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2016年2月 9日 (火)

コハダ、アナゴ、タマゴ(笑)

すし物語  宮尾しげを  講談社

 いわゆる一つの寿司エッセイというか、小論文なんだろか?な本書ですが、何が凄いって、寿司図鑑、事典のような本書を昭和35年に出版していたとゆーとこじゃね?その時点で寿司文化についてこれだけ揃っているとゆーのは、東京五輪前なんですよ、新幹線なかった頃なんですよ、奥さん(誰?)

 寿司の歴史的には、日本のそれは「賦役令」(持統3年)に「雑鮓、鰒鮓、鮎貝鮓」と掲載されているそーで、これが「日本にすしがあったという、最も古い文献とされている」事になるそな…そーだったのか?すし?ちなみにこの時のお寿司は「魚類や貝類を塩にして、久しく圧しておいて熟らして自然に発酵させて酸味を出した。これが「酸シ」という名前が生まれた語源である」とな…

 間は飛ばして、江戸時代になって「魚を熟らすのに白米飯を使ったことが明らかにされている」とな…これによって何がでけたとゆーと時間短縮、今までは三か月かかっていたのが、「五、六日でできた」とな…で、これが「早ずし」「一夜ずし」とか呼ばれるよーになったと…

 で、更にお酢を「直接飯に使って、兵糧米の腐敗を防ぐことを考え出した」そで「これが上方風のすしの形の始まりだといわれている」とな…江戸になっても兵糧米蓄えていたんですねぇ…

 ちなみに家康が天下とってまもない頃は、東海地方は稲荷ずし、巻ずし文化圏だったらしく、これが携帯便利食として重宝して、江戸にもそれが入ったとな…かくて江戸初期の寿司は巻き寿司という事になるらすぃ…

 そして江戸時代はそのすし調理法がどんどん進んで、延宝時代に「即座ずし」が、出て更に時短に拍車をかけていった模様…ちなみに江戸にお寿司屋さんが出てきたのが、その後の貞亨年間らすぃ…でもって、安永位になるとにぎりすしも出てきた模様…尤も関西では、押しずし、ちらしずし文化圏だったよーですが…

 とはいえ本格的なにぎりすしが出てきたのは、文政年代という事になるとな…その前からポツポツあったけど、一挙に花開いたとゆー感じなんだろか?こーしてみるとにぎりずしの歴史って二百年位の話になるのか?寿司的には結構新しめの調理法って事じゃね?

 歴史的にいくと中国のすし文化についての詳細は本書をドゾ。紀元前からあるみたいですけど、どーも魚を切って塩ふったとゆーシオカラもどきだったらすぃ…食は変化なりってか(笑)尤も「すしは中国の料理法にはなく、前漢末から後漢にかけて中国が南方に発展したころ、南方から入ってきた米や魚の加工法で、ことに三国時代にこの料理を北方に普及させた」そな…かくて「南北朝時代になって中原の文化人が多く江南地方に移ると、これがその地方の食膳に多くのるようになってきたとある」とな…まぁ確かに中国料理というと、火と油のイメージだから、寿司のイメージはいまいちアレなよな(笑)

 ちなみに明の時代になると「あまり鮓の文献がみられなくなる」そで…蒙古族には鮓なんていらんの世界だったらすぃ…更に続く満州族も右に同じで、北方の陸地の人達には鮓は当時受けなかったのか…でほぼ中国のすし文化は駆逐された模様…南方でポツポツあるかもねの世界に突入ってか…

 ついでに漢字の変遷もこれまたパネェので本書をドゾ。元の字はどれだ?となると元の元の元の元…みたいな凄い話になってゆくみたいです(笑)

 アリス的に寿司とゆーと、ダリ繭の寿司折じゃね?ですけど、准教授はどゆ寿司を持参したんだろーか?関西だけに、にぎりずし一択とゆー訳ではないよーな?押し寿司やサバ寿司の可能性もあるよね?

 関西系のエピでは、かんぴょう巻のかんぴょう、これ「大阪の木津でとれるものが最上であった時代を今に伝えて、「木津巻」という」って、そーだったのか?アリス?っゆーか、木津ってどこ?

 それと関西圏では箱ずしがメインらすぃ…箱にご飯とネタをのせて作る押しずしらすぃのですが、こちらの詳細は本書をドゾ。ただ、酢飯の間に椎茸を挟むらしい、で「これを「こけらずし」ともいう」って…

 こけらって何?とゆーと、「屋根をふくのに使う材木を削った木片」の事とか…「関東では屋根板ともいっている。屋根をふくとき必ず前の板に次の板の一部を重ねるので、すしの作りは魚を重ねる形が、このこけらぶきに似ているので、その名が出てきた」とな…あの劇場のこけらおとしもこれに関連していて「屋根板で新しい家屋の屋根がふけた祝いという意味である」からなんだそー…そーだったのか?柿?

 関東、関西の違いで面白いのは今だと関西より関東の方が酢が利いているになるらすぃが?江戸時代はこの逆だったらすぃのだ…大正末位には関西の方が酢加減甘かったらすぃから、明治のどこかで変換したんだろか?うーん…

 ちなみに大阪のにぎりずしの草分けは、「文政末に道頓堀戎橋に「松の鮓」といった江戸風のにぎりずしを売った店で、大いに売れた」そな…何のかのと言いつつ文化は交流しているんだなぁと(笑)

 また寿司を盛る際、京阪は下に葉蘭を敷くそーだけど、関東は熊笹なんだそな…これまたそーだったのか?ちなみに土産用には白杉板の折なんだとか…今は風情のある容器も少なくなってきたからなぁ…

 関西お寿司屋さん事情のエピでは、天保年間、「正月の十日戎のある今宮の戎社付近にあった鮓屋の店先」についての考察なんか、どでしょ?「一段高い台の上に、丸飯台にすしが並んでいる」そでこれが当時の寿司折とゆー事になるらすぃ…一折四十八文、神社帰りにお持ち帰りにどよ?でしょか(笑)

 明治に入っての当時のグルメガイド、京都の寿司屋…うを宇、成平寿しいづうが掲載されているとな…いづうってこの頃からあったんだなあ…ついでに昭和40年の「全国有名すし展運営委員会員」によるデパートでの展示会に出展しているのが、大阪寿司(日の出/銀座)とかに寿司(利休/台・橋場町)と都内でもそゆのがあったりして、後、鯖寿司(いづう/京都・祇園八坂)、京ちらし(鴨川寿司/京都・京極四条)もあったりして(笑)こーしてみると、いづうさん凄いなぁ…

 関西のお寿司屋さんでは、天保に開店した福本は明治に入って代替わりして福寿司になったそで、心斎橋にあった矢倉鮓は昭和20年に閉店したそな…後は吉野鮓(淡路町/大阪鮓専門店)とか、寿司万(東区横堀)は雀鮓が自慢だそで、とよ新(北区曾根崎中)は大衆食堂式になっているってでも「すしの値は安くない」って(笑)他にも蛸竹とか、カッパ巻を考案したという甚五郎(曾根崎)とか掲載されていますので、詳細は本書をドゾ。

 ついでと言っては何ですけど、関西すし系ってどよ?とゆーと、大阪ずし、むしずし、雀ずし、ばってら、起しずし・すくいずし、黄丸ずし、兵庫ずし、こけらずし、当座こけらずし、温めずし(大阪)、松前ずし(大阪)と種類があるみたいです。こちらの詳細は本書ドゾ。他にちらしずし系では、混ぜずし(大阪)、つかみずしでしょか?それと白い兎つながりで兎ずし(伊賀)もどよ(笑)巻物系では、きゅうり巻き(大阪)もあると思いますか?ちなみに「キュウリに合うワサビは関西方面では島根県の三瓶山のが一番合うそうだ」そうだ(笑)更にすし団子(大阪)も、のり巻を串刺しにしたものだそな…おでんのノリか(笑)他に大阪では忘れてはいけない狐ずし、こちらは稲荷ずしの事、ただ狐ずしは形が三角ですけど、たぬきずしもあって、こちらも稲荷ずしなんだけど四角いんですよね、お米の量がミソとゆー事らすぃ…

 さて、お寿司について本当に色々あってなの世界が展開しているので、本当、本書をドゾなんですけど、おべんきょになりますで、海苔かなぁ…海苔自身に関する蘊蓄は本書でですけど、「のりを食べると、そのすし屋の格そのものが、一ぺんで判る」とな…寿司屋は海苔を見ろってか(笑)

 も一つ、お茶で「本当に茶のうま味を知ってくれる客も少ないが、それほどに、うまい茶を出す店も少ない」って…しかも「酒をのんで、すしを食う客の方を大事にして、茶だけの客は、あたり前の扱いにするのは、金の揚がりが多いだけのことであって、こんな店はあまり茶に注意をしないものである」とな…お茶もお店の基準を示すものらすぃ(笑)

 もちろん、寿司の良しあしは、「にぎりぐあい、米、タネ」の三種の神器じゃねぇですけど、中でも「米が第一である」そー…素材は大切にってか?ちなみに「すし米は湯炊きが多い」んだとか…「大阪ずしの場合は水加減が多少は多い」事になると…押し寿司系ってお米柔らかめなんだろか?合わせ酢も関西の方が甘めだけど、大阪より京都の方が甘いとは知らなんだ…このお酢、赤酢を用いるのが「江戸風のにぎりずしの本領である」とな…そーだったのか?赤酢?

 それにしても寿司職人って、「茶汲三年、煮方三年、にぎり方三年と年季を入れるのが、修行のひとつである」だったのか?まぁ何事も日本だと修業とゆーと十年はの世界がひと昔前は当たり前だったけど、今時そんなのあるのか?というか、回転寿司やロボット寿司が出たとこでアレな気が…他にも「三年かけ出し、五年片腕、七年旅立ち」という言葉もある模様…

 後、今だとお寿司屋さんというと暖簾じゃね?ですけど、明治初期までは「軒先に「御膳ずし」と花色に白の染めぬきの旗」が目印だったらすぃ…お店では座敷で座って食べるか、仕出しがメインだった模様…立ち食いの寿司というのは屋台に限っていたよーです…で、この仕出しの重箱、今だと寿司桶になるのか?を店先にいぱーい重ねておく事がステータスだった模様…いっぱい注文ありまよっていう(笑)

 面白エピでは、鮪ネタ…昔は下の下の魚だったんだよとはよく聞く話だけど、なして寿司ネタになったのか?で「天保の末に鮪の大漁」キタコレ、で「その鮪の処置に困って捨てようにも場所がなかった」とな…で「日本橋馬喰町の恵美寿鮨が試みに鮨のタネに使ったところ、江戸ッ子の気風に合って流行した」そな…まぁ当時は冷蔵庫も冷凍庫もなかったから、そーだヅケにしよう、なんですかねぇ…そんな訳で当時、上流階級は鮪なんて口にしなかったそな…鮪って庶民の食べ物だったとな(笑)

 鮪つながりでは、今時のお寿司屋さんの中には、「マグロがないとき」「キハダをマグロの代用に使って、マグロですといっている」とな…キハダマグロっていうからキハダも鮪には鮪なんだろか?嘘は言ってませんかもしれないが、客に味の違いが分からないからっていうのはどーよ(笑)

 これも面白エピになるのか、本書当時の寿司ネタな話も出てくるんですけど、魚介類とか、漬物はともかく、バナナ、イチゴってホンマでっかぁーっ?更に変わり種として天麩羅寿司キタコレで、天ぷらのっけたお寿司らしぃ…中身はエビ、アナゴ、ハゼ等とあるが、これって天むすみたいなノリなんだろか?うーん…

 これは面白というより、豆知識的エピじゃねですけど、握り寿司ってパンピーから発展していった料理だと思っていたら、これまた昔からそれなりの相場ってもんがあったらしい…とゆーのも「普通はそば一杯の価格がすし一個に当たるのが、古来からの相場になっている」というから、庶民的には相当に高価な食べ物だったんだろか?尤も、昔のお寿司はかなり大きかったとゆー位だから、これまた相場なんだろか?

 も一つおべんきょになる系でワサビの扱い方、ワサビはすりおろしてすぐに使えませんとな…「容器に入れて逆さまに板の上におくか、ふたをしてそのままにしておかないと、苦味の強い舌に残る何ともいえない、いや味が出てくる。すし屋ではこれをサバリンといっている」そな…おろした後にも手数がいるんですねぇワサビ…ちなみに本書ではワサビは伊豆、天城山中がおすすめらすぃ(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に二つ気になったとこを、一つはひれずし…「マグロの代わりに、牛、豚、鳥などの新鮮なヒレ肉をタネに使ったもので、高崎市に売り出されて、特許がおりているとか」って、そーだったのか?寿司業界?とゆーか、特許庁?

 も一つが、稲荷ずしの缶詰(東京)「外国に居る人たちに、日本の稲荷ずしを味合わせたいと」缶詰にしたんだそな…しかもそれが昭和29年というから、これまた凄い…で作ったのが志のた鮨(神田淡路町)とな…尤も、中身は稲荷寿司用に炊いた油揚げだけが入っているそな…後は自分でお米つめて下さいとゆー事らすぃ…今なら、稲荷ずしの冷凍食品とか、缶詰も探せばあるんだろか?でも、昔から食に対する執念は並じゃなかったんだなぁ日本人(笑)

 目次参照  目次 食物

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