをかけたヴィクトリア期だもんなぁ、潔癖症の水面下パネェ…

 他に准教授的なとこでは、嗜好品としての煙草とかコーヒーとは何か?でしょか?「煙草なんかだと身振りも重要なファクターとなる」(@高山)だそで、「カフェで紫煙をくゆらせるとか、ね」(@高山)も意味というか、メッセージがあったのか?「一八世紀にはやったコーヒーも生活のステイタス・シンボルになる」(@高山)とな…たった一杯のコーヒー、一服の煙草にも意味深なものがあるんじゃまいか?って、そーだったのか?准教授?

 後、やんわりとアリスと関係ありそーなネタとして図書館キタコレ(笑)で、「ルネサンスのクラブ・サロンはパトロネージュによってつくられる。メディチ家、フッガー家、ハプスブルク家などがそうです。君主が自分の好みに応じてクラブ・サロンをつくらせます。これがたいてい図書館をともなっているんですね」(@松岡)とな…でもって「この時代、古代の書記官にあたるのが図書館の司書官」(@松岡)だとな…よーするに「司書官の書物の集め方によって、クラブ・サロンの知の体系が決定される」(@松岡)となる訳で、その中に「マルシリオ・フィチーノみたいな人物が登場する」(@松岡)事になったりして…

 そーすると「コジモ・デ・メディチの方はフィチーノのためにアカデミーをつくってあげる」(@松岡)な事も起きてきたりしてで…こゆ人達が出てくる事によって「いままでのクラブ・サロンを独占していた教会や修道院がその機能を失ってくる」(@松岡)で権力の移動が始まるとゆーか進むとゆーか…結局「世界知識の牙城であった教会権力は崩壊します」(@松岡)となるのか…

 さて、英のクラブとは、「何かある目的のもとに集まった、身内同士の集団」(@小林)だそで「非常にかぎられた範囲の人間ばかりを集めた、排他的で選良性を強く打ちだした組織」(@小林)という事になるらすぃ…

 何で排他的になるか?とゆーと一八世紀になると「中産階級が力をもってくる」(@小林)からで、「時代は彼らの意向に沿うように展開しはじめます。そうすると上流階級は、自分たちの権威を守るために中産階級を排除した、シンボリックなものが欲しくなる。そこでクラブの閉鎖性がうまく働くわけです」(@小林)とな…貴方とは違うんですが下地にあるとゆー事らすぃ…「それが一九世紀、二〇世紀の紳士階級のクラブにつながっていくわけです」(@小林)って、そーだったのか?ウルフ先生?

 そんな訳で、始まりは「コーヒー・ハウスの一角に会員が定期的に集合するという形式」(@小林)だったのが、「クラブがクラブ・ハウスという建物をもつようになったこと」(@小林)じゃね?かくて、差別化、組織化、閉鎖空間、メンバーズオンリーへと移行していくと…「上流階級の連中にとっては自分たちの権威をささえる場、あるいは自分たちの力を温存するための場というのが必要になってくる。それが特権階級の社交場であるクラブだったといえるでしょう」(@小林)時代が揺れ動いても、自分達身内で固まっていれば大丈夫ってか?価値観の共有これ絶対(笑)「かりに社会での相対的地位が低くなりつつあっても、なんとかみずからの権威を誇示するために必要な装置だったわけで、その基本姿勢はやはり守りのスタンスといえるでしょう」(@小林)って…大英帝国の黄昏ってか?

 まぁ内向き加減では結社との比較もどよ?になるのか?「結社は大衆運動をやらない」「フラクション活動、つまり大衆組織のなかに入り込んで党派メンバーがそれを牛耳るような運動はやりません」(@笠井)となる模様…そんな訳で「結社は支持者を獲得するということを目的にしない。社会的な勢力拡大にも関心がない。内にこもって精神的次元を追求するのが本質的な特徴ですから」(@笠井)って元祖ヒッキーか?

 コーヒー・ハウスの歴史についての詳細は本書をドゾですけど、クラブの排他性の前にこのコーヒー・ハウス一つとっても「当時の社会全体を覆う大衆社会化現象の一つなどとはいえないことも意味する。事実、首都ロンドンにかぎっても、このブームにあずかれたのは、人口の七割を占める下層階級を除く、上・中流階級にかぎられていたのである」(@長島)とな…まさに選ばれし者だったのにってか(笑)

 ちなみにコーヒー・ハウスから発展したものでロイズの話が出てきます。「そこは船舶関係の人間や貿易商が主に出入りしていました」(@小林)だから、船舶関係の情報が集まると…そんな訳で人も集まると(笑)しかも、時はちょうど出版文化も花開く時期で、「新しい雑誌や新聞がぞくぞく創刊された」(@小林)とな…で、その購読者としてのコーヒー・ハウス、また情報源としてのコーヒー・ハウスあると思いますか(笑)ちなみに「<ロイズ>の経営者は、お客のために情報をプリントして提供しだした」「ここで初めて情報が経済に組み込まれていくわけです」(@小林)とな…でもって、それを持って「<ロイズ>は、コーヒー・ハウスから保険会社へと大きく発展するわけです」って…ロスチャイルドの前から英は情報戦の伝統があったのか(笑)

 も一つジョナサンズも(笑)ちなみにこちらは影の株式取引所と言われてたとこらすぃ…よーするに株投機、暴落なんてのが日常にあった世界ってか?あの「南海泡沫事件」とか…「この事件の舞台となったのが、<ジョナサンズ>をはじめとする普段から株式関係者や情報屋の出入りの多いコーヒー・ハウスであった」(@長島)ってどよ(笑)

 さて中産階級のクラブはどよ?とゆーと、19世紀になるとソサエティがいぱーいできたとな…これは何とゆーと「日本でいったら同好会、愛好会に近いものです」(@小林)だそで…サッカークラブもその一つらすぃ…ちなみにゴルフの場合英では「日本のように政治家たちに利用されることがほとんどない。たしかに名門ゴルフ・クラブの「セント・アンドルーズ」などは、上流階級の連中が集まります。けれどもパブリックのゴルフ・コースがたくさんあるので、誰でもわりと安い値段でゴルフができる」そな…微妙なお話しはクラブですればいいじゃないってか(笑)

 まぁ、光があれば闇もあるで、19世紀ロンドン…ホームズじゃないけど、凄い都市であったのは確かじゃね?でまず「一八五七年ロンドンには約八万人の売春婦がいた。家は六〇軒に一軒が売春宿。当時のロンドンの人口は男子は一二五万人で、売春婦がもてなす客は週に二〇〇万を数えた」「ヴィクトリア期の男性は妻以外の女性を相手に週二~四回ファックしていた」というセリフが映画「フランス軍中尉の女」に出てくるそな…何かもーこれだけからでもお察し下さいの世界じゃね…

 産業革命後、「女性は家庭にとどまり家事労働に従事し、男性は外で仕事をして、クラブや娼館に遊ぶという内と外のモラルが点灯した典型的な中流階級のライフスタイルがつくりだされてくる」(@秋田)時代って事になるらすぃ…クラブはともかく娼館かい?ですが、「世紀末に頻雑になる男性の不能に関する研究がさかんになった」(@秋田)って、そーだったのか?英?というか欧米か?なのか?「この不安は台頭する新しいタイプの女性像によって加速された。「婦人解放運動の展開がもたらした男女の性関係の再編成が、当時の性的不能の増加に拍車をかけた」とカーンは述べている。それは経験科学によってしだいにあきらかにされる「性的」な女性に対する恐怖と不安を現わしており、こうした不安が解消される場が公の家庭に対する異界としての売春宿という性のレクレーション・センターであったはずだ」(@秋田)って…成程、殿方がやたらとフェミ関係に反発するのは、そゆ事だったのか…

 かくて逃避としてのクラブって事で「<アシニーアム・クラブ><ギャリック・クラブ><リフォーム・クラブ>など、一九世紀英国の代表的なクラブは、家庭につぐ第二の聖域としてエリートたちの溜り場であった。それらは妻から逃避するための男性だけの不夜城であり、同性愛の巣窟でもあったが、女性がまさに不在であったことでヴィクトリア期の男女の性的葛藤を直接的に反映する場とはなりえなかったと想像できる」(@秋田)って…その境界線はくっきりとあったらすぃ…「一八世紀の伝説的な悪魔クラブ「ヘル・ファイア・クラブ」ですら、性の集いでは、女性が参加することのできなかった正式のタヴァーンではの会合はなかではおこなわれず、売春婦を招いた他所での集いでおこなわれることが通例だったといわれる」(@秋田)とな…そゆ訳で「公のクラブに対してアンダーワールドとしての売春宿は、当時の男女間の闘争を体現する闇のクラブの役割をはたしていたといえる」(@秋田)とな…そーだったのか?クラブ?というか英国紳士(笑)

 後、クラブ的なソレとして<ロンドン・ロイヤル・ソサエティ>(1662)どよ?でしょかねぇ?「近代的なクラブとしてはっきり形のみえる一番原型的なものだと思う」(@高山)じゃなかろーか?ってか?「当時の言葉で「ヴァーチュオーゾ」というんだけれども、一番アマチュアな、多芸多才な学者たちの集合体です」(@高山)って、それって学会?

 そゆ系譜でいけば<ヒストリー・オブ・アイデアズ・クラブ>(1923)で「これはアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学にできた、名前の通りクラブ形式をとった学者の集団ですね」(@高山)だそで「マージナルなというか、なかなかアカデミーには集約されないようなタイプの知識を集めて整理していく組織だった」(@高山)そです…「これをささえたのはラブジョイという人だといわれていますけども、実際に動かしていたのはマージョリー・ホープ・ニコルソンという女性ですね」(@高山)とな…こちらの詳細も本書をドゾ。

 他にも<トランセンデンタル・クラブ>(1830年代)とかもあってこちらは「アメリカ一九世紀の最高の知的水準を示すこの知識人集団」なんだそな…そんな頃から米にもクラブあったのか?

 豆知識的になるんじゃねで「<ロータリー・クラブ>なんてものがじつは一七世紀<薔薇十字結社>の末裔だったなんて、種村季弘さんの「薔薇十字の魔法」なんかにもちゃんと書いてあるわけですね」(@高山)って、そーだったのか?ロータリー・クラブ?

 また舞台は英だけでなく、スコットランド、エジンバラもねな話も出てきます。こちらは、反イングランドの知的空間とか、「アメリカ合衆国に自由思想の知的基盤を輸出していく」(@高山)なんて事にもなっていたりして…人が集まるってパワーだなぁ(笑)

 も一つ「一九〇〇年きっかりにスイスのアスコーナという小さな村落のモンテ・ヴェリタ(真理の山)という山に自然療法のサナトリウムができる。ここに社会から疎外されていると感じている芸術家とか心理療法家たちが集まってくるわけです」(@高山)で、どんな人達とゆーと「ユングが中心になって、D・H・ローレンス、ヘッセ、カフカ、ダンサーのイサドラ・ダンカンや宗教家のパウル・ティリッヒ、名前をあげたら嫌になるぐらい著名な人たちが集まる」(@高山)って、まさに何だってぇーっ?な世界か展開していった模様…ちなみに「ここからモダン・ダンスとシュルレアリスムとダダ、それからいわゆる精神分析学の四つが出てくるわけですね」(@高山)そんな訳で「二〇世紀文化の基本がすべてそこから、という感じです」(@高山)とな…

 と英だけチョイスしてもドンダケェーなので、仏とか日本のソレはみなはま今更じゃねなんで、詳細は本書をドゾ。サロンもパネェです(笑)さすが文句があるならベルサイユへいらっさいなお国ですしおすし(笑)

 個人的には、そーだったのか?の目から鱗の独、ベルリン事情がパネェでござるってか?ちなみにベルリンて昔から大都市かと思っていたら、「ドイツ辺境国家プロイセンの首都にすぎず、ドイツの首都となったのでさえ、普仏戦争以後のことであった。それが大都市としての体裁を整えたのは、せいぜい一九世紀末のことであり、世界に名だたる祝祭都市へと変貌したのは、いうまでもなくワイマール共和国成立後のことである」(@長澤)って、そーだったのか?ベルリン?

 文化史的にはそれはミュンヘンで始まっただそーで「一八九〇年代よりミュンヘンには芸術家、ボヘミアン、革命家、オカルティストらが集まるようになり、とくにミュンヘン郊外のシュヴァービング地区は世紀末ボヘミアン文化の情報発信地となった」(@長澤)とな…ちなみにレーニンやトロツキーが住んだのもここって…

 そんな人達の溜り場が<カフェー・シュテフィニー>、芸術家酒房<ジンブリチシムス>、カバレット<一一人の死刑執行人>だったそな…こちらの詳細も本書をドゾ。こちらは世紀末ダンディズムの世界だったらすぃ(笑)

 さて1920年代のベルリンはどよ?というと、「閉ざされたサロン文化は存在しない。メディアの急速な発達とそれにともなう情報伝達の加速化が、大衆文化の形成をうながし、文学的サロンの存在を無化したといってもよいだろう」(@長澤)とゆー事になるらすぃ…

 メディア的なとこで当時のベルリンの三大新聞コンツェルンが、ウルシュタイン、モッセ、シェルルとな…中でも最大規模なのがウルシュタインだったそな…まっ詳細は本書をドゾですが「もっともここで重要なことは、ウルシュタインもモッセもその経営をユダヤ人が押さえていたということである」(@長澤)とな…「二〇年代のベルリン文化そのものが多くのユダヤ人に負っていたことからすれば、これらの新聞の寄稿者にユダヤ人が多かったとしてもなんら不思議はない。しかし、右翼民族主義陣営にとってそれは、メディアのユダヤ支配と映ったのである。競争相手のシェルル社は一九二三年に右翼の大物実業家フーゲンベルクに買収され、傘下の各紙の論調はにわかに右傾化してゆくが、しかし、そのことによってシェルルは発行部数でウルシュタインとの差を縮めることに成功したのである」って言うから、ベルリンの新聞事情のパネェ…

 当時のベルリン、ユダヤ人状況はといえば「ユダヤ人の"場"はいたるところに存在していた」とな…「とくに芸術・文学・科学方面にいちじるし」(@長澤)いらすぃ…「ドイツ銀行、ダルムシュタット銀行、ドレスデン銀行といった大銀行も、またヴェルトハイム、ティーツといったベルリンの消費文化を支えた巨大な百貨店もユダヤ人の経営になるものだった」(@長澤)とな…ちなみに1925年でベルリンのユダヤ人は一七万三〇〇〇人だそで「それは同市の総人口の五パーセントにも満たなかったのである」(@長澤)とな…独って…

 メディア事情はともかく、WWⅠ以降「敗戦直後に人民委員会が国家検閲制度を廃止したことは、イデオロギーの自由よりもむしろ性の解放に役立ったわけである」(@長澤)そで…「人びとはヌードショーの小屋に群がった。いかがわしいナイト・クラブだけでなくカバレットやレヴュー、はてはより健全な娯楽といわれたヴァリエテもこうした傾向から免れることはなかった」(@長澤)って事で夜の歓楽街が雨後のたけのこのよーに増殖中ってか?「街頭には娼婦が溢れていたし、売春を売りものにした名もなきカフェーやナイト・クラブも数知れなかった」(@長澤)とゆーからお立会い…有名どことなると「<カフェー・シラー>はベルリンでもっとも美しい娼婦が集まるところとして知られ、モッツ街にあった<エルドラド>は店員も客もすべてが女装愛好者であることで有名となった」(@長澤)って…ホンマでっかぁーっ?

 そんな訳で当時の独人的には「人びとは街に出、カフェーで交差し、女の裸体を楽しみ、あるいは娼婦やジゴロと交媾し、日曜日には湖畔でみずからの裸体を晒した。インテリたちにしたところで、それに変わりない」(@長澤)って、ドンダケェー…身体大好きぃってか?てな訳で健全な(?)肉体に邁進するって事で鍛えるぜ、スポーツだな話もあると思いますなのか?

 またクラブ事情というか、スポーツクラブってな話で「リングフェラインと呼ばれる近代的ギャング組織は、警察には「スポーツ団体」などと称してお目こぼししてもっていたのである」(@長澤)いっぱいあるから隠れ蓑にもぴったりってか?

 更に「ナチは幾分オカルティックな民族主義者の政治クラブとしてはじまったものであるし、数多く生まれた群小右翼団体も似たようなものである」(@長澤)とな…六月クラブとかは本書をドゾ。

 で知識人とか芸術家はどこへ行ったぁーっ?とゆーと街頭、何故ならそこにカフェーがあるからだですか?そーですか(笑)また「カフェー同様に詩人や芸術家らの"場"となったのは、いうまでもなくカバレットであった」(@長澤)「そこには二〇年代のカバレットの諸傾向が揃っていた。アヴァンギャルド美術と時事パロディと芸術コメディ…」(@長澤)で「時代の欲するところはまさにそこにあったのである」(@長澤)とな…

 尤も「文学的・芸術的カバレットの多くは、すでにみたようにさまざまな才能と時代の諸傾向の種々雑多な取り合わせによって成り立っていた。しかし、そこには漠然とした左翼的立場が貫かれていたといってもよいだろう。それはカバレットにかかわった人びとにユダヤ人が多かったことによる」(@長澤)とな…この後、ナチがくる訳で独って右左ハンドル思い切りきるが伝統芸能だったんだろか?うーん…

 とはいえ、ベルリンの異邦人的には、露人も忘れてはいけないってか?「戦後のベルリンは、さながら国外のロシア人における政治的・文化的一大センターの如き観を呈した」(@長澤)となるそで…1925年に独国内に在住露人25万人、ベルリンだけでも5万人って…かくて「ロシア語の日刊紙は三紙、週刊誌は五誌」(@長澤)発行されていて、「ロシア人の娯楽のためのカバレット、あるいは情報センター、社交の場としてのカフェーが存在していたとしても不思議ではない」(@長澤)ってこれまたホンマでっかぁーっ?

 とはいえ亡命露人ばかりじゃないよと、何故露人がベルリンを目指したか?そこに紙があったからだって、これまたホンマでっかぁーっ?「そもそも革命ロシアには決定的に紙が不足していた」そで、当時ベルリンには「八六ものロシア語の出版社が集中した」(@長澤)だそで「モスクワ、ベオグラードと並ぶロシア語出版センター」だったらすぃ…「二〇年代のベルリン詣のロシア文化人にとっての最大の魅力は出版できるということだった」(@長澤)とな…だがしかし「彼らの多くは一九二三年の大インフレを機にパリに移っていく」(@長澤)とな…インフレの上り調子が縁の切れ目ってか(笑)

 独の文化史もパネェとゆーか両極端に舵を切れの世界だったんだなぁ…ですが、仏の場合は「必ずしも制度化されきらない過剰性・暴力の流出がたくさんありました。それがフランス革命以後、近代社会になり、一〇年に一度のサイクルでおこるパリの群衆法規という形になってきた」(@笠井)って、まっ昨今色々ありますが、仏ってデモとストが国技じゃね?

 まぁ爆発だぁーってノリならば「人間の暴力は昔からあるし、本質的にあるものなんだろうけれども、近代の政治的暴力において、マルクス主義が行使した政治的暴力は最大最悪のものでした。他を寄せつけないスケールをもっていた。ソルジェニーツィンが「入るんだったら、ソ連の収容所よりはナチの収容所に入ったほうがいい」と「収容所群島」のなかで書いているけれど、実際にナチが殺した数よりもソ連が殺した数は一桁多い」(@笠井)って…しかも「マルクス主義者ほど平気で嘘をつける人間はいません」(@笠井)っててて…

 でもって「朱徳は軍閥の首領出身ですね。ところが軍閥には墨家以来の中国の秘密結社の流れを引いたところがあり、朱徳が連れてきた私兵集団が中国の赤軍の中核になった。その意味で、中国共産党のなかに伝統的な中国結社の流れが入っている」って、そーだったのか?中国…ちなみにこの後に「それとマルクス主義がどう関係していたのか、なかなか面白い問題です」(@笠井)と続ける著者パネェ…

 後は最近やたらと自分探しが流行りですけど、「共同観念に対して「私」という自己観念が対立します。自己観念が発生した背景には、共同観念から脱落した「私」かあります」「自己意識が疎外されるときは、常に社会とか他人たちとの対抗のなかにおいてです。とりわけ社会や他人たちに対する劣弱感において、「私」とか「自分」がアクセントつきで出てくる。否定的な関係が意識され、疎外関係が生じたときに「私」という観念が強く出てくる。要するに自己観念は、共同観念から脱落する経験において生じる」(@笠井)って(笑)とどのつまり「自分はオチコボレているんじゃなくて、社会のほうがまちがっているんだと強烈に信憑してしまう」(@笠井)とな…本気を出せば違うとか、本当の私がいるって、ある種負け犬の遠吠えだったのか?

 面白豆知識的には、英には「エッセイ・オブ・モグサ」(サー・ウィリアム・テンプル)なんて本が17世紀に出版されているとな(笑)で当時の貴族、「政界の大立者です」(@小林)、ちなみにスウィフトが若い時居候していたうちだそで(笑)痛風持ちだったそな…でありとあらゆる治療法をあたっていったらモグサに出会った。やってみたら効いた、こりゃいいってエッセイに残したって…英人パネェ…というか、大航海時代パネェというべきか?情報は日本人が思っているよりはるかに世界を回っているんじゃね(笑)

 まっ何にせよ、時代と民が生んだとゆー事だろか?クラブとサロン、その他集まりましょーは(笑)さて、最後にこれらの文化をみる視点とは何か?で三つあると…一、「コミュニケーション・ツールからみたクラブ・サロンという見方」、二、「社会組織論からみたクラブ・サロン」、三、「消費型文化としてみたクラブ・サロン」とな…

 詳細は本書をドゾですが、「クラブ・サロンはたしかに情報交流の場です。しかし、それは自由にデモクラティックに情報が交流される場ではない」(@松岡)とな…どゆ事とゆーと「特殊なメンバーが特殊な情報を交流させるのがクラブ・サロン」(@松岡)だとな、だから「コミュニケーション・ツールもなるべく特殊なほうがクラブ性も高まる」(@松岡)となるそー…そーだったのか?クラブ?サロン?符丁みたいなもんかしら?

 後、「クラブ・サロンの形式はコミュニケーションの両義性が大きく関与します。両義的な情報、あるいは矛盾した情報というのは、大きな吸引力を形成することがあるからです」(@松岡)の件は、これまたダブル・ミーイングな事なんだろか?アリス(笑)

 それと、これもありがちなネタなのか「体制に対立した理念が形成するクラブ・サロン」とは、「クニとかムラとか巨大共同体に対して、ある特定の人びとの意思が通らないとき、巨大共同体からはずれていくシステム観が出てくる。はずれていく感覚を共有できる人たちが集うていく現象が生まれる。そして、共同体からはずれていく感覚を追いもめとめる人たちが形成していったクラブ・サロンが誕生する」(@松岡)って…何ちゅーか究極のマイノリティの為の場ですかねぇ?

 更に消費型クラブ・サロンでは「まったく非生産的なクラブであり、逆に非生産的であるからこそ、特殊なクラブ性を持ちつづける。これも消費型クラブの特性です」(@松岡)って、まさに文化とゆーか、無駄とゆーか、だからこそ文化か(笑)

 それにしても「代理店が手が出せないものがクラブ性が高いといえます」(@松岡)って、成程、電〇の真逆を行けばいいのか(笑)

 最初何のこっちゃと思った「好み」の概念も、言われてみればそゆ流れになるのか?で、ここら辺りがコーヒーハウス・クラブ・サロンの一筋の道じゃね?で「貿易ネットワークの拡大で情報がダイレクトに入ってくる。いろいろ情報入手の前提環境がが成立するわけです。母国にいながら異国文化を味わえるようになる。自由に多くの種類の情報を入手できるようになる。そうすると「好み」が出現します」(@松岡)とな…

 「「好みというのは新しい情報価値が生まれることです」(@松岡)で、こゆ価値観の「「好み」が交換の対象になっていきます。「好み」を交換するには交換を楽しめるだけのタイム・ラグをもった場が必要になってきます。それが西のコーヒー・ハウス、東の茶室だった」(@松岡)とな…

 それが18世紀になるとその「好み」が、世界が狭いって事で全部知りたいになっていくとな…ある意味博物学的なソレだろか?こーなってくるともー人類の受容の問題になってくるのかなぁ(笑)「社会的、文化的、経済的な格差を容認しつつ、そのちがいのなかに変換の法則を見出すことが近代の誕生でした。ラフィトーやヴィーコ、ヴォルテールらが先駆者たちです。そこにケチをつけたのが二〇世紀の思想家フーコーでした」(@松岡)って…

 フーコー的にいくと交換可能なものはいいが交換できないものはどーするよ?とゆー事たらすぃ…それはどゆものとゆーと「その最大のものが狂気であり、精神病であり、犯罪であり、浮浪者であった」(@松岡)って…何と話しは社会とは、体制とはまでいっちまっただぁーってか…

 まぁ小さい世界の反発はそれだけじゃなくて、「一八世紀後半には歴史哲学が台頭します」(@松岡)どゆ事とゆーと「それまでの社会は、あまりにクラブ的な力が強かった」(@松岡)じゃまいか?ってか?一部のクラブ構成員によって社会や歴史が変わっていくのはおかしくね?って話になってくるとな…

 そして19世紀、代理店と派閥の時代がやってきて、古典的なクラブとサロンがなくなっていく事になるとゆー流れらすぃ…まっ詳細は本書をドゾですが、今となってはネットきたこれで(笑)さて、ネットは小さい好みの世界となるのか?それとも大きな一つの世界になってしまうのか?それが問題だ?問題か(笑)

 さてさて、他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。女子的には、「自由をもとめる女たち-フランス革命と女性クラブ-」の項が必読かなぁ(笑)仏(革命)の本音と建前みえてしまいましたになるかも(笑)ちなみに仏で女性が参政権を得るのは1944年になってからの事だとな…

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