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2016年6月22日 (水)

すべてを夢にしてしまいましょう(笑)

源氏供養 下巻  橋本治  中央公論社

 前巻に続いて、源氏物語解説、ガイド、エッセイは続くなんですが、源氏物語というのは、切り口が幾らでもある物語なんだなぁと思い知りますた(笑)でもって、読み手によってこれまた全然違う顔を見せるお話しでもあるよーな?

 まぁ、愛はブリリアントカットな方があると思いますなんだろなぁ…輝きが違いますもあると思うけど、どちらかとゆーと、多面体なとこの方じゃね?見る人によっての視点不統一なとことか(笑)

 そしてこんな不謹慎な事を思いついてしまったんですが、源氏物語とはモテない人達にとっての錦の御旗じゃなかろーか?というのも、源氏物語をひもとけばと、最初に仮定をぶち上げれば誰でも、恋愛(男と女?)について堂々と語れる訳ですから(笑)

 だって、モテない人間が、恋ってもんはさーとか、女ってもんはさーとか語っても説得力皆無でしょ?それ以前に誰が耳貸すかとゆー(笑)でも、源氏物語をひっぱってくれば、誰もが恋愛指南、一家言を持てるんじゃね?しかも、ものすごーく偉大な古典という事で、上から目線乙もできるし…

 いやだって、本当にモテる男性からしたら光源氏、モテ男というわりにはたいした事ないな、だろーし、モテる女性からしたら光源氏よりいい男はこの世にいぱーいいるじゃないだろーし(笑)ええ、リア充爆発しろで、結局何事もリア充にはかなわないんですよ、奥さん(誰?)

 まぁ、恋愛を徹底的に抜きにした源氏物語の考察というのもあるかもしれないけど、でも、それでも男と女の関係性を無視して源氏を語るのは難しいかろー(笑)となれば、どこかで、したり顔で、この当時はこうなんです、もしくはこんなんじゃありませんと蘊蓄のべられるとゆー事じゃね?

 だから学者先生(主に男性)が多いんじゃね?な気がするが?この学者先生(♂)の解説って、面白みというより新しみがないよーな気がするのも気のせいか?と…古典の授業を思い出すまでもなく(笑)

 で、何が言いたいかとゆーと、本書の解説は淡々と王道を語っているよーで、全然違うんじゃなかろーか?とゆー?そーだったのかぁー?とそーじゃないだろー?をジェットコースター気分で味わえる本じゃなかろーか?と思うんだが?如何なものか?理解できないとこは己のレベルの問題で、著者の問題じゃないわってのもあると思いますですけど(笑)

 源氏物語とはしみじみと、その人の恋愛観、人生観がにじみ出てしまうものじゃなかろーかとも思いますた…て、事はもしデートの相手が源氏をどうとらえているのか?どの女性キャラ押しかで、その先の展開が読めるよーな気もするがどよ(笑)ちなみに本書の著者は花散里があまりお好きでないご様子と見たが、殿方的にジャスティスなんでしょかねぇ?

 アリス的には、源氏物語というか、光源氏、同じ男性としてどー捉えているのか?気になるところだよなぁ?朝井さんが弘徽殿女御やったら向かうところ敵なしで源氏も浮かび上がれないよーな気がするが(笑)藤壺はヴェロニカさんかなぁ?とか?

 さて、源氏物語の二大巨匠というか、登場人物は、個人的には六条御息所と弘徽殿の女御じゃね?で、どちらも源氏のアンチの代表みたいな人達のよーな気がする…

 永遠のライバルは頭の中将より弘徽殿の女御じゃね?な気がしないでもないけど、この弘徽殿の女御の系列って改めて見ると凄い事になっているんだなぁ…まず桐壺帝の時代、弘徽殿は右大臣の娘、藤壺は先々帝と后の娘となり、朱雀帝の時代の弘徽殿には朧月夜の君が尚侍していると 一方藤壺は先々帝と更衣の間の娘(ちなみにここに生まれた娘か女三の宮(後の源氏に降嫁))、冷泉帝の時代の弘徽殿はの女御は、右大臣家の四の君(桐壺帝の弘徽殿の妹)と権中納言(頭の中将)の娘、藤壺は不明、多分「「桐壺院の藤壺の中宮」が、藤壺を「宮中に於ける自身の住まい」としていたのでしょう」と推測されるらすぃ…ちなみに秋好む中宮(六条御息所の娘)は梅壺に入ったそな…

 まぁそれもともかく、「源氏物語の中で、光源氏を憎む人は、弘徽殿の女御(大后)以外いません」って、ホンマでっかぁーっ?六条御息所の場合は憎むではなく「恨む」なんだそな…政敵にも憎まれずでして「源氏を憎む男は一人も出て来ない」んだそな…そーだったのか?頭の中将?

 そして今上帝の時代、今でしょっ(死語?)なんですが、明石の姫(源氏と明石の女の娘)は春宮に入内して、桐壺に住む事になるとな…そしてその春宮が今上帝に即位すると、彼女は弘徽殿に住む事になると…そして藤壺は故左大臣の娘(ちなみにここで生まれた娘が女二の宮、後の薫の正室)となるそで…歴代、弘徽殿、藤壺の女性達ってだけでも凄い顔ぶれじゃね?

 そして女性ばかりではなくて、男性の構図もまたこあいものがあって、桐壺、朱雀、冷泉、今上と続く天皇の系譜ですが、この帝達と源氏の関係もまた何だかなぁだしなぁ(笑)桐壺帝(父)は息子を溺愛していた、朱雀帝(兄)は源氏を偏愛していた(笑)、冷泉帝(息子)は父と知って上に見ていた、そんな中で今上帝だけが源氏を愛していないし、源氏も愛していないとゆー相思相愛の真逆の関係って事になるのか…

 しかも歴代天皇の中で、この今上がワンランク下の帝じゃね?って感じで、一応、源氏この今上の義理の父になるんだけど、どよ?でしょか?というより、源氏の興味が後宮から離れてしまったとゆー事なんですかねぇ?かくて娘の明石の中宮なんて、そんなの関係ねぇー(死語?)になってしまう訳ですから…

 ならば戦いの方はどよ?とゆーと、平安時代にも争いはあったとな…「その最大のものは、お妃達が前面に立たされる立后の争いで、これは「女の戦さ」の形を取った、男達の代理戦争です」とな…まさに出世を賭けた絶対に負けられない戦いがあるの世界だった模様…ついでに言えば、その社会で唯一の戦いとゆー事にもなるらすぃ…

 勝てば出世をし、負ければ無視される。この朝廷を中心とした社会では無視されるという事は「勝手に朽ち果てるだけ」となると…「力のない父親が力を獲得する方法は、まずない」だとな…

 とゆー事は「男が社会の中で力を獲得する方法は、唯一、「力のある男に愛されること」だったからとな…「美しく若い男ならば、権力者の寵を得ること」はあるかもしれないけど、フツメンやブサメンに出番はないとな…「こういう人間の出世の手段は、受領という「富による都の外での出世」だけです」という事になるらすぃ…もしかして明石の入道って、相当にブサメンだったんだろか?うーん…でもって、当時の感覚でいくと「都の中で「富」というものは意味を持つけれども、「都の外」というのはマイナスのステイタスにしかならない」とな…

 結局、どゆ事かとゆーと「能力は何も問われずに、しかし維持されるべき社会はあって、その人事だけはある」となれば、「ここで必要なのは「従順で、しかも見た目がよい、美しい男」」にしかならないとな…最早、殿方は鑑賞物だったんだろか?うーん…

 実は「当時の男は、親王の身分でもない限り、少年時代は皆「召し使い」として働きました」とは知らなんだ…「高貴な身分の少年なら、「殿上童」として宮中に上がるし、それより下の身分の者でも、身分身分に応じて、上級者の邸で侍童として働く」とな…で、美しい少年は、上から「寵愛を受ける」これが「将来の出世への足掛かり」となるとゆー図式らすぃ…平安貴族とはまず美しくあれ、これがジャスティスって事だったんでしょかねぇ(笑)

 となると、絶世の美男子の光源氏に向かうとこ敵なしってか?とゆー事は源氏の悲劇の誕生は、容姿の劣化、これに尽きるよーな気がするんだが?気のせいか?

 この美しい少年問題って、最後まで尾を引いているのか(笑)というのは、浮舟のところで横川の僧都と薫と小君(浮舟の弟)の場面、何のかのと言いつつ、結局横川の僧都がひよったのは小君故とゆー事らすぃ…何しろ「後に"稚児信仰"という形で中世を覆う少年愛の発祥地は、この比叡山という男だけの世界でもあったわけですから」って、そーだったのか?最澄?ちなみに「平安時代に男同士の同性愛はなくとも、「少年愛」というのは、あったでしょう。なにしろ、元服前の少年は、「男ではない」という点で、「女」と同じものなのですから-。」って、そーだったのか?BL?それにしても同性愛と少年愛は違っていたのか?トーシロには難しい…

 まぁこーゆー美しいか、美しくないか、それが問題だな時代とゆー事は、美しくない殿方にとっても生き辛い時代だと思うんですけど、それ以上に生き辛いのは女性じゃないでしょーか?それも、高貴な女性ならなおの事…特に後宮は敵が目視可能だもんなぁ…

 基本通い婚だから、夫の浮気というか、他の妻達については正妻からは見えにくい状態にあるけれど、後宮は、誰かとゆーのがはっきりくっきりしているし、その結果(御子)もはっきりくっきりしている訳だもんなぁ…

 ある意味、弘徽殿の女御って白雪姫のおっかさんそのものかも、鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?みたいな(笑)美しいがこれほど尊ばれているところで、美しくない王妃サマの立場は如何に?だよなぁ…これで弘徽殿が絶世の美女ならば、桐壺帝を桐壺にとられたとしても、あの美女を袖にするなんてなんてお気の毒、桐壺帝アホじゃね?と、同情されて、弘徽殿は被害者ビジネスでウハウハだったはずなのに…

 まぁ普通、実母がないがしろにされたら、その息子はたいてい母をかばうものだが、この息子の朱雀帝もそんなの関係ねぇー(死語?)みたいだし…むしろ弟の光源氏に好き好きオーラって…醜い(?)母親より美しい弟ってか?もしかしてこの時代、親子の情より美醜が正義だったんだろか?しかも実の妹(朧月夜)も源氏に走るし…彼女の身内で彼女の味方はいたんだろーか?と、私気になりますっ(笑)まさに、価値観の相違の真っただ中に弘徽殿はいたよな?

 愛に浮かれている男達に対して、政に没頭している弘徽殿って、どよ?でしょか?弘徽殿の生きざまはまさに政治の主導権争いで、愛とかは一切関係ない世界のよな?今、弘徽殿が生きていたら、どんな政治家になっていただろーと、ちょっと夢想しちゃうよね(笑)

 ちなみに「浮気な夫の仕打ちに耐えて、軟弱な息子の後ろ盾になって、立派に国政の最高責任者としての役割も勤めている」のが弘徽殿の立ち位置じゃね?これがことごとく負け戦になっていく訳だから、むしろ六条御息所より弘徽殿の方が生霊になってたたってもおかしくないと思うけど、どこまでもリアルな人だったんだろなぁ…その点では葵の上もそーか?大臣家の総領娘は引き際がクリアってか?

 むしろ、自立した女性を目指すならば弘徽殿の女御押し派もあってもいいと思うんですが、物語の中では徹底した敵役で終わっているとこが、紫式部も女でござるの巻なんだろか?よーは「女は「可愛くない女の可能性」なんか、見たくないんです。可愛くない女は好きじゃない。美しくない女は好きじゃない。そんなことよりも、女は、「男に愛されること」の方が好きなんですね」とな…まぁたいていのお姫様ストーリーは、出来る女子じゃなくて、何もできない天然な女の子が王子様に見初められてハッピーエンドパターンが王道だもんなぁ(笑)かわいいは正義なんですよ、奥さん(誰?)

 でもって、男子ぃ的にも、できる女よりかわいい女がジャスティスだろーし(笑)「女は能力を持っている。しかしその能力ゆえに、男達はそんな女を敬遠する。その女の能力によって、自分達=男の限界が露にされるのがいやだから」というのは、現代にいたる病だよなぁ、絶対に病人は認めないだろーけど(笑)もしかして、はいここわらうとこ、なんだろか(笑)

 平安時代の権力システム、藤原摂関政治ですけど、娘を入内させて、皇子誕生、次期帝に、の繰り返し。その間、現帝の義父として、次期帝の外祖父として、実権を握り続けるとゆーパターンですけど、この政治に帝の意思はどこまで反映されいるのか?ですよねぇーらしー…いい大人の男性が義理の父にコントロールされる事を素直にうなずけるか?とゆー事とも言うだろか?

 かくて「妃である娘に皇子が出来れば、成人して自己を主張したがるようになった帝などは、もう「用済み」です。そうなってしまえった帝は、譲位をして上皇になってしまえばいい」という事らすぃ…結局、誰にとって都合がいいか?だよなぁ…それにしても男の人って究極の椅子取りゲームが好きだよなぁ…みんな同じでみんないいじゃなくて、オレ一人がよくてみんなどーでもいいがジャスティスなんですね、分かります(笑)

 まぁその椅子取りゲームに野戦を仕掛けたのが明石の入道とゆー事にもなるんだろーなぁ…正攻法では駄目だから、絡め手でいってみよーってか(笑)

 それにしても、「権力者の存在を前提にする社会では、そこに生息する人間達は、「自分はどれだけ権力者の近くにいることが出来るか」という形で、自分の力の誇示を考えます」なんだそな…そゆ意味では、時の権力者とは誰か?もしくは時の権力者の推移というのも、源氏の見方としてあると思いますなのか?

 結局、権力の頂点に立った源氏ですけど、それまでは女中心の生活をしていた源氏が、男中心(と書くと何だかなぁですが/笑)生活にシフトしていくのも、何だかなぁじゃね?玉鬘以降というか、須磨・明石以降というか、若い女性に相手にされなくなってきてから、男社会というか、男のグループへの回帰みたいなノリになってね?とゆー事らすぃ…それに伴い、それまでは娘しか目に入っていなかったのに息子の方にシフトすると…

 この夕霧成長期みたいなのを追っていくと、源氏の対応が物凄く変わっていくのが分かるつくりになっているのか?まぁ詳細は本書をドゾですが…平安、親子関係、父と息子、父娘については、夕霧と玉鬘への対応で透けて見えるものがあるらすぃ…まぁこちらの詳細も本書をドゾ。

 また元に戻るじゃないけど、何事も美しいというのがネックらしくって、男同士の友情というか、交情も、そこに美があるとどーなるかとゆーと、「男と男が、臣従の形ではない関係を持つなら、それはその当時としては、「婿と舅の関係」になります」とな…でもって、相手が美しかった場合、どー思うかといえば「この美しさならば、婿などと思わずに、いっそ女にして口説いてみたい」とな…「女として会いたい」「女として可愛がりたい」は、「この当時の男が美男子をほめる時に使う、決まり文句のようなものです」なんですよ、奥さん(誰?)男同士でも「色めいた心」ありきの世界が普通だったって、これ如何に…

 まぁ源氏物語は、美しいを中心に回っている世界なんだろなぁ?桐壺が美しいでキャー、藤壺が美しいでキャー、光源氏が美しいでキャーキャーキャー、夕顔が美しいでキャーで、ついでに頭の中将も美しいでキャーですが、以下、美しい人が出る度にキャーと翻弄される人々の世界のよな…

 で番組後半のというか、物語後半の美しいわキャーのご本尊は、玉鬘と浮舟って事になるんでしょーねぇ…それまでは一番美しいのは源氏だったはずなんですけど、以後、そんなの関係ねぇー(死語?)になって、もしかして紫式部とは鏡の化身なんではないかと思ってしまふ(笑)この辺りから白雪姫のおっかさん化して、最後に自分で毒リンゴ(女三の宮)食らって死に至ると…

 で、世間の評判のいい玉鬘と浮舟のシリーズなんですが、結局、物語的には美女を取り合うストーリーというのは永遠に不滅ですの世界じゃね?って事じゃね?どれほど理屈をつけても、それに落ち着くよーな気がするのは何故なんだぜ…いえ、この玉鬘と浮舟の容姿が、弘徽殿だったら、末摘花なら、源典侍なら、花散る里なら、一帖で終わっているよな(笑)浮舟なんかはその場でエンディングに、玉鬘の方は源氏の養女という建前だけでエンディングになってそじゃね?

 というか、玉鬘が美人でなかった場合、源氏は養女として引き取らずにそのまま実父の頭の中将のとこに送り届けていたと思うけど?どよ?浮舟だって、あれが末摘花の容姿だったら、匂宮と薫の宇治リターンあると思います?で、どっちも選べないわぁーで川に飛び込んで、助かった後出家して、なお戻りませんで絵になるとゆーか、許されるのもこれまた美女だからじゃね?

 ただ本書の著者は、玉鬘については男の奇妙な欲望について言及しているみたいです。というのも、男同士の付き合いは、若い娘を介在しないと成り立たないとゆー事らすぃ…そんな訳で、玉鬘の求婚者達は、源氏の養女に恋しているのが建前で本音は「源氏の財産に恋をしているのです」だそな…しかも「源氏はそのことを重々承知している」そで…

 「「恋」とは、男同士が縁を結ぶ「縁談」のための手続きで、男達は、若い女を媒介にして、心を交わした。他人に差し出すための「若い女」がいない限り、男というものは、他人との「縁」が持てず、孤立して寂しいままになる」とな…そーだったのか?男の付き合い?踊り子さんには手を触れないで下さいなんて、もしくは競売人にならないと、無理って、そーなると娘が一人もいない殿方は皆孤独死か?うーん…この件だけは、消化不良でして、これが男の生きる道というか、友情物語というか、お付き合いモードって、殿方的にジャスティスなのか?そーなのか?

 そして男が孤独にならない方法が、女性に埋めてもらうで、でもそれは男の輪にはスポイルされるので、権力を握ってそれを接点にするしかないとは…男性の権力志向って、そゆ事?しかも平安時代の権力者とは、「人を力で支配する時代ではなく、権力者が明るく輝いて、そのことによって、人が安心して従っていられるという、平和な時代でした」って、ホンマでっかぁーっ?よーするに「ただただ「美しい人」であったのですね」って、だから、光源氏が主人公なのか?どこまでも美しい、これがキモ(笑)

 後は、女性の取り合いが源氏物語のメインモチーフだそで、男二人と女一人、そこからドラマが生まれるみたいな?ちなみにこれに加担していない女性は「三人だけです」で、花散里、六条の御息所、朝顔の斎院だそで、葵の上は違うのか?とふと思ったが、東宮妃になる予定だったから、形の上では朱雀帝との三角関係って事になるのか?しかし、この三人って、結局、美人か不美人かという問題よりも、頭のいい女性はその輪から外れるみたいなノリに見えるのも気のせいか(笑)

 何とゆーか、源氏物語は恋物語だと思われてはいるけれど、朝顔の斎院なんて、最初からずーっと源氏を否定というか、ごめんなさいで終始している訳で、「恋する男を否定するためにだけ存在する女」って、恋物語にあると思いますだろか?こゆのを登場させるところが女性作家じゃなかろーか?と本書の著者なんかは言っているけど?どよ?

 しかも、「本当だったら、源氏物語は、上流の姫君相手の恋の挿話がもっともっと書かれていてもいいはずなのに、源氏物語には、その「基本部分」がすっかり欠落していると言ってもいいでしょう」なんですと、そーだったのか?源氏?

 そんな源氏の愛とは何か?は、藤壺でも紫の上でもなく、桐壺帝と冷泉帝じゃねというのが本書の著者の主張らすぃ…詳細は本書をドゾですが、二人の関係という点では桐壺帝と源氏の場合は「愛する父と愛される子」「君臨する帝と仕える臣下」、冷泉帝と源氏の場合は「父に仕えたい子と隠された父」「庇護される帝と庇護する臣下」「人であることを越えた帝と、その師範ともなるような太政大臣」となるそな…

 愛とは何かで、玉鬘を冷泉帝の尚侍にしよーじゃまいかな件は、源氏の視線が玉鬘と言うよりも冷泉帝の方を向いているんじゃないか?ってそーだったのか?源氏?とゆーのも、宮中で尚侍してる時は「帝の寵を得る」、でもって六条院に里帰りした時は「「養父」である源氏の寵を得る」とゆー「二人の男による、見事な「一人の女の共有」です」とな…これは一体どゆ事?とゆーと、「二人の男が愛し合うには、そこに「女性を共有する」という方法がなければならなかったはず」とゆー…玉鬘の人権は如何になんて思っちゃいけないってか?むしろ、時の権力者二人の寵を得てとっても素敵になるのかなぁ?

 ただ、このパターンは、藤壺の時の桐壺帝と源氏、朧月夜の時の朱雀帝と源氏、と似ているよーで、違うのか?よーするにこの三角関係は、当事者の価値観の共有がこれまたキモ?

 まっそれもともかく、「男というものは、自分の「身内」であるような妻よりも、愛せるんだったら、「神」だとか「帝」だとかいうような、抽象的な「至高のもの」を愛したい、愛されたいと思うものでしょう」って、常に自分の外にあるものを求めるって、どーよ(笑)でもって、これまた信仰のよーなご託宣ですが、「恋物語は女の夢、女漁りは男の現実」キタコレってか(笑)

 何とゆーか、源氏の場合、中年以降のおじさんの恋愛の実態みたいなのと、権力者の恋愛の実態みたいなのと、(元)光源氏としての恋愛の実態みたいなのが三巴になっているよーな気がしないでもないけど(笑)

 そんな訳で玉鬘にアプローチする源氏とゆーのも浮上してくるのですが、源氏と冷泉帝の何だかなぁはおいておいて、源氏と玉鬘の危ない関係みたいなのは、父と娘の間にわりとあった事じゃないかと本書の著者は指摘していますが、ホンマでっかぁーっ?

 源氏と玉鬘は養女なんで血はつながっていなかったんですけど、それでもどよ?と思うのは現代感覚なのか?セクハラじゃね?と…でも当時的には、でもそんなの関係ねぇー(死語?)というのが本当らすぃ…というのも玉鬘が腹違い姉妹だと分かっても、柏木はどーしたか?「改めて彼女に言い寄るたげなんですね」とな…柏木、女三の宮といい、もしかしてアプローチはするけど全然もてない男の典型なのか?それにしても当時のタブーってかなり緩いとみていいんだろか?うーん…

 対玉鬘を見てみると、当時の男性という生き物が如実になるとゆー仕組みなのか?でもって、ここで例外なのは、律儀な夕霧位なもんとゆーのが何とも…それ以外は全て、男は狼なのよ、がジャスティスって…

 平安朝の恋の駆け引きって結局は夜這い合戦みたいなもんだし、「平安時代は、「安全で優雅な恋の時代」ではあるけれども、それは「男にとって」という限定がかかったことで、女にとっては、全然関係がないんです」って事ですから、お察し下さいってか…

 それにしても玉鬘の物語って「"物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁"の物語の、いたって現実的なパロディですよね」になるのか?月に帰ってお仕置きよっではなくて、髭黒大将に行きつくとこが何だかなぁですが?まぁ玉鬘は元祖こんなはずじゃなかったぁー?な女性だろしなぁ…髭黒で何でやねんで、その後未亡人になって子供の行く末で再び何でやねんってプッツンきてるし…

 源氏没後の宇治のヒーロー、匂宮と薫の場合、光源氏に比べると大物感が減って、ちょっと小粒になってしまうのは、根っからのお坊ちゃん育ちで今もだからですかねぇ?何のかのと言いつつ、出来レースの中での競争ですから…

 豆知識的には、平安時代の妻とは何か?で、「正妻」は「その時のその人の勢い次第」。「帝に「中宮」や「皇后」という、「正式な唯一人の妻」という制度があっても、それ以外の人間には、そういう「正式な地位」というものはないのです」とな…何と「「正妻」という言葉もないし、「妻」という言葉もない」とな…ホンマでっかぁーっ?しかも「婿」はあっても「嫁」はないんですよ、奥さん(誰?)

 誰かの妻だろーが、娘だろーが、藤原〇〇の女と書かれるそで、女性の記述はそれっきゃないノリらすぃ…例外は、母だそで、それだけは藤原△△の母と明記されるらすぃ…とゆー事はどゆ事とゆーと、男性から見た女性とは、母親とそれ以外の区別しかなかったとゆー事らしー…妻も娘もメイドもみんな女でひとくくり、成程、一盗二婢三娼ってこの辺りから繋がるんじゃね(笑)

 豆知識的続くで、平安時代に植木屋はいたか?答え、いません。では、平安時代の庭はどーして作庭できたのか?とゆーと、その庭木は「他人の邸から」勝手に持ってきたとゆー事らすぃ…めぼしいものがあったら「昼日中平気で、黙って他人の邸に入り込んで、無断で掘り出して来ちゃうんですね」とな…夜盗が強盗が以前に、人皆盗人って事じゃまいか?成程、これなら夫もしくは父親が亡くなって女性ばかりの邸宅になったら、どゆ結果になるかは火を見るより明らかか?末摘花が無事だったのは、一重に貧乏と不美人それに尽きるんだろなぁ…

 後、豆知識として当時の来世観、「人が死ねばすぐに極楽に行く」もしくは地獄に落ちるとゆーのは「中世になってからの発想」らしく、平安時代の場合は、「人は死ぬと、この"仮の世"とは違うどこかへ行く。どこかへは行くのだけれど、それがどこかなのかは、まだよく分からない」とゆー事らすぃ…何か古代エジプトみたいなノリの気がするのは気のせいか(笑)

 後は出来る女の悲劇なとこもあるかしもれず、「紫式部が「宮仕えはいやだ」と思ったことの理由の一つには、「周囲の女性のレベルの低さ」があげられるでしょう」という事らすぃ…まぁトップがあの彰子だし…むしろ、式部も定子の方のサロン入りならば、話は全く違ってきたのかもなぁ…多分、紫式部とタメをはれたであろーと、清少納言と友情というよりプラスのライバル関係を築けたならば、もっと違った世界だったのかもしれずだろか?そーしたらば、源氏物語も違っていたんでしょか?うーん…

 尤も清少納言全盛期の頃って、紫式部はまだ「名もない少女だった」そーだから、無理か…「紫式部はまだ独身で、宣孝と結婚もしていなかったし、宣孝の感心は紫式部の姉の方にあったらしい」って、その時点で、その後の結婚が上手くいくとは思えない気がするのは気のせいか?

 名言集的には、「源氏物語で、「女の幸福」と「恋の幸福」は一致しない」とか、「恋物語でありながら、源氏物語の女達は恋を拒み、男達はそれに気がつかずに、振り回されてばかりいる。源氏物語はいつの間にか、「恋物語」から、「そのような、恋に関する物語」に変わってしまっている」とか、桐壺帝の譲位の件で「熟年の二人は、別居からやっと念願の"離婚状態"になり、新たに若い妻との同居を始めた夫は落ち着いて、その結果、古い妻との関係も円満になった」とか、「「他人を受け入れる」ということは、けっこう面倒なことで、これを面倒と思う事に関しても、やはり男女差はないでしょう。その差があるとしたら、「女は最初に面倒がり、男は後になって面倒がる」という、その程度の違いでしょう」とか…何か、人生の箴言集のよーに見えてくるよな(笑)まさに、今でしょっ(死語?)じゃね(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に一つ、これで決まりさなとこを「紫式部は結局、「恋というものは成り立たない、現実の男には、女が望むような恋は理解出来ないのだから」」ではなかろーか?お後が宜しいよーで(合掌)

 目次参照  目次 文系

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