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2016年3月31日 (木)

自然と平等と補完性(笑)

科学史から消された女性たち  ロンダ・シービンガー  工作舎

 まぁ概ねタイトル通りの本なんですが、一言でいうなら欧米か(死語?)そのものじゃね?何とゆーか、しみじみと凄い…ので、まずは読めの世界かなぁ(笑)これが欧米的建前と本音キタコレなんじゃね?

 さて、本書A5サイズハードカバーで結構読みでありますので、手っ取り早くいくなら目次だよねで、「序文、第一章 制度的概況、第二章 貴族のネットワーク、第三章 手工業的伝統における女性科学者、第四章 女性の伝統、第五章 学術文体の拮抗、第六章 宇宙論の拮抗:自然の秩序におけるセックスとジェンダー、第七章 柔肌に秘められた女らしさ:性差の科学的探究、第八章 補完性の勝利、第九章 閉ざされた公けの道、第十章 女性の排斥と知識の構造」なんですが、ちなみに各章の下のも更に小さい表題ありますよっにですけど、だいたいこんな流れでしょか?

 時間軸的にはほぼ近世とは何か?かなぁ?科学が表舞台に登場してきたのがだいたいそんなとこで、その立ち位置がはっきりするまでの流れのよな…ですからルネサンスから20世紀末まで続く話なんですよね(笑)でもって、これは科学の男性支配というか、利権の男性独占の話のよな(笑)

 一番わかりやすい例でいくと、マリー・キュリー、あのキュリー夫人ですけど、ノーベル賞を二度受賞したにも関わらず、彼女が仏の科学アカデミーの会員になれる事はなかったとな…その理由が「女だから」というだけで…ちなみに女性科学者が正式会員になれたのは1979年になってからとゆーから、さすが、自由・平等・博愛の国のやる事は違う(笑)ちなみにちみな仏革命が起きたのが1789年、あれから40年もとい200年近くってか(笑)付け加えると、「ジョルジュ・サンドがアカデミー・フランセーズに、ローザ・ボヌールも芸術アカデミーに、ソフィー・ジェルマンは科学アカデミーにそれぞれ入会を認められなかったそな…それが「女性の選出に反対する不変の伝統を尊重することがきわめて賢明なことである」というのが仏の学士院の会員の皆様のご意向らすぃ…ふらんすばんざいってか(笑)

 とまぁ、空涙もとい空約束や空手形、そして空法則とは何かの羅列かなぁ?実に欧米か(死語?)の世界観が展開される模様でして、それは各章を見てみよぉと(笑)

 そんな訳で女性的には「婦人が教授として修辞学や医学を教え任務を遂行したり、役人や軍曹を従えて通りを行進するのを見るのはなんて愉快なことだろう。あるいは、弁護士となって判事の前で弁護すること、最高裁の法廷で裁判を行うために裁判官席につくこと、陸軍を率いて戦いで任務を果たすこと、大使として国政に携わる人々や諸侯の前で話すこと、みんな女の人ができたら素晴らしいなあ」(@フランソワ・ブーラン・ド・ラバール)だとするならば、男性的には「女性は想像の情熱に欠け、発明の才能、すなわち機械的な物、火薬、印刷器や時計をつくりだすような才能に伴うべき忍耐力に欠けるのだ」(@ヴォルテール)、または「肉体が精神の基盤であり、女性の体質が物質的精神的秩序の中での女性の位置を決定しているのだ」(@ルソー)とゆー事で自然が性差を決め、精神的差異を決め、社会的差異も決定したんだとな…

 更にオーギュスト・コントとなると「「支配的な物と支配される者との間に生物的な差異がない」のだから従属的な男性はいずれ解放されると見てよいと信じていた。しかし、女性の従属は、「生得に劣っていることに起因するのだから」永遠に続く、と予想したのである」って…男の本音乙ってか(笑)

 アリス的には、自他共に認める女嫌いの准教授的にはどよ?って奴ですかねぇ(笑)

 他にアリス的というと、マリー・ビーロン(解剖学モデル・蝋細工師)のエピだろか?「一七七一年ビーロンは王立科学アカデミーでもう一度彼女の蝋解剖学を実地に説明したが、この時はスウェーデンの皇太子の楽しみのためであった。彼女につき添って、ラヴワジェやマッケール、モランといった人々も出席した」の件だろか?スウェーデン館的に?

 更に「一六五〇年デカルトは、男勝りで聞こえたスウェーデンのクリスティーナ女王から、彼女の科学アカデミーの規約を作成するように任命された。クリスティーナその人と彼女の要求する学問日程の厳しさが、デカルトを死に至らしめたと言われている」って…ホンマでっかぁーっ?

 後、ミステリ的に使えるかものキャッサバとか?「もしもそのも根を生で食べたなら、その毒で死ぬ。しかしきちんと調理されるなら、それはオランダのツヴィーバックにそっくりのおいしいパンになる」(@メリアン)とな…そーだったのか?キャッサバ?

 さて、知識を手にいれる方法ですが、「適切な訓練、図書館や実験器械、情報交換の仲間などがいなければ、男性であれ女性であれ知識に重要な寄与をすることは難しい」のは自明の事じゃね?ですけど、まず女性の教育に視点を移すと、修道院が衰退していった、無くなった事が最初の曲がり角になるのか…それまでは曲がりなりにも女子修道院で知的アクセスができたけど、プロテスタント台頭により、修道院がボッシュートになってしまったと…

 そして何が台頭してきたかとゆーと大学キタコレなんですよ、奥さん(誰?)しかもこれが「一二世紀から一五世紀にかけての大学の興隆は、女性にとって教育の機会を失うことに繋がり、イギリスでは、女子修道院の閉鎖とともなって女性は精神的並びに知的な生活の拠点を失うことになった」とな…しかも、そゆ修道院を国(王)が召し上げて、そこに大学創設とかしていたりして…例えば「聖ラデクンディス女子修道院の収益や用地は、ケンブリッジのジーザスカレッジに譲渡された」とな…そして大学は女人禁制…「大学の設立にともない女性は学問の中心から外されていった」とな…

 「一六世紀の改革された大学」でも「新しい国民国家の官僚を拡大しさらに多くの公務員を必要とする場合、大学での訓練はとりわけ重要となった」かくて、お貴族サマ達は勿論「大学入学者はジェントリーや中産階級出身の若者の進学で大きく膨らんだ」とゆー事態になるらすぃ…そして女性はとゆーと「あらゆる階級の女性が大学教育から締め出された」とな…

 まぁ僅かなほんの僅かな例外は人としてもあるし、国としては伊にもある模様…「イタリアはヨーロッパにおける例外的存在であったとしても、なぜ女性教授が教会や大学に受け入れられたのかについては、ほとんど何もわかっていない」そな…ただ、その伊でも数的には限りなく0に近いそれのよーだけど(笑)

 とゆー訳で「一九世紀の末まで、そして場合によっては二〇世紀になるまで、ヨーロッパの大学から排斥されていた」そな…でもって科学の勃興がこの大学史の流れ、アカデミーの流れと重なっているとこで、女性の入り込める隙なんて、どこにあるんだぁーっ?なお話しらすぃ…詳細は本書をドゾですが、よーするに、スケート靴もなしに本番でトリプルアクセル跳んでみろの世界らすぃ…しかもリンクは貸さないし、コーチもつけない、それでできなければ、だから女って奴はと判断されるって、どよ?みたいな(笑)

 科学に戻ると「科学史家は近代科学が誕生する一つの重大な要素として科学アカデミーの創設を強調してきている」そで、「ロンドンの王立協会が一六六二年、パリ王立科学アカデミーが一六六六年、ベルリン王立科学協会は一七〇〇年に創設されている」そで「一八世紀の末までにはアカデミーのネットワークもサンクト・ペテルブルクからダブリンまで、またストックホルムからパレルモへと拡大し、ヨーロッパの知識人を統合してきた」とな…ちなみに「これを称してある歴史家は、「学問の連合共和国」と呼んだ。知識の主権が宮廷の集りから学問的なアカデミーへと移行するにつれて、科学はそのアマチュア的身分から脱し最終的には専門職となる第一歩を踏み出した」とな…

 そして「新しい科学がこうして最初に正統化することは、女性を科学から公式に締め出すことにもなったのである」とな(笑)何が起きたのかとゆーと「科学でも女性の地位のパターン化が始まった。すなわちある活動の権威が増大するにつれて、その活動への女性の参加が減少するという一般的パターンである」って…ちなみにその「学会の原型」とみなされる「貴族の知的サークル」には女性もいぱーい参加していたらすぃ…

 お貴族サマが趣味でやっていた時には、その貴族階級に属していれば一応男女関係なく参加できたらすぃが、サロン文化とかね(笑)それが、大学、アカデミーとなった時徹底的に女性排斥の方向に進んだとゆー…殿方的には、門戸解放はジェントリーや中産階級の同性を受け入れる事はできても、異性を受け入れる事は殆どなかった模様…まぁとにかく「女性が学問の近代的組織からまず排除されたのは、このアカデミーだったからである」そな…まっアカデミーの構成員が大学から来ている人多しならば、皆まで言うなの世界か(笑)よーするに根底には大学教授職も、科学者職も男性だけに独占したいとゆー、利権の問題にも行きつくんじゃね?じゃね(笑)アカデミー村素晴らしス(笑)大学は勿論、何せアカデミー、有給会員ですから(笑)ええ会員資格数が限定されていれば「一人の女性が選出されれれば一人の男性が弾きだされることになるのだろうから」(笑)

 建前上は、「王立協会にあらゆる階層の人々を受け入れるという主張は、ずっと反故同然になっていた」そな、「ヨーロッパの学会はどこも公式の定款として女性の入会を禁じている所はない」そーですよ、奥さん(誰?)しかし現実は、もし女性が会員になったりしたならば「それは協会として名誉になるのではなく、物笑いの種になるだけだと多くの人々は感じていたように思われる」そな…よーするに男の世界に女が入ってくんなとゆー事か…

 そんな訳で「二〇世紀の半ばになるまで、ロンドンの王立協会であれ、パリの王立科学アカデミー、ベルリンの王立科学協会であれ、女性は一人として正会員に選出されることがなかった」そで、唯一の例外が伊の「ボローニャやパドヴァ、ローマの学会だけは定期的に女性の入会を認めていた」そな…仏では入れてもらえなかった仏女性も伊では入れてもらえたとそで…

 ちなみにベルリン科学アカデミーは1983年時でも「会長、副会長、書記および種々の科学部門の長などの指導的役割には、一人の女性も就くことがなかった」とな…そーだったのか?メ〇ケル(笑)

 とはいえ、科学黎明期には、「高い地位の女性は科学についてもそこそこの理解をもつように期待されていた」そで…「婦人のために書かれたポピュラーサイエンスは、一つの主要産業になった」とな…「一八世紀を通じて、婦人のための科学はヨーロッパ中で人気を保ち続けた」そな…簡単に言うと貴族の中で科学はちょっとしたブームになっていたし、科学する事が淑女の嗜みから外れている訳じゃなかんべとゆー事らすぃ(笑)

 よーは有閑マダムじゃないけど、その時間を科学にあてるあると思いますか?無為に過ごすより科学、今でしょ(死語?)だった模様(笑)そんな訳で「一八世紀初頭の女性たちに数学的技能を磨くことがごく普通に奨励されていた」とゆーから、何せ数学なら実験器具いらないし、手も汚さずにお部屋で気楽にできますよってにとゆー事らすぃ(笑)そんな訳で冗談のよーだけど、当時の数学界で名をはせていたのが女性多しって、ドンダケェー(死語?)

 まぁそんな訳で、この不遇の近世においての女史達、マーガレット・キャベンディシュ、エミリ・デュ・シャトレ、マリア・シビラ・メリアン、マリア・クーニッツ、マリア・アイマルト、エリザベータ・コープマン(ヘヴェリウス)、マリア・ヴィンケルマン、クリスティーネ・キルヒ、マリー・ティルー・ダルコンヴィル、ドロテア・エルクスレーベン、ドロテア・シュレーツァー、キャロライン・ハーシェルetc.ありますよってに詳細は本書をドゾ。その生きざまはドラマです、というかドラマにならざる得ないとゆー…

 結局、科学の場にいた女性もどんどん引いていくしかなかったのは、大学とアカデミーのクラブ化というか、男性独占化もあったんですが、現場的には科学が個人的規模でやれなくなってきた事にもあるんじゃね?でしょか?天文学者一つにしても、ガリレオの頃なら一人で手製の望遠鏡で夜空の星を眺めてごらんの世界で済んでいたけど、それも天体望遠鏡、天文台が大きくなればなるほど、それは公的な設備となって、それを管理運営しているのは、国、大学、アカデミーetc.となれば、女性の入り込める位置はハナから無いと…

 しかも、問題は新規科学分野だけの問題ではなくて、過去からの女性の仕事だった、産婆、薬膳料理(医食同源?食事療法)という料理分野等にも侵食してきた事じゃまいか?でしょか?産婆の方は産科医として、薬膳の方は薬学・医学として、料理もシェフ・コック・外食産業として、よーするにプロの方が上だとゆー事らすぃ…詳細は本書をドゾですが、産婆一つとっても産婦人科医が市場を独占していった模様で、産婆達の抗議は医科大学によって却下されたと…また、新規の技術、鉗子とかね、そゆのも「彼らはそうした新知識を産婆と共有することを好まなかった」そで、どんどん産婆が駆逐されていくと…

 よーするに出産もまた医療だから、医者に任せろとゆー事らすぃ…でもって、医者になるには医科大学を卒業してなきゃあきまへんえで、医科だろーが、何だろーが、大学に女性が入る事はこれまたありまへんえで、産婆が産婆用の大学創設したいといっても当局は許しまへんえで、産婆的には八方ふさがりじゃまいか?じゃね?

 技術的な問題もそーだけど、手っ取り早く出産時だけ医者きますたになったのも、産科医になってかららすぃ…産婆は出産前、出産後のフォローも自然としてきた模様で…詳細は本書をドゾですが、更に社会的なとゆーか国家的な、今でもそーだけど国民、人口増加が国力大へのお手軽な道ってゆー…飢饉になろーが公衆衛生なんのその出産調整なんてせずにどんどん産めよ増やせよ地に満ちよってか(ちなみに中世の家族構成の出産数は2.44人だったそで)…重商主義政策って…よーするに産婆から産婦人科医になってから人口爆発化に進んだ模様…

 料理の方は本書をドゾですが、どちらにせよ、何がメインかと言えば、プロの仕事は男に任せろ、女はアマチュアに甘んじて家の中にいりぁーいいってゆー、そゆ事らすぃ…結局、利権か?利権なのか(笑)

 哲学的な話というか、科学の概念的な歴史とでも言うかで、プラトン主義とは何ぞや?な話が欧米か(死語?)には根底にずっとあったという事らすぃ…「女性の導きで真理に至るという概念は古代の宇宙観、たとえば、自然哲学の目的は全ての魂が全能の一者と合一することである、と考えるプラトニズム以来の伝統である」って、そーだったのか?プラトン?まっそんな訳で、彫像とか、アレゴリーとか「女性像は一貫して古代科学や科学の伝統的概念を擬人化している」のがお約束って事らすぃ…

 それが欧州の長い伝統だったけど、近世になってそれが消去される方向に…近代科学の勃興、隆盛に伴って女神達が消えていき、科学は散文的になってゆくとゆー事らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。

 そんな訳で「女神も美徳も科学も、なべて女性名詞ではあるが、それは今日よりも前の時代で尊ばれたことにすぎない。今日では、あたうならば、すべてが男性名詞に転向するだろう。そして、男性の一貫性がいっそう偉大なものとなり、女性の性はいっそう見下されるのだ」(「実験哲学への所見」/マーガレット・キャベンディシュ)という現状だったらすぃ…

 ちなみに「カントは「純粋理性批判」で形而上学-かつてはすべての科学の女王であったが、いまやヘクバのように悲嘆にくれつつ締め出され、見捨てられた未亡人-を批判的哲学から追放した」そな…「女性の教育などということは、自然法則に反することだとカントとは信じた。科学はまさに「男性的精神」である」とな、そーだったのか?メル〇ル(笑)かくて「カントによる女性イコンへの攻撃は、科学の正史の転換点の前兆である」となる模様…

 ちなみに「カント哲学の専門家にもしばしば見過ごされているが、カントは女性についてずいぶん多くを語った-その多くは女性の本性についてのかなり即席の見解からなるものではあったが」らすぃが…実際、「女性は男性のために創られたというルソーの断定を、カントは無批判に受け入れた」そーだから、お察し下さいか(笑)

 そんな訳で19世紀の中頃になると、「専門的科学がほとんど全ての古代女王たちを、死滅させ忘れ去らせた」そな…科学とは女性的(女神的)なものではなく、真に男性的なものであるキャンペーンなんだよ、でしょか(笑)だから、女の出る幕じゃなく男性独占が当然じゃまいかってか(笑)とはいえ、女神のイメージ忘れてませんよじゃないけど、かのノーベル賞のメダルの裏面は「女性ナトーラが豊穣の角を抱え、スキエンチアが彼女の顔からヴェールを持ち上げようとしている光景」なんだとか(笑)よーするに女性(女神)を象徴としてはかろーじて残してあげるでも(科学者)仲間には入れてあげないとゆー事らすぃ(笑)

 この女性排除感覚っていうのは哲学的には当時当然だったのか?「精神生活におよぼす女性の悪影響として知られていたことがあまりにも多くあったので、多くの哲学者(その中にはベーコン、ロック、そしてカントが含まれる)は決して結婚しなかった。フランシス・ベーコンは妻子を偉大な業績の前に立ちはだかる障害物とみなしきった。ピエール・ベールは学識のある男性の結婚は国家資源の浪費である、と宣言した」そな…ちなみにカール・ジョーエル(哲学史家)によると「厳格で酷烈なカントの思想がついにはドイツ哲学の男性的強靭さを覚醒させたのである」とな(笑)

 まぁ哲学者が皆男性主義者だったかとゆーと、何事も例外はいる訳で、「ヒュームもディドロも(必ずしも女性の友ではなかったが)共に、サロンの女性たちを学界の不毛な哲学-「理性と美の敵」であり、「鈍い頭と冷たい心の連中」向きのもの-に反対する最高の同僚であると考えた」そな…

 詳細は本書をドゾですが、よーするに女性的なものは皆等しく貴族的なものとしてみなされて、政権交代じゃないけど革命でございますの激動の18世紀末から19世紀代は男性的なものがものみな全て良しとゆー方向に進んでいった模様…平等なにそれおいしいの?の世界だったらすぃ…一例としてはビュフォンよりリンネじゃね?と、他に詩歌なんて女臭いとか、植物学と化学は女向きとか…

 文章、文学系ではルソーがこれまた女性叩きしているし(笑)「ルソーは女性的文体を色事と気まぐれがはびこるもの-天才を窒息させるもの-と見做した」とな…ある意味、日本で言う平安貴族から鎌倉武士への転機みたいなノリらすぃ…お貴族サマは「肉体の強さ」より「精神の活力」というか、優雅さをメインにおいた社会じゃね?で、そこには女性の参画もあったけど、もののふ達の価値観は「肉体的強さと精神的強さの間の平行関係」キタコレになる模様…ルソーは力、肉体、男性らしさがええねんの住人だったらすぃ(笑)

 でもって、「力に関するこの強調は男性の身体に関する医学的意味での男らしさの知見とよく噛み合った」そで「男性という偉大な身体が女性の華奢なつくりと比較された。ルソーにとって科学に参与することは、女性に全く欠けているある種の強さを要求することであった」とな…力を野蛮ととるのではなく、偉大と積極肯定し、肉体だけでなく頭も精神も男の方が上に決まってんじゃんとゆー事らすぃ…素晴らしき男性賛歌ってか(笑)

 この女性を下に見る価値観の歴史みたいなのも詳細は本書をドゾ。ガレノス、プリニウス、アリストテレスの昔から、何じゃそりゃな説いぱーいでございます(笑)間は飛ばしてルネサンスきたこれでデカルトもキタコレになるのか(笑)で「男女平等論」(デカルト)もキタコレになると…

 も一つ、キリスト教的に死後の魂の救済的にどよ?でしょか?ええ、魂に性別はあるのか?「無性の魂が住まう天国」だとすれば「魂は肉体から離れ去り、天国において平等性という創造の時にはまだ潜在的であった状態についに到達するのである」はずじゃね?とな(笑)

 よーするに建前と本音とリアルが、どよ?という事態が見え隠れしてきたんじゃね?とゆー事になったきたよな?ここらの哲学的というか、思想的変遷についての詳細も本書をドゾ。

 そしてそんな貴方に朗報が?が、当時急速に発展しつつあった解剖学キタコレになる模様…肉体的に、男女は違うんでござるの巻らすぃ…だから、白人男性が一番偉いとゆー根拠(?)にしたそで…こちらの詳細も本書をドゾ。何故にあんなに骸骨の解剖図がキタコレになったのか?は、こゆ下地があってこそなんですねぇ…骨からして男性優位決まってんじゃんってか(笑)頭は男性の方が大きいけど、身体との比率でいくと女性の方が大きいのは、子供と同じ、手足のバランスより頭部が大きいといゆー事で、女というものは不完全な形、発達不足であるとな…凄いな解剖学(笑)かくて、女子供ひとくくりになってゆくのだろか…まぁ何にしても女って奴は未熟であるの根拠じゃね?とな(笑)

 かくて「一九世紀には、性別と人種が次第に社会的価値を決定するようになってきた。解剖学者はヨーロッパ男性を卓越した存在の基準に用いながら性別と人種の研究をした」とゆーから、どこぞの20世紀への流れはこの辺りからも皆無とは言えないんじゃね?の世界じゃね?と思うのは気のせいか?

 かくて男性視点によると「自然が、両性間に、また人種間に不平等を創造したのだ」と邁進する事になると…すっごいですねぇ…俺が一番立派なんだから、俺が一番偉い、それは自然の摂理なんだから、無問題って…当時の解剖学者って原子力村もとい解剖学村にお住まいだったのだろか(笑)

 とはいえ、仏革命では全ての人間は生まれながらにして自由で平等であると高らかにここに宣言するはどこ行った?で、啓蒙思想的にどよ?またはインテリ層的にどよ?って事にならね?この言動不一致をどー折り合いつけるかも、19世紀的命題の一つってか?今なら想定外でバックレるもあると思いますだけど、だから責任ありませんとか(笑)もしくは二昔前に流行った一切記憶にございませんとか(笑)

 それにしても女性の社会進出、平等の権利を抑圧する為の理由の一つが「女性が台頭になると家事がおそろかにされるという明確な意識が存在していた」って…よーするに家事労働と育児は女性に丸投げでええじゃないかええじゃないかというのが男性視点社会とゆーものらすぃ…こーなってくると19世紀から20世紀の社会の躍進は、男性が女性に雑用すべておっかぶせてきたからとゆー事にもならないか(笑)そして自分達は政治と軍事と科学(学問)と資本を独占って、ドンダケェー(死語?)まぁこちらの詳細も本書をドゾ。一例としてはプロイセンでは「「健康な女性は母乳で子どもを育てよ」とする法律を通したのである」からお察し下さいってか…乳母とか哺乳瓶とかふざけんなの世界だったらすぃ…成程、現在の保育園問題の根もこの辺りから続いている模様…女は黙って「家庭に縛」られてろとゆー事らすぃ…

 結局何が言いたいかとゆーと、男性には男性の領分があって、女性には女性の領分があると男女は互いに補完関係にある、かくて自然の完全性において平等であるとゆー茶番がまかり通ってしまったらすぃ…まさにこれが欧米のいうとこの平等思想なのか?そーなのか?

 それでもなおかつ女性が社会に出よーとするならば、女性の分担も男性の分担もこなした女性というのがスタートラインって事らすぃ…まさにドンダケェー(死語?)まっそれ以前に「女性の平等を唱える人々は、変革の負担をほとんど女性だけに負わせていた。女性が平等を勝ち取るには、男性も女性の徳や美点を学ぶべき-もっと「貞節で謙虚になる」べき-であると説いた者はほとんどいなかった」から、これまたお察し下さいで…「ジェンダーの差異はヨーロッパ社会における女性の従属的な地位に起源があることを考慮に入れないで。それによって、彼らは、真の平等をもたらすのに必要な社会変化の奥行を過小評価したのである。主として平等は、女性に自らの女らしさを捨て、男性に変身することを前提としていたのである」とな…平等主義者ですら、コレですから、他の大多数の殿方に関しては皆まで言うなの世界か(笑)

 よーするに社会とは「政治組織や商業、科学、学問などの公けの領域は、理性に基づく公正の原理-ちなみに、これはますます男性や男らしさと結びつけられるようになっていた特質である-にその基盤があるのだと、社会理論は教えていた」で、何もかも男性優位、男性有利に進んでいった訳じゃね?らすぃ…これも自然の思し召しって錦の御旗を振って(笑)科学に戻れば「性差の理論に区別ざれた領域の理論を埋め込むことによって、補完論者たちは男らしさと科学との結びつきを固めたのだった」とな…何にせよ「女性が相変わらず市民としての権利と自由な職業を剥奪され続けていたことは、偏見の産物でも悪意の産物でもなく、自然の産物であるかに見えたのである」とな…何事もロビー活動って大切だよなぁ(笑)

 よーするに権力の不平等の下に、社会の、科学の、平等なんてある訳なんやんの世界だとゆーだけの事じゃね?「第一に、科学を支える制度から特定の集団が組織的に排除されているのに、それが価値において中立だとは考えられないということ」「第二に、社会権力の不均衡が科学の声に大きな権威を与えたということ」「第三に、科学は、その企てからのある特定の主題や問題点を組織的な無視を生み出している限り、中立的とは言えないということだ」じゃね?まっ自身で、公平、公正、中立なんて言ってるとこ程やばい気がするのは、これまた皆まで言うなか(笑)

 科学もそれと同じで、「科学が中立であるという主張は、すでに自己補強的なものである体制に封をすることによって、その体制の中のさまざまな不公平を覆い隠した」とな…よーは反対意見なんてありません、世界は全て異議なしでござるとな(笑)

 まぁ性差、性別問題は、セックス問題(と書くと誤解されそーだが/笑)より、ジェンダー問題はどよ?じゃね?その両者を単純に同じでしょとくくったとこに近代の悲劇があるのかもなぁ?殿方的には意図的かもしらんが(笑)

 豆知識的には、「ベルリン科学アカデミー会長として、ライプニッツは、その新しいアカデミーのために中国から桑の木を輸入した。王は一七〇〇年シルク生産の独占権をアカデミーに与えたが、桑の木は繁茂せず、シルクは、ライプニッツが望んだようには利益をもたらさなかった」とな…蚕のご飯…

 面白いのは他のアカデミーと違ってベルリンのアカデミーは、国や王から予算毎年もらいますの世界じゃなくて、自前で何とかしろの世界だったよーで、その収入源の一つが上記の絹、もう一つが暦だったとな…その売り上げで会を運営せよって事らすぃ…勿論、暦の方も独占権ありますの世界だから、ある意味、独のアカデミーって陰陽寮な世界だったのか?どこの国も暦って国家独占体制なんだなぁ…

 ちなみにちなみに正確な暦を作成するには、正確な天体観測これ大事って事で、天文学キタコレになるらすぃ…で、そゆ細かいデータ収集や計算をきちんとやるのは女性の方が向いていたみたいで、独の女性天文学者(当時的には助手とかおまけ扱いだけど)はそゆ事で必要とゆーか、ニッチがあった模様…

 尤も女性が(夫の手伝い、もしくは息子の手伝い)暦を作成していた(天体観測していた)は「アカデミーはその暦が女性の手を借りて製作されているというあざけりに悩んできました」(@ヤブロンスキー)で、夫の死後、その仕事の継続を未亡人が望んだとしても排斥し、ホフマン(男性)を次期天文係として任命したりするんですが、「仕事で遅れをとるようになった」「職務怠慢の欠点がある」「ホフマンは彼が遂行すべき毎年の観測をきちんとしなかったし、暦の仕事も不完全であったので、アカデミーから公然と彼の不始末を譴責された」そな…その間にクビにした未亡人(ヴィンケルマン)は「土星と木星の合についての小冊子を出してむしろ有名になりつつあった」とな(笑)それにしても女性はあかんとやめさせて男性をつけた張本人のヤブロンスキーがキレているんだから、話にならんよな(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、本当にいぱーいありますよってに、興味のある方は本書をドゾ。というか、女子は読むべしかもなぁ(笑)まぁ、現在では米も学士過程が6対4で女性の方が多いし、博士課程でも半数以上が女子に占められているらすぃからなぁ(笑)このままいけば遠からず、学歴の男女反転待ったなしだろし、その時殿方は何を理由に上げるんだろぉ?

 目次参照  目次 理系 

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