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2016年2月22日 (月)

肉を焼く(笑)

焼肉の誕生  佐々木道雄  雄山閣

 タイトル通り、焼肉の本かなぁ?二次的なそれではなくて、一次資料で真っ向勝負の焼肉本だろか?ある意味、歴史書みたいなノリだし…そんな訳でかなり硬派の部類に入る本じゃまいか?焼肉とは何ぞや?ですけど、戦前戦後のそれで非常にカオスでんななそれを解きほぐした感じとでもいおーか?

 ちなみに、焼肉とは何か?で、普通に焼肉屋さんのソレを思い浮かべるけど、字面的には、「牛・豚などの肉をあぶって焼いたもの」(@広辞苑)な側面もある訳で、さて、どっち?というより、どーよ?な世界にそこから突入しちゃうのか(笑)

 で、本書的に扱う焼肉とは何ぞや?が「①おかずの一品としてでなく、肉を主体に食べる料理である」「②複数の人がコンロを囲んで焼き、歓談しながら食べる形式を持つ」「③店舗料理として発達した」「④朝鮮の焼肉料理に起源がある」というこの四つの要素全てを加味しているのが、焼肉じゃね?とゆー事になるらすぃ…

 アリス的に、焼肉というと海奈良の片桐さんと鶴橋に行きましょーの件じゃね?でして、あの後、二人は焼き肉に行ったのであろーか?アポロンでは焼肉じゃなくて、割烹というか、和食にゴーな二人ではあったけど(笑)

 さて、焼肉の歴史を考えた場合、朝鮮半島を除外する訳にもいかずでして、まず朝鮮朝時代の肉料理って、どよ?から見ていかないといけないのか…ちなみに、朝鮮半島では肉食云々の件がよく言われているが、その実農業主体だったのは今更な話な訳で、しかも「朝鮮朝時代には、牛を屠殺して食べることは原則禁止であった」とな…「李朝時代の初めには、牛の屠殺は勿論、自死した牛の肉ですら食べた者は重罪となった。しかし、この原則はしだいに崩れていく」(「朝鮮の食と文化」)なんだそな…ちなみに「牛の屠殺を正業とする人々(白丁)の存在があった。彼らは、"牛馬を盗殺する"として、刑罰や移地を強いられる。こうして白丁は、賤民の中で最も差別される集団となっていった。ところが、不正に屠殺された牛肉のお得意先は、なんと支配層(高級両斑)であった。こうして牛が減少し、農耕にも支障をきたすようになる。そこで再び禁令を出して取り締まる。これを何度か繰り返すうちに、牛肉は食品として定着していった」(同上)とな…よーするに「朝鮮朝時代はその全期間を通し、宮中での儀式や祭礼などに必要な場合を除いて屠牛禁止が原則だったが、これが少しずつ崩れて合法・非合法の抜け道が作られていった。特にソウルでは、宮中の祭礼に使うことを隠れみのにした屠牛がしばしば行われ、その肉が市中に横流しされた」って…公式には年一回の屠牛のはずなのに、はずなのに…って…

 「牛肉を食べることができたのは一部の特権・支配層に限られたが、地方に住む両斑までは牛肉がゆきわたらず、そのため大晦日に禁令を一時解除し、正月の祭祀になくてはならない牛肉が入手できるようにしたのである」そな…

 で、そんなお肉入手困難事情は牛肉に限らず、「豚肉や鶏肉も入手しがたく、それゆえに肉の部位別調理法が発達したというのである」となる模様…

 まぁ何とゆーか、闇ナペならぬ闇肉が出回っていたというか、セレブは肉食っていたとゆー事らすぃ…何だかなぁ…そんな訳で「一方で大多数を占める庶民は、肉とほとんど無縁の生活を強いられていたのである。このため朝鮮の肉食文化は、この一握りの特権層の中で発展する」とな…

 さて、雪夜覓の発展とゆーか、宮廷料理化についての詳細は本書をドゾ。18世紀末には焼肉料理も定着していた模様…ちなみに元は串焼きだったのが、金網を使用するよーになったそーで、しかも焼肉なのに焦げ目をつけてはいけないの世界だったらすぃ…しかも、料理人による調理済の焼肉が提供されるのが普通だったよーで…

 鍋料理についての件も色々ありまして、こちらの詳細も本書をドゾ。たいていのそれは中国伝来らしいのですが、鍋料理に関しては日本から伝来したのもあるらすぃ…

 まぁそれもともかく、李氏朝鮮後、日本統治時代になると、焼肉も家庭でみたいな一般化していったよーで、この詳細も本書をドゾですが、どちらにせよ、朝鮮半島の焼肉は、給仕の人が焼くというのが朝鮮朝時代からのお約束とゆー事だったよーで…だから、家庭では奥さんが焼くと…

 一方日本の肉食史についての詳細も本書をドゾですが、薬食いとか、鳥とかは食べていたんじゃね?な話が出てきます…何事も少数派はどこの世界にもある訳で(笑)

 で、明治になって肉食OKとなったら、「焼肉料理も公然化」して日本料理系、西洋料理系、中華料理系とあるあるの世界になった模様(笑)それにしてもジンギスカンって中国料理系だったのか?「実際には中国の烤羊肉という羊の焼肉料理を、日本風にアレンジしたものだった」って、そーだったのか?ジンギスカン?てっきりモンゴル料理かと思ってますた…

 でもって、「日本的にアレンジされたさまざまな焼肉料理が存在し、焼き方も」「ほとんどが直火焼きであった」そな…しかも「戦前の焼肉料理のうちで、もっとも流行したのがジンキスカンであった」そーで…

 でもってでもって、元の烤羊肉はとは「漢族の周縁に暮らすオアシス農耕民であったウイグル族や、狩猟農耕民であった満州族の料理が、中国料理に取り入れられたものだった」そな…ちなみに本場モンゴルでは「羊肉を水で煮るのが普通で、焼くことはほとんどない」そな…更に「モンゴル人は一般に焼いた肉を健康に有害であると考えている」(「「モンゴル研究」によせて」/加藤九祚)とな…何かもー、君の名は?とか、昔の名前で出ていますとか、の伝言ゲームのよーな気がしてきたが?気のせいか(笑)

 でもってでもってでもって、ジンギスカンというと北海道なイメージでこれまたいたら、何と北海道でジンギスカンが名物になるのは戦後の事だとな…日本ジンギスカン起源的にいくと東京でという事になるのか?

 まぁこちらの詳細も本書をドゾ。とにかく、中国で烤羊肉と呼ばれていた料理が、日本にきてジンギスカンと呼ばれるよーになったとゆー…ただし、中国は中国でも北京と満州の烤羊肉では同じ名前でもちょっと違うと…何か段々面倒臭くなってきましたが、アレンジがあちこちできいているとゆー事なんだろか?

 とにかく、鍋をつつく形態が根付いた事は確かか?その頃ソウルではカルビ屋が流行っていたとな…更にプルコギ屋も出現してくると…こちらの詳細も本書をドゾ。尤もカルビの発祥の地はソウルではなくて松汀里らすぃ…これまたちなみにソウルにお店が出来る前に大阪に出店していたりするんですよ、奥さん(誰?)プルコギ屋も馬山が先らしーし、首都でというより、貿易都市みたいな方があると思いますらしー…やっぱ人の出入りの激しいとこの方が商売関係は繁盛するという事なんだろか?

 まぁ東アジア的というかで同時多発的に肉メインのお店が、料理が出てきたんじゃね?とゆー

 で、大阪・猪飼野にキタコレになるのか?カルビ屋さんもプルコギ屋さんも、当時の朝鮮半島人キタコレになるみたいで、「猪飼野が朝鮮人の最も集中した地域であった」とゆー事からお察し下さいだろなぁ…

 てで猪飼野のお店も「日本人に好まれるジンギスカンのスタイルを取り入れたと思われる。こうしてプルコギとカルビ焼きは、客が自ら焼いて食べるスタイルを獲得する。これがすなわち「焼肉の誕生」であった」となるよーで…何とゆーか、ノウハウとニーズが合体してできた料理が焼肉という事になるんだろーか?それが1930年中頃の事とな…そして、更に日本的ニーズに応えますで、カルビ焼きのお肉も骨付きから骨なしになったよーで(笑)

 ででで、これが大阪で大評判となり、更に今度は当時の「日本の統治領域である満州や朝鮮へと広がっていった」事になると…それが1940年頃に大阪から伝わったとな…ただ、自分で焼くスタイルは当時の朝鮮人には不評だったとみえて、給仕が焼く韓国式焼肉になったとゆー事だとな…それがあちらでは未だに続いているそな…

 では、内臓肉の焼肉の方はどーよ?というと、維新前から食べる人は食べていたよーで、これは薬食いとか、鳥とかのとこと同じよーにあるとこはあると…ただし物凄く少数派じゃねみたいですが…更に明治になって西洋料理が入ってくると、勿論内臓料理もあると思いますじゃねで、こちらはとっても高級志向とゆー奴らすぃ…

 よーするに内臓料理とはセレブか、下層民が口したもので、中間層にはなかったとゆーのが実態らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。

 そんな訳で、日本でもお肉の解体の時に、内臓捨ててたなんて事はなくて、丸ごと全て利用していたよーてす。内臓は「頭と一緒に牛飯屋に売られる。骨や血は肥料になる。尾はソップ屋が買う。肉と皮と角はご承知のとおりで、何一つ捨てるものがない」とな…究極のエコだろか?

 本書拝読してしみじみとおろろいた事は、戦前は牛より鳥の方が高価だったよーで、焼き鳥なんかは物凄い高級食っぽいみたいです…となるとどゆ事が起きるかとゆーと、牛とか豚の内臓をモツ焼きにして、それがヤキトリと呼ばれていた模様…焼鳥の屋台ではそれが日常だったよーで…食品偽装じゃないけど、何かもー串ささって団子もとい焼鳥ってお約束だったんだろか?

 でまぁよくあるよた話のホルモンは放るもんからきた説…あれは真っ赤な嘘らすぃ…「その背景には、在日韓国人・朝鮮人の存在を忘れるわけにはいかないだろう。彼らの多くは、朝鮮では高くて手に入りにくい内臓が信じられないほどに安価に手に入った経験から、「日本人は内臓を食べずに捨てる」と信じていたようだ」って…裏を取らずに思い込むってゴホンゴホン…更にそれと合わせて「大阪弁の「放るもん」と「ホルモン」の語呂合わせの面白さもあった」とな…何とゆーか、人は真実より物語を信じる生き物であるって事ですかねぇ?正義とは何か?の前に真実とは何か?だよなぁ…まっ昨今では歴史はロビーで買えるものらすぃけど(笑)

 とゆー訳で、戦前から内臓料理もそれなりに日本にはあったじゃまいか?ですけど、これある意味鮪のトロと同じよーな理由で、パンピー的にはあまり普及していなかったみたいです。それは何故かといえば、内臓はいたみやすいから…よーは日持ちしないから、流通しづらい…当時の冷蔵・冷凍技術と流通機構を思えば、それらは現場食みたいになるのは必然じゃね?これまたある意味ご当地グルメみたいなノリか?

 戦後のモツ料理、ホルモン料理の普及は、実は在日韓国人・朝鮮人の引き上げによって、それまで需要のあった内臓肉が余るじゃないかぁーっとゆー事で、その在庫処理的な一貫があった模様…で、戦後食糧難もあるし、美味くて安い内臓料理が普及すると…

 焼肉店の展開についての詳細も本書をドゾ。たいていの焼肉本では食堂園(大阪・千日前)と明月館(東京・新宿西口)が元祖みたいに書かれているそーですが、歴史的にはそんなに単純な話ではないよーて…

 間は飛ばして、内臓焼肉店と精肉焼肉店がどっちも扱う焼肉店に統合したのを、日本式焼肉店という事になるみたいです。これが1950年代の事らすぃ…こーしてメニューも部位もどーんとなの世界が展開していったよーで…でもって、客が色々チョイスできるよーになったと…で、これがその後の焼肉の主流になると…

 その後の焼肉店についての詳細も本書をドゾですが、何にしても焼肉の歴史というのは、朝鮮半島だけの話でもなく、また日本だけの話でもなく、その双方をいったりきたりして始まったとゆーか、ミックスして出来上がった複合文化食じゃね?まぁ日本側からみれば、焼肉もラーメンやカレーみたいなものだろか?あっちから来たみたいだけど、気が付けば日本食みたいなノリが(笑)

 細かい変遷については本書の図を参照してくらはい、焼肉の誕生と伝播(戦前期)と戦後日本の焼肉店の発展の二つの図を見るだけでも、焼肉の大まかな流れは把握できると思われでして…この図だけでも著者の執念というか、研究結果が分かろーというもんです(笑)

 後、焼肉用語なんかも韓国・朝鮮語由来とか言われてるらしーですけど、殆どが日本語で、向こう由来なのは「テッチャン」と「チレ」だけだそーで…それと韓国のカルビなんかだと、客の前で「店員がハサミで切って食べるように勧める」のは何故か?といえば「焼肉の場合は大きく切った良質の肉であるのを確認してもらい、冷麺は長く作った良質の麺であるのを知ってもらい、キムチは壺からだしたばかりのキムチであるのを見てもらってから切る。つまり、良品である(使いまわしたものでない)ことを客に確認してもらうことに価値を置いている」からなんだそーな…ある意味、自信がありますの世界だろーけど、よーするにそこまで客が確認しないとというのはゴホンゴホン…

 それと焼肉のツケダレについても、日本的にはジンギスカンの先例があったとゆー事もあるらすぃ…まぁアジア的にツケダレあると思いますらすぃが(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。

 何とゆーか、一口に焼き肉といっても、その世界は広ーござんすとゆー事かなぁ?とにかく、本書、最初から最後まで焼肉史的にはノンストップ劇場ですので、興味のある方は本書をドゾ。資料が半端なくて、ある意味圧倒されます(笑)

 最後に本書、読後の正直な感想は男の人の書いた文章だなぁでして…パンピー向けには、この資料をもって歴史書か、ノンフィクのライターの方に書いてもらった方が分かり易いんじゃまいか?と(笑)まぁ画期的な内容の本書ですので、焼肉好きは一読をドゾドゾ。

 目次参照  目次 食物

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