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2016年7月14日 (木)

パリは踊っているか(笑)

怪帝ナポレオン三世  鹿島茂  講談社

 サブタイトルは、第二帝政全史なんですが、仏史パネェというとこでしょか?何とゆーか、例の仏革命からこっち仏って、ずっとというより毎日が革命記念日みたいなノリじゃね?政権が日替わり定食的とゆーか、デモとバリケードとストライキとサボタージュの繰り返しとゆーか…でまぁ、本書は第一帝政がナポレオン一世のソレなら、第二帝政はナポレオン三世のソレで、このナポレオン三世の生涯というのが、実に興味深いお話なんでございますよ、奥さん(誰?)

 で、何故か?とゆーか、仏史の中でもナポレオン三世の評価は物凄く低い…とゆーか悪い…「歴代フランスの君主の中でも、ナポレオン三世の評価は最悪といっていいのではないだろうか」位低い…一般のイメージとして「ナポレオンの輝かしい栄光をなぞろうとした凡庸な甥が陰謀とクー・デタで権力を握り、暴力と金で政治・経済を二〇年間にわたって支配したが、最後に体制の立て直しを図ろうとして失敗し、おまけに愚かにもビスマルクの策にはまって普仏戦争に突入して、セダン(スダン)でプロシャ軍の捕虜となって失脚した」仏最大の、もしくは19世紀最大の愚か者のイメージらすぃ…

 ちなみにこのイメージ作りをして下さったのが、あのマルクスやユゴーのおかげさまぁーだそな…何かもー政敵は袈裟まで憎いのノリが当時席巻していた模様…それともこれが欧米基準とゆー奴か?まぁ「いまだかつて、戦場に自ら赴き、敵に包囲されて降伏してしまった皇帝はいない」とゆーのもありますが、それをおいても日本でも仏でも評判は頗る悪いとな…

 そんな訳で、素顔のナポレオン三世とは?そして第二帝政とは何であったのか?にれっつとらいですかねぇ?ちなみに本書、文庫とはいえ、600頁強あるんですよ、奥さん(誰?)なので一口でまとめるなんてちょっと無理っス(笑)ですので、興味のある方は本書をドゾと(笑)今も昔も仏人ってパネェ(笑)超パネェ…

 アリス的に、仏…ナポレオン…その内国名シリーズで出てくれるだろぉか?うーん(笑)後はダリ繭じゃないけど、あちこちで出てくるフランス料理系かなぁ?それとワインか?

 さて、ナポレオン三世(シャルル=ルイ=ナポレオン・ボナパルト)は1808年4月20-1日生まれとな…アリス的にいくと准教授とアリスの間のお誕生日という事になるのだろぉか?で父親はナポレオン一世の弟、母親はあのジョセフィーヌの娘(先夫の子)とな…両親の夫婦仲については皆まで言うなの世界でして…まっあのジョセフィーヌの娘ですからね、母親同様おして知るべしじゃまいか?で幼年期、青年期についての詳細は本書をドゾ。おぼっちゃま人生も色々あらぁーなってか?それにしても面白いと言ってはあれだけど、後に仏皇帝となるナポレオン三世ですけど、未成年の頃はスイスで、亡命中は英でとゆーよーにほぼ仏に居た試しなしで…仏人というより欧州人といった感覚だっんだしゃね?なノリかなぁ?まぁ結果論ですけど(笑)

 さて、その仏の実状ですけど、「大革命の後、国民は理念的にはさまざまな権利を認められたが、実際の生活水準は、旧体制の頃とほとんど変わらず、民衆の大多数は相変わらず飢えの不安に苦しめられていたからだ」そな…よーするに建前先行で、本音はとゆーと…「共和派はこうした民衆生活の向上という問題を積極的にとりあけようとはしなかった」そで…国民の生活が第一なんて、そんなの関係ねぇー(死語?)というのが仏の政治事情だったらすぃ…かくてサイ;レント・マイノリティ的には「生活本位の政治」を切望していたとも言えるとな…

 とはいえ、ナポレオン三世の一揆的なそれは毎回散発というか失敗に終わりのではあるのだけど…でも、その謹慎中に「貧困の根絶」なんて本を出していたりして…ある意味、ナポレオン三世の一番の業績はこれかもなぁ…セレブでありながら、庶民の暮らしを一番に考え、どげんとせんといかんとぶちあげたのは、彼が最初じゃあるまいか?本書の一節には行政について「税金を、必要もない官職を増設したり、不毛な記念館を建立したり」して無駄やんけと断じていらっさるとことか(笑)何かもーどこかの政府と官僚の姿を見てきたよーに語っていらっさいます(笑)こんな事してると「税金は重圧となり、国を疲弊させ、取るだけ取ってなにも与えない凶器と化す」って(笑)

 よーするに労働者階級を一番に考える皇帝、画期的じゃまいか?だったらすぃ…ついでに言うと、これが画期的すぎて、当時の人には理解できた人の方がはるかに少ない事態も招く訳で…これも第二帝政の悲劇の遠因の一つじゃまいか?

 でまぁ、初期の頃は失敗続きのナポレオン三世ですので、そのおとり巻きは、忠実なペルシニー以外はほぼ女性によって支えられていた感じかなぁ?例えば幼馴染のコルニュ夫人とか、ロンドンの社交界でも一、二を争う美貌と資産を有するミス・ハワード、ちなみに「第二帝政そのものも彼女の財布から生まれたといってもけっしていいすぎではないのである」位の貢献をした愛人だったりして…

 そして二月革命が勃発したってか…結局、どの派閥の政府になっても、この仏の中の派閥闘争がある限り、安定化した政府ってまず無理じゃね?とゆーのが率直な感想かなぁ?フランス万歳のあの仏革命が起きてからこっち、右も左もパネェで共和派どよ?もあり、ブルジョア派の台頭あり、でもって老兵は死なずの王統派ありで、全派閥が対立、しかもトップに立ったところは他全てが足を引っ張り合うという構図…これで安定政権なんて、そんなの関係ねぇー(死語?)らすぃ…これらの人々に妥協という文字はなく、己の派閥だけが正しいんじゃボケの政争を繰り返している訳だから…終わりなき戦いってか…

 そして革命にはつき物のその他大数の民衆をこれらの人々は皆忘れているとこが凄い…かくて「ルイ=ナポレオンを待望する声は、とりわけ農民の間で次第にたかまってきていた」になる訳だったりして…20世紀以前の革命は農民が立ち上がった時、国家は転覆するがパターンじゃね?

 よーするに世界はでっとおああらいぶじゃね?で、何かとゆーと暴動を心配しないといけない日常になってね?とゆー…かくて六月事件は勃発すると…「パンを、しからずんば銃弾を!」で立ち上がれ労働者ってか?最早、パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないなんて甘さはそんなの関係ねぇー(死語?)になった模様…とゆーか、パリって年中パン不足してね?ローマの昔から政府の第一の仕事は小麦の確保だったんだが、仏的にどよ?

 まぁともかく紆余曲折はありますが、ナポレオン三世は、第二共和国の大統領に就任します…で、まぁ何故にナポレオン三世が当選したかとゆーと、どこの派閥にも属していなかったからに尽きるよな…どこの陣営も相手の候補だけは勝たせたくないとゆー、究極の選択の果てだったらすぃ(笑)庶民の人気はあったとしても、派閥に属さないとゆー事が、今後の政権運営で議会がいうこと聞いてくれないが続く道となる訳で…この後のナポレオン三世は、大統領であろーと、皇帝であろーと、思うよーに身動きとれない政治が続く訳だったりして…

 でもって、大統領制も何じゃ?そら?で、ついでにナポレオン三世も誰それ?状態ですから…あの「スイス人」何?が、当時の率直な現状だったよーで…ええ、スイスで育った大統領は、仏人というよりもスイス人のイメージだったらすぃ…仏人的には…この後の皇后ウージェニーのスペイン女といい、マリー・アントワネットのオーストリア女といい、仏ってやっぱドレフュス事件の国だもの、なんだなぁ…

 で、まぁ政治の方ですが、共和制になると左右の対立で命がけになるのは仏の伝統芸能じゃまいか?で、ひたすらもめるしかない事態に突入したよーで…

 面白いと言ってはアレだが、第二次オディロン・バロー内閣の外相があのトクヴィルだったりするんですよ、奥さん(誰?)このトクヴィルのナポレオン三世観が凄すぐる(笑)「その陣営の者たちがこうあってほしいと願っていたところよりすると、それよりはるかに劣る人物」「彼の敵対者と、彼を支配し都合のよい時に厄介払いしようと考えて、彼を大統領にした人びとが考えていたところよりもずっと出来のよい人物」(「フランス二月革命の日々-トクヴィル回想録」/トクヴィル)とな…この人の観察眼は的確以外の言葉が見つからないのは何故(笑)

 かくて、ナポレオン三世は内閣を組閣する事になると…この辺りの詳細も本書をドゾ。でまぁ、何が問題か?といえば、ナポレオン三世は主権在民だったとこでしょか?よーするに「政治家やインテリの政治思想とは関係のない」とこにいる人々をメインに施政せにゃならんでしょだったんですが、「政争に明け暮れる政治家たちは、右も左も、その重要な事実を知らなかった」し、肝心の「民衆は、自由や平等という言葉よりもパンを欲していた」とな…結局、政治及び統治って、現実見ろよが、それが一番大事って事になるんだなぁ…

 かくて、選挙民は「立法議会選挙での秩序派の躍進は、民衆が彼らに期待したというよりも、共和派に幻滅したことを物語っていた」の件は、それどっかの国でも見た覚えのある話じゃまいか(笑)

 ここでナポレオン三世が描いた政局は「秩序派の勢力を利用して、まず革命を煽動するだけで社会を混乱させる左翼(悪人)を取り除き、ついで、今度は、秩序派を抑えて、しかるのちに、民衆(善人)の生活を向上させるための改革に着手する」ものだったとな…実に壮大にユートピアだけど、出来るかな♪で、政治情勢は相変わらず不安定ってか(笑)

 この後の紆余曲折の詳細は本書をドゾ。まぁどげんとせんといかんとなれば、大統領より皇帝だよね、強権発動できるしねで、クー・デタきたこれでナポレオン三世誕生ってか…かなり上手く発動したクー・デタでしたけど、画竜点睛に欠くのは致し方なかったのか?まぁ軍を緊張状態でも掌握できる指揮官って、そーはいないとゆー事か?まっ事件は現場で起こっているんだぁーって奴ですかねぇ…

 それもともかくこのクー・デタへの信任投票で「圧倒的多数の国民がルイ=ナポレオンのクー・デタに賛成投票をしたのである」であって、この「クー・デタがユゴーのいうように犯罪だったとするなら、フランスは犠牲者ではなく、共犯者だったのである」とな…とゆー訳でナポレオン三世による統治が始まる訳ですが、それにしても最初に圧倒的に支持される政府って必ず、最後はアレな気がしないでもないんですが…

 まぁまずナポレオン三世がした事が、オルレアン家の財産ボッシュートで、それを元でに「かねてから念願だった社会福祉政策」を実行した事でしょか?意外な事に仏の社会福祉士事業ってほぼナポレオン三世が始めたものだそな…それまでのブルジョワ派も共和派も「福祉問題よりも政治問題を優先していたので、社会福祉政策のほとんどは議会に提案されても廃案になっていた」のが今までの現実とゆー事らすぃ…まぁ仏人は政治ごっこがお好きって事ですかねぇ…自由平等博愛は謳っても、パンピー?そんなの関係ねぇー(死語?)とゆー事らすぃ…まぁ悪く言えば貧乏人の面倒なんか一々見てられっか?とゆー(笑)

 更にナポレオン三世は、新聞規制を行ったとゆー事で報道の自由はどよ?とゆー事にもつながると…ただこちらも「ジャーナリズムに立てこもる左右両派のインテリのような物言う大衆ではなく、表現手段を持たない下層民衆に向かって、その政治的メッセージを発していたのである」そな…文句だけ言う人は切り捨て御免、サイレントマイノリティをどげんとせんといかんとな…

 ただ、この方針は後に第二帝政がひっくり返った時に、その物言う人達から総攻撃を受ける事になると…それは未だに続いているらすぃ…第二帝政の評価が低いのはそゆ事もかなり関係しているとな…インテリとジャーナリストって…

 ここからの第二帝政の行政的な詳細は本書をドゾ。バリ大改造の立役者ウージェーヌ・オスマンはジロンド県知事だったとか…後にセーヌ県知事となり改造にとか、銀行業を活性化するペレール兄弟とか…水道技師のマリ・フランソワ・ペルグラン、設計士のアドルフ・アルファン、その他バルタール、ヴィスコンティ、イットルフなど綺羅星のごとく出てくるし…

 後、皇妃ウージェニーとの結婚ですよねぇ…これ、ほぼ関係者皆反対の中のソレだったらすぃ…まぁ女好きというか、女なくしてはアレなナポレオン三世ですが、皇帝職の結婚って、この当時でいくと高度に政治的問題ですからねぇ…本人の好み優先すれば、どーなるか?は…まぁそれもともかく、このウージェニー自身もバックにアンリ・ベイルとプロスベル・メリメがいた訳で…ちなみにアンリ・ベイルのペンネームがスタンダールですから…当時の仏の二大作家が手引きすれば、それはねぇ…代筆だってしちゃうんだぜ(笑)

 さて、皇帝になったはいいけれど、この皇帝職は、ローマの皇帝職じゃないけど、絶対王政みたいなノリじゃなくてかなり制限されたとゆーか、思い通りにならない政権だった模様…どこも元老院諸君はいらっさる訳ですよ、奥さん(誰?)

 尤も、社会福祉的なソレで公衆衛生的に共同住宅とか、公衆浴場とか作っているけど、これを理解し、なおかつ維持できるレベルでなかったのが何とも…その辺りからして、下層民の民度がまずアレだったのが、何とも…お風呂って文化だったんだなぁ…ここでこれなら教育制度なんて…皆まで言うなの世界でして…詳細は本書をドゾ。それにしても宗教が初等教育を独占している状態ってヤバくね?というのは、宗教の別関係なくアレなのか…

 も一つ皮肉な事に、独裁権力の下では、「社会と経済は安定する」とゆー事実もあったりして、でして…何せ、大革命以後猫の目のよーに政権交代が続いてきた訳で、社会の安定という点からも社会は疲弊していた訳でして…やっと、落ち着いたかもしれんとゆーのがこの第二帝政だったらすぃ…

 社会インフラとサン・シモン主義辺りの考察も本書をドゾ。ある意味、ソフト・ランディング的にテイク・オフじゃねな経済政策ですけど、これが上手く回っていた時の仏素晴らしスの世界だった模様…これが上手く続いてたら、今の仏も違っていたかもしれんねぇの世界かもなぁ…経済にありがちですけど、停滞した時とか、下がり目の時にどこまで踏ん張れるか?はアレでして、そゆ時、政敵も財敵もキバを剥いてくる訳ですから…これもやはり民度ですかねぇ…今までの実績と今後の見通しを間違えなく選択できる選挙民…あると思いますか?まっ仏的にも事件の影にロートシルト(ロスチャイルド)ありって事でしょか(笑)

 バリ大改造の件の詳細も本書をドゾ。それにしてもあれ如何にもパリのイメージでいたら、お手本はロンドンだったのか?一例としてはブローニュの森の手本はロンドンのハイドパークだったりする…首都というのならば、近代的な都市でないととゆーのは、第二帝政の悲願だった模様…そゆ、今でしょっ(死語?)的なソレでは万博もその一環らすぃ…

 それにしても凱旋門って、今だと第二凱旋門まででけたの世界ですけど、当時というかは、街外れのそれだったのか?回りに民家もありませんの世界とは…それをあーしたのもオスマンのソレって…

 政治的なソレでは、戦争もありますよってにの世界で、クリミア戦争、イタリア戦争、メキシコ出兵、普仏戦争  とありますが、まずクリミア戦争…事の発端はエルサレムからなのか…「カトリック教徒とギリシャ正教徒の対立である」でして、「パレスチナを含む中東全域は当時、オスマン・トルコの領土内にあった。キリスト教徒は一定の税金さえ納めれば信仰の自由を認められ、カトリック教徒もギリシャ正教徒も聖地エルサレムで平等の権利を享受していた」そな…だがしかし、それに面白くない人もいる訳で「ギリシャ正教の僧侶の中にこれを快く思わぬ者が現れ、多数派である自然の影響力を拡大しようとし始めた」とな…キリスト教の不思議なとこは聖職者自身がまず右の頬も左の頬もそんなの関係ねぇー(死語?)なとこだよなぁ…

 宗教が絡んでいなかったら、これはトルコ国内の内政問題、旅行社が迷惑してます何とかして下さいの治安問題で済んだのかもしれないけど、事は宗教絡みですからねぇ…

 となると「カトリック国で直接的な利害関係にあるオーストリアがとくに反応を示さなかったのに対し、重大な関心を見せたのがロシアである」とな…ロシアにはロシア正教があるじゃまいか?ですか?そーですか?正教系で口実はばっちりってか?

 かくて「ロシアのツァーリ、ニコライ一世はこれをきっかけに、「瀕死の病人」であるオスマン・トルコに戦争を仕掛け、ダーダネルス海峡とボスフォラス海峡の支配権を奪い去ろうと目論んだ」からお立合いってか…今も昔も覇権国家って…隙あらば領土分捕りあると思いますか…

 これにいの一番に反応したのが英で、次に仏という事になるそー…参戦への仏的な理由の詳細は本書をドゾ。ただ「ナポレオン三世は、ヨーロッパでの戦争を避けるため、黒海という遠隔の地での戦争に踏み切ったということになる」そな…結果についての詳細も本書をドゾ。

 それとイタリア戦争についても詳細は本書をドゾ。ピエモンテ・サルジニア王国パネェって事でFA?とゆーか、カスティリオーネ伯爵夫人パネェでFA?でしょか?こちらの顛末は本書をドゾですが、何とゆーか、仏軍って、いつでもどこでも準備不足に見えるのは気のせいか?ナポレオン一世の時って確変だったんだろか?うーん…

 メキシコ出兵と普仏戦争の件は、こちらはウージェニー皇妃の言動に注目かなぁ(笑)まっカトリックが関わったとこでは、クリミアにもいっちょかみの皇妃ですが、メキシコ、普仏とこー言っては何だがウージェニーの逆張りしておけば、もしかしたら第二帝政は延命できたかもしれない位でして…こちらの件は本書をドゾ。妻とは何か?それが問題だってか(笑)

 後、植民地政策についての詳細も本書をドゾ。仏というとアロー号とインドシナ辺りが有名ですけど、これらはナポレオン三世の支持というより、現地で勝手に暴走した結果、結果オーライでそゆ事になったとゆーのが真実らすぃ…列強って…

 その他実にナポレオン三世っぽいとこでは「労働者がストライキのために団結権を持つことを認めた」の件ですかねぇ?「政府が労働者のストライキ権を認めた点で、労働運動史上、画期的な意味を持つ法律だった」そーで…ここから仏のストライキ伝説が始まるんですね、分かります(笑)

 後、ナポレオン三世最大の特徴といえば、その女好きですかねぇ?「関係したすべての女たちのことを語ろうとすれば、期間を自由皇帝在位中に限っても、カサノヴァの「回顧録」にゆうに匹敵する数冊の本が必要になるだろう」ですから、お察し下さいじゃね?そして結局、この手の政権は長続きはしない運命にあるのは…これも皆まで言うなの世界か…「最高権力者がエロス的人間であるときには社会の下々まで乱れるというのは」「ほとんど法則に近い」そな(笑)政治とソレは別物というのが男の論理らすぃが、それは願望というものらすぃ(笑)

 豆知識的には、ナポレオン三世は殿方のご多分に漏れずマザコンだったとゆーとこかなぁ?オルタンス女王は「父に疎まれたルイ=ナポレオンにとって唯一の肉親であり、生涯で彼が愛した唯一の女性だった」そで、「ロンドンに亡命して亡くなった元皇帝の札入れには、病気を告げた母の最期の手紙が挟まれていたという」ですから…何か、無類の女好きってマザコン多い気がするのは気のせいか(笑)

 その二としては、ナポレオン三世は自身を「アウグストゥスに自らをなぞらえる傾向があったからだ」でして、伯父のナポレオン一世をカエサルになぞらえていたそな…すっごいですねぇ…よーする伯父の遺志をついでの世界だったらすぃ…まぁ壮大な夢を見るのは個人の勝手なんで、それはともかく、それならアグリッパも見つけておくべきだったんじゃなかろーか?ええ、幾度か戦争ありましたけど、どれも惨敗…戦時能力の無さは確かにアウグストゥスばりなんじゃないかと思いますた(笑)

 その三としては、ボルドーワインの格付け、あれ「ナポレオン三世が、一八五五年万博の際にヨーロッパ中からやってくる王侯貴族をもてなすために、ボルドーの商工会議所に命じて決めさせたものである」そな…そーだったのか?ワイン?

 まぁ見ようによっては、これ程下々の事を第一に統治してくれたトップってそーはいないよなーな気がするが、まぁぶっちゃけ本人が凡人とまでは言わないが天才ではなかった事と、人材に大量に恵まれなかった事…そんな訳で議会は踊るし(笑)官僚は頑固で前例にない事はしてくれないし(笑)景気良い時は良かったが、低迷した時にブルジョアジーを敵に回したのは痛かった…サン・シモン経済は急激に全てを掌握できないとこがアレじゃね?軍隊は旧態依然で、左翼及びインテリ的には何をしたかが問題なのではなく、誰がしたかが問題らすぃし(笑)そして、一般民衆は定点がないと…

 その他宗教、外交含めて、よくもったなの世界なんだろか?第二帝政?IF的な話をするならば、ここにアグリッパとムキアヌスがいたらなぁ…こーして見るとやっぱローマは何のかんのと言いつつ人材の宝庫だよなぁ(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。まぁ世間の評価は物凄く低いですけど、「第二帝政がなければ、果たして、フランスが近代国家の仲間入りできたかさえ疑わしいというのが、歴史家の間で定説になりつつある」らすぃので(笑)最後に本書で一番何だかなぁと思わされたとこを一つ、著者が「日仏シンポジウム」での講演した時に「もしナポレオン三世と第二帝政が存在せず、歴史が第二共和制からいきなり第三共和政へと接続してしまったとしたら、果たして今日のフランスの発展と花の都パリはあり得ただろうか?」と「締めくくったところ、これが大喝采」を受けたという件…

 「閉会後のパーティでは「よくぞ言ってくれた」と握手責めにあった。どうやら、第五共和制下のフランスでは、いまだにナポレオン三世と第二帝政を顕揚することはタブーらしい」とは、自由と平等の国がこれ如何に(笑)アカデミーで言論の自由がないって、それってどよ?「本場フランスでは、ナポレオン三世再評価への道のりは二一世紀の今日でもまだ遠いのである」そー…

 そーいや、ヴィシー政権時の官僚とは誰か?も仏ではタブーなはずで…成程、歴史とは何か?とは、その時の政権に都合の良いもの?というソレもあると思いますなのか?

 目次参照  目次 文系

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