« コイン仕掛けの(笑) | トップページ | 知っている者はしゃべらない。しゃべる者は知らない… »

2016年1月28日 (木)

見たい、知りたい、分かりたい(笑)

ルネサンスとは何であったのか  塩野七生  新潮社

 塩野七生ルネサンス著作集1なんですが、シリーズの一番バッターを務めるだけあって、これは総論なんじゃね?と…この後がルネサンス期の各論になるんだなぁと…とゆー訳で本書一冊で、ルネサンス期の流れが分かる仕組みかな?何か日本だとルネサンスというと、宗教か、芸術、それも美術がイメージとして浮かびやすいけど、ルネサンスとはそんな狭い範囲の事ではなくて、もっと大きく見んしゃいの世界か?

 また、本書はプラトンのソレじゃないけど、対話方式で進んでいくので、口語体。それだけに分かりやすいし、読みやすいと思いますた(笑)一問一答方式というか、質疑応答方式というか、生徒の疑問に先生が答える感じなんですけど、生徒の素朴な疑問も先生がいいとこれだけ面白くなるという話かなぁ(笑)歴史の先生に必要なのは、ものがたる能力だよなぁと強く思いますた(笑)

 そして舞台は伊、ルネサンスを語る場合に伊というか、伊半島、伊の諸都市、当時は都市国家ですが、が非常に的を得ている感じなんですねぇ…成程、伊とはこーゆー国であったと実に分かる感じ、ひいてはそれが欧州全体のルネサンスに、世界史に繋がっていくとゆー…大航海時代まったなしでこれまた壮大なドラマまで続くよ、どこまでもぉ(笑)

 しみじみと思ったのは、レオナルドとミケランジェロだけじゃなかったとゆー事でしょか(笑)

 アリス的には、ルネサンス…文芸復興だからなぁ(笑)文人としては「言論の自由のないとろには、出版の自由もない」でしょか?そしてまた「言論の自由とは、ただ単に言論を職業としている者に対してのみ意味するものではない。他のあらゆる自由の「母」でもあるのです」になるのかぁ…当時、それが許されていた場所がヴェネツィアだったとな…よーはローマ法王庁の力の及ばないところとゆー事らすぃ…文庫本の生みの親たるアルド・マヌッツィオの詳細は本書をドゾ。グーテンベルグのソレが一番花開いたのはヴェネツィアかもなぁ…

 後は、フランチェスコ絡みで、それまで宗教画ってモザイク画が主流だったそーだけど、フランチェスコはフレスコ画推奨、促進したそーな…何故かと言えばその方が早く、安くついたから、ついでに質素に見えたからって…そーだったのか?アマノン画伯?画家的にどーよ(笑)

 それとこれはアリスもアマノンにも言える事かもですけど、クリエイターとは傲慢不遜であると同時に謙虚でないと成り立たない職業であったのか?という事ですかねぇ…

 それとフィレンツェの立地条件が、冬寒く夏暑いの盆地だったとは知らなんだ…もしかして京都と似たよーな気候だという事か?ちなみに「イタリア半島で最も気候温暖な地はローマとナポリ周辺」だそで、ナポリ周辺は温泉もあるよという事らすぃ…なるほろイタリア半島ってか(笑)

 他にアリス的というと、シャイロック密室絡みで、「シェークスピアが「ヴェニスの商人」で描いたような、全財産を投資した船二隻が沈没したので借金が返せないなどというヴェネツィアの商人は、ほんとうはありえなかった」そな…何せ、ヴェネツィアの船は全部国の物、個人所有なんてないし…万が一そんな被害が出たら「ヴェネツィア商人の面汚し」って事になって、政府から事情聴取、行政指導って事になっていたんじゃまいか?でシャイロックの出番なしってか?

 まず最初に、聖フランチェスコとフリードリッヒ二世を上げねばの世界か?ルネサンスは一日にして成らずでして、その下地を作ったのはこの二人じゃまいか?というのが著者の主張らすぃ…まぁ宗教家と王様という事で政治家、げいじつはどこへ行った?の世界かな?ですが、本書を最後まで拝読するとルネサンスは全世界がルネサンスみたいなノリで部分の話ではなく、全体的に見てみよーじゃまいか?ある種、時代の空気みたいなものか?

 それにしても「コンスタンティヌスの寄進状」なるものがあったとは知らなんだ…中身はというと「キリスト教を国教としたコンスタンティヌス大帝が、ローマ帝国の西半分、つまり後代のヨーロッパの地をローマ法王に寄進したとされるもの」だそーで、これまた「中世の間ずっと信じられ、土地の正統な所有権はすべてキリスト教会にあるという。教会側の主張の拠りどころになってきたものです」とな…そーだったのか?欧州?

 だが、しかし、これ「コンスタンティヌス大帝が生きた四世紀に書かれたものではなく、十一世紀になって偽造されたものであることを実証したのが、十五世紀に生きたロレンツォ・ヴァッラと言うなの古典学者でした」とな…とゆー事は11-14世紀にかけて、中世の人々は皆、土地は教会のものと信じていたとゆー事か?そして、そんなに都合のいいモノを作った人達というのは、皆まで言うなの世界か?凄いな中世欧州…

 キリスト教とは何か?での解釈でも、聖フランチェスコによるとそれは「愛の宗教であるとした解釈」だそな…しかも、ローマ法王の下に皆同じ教徒であるみたいな構造を定義した人らすぃ…どゆ事かと言えば、法王の下の司教の下の修道士の下のパンピーじゃなくて、法王の下にそれぞれが結びついているという階層性じゃない世界観とでもいおーか?何かとストラクチャルなものを想定しがちな西洋文明的なソレからすると、フランチェスコの考え方はかなり画期的じゃまいか?ですかねぇ…そしてルネサンス絵画の扉が開かれたってか?

 一方、フリードリッヒ二世の方はどーだったかというと、一「法律の整備」、二「官僚機構を組織した」、三「税制の整備」、四「通貨の整備」、五「学問・芸術の分野の改革」などあげられるらすぃのですが、詳細は本書をドゾ。ローマの時も思ったけど、あるとこからとるないとからはとらないというこれをした統治者は結局、経済を繁栄させて国を統治できた人になるよーな?逆にあるとからとらないないとこからとる政策を取った施政者の末路は、皆まで言うなの世界か(笑)

 後、これまた中世欧州の政治的なソレというと法王派(グォルフィ)と皇帝派(ギベリン)の対立でしょか?詳細はこれまた本書をドゾですが、これも結局のとこ「思想のちがいから生まれた抗争ではない。現実的な利害の衝突からはじまった、争いにすぎません」で、これまたいつものよーに殿方の社会でものをいうのは色、金、暴力の果てのソレか(笑)マッチョ思考ばんざーい(笑)

 それにしても、話せば分かるという事で聖フランチェスコは「戦場であったパレスティーナに出向くと決めます。まずはイスラム教徒をキリスト教徒に改宗させるため、同時に、改宗させることで戦争状態を終結させ、平和を打ち立てるという目的をもって」って、事で理想に燃えて旅立つってか?で、どーなったかといえばイスラム側は「その一団を、捕えもせず殺しもせず、護衛兵までつけてキリスト教側の陣営に送り返したのです」とな…ちなみにフランチェスコという人は何事もとことんなお人柄だったらすぃが「これだけは二度と試みていない。無駄であることぐらいは、わかったのでしょうね」という事らすぃ…ある種宗教も熱狂的なサッカーのサポーターと変わりないのだろか?職業も、女房も変える事はできても好きなサッカーチームを変える事はできないってのと?

 この辺りの対アラブについてのソレはフリードリッヒ二世の場合「宗教者であるフランチェスコとちがって、他者への愛を説けば相手が聴き容れるとは信じていなかった。こちらの要求を相手が聴き容れるのは、それをすることが相手側にとって利益になる場合であると知っていたのです」とな…現実主義という点ではフリードリッヒに軍配が上がるんですかねぇ?人はパンのみに生きるに非ずですけど、パンの力は絶大なんですよ、奥さん(誰?)

 そんなスーパーリアリストのフリードリッヒ二世の目指した国家とは、「真の国家とは政治や軍事のみでは成り立たず、経済も学問も文化も重視されてこそ文明国である」とゆー事でしょか?とかく大国は、政治と軍事の比重が傑出してるけど、それはそれでパンだけの世界なんじゃまいか?ですかねぇ?

 まぁ中世的に縛りの多い中で、新しい意識、精神を持ち得た人、持ち込んだ人の後にルネサンス本番がやってくるとゆー事らすぃ(笑)そして、何故これが欧州の伊が中心でさかまくことになったかが本書のメインとなってゆく模様…

 それにしても「法王庁などスイスに移ってしまえ」と書いたのはマキアヴェッリで、「眼の黒いうちに見たい三つの事柄の一つは政治に口出ししない聖職者の群れ」と書いたのがグイッチャルディーニって、ホンマでっかぁーっ?ですが、問題はそんな事言った人達が「同時代のフランスやドイツやイギリスには生まれなかった」とゆー事でしょか?伊人というと夜も日も明けずにローマ法王庁と一蓮托生なイメージでいたけど、それに対して一番ガツンと抵抗したのも伊人だったのか?それがルネサンス精神って奴ですか?伊パネェ…

 ちなみに当時の伊の都市国家の中で、交易・貿易の国(都市?)のジェノヴァとかヴェネツィア以外のとこは皆「ローマ法王庁の財務を請け負うことで経済発展の基礎をつくったのです」とは知らなんだ…結局、金か?金なのか(笑)でそこはシビィーアに(笑)「イタリアの経済人は金もうけに精を出しながらも、聖職者階級の実態もしっかりと見ていたということですね」になるそーな…さすが君主論を生んだ国は一筋縄ではいかんぜよってか?

 でまぁ、この都市国家とは何ぞや?も、土地所有から離れて「土地は持っていないが頭脳は持っている人々が集まって作ったのが都市国家です」となる模様…「都市とはイコール頭脳集団、と言っていいくらい」だそな…そーだったのか?土地でもなく、血統でもなく「才能の豊かさと気力の高さが、人間の評価の基準」になるとゆー、まさにルネサンス精神キタコレになるのだろぉか?

 そしてフリードリッヒ二世じゃないけど、どこの都市国家も経済大国になって、「学問の分野への投資も忘れなかったこと」になるそな…大学とかバンバン創設しているし…援助しているしで、人材育成これ大切って事ですよ、奥さん(誰?)

 かくて、まずフィレンツェ立つ、で、次にローマがキタコレで、ヴェネツィアで終焉を迎えるになるのでしょーか?こちらの詳細は本書をドゾ。いずこの都市国家も皆それぞれにパネェでございます…フィレンツェ人の気質、ローマの過去遺産、ヴェネツィアの平等性…それぞれの都市、国に発展する因子があり、衰退する因子もまたあるとゆー事かなぁ…

 日本的に気になるとこと言えば、ベストによって人口が激減した場合、どーなったか?と言えば「人々の関心を効率に向けざるをえなくする」で「質を重視し個々の生産性の向上を期すやり方に変わってくる」となる訳ですねぇ…急激に変わるか、徐々に変わるか?はその都市国家なりではありますが…

 後、政治の安定というのも「反対派を吸収することで国内統一を期す」ローマ帝国やヴェネツィア共和国方式か、「勝った側が敗者を排除して国内を統一するという」古代アテネやフィレンツェ方式の二つしかないとな…これまた、そーだったのか?ただ、長くもったのはどっち?というと…歴史って(笑)

 それに国内の安定となると、結局のとこ利害の一致ですかねぇ(笑)どゆ事かというと、資本家と労働者の利害の一致、また資本家同士の利害の一致…結局、どこでも金か?金なのか?に尽きるよな…よーするに自分良し、相手良し、世間良しじゃないと安定して発展はしないという事じゃまいか?でしょか(笑)

 で、国外的な安定、例えば勢力均衡策の場合、「すでに持っている国同士の間ならば機能できた」そーだけど、持たざる国には「通用しない」とゆー事ですかねぇ…「なぜなら、勢力均衡政策とは、現状維持政策だからです」とな…結局、勢力均衡政策って先進国の間でしか通用しないという話になるって事か?で、フィレンツェの没落の、弱点の一端が軍事力であったとゆーのが、何とも…その点を痛烈に批判したというか、指摘したマキアヴェッリって…結局、外交戦とは言葉(政治力)と力(軍事力)とゆー事になるのか?うーむ…

 それと、個人主義は「学問や芸術では不可欠の要素」とはなるが、「社会の安定は、個人主義の放任では成し遂げられない」とゆー事に…また、国としても「経済大国になっても政治大国になっても、それだけではリーダーにはなれない。それだけでは、リードされる側を納得させることはできないからです」って事になるのか?とかく金と暴力にしか興味がないというか、それで世界が全て回ると思い勝ちだけど、ここで出たそれパンのみに生きるに非ずなんですよねぇ(笑)俺を崇めろって命令して尊敬されるものじゃなしで、力で奢っている人(国?)はいつもそこで溺れるよな(笑)

 とはいえ、ヴェネツィア共和国の場合、「自国の市場を守るには欠かせない海軍は、全員が自国民で固めています」というのが当時としては画期的じゃまいか?でも当時は、傭兵主流で傭兵なんていざという時全く役に立たねぇーじゃっんって眉間に縦皺系で断固宣言しているのがマキアヴェッリ先生ですが、ヴェネツィアはその辺が分かっていたとゆー事か?だから「シェークスピアの「オセロ」の主人公のような、ムーア人の海将なんてありえないのですよ」という事になる模様…そーだったのか?ウルフ先生?

 他に歴史的なとこではあのルターの宗教改革の槍玉に上がった免罪符…これってメディチ銀行が潰れて金ないじゃん、お金ないとルネサンス芸術維持できないじゃんとゆー事で一攫千金狙った法王レオーネの発案だったのか?「このようなことに欺かれるイタリア人はいなかったが、ドイツの素朴な善男善女は騙されたのである」とな…さすが神のお膝元の人達はやる事が違う(笑)独は伊の貯金箱ではないとゆーのが真相か?でプロテストしちゃうもんね、宗教改革キタコレになるのか…やっぱ贅沢は敵だな(笑)

 も一つ政治的なとこで、あの十字軍の遠征…これも「そもそも、人口が増加したヨーロッパに増えた人口を養っていける余地がなく、食べていけなくなった人々が武器を手にどっとパレスティーナにくり出したのが発端ですが、単なる難民では意気が上がらない」で、その理論武装が宗教にで聖地奪回とな…人口って増えても減っても問題山積みなんだなぁ…

 それと異端裁判、魔女狩りですか…これも欧州中に猛威をふるった訳ですが、えと正義と信仰の名の下に…詳細は本書をドゾですけど、「当時でさえも悪名高かった異端審問官の追及の手が及ばない地はヴェネツィアかアムステルダムのみ、と言われたのが十六世紀半ばであったのでした」とな…結局、時代の波というのは経済力もだけど、自由のあるところに移っていくものなのねの世界か?

 歴史的重要性というなら、大航海時代とは何ぞや?も出てくるとこで、これって航海者に伊人はあってもスポンサー国はポルトガルとスペイン、それと仏ってとこなのか…とはいえジョヴァンニ・ダ・ヴェラッツァーノのスポンサー仏王の場合は、中南米は西と葡に独占されているから北米に活路を見いだせという利害の一致があったって…まぁ何にせよ、大航海への道はアジア利権を狙えの世界だった事には違いない訳で…で更に「スペイン人の考える新市場とは、そこに住む人々と交易する場ではなく、そこに住む人々を支配下におくことを意味した」の件が全てを語っているよーな…

 豆知識的な話としては遠近法ってルネサンス発祥みたいな気でいたら、その実ローマの昔からあったのか?成程、芸術面でも復興の世界だったんだなぁ…後、フィレンツェの語源は「フィレンツェの誕生は紀元前五九年、測量の結果適地となった地域の中央で神々の助力を願う犠牲式が行われたのが、ローマ時代では春の盛りに祝われた「花の祝典」の祭日。これがフィレンツェの古名であるフロレンティアの由来です。フィレンツェを花の都と呼ぶのにも、歴史的な理由があるんですね」となるそーな…おべんきょになるなぁ…

 言葉的なそれでいくと、これまた当時流行ったペストから…ヴェネツィアの場合、「東方からの船は、船籍がヴェネツィアであろうとアラブであろうと関係なく潟の中に数多くある島に停泊させ、ベスト菌の潜伏期間とされている四十日を過ぎた後でないと、ヴェネツィア内に入港させないと決めたのです」とな…所謂一つの「波打ちぎわでの防疫システムの確立」ってか?で、「現代でも空港に着いた人は、「Quarantine」を通過しなければならない。検疫と訳されているこの英語は、「四十日間」の意味であるヴェネツィア方言の「Quarantin」からきているのです」とは知らなんだ…そーだったのか?厚生省ってか?

 後、リアルだなぁというか、なるほろなぁと思わされたとこで庶民と贅沢というか、憧れですが、「王侯や映画やミュージックの世界のスターたちがスターでありえるのは、この人々とは反対の極にいるはずの庶民の支持があるからです」のとこは言い得て妙かなと(笑)「庶民とはなぜか、自分たちには手のとどかない贅沢を好む」って…

 他に豆知識的なとこでは、ミケランジェロ最後の作品といわれる「天使と殉教者の聖母マリア教会」は、「現代イタリアでは政府主催の国葬の場として使われるのです」とな…ちなみにこれ元は「ディオクレティアオス帝の大浴場の遺跡」だったところ、改築して教会となるとな…お風呂が改装で教会になって、国葬の場として使われるっていうこの変遷、さすが伊という事なんだろか?それともミケランジェロぱねぇって事なんだろか?うーん(笑)

 そんな欧州人とは何か?の一助に、宗教に対する三つの区分どーでしょー?かなぁ?「アテオ」「クラデンテ」「ライコ」…アテオが無神論者、無信仰者を指すとしたら、クラデンテは信仰者を、その中でもプラティカンテとなれば敬虔な、真面目なソレになるそな…そしてライコは神は否定しないが政教分離でいいじゃないとなる模様…

 今ならばライコでもいいじゃないだけど、中世当時はライコでも異端じゃね?の世界だった事ですかねぇ…その先陣を切った人達の群れの後がルネサンスを招き、牽引していったとゆー事か、と…成程、文化とは一日にして成らず…ある意味これは戦いの歴史でもあるとゆー事になるのか?

 で、「宗教とは信ずることであり、哲学とは疑うこと」と言うのは実に的を射ているのじゃまいか?でしょか(笑)何故と問う自由、それがあるか?ないか?思考停止に未来はあるのか?よーく考えよー♪の世界じゃね(笑)

 本書の巻末に出てくる本書に登場してくるルネサンス人一覧だけでも、本書に目を通す価値は十二分にあると思われかなぁ?
 アッシジの聖フランチェスコ(聖人・宗教家)、フリードリッヒ二世(ドイツ・ホーエンシュタウヘン朝国王・神聖ローマ帝国皇帝・ナポリ・シチリア王)、アーノルフォ・ディ・カンピオ(彫刻家・建築家)、チマブエ(画家・モザイク師)、マルコ・ポーロ(商人・冒険家・旅行家)、ダンテ(詩人)、ジョットー(画家)、ジョヴァンニ・ヴィラーニ(歴史家・年代記編者)、ペトラルカ(桂冠詩人)、ボッカッチョ(詩人・作家)、レオナルド・ブルーニ(人文学者・政治家)、ブルネレスキ(建築家)、ギベルティ(彫刻家)、ポッジョ・ブラッチョリーニ(人文学者・書家)、ドナテッロ(彫刻家)、ウッチェッロ(画家)、トスカネッリ(数学者・天文学者・地理学者)、ルカ・デラ・ロッピア(彫刻家)、フラ・アンジェリコ(画家)、マサッチオ(画家)、レオン・バッティスタ・アルベルティ(建築家・画家・彫刻家・著述家・人文学者)、ロレンツォ・ヴィッラ(人文主義者・哲学者)、ピエロ・デラ・フランチェスカ(画家)、ジェンティーレ・ベッリーニ(画家)、ジョヴァンニ・ベッリーニ(画家)、ポライウォーロ(彫刻家・画家・版画家・金細工師)、マルシリオ・フィチーノ(哲学者・神学者・言語学者)、ヴェロッキオ(彫刻家・画家)、ブラマンテ(建築家)、ボッティチェッリ(画家)、ドメニコ・ギルランダイオ(画家)、アルド・マヌッツィオ(出版業者)、コロンブス(航海者・探検家)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(画家・彫刻家・建築家・発明家・解剖学・植物学・土木工事・物理学)、ポリツィアーノ(詩人・古典 人文学者)、アメリゴ・ヴェスプッチ(商人・航海者)、ヴァスコ・ダ・ガマ(航海者)、カルパッチョ(画家)、ピコ・デラ・ミランドラ(人文学者・哲学者)、マキアヴェッリ(公務員・作家)、エラスムス(人文学者)、デューラー(画家・版画家)、ミケランジェロ(画家・彫刻家・建築家)、ジョルジョーネ(画家)、トマス・モーア(政治家・人文学者)、フェルディナンド・マゼラン(航海者)、ラファエッロ(画家)、マルティン・ルター(宗教家)、ティツィアーノ(画家)、ラブレー(作家)、パラーディオ(建築家)、ティントレット(画家)、パオロ・ヴェロネーゼ(画家)、モンテーニュ(思想家・随筆家)、エル・グレコ(画家)、セルバンテス(小説家・詩人・劇作家)、ウィリアム・シェークスピア(劇作家)のラインナップ、詳細は勿論本書をドゾ(笑)

 最後に一つ、本書で一番感銘を受けたとこを、著者の序文からなんですが、本場で本物芸術作品を目の前にしての著者曰く「はじめて見る芸術作品の傑作の数々を前にして、私は、感動するよりも何よりも、存在しうるかぎりの神々に誓った。死んでも作品の解説はしない、と」な(笑)というのも「芸術作品とは、仲介者なしでそれと一対一で向い合い、作者が表現しようとしたことを虚心に受けとめるべきものだと感じたのである」でしょか…

 本物に出会う、本物を見る、本物を知る…成程、本物を前にすればそれにとってかわる言葉は存在しないとゆー事か?でも、そこから新たに生まれる言葉はあると…何とゆーか、送り手と受け手の関係を考えてしまった、今日この頃ってか?

 目次参照  目次 文系

|

« コイン仕掛けの(笑) | トップページ | 知っている者はしゃべらない。しゃべる者は知らない… »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

文系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 見たい、知りたい、分かりたい(笑):

« コイン仕掛けの(笑) | トップページ | 知っている者はしゃべらない。しゃべる者は知らない… »